薄い縁が、空気を切る。小さな高台から立ち上がる鉢は軽やかだが、頼りなくはない。青、黄、ピンク、マンガンの暗褐色。釉薬は滑らかな膜になることも、熔岩のように荒れた皮膚になることもある。ルーシー・リー(1902~1995)の器は、形と表面のどちらかを飾るのではなく、二つを一つの出来事にする。

東京都庭園美術館の「ルーシー・リー展―東西をつなぐ優美のうつわ―」は9月13日まで。9日の本稿公開時点で、東京会場は残り5日となった。国内では約10年ぶりの大規模回顧展で、旧朝香宮邸の本館と新館を使い、初期から円熟期までを、同時代の作家や東洋陶磁との関係の中で見せる。

公開作品リストは番号が118まで続き、リーだけでなくヨーゼフ・ホフマン、上野リチ・リックス、バーナード・リーチ、ハンス・コパー、濱田庄司らの作品を含む。これは「名品を集めた」というだけの展覧会ではない。一人の作家が、都市、戦争、移住、友情、異なる工芸思想にどう応答しながら、自分の形を守ったかを読む構成だ。

9月13日東京会場最終日
4章ウィーンから円熟期へ
118公開リストの最終番号
1989年草月会館で本格紹介

閉幕まで5日、ただし旅は続く

東京会場は7月4日に始まり、9月13日午後6時に閉幕する。最終入館は午後5時30分。日時指定予約制で、一般1,400円、大学生1,120円、高校生と65歳以上700円、中学生以下は無料と案内されている。最終週に行くなら、当日券を前提にせず、公式サイトで時間枠を確認した方がよい。

東京で見逃しても、展覧会そのものが終わるわけではない。三重県立美術館へ9月26日から12月13日まで巡回し、あべのハルカス美術館では12月26日から2027年3月7日まで開かれる予定だ。東京は旅の途中であり、最終日は一つの会場の区切りである。

それでも旧朝香宮邸で見る意味は固有だ。1933年竣工のアール・デコ建築には、ガラス、金属、石、木、照明、家具が一つの生活空間をつくる思想がある。器を白い展示箱から住宅の寸法へ戻すことで、リーがウィーンで吸収した「生活と芸術を分けない」感覚が、建物の側から応答する。

ウィーンの「総合芸術」から轆轤へ

リーは1902年、ウィーンのユダヤ系家庭にルーシー・ゴンペルツとして生まれた。ウィーン工芸美術学校でミヒャエル・ポヴォルニーに陶芸を学び、轆轤に魅了された。展覧会第1章は、1926年頃の《鉢》などの初期作を、ホフマンや上野リチ・リックス、同時代のバウハウス関連資料と並べる。

当時のウィーンでは、建築から家具、服飾、日用品までを総体として設計する「総合芸術」の理想が生きていた。ウィーン工房の作家たちは、手仕事の質と近代生活の機能を結びつけようとした。リーの後年の器を日本の「侘び寂び」だけで説明できない理由はここにある。出発点には、都市の室内とモダンデザインがあった。

初期の深鉢や皿は、1970年代以降の鋭く洗練された輪郭と同じではない。展覧会は完成した「リーらしさ」だけを抽出せず、形が変化する時間を残す。作家の個性は最初から手の中にあった印章ではなく、環境と選択を通じてつくられた。

1938年、ロンドンでゼロから

1938年、ナチスの迫害を逃れるため、リーはロンドンへ移った。ウィーンでは作家として地位を築いていたが、英国では評判も市場も引き継げない。住居、工房、展示の場を兼ねたアルビオン・ミューズの小さな都市型工房に電気窯を置き、再出発した。

この移住を「東西融合」へ向かう華やかな旅として語ることはできない。強制された断絶であり、家族、言語、顧客、制度を失う経験だった。展覧会第2章が戦時下のボタンを器と並べるのは、脇道を紹介するためではない。生き延びるための仕事が、素材と表面の実験場にもなったことを示すためだ。

公開リストには1939~43年のガラス製ボタン、1940~50年代の陶製ボタンがある。ファッション産業向けの商品でありながら、小さな円の中には、刻線、色、釉薬、反復という後の器にも通じる問題が凝縮される。V&Aは、1980年代に親交を結んだ三宅一生が、リーの戦時期のボタンをコレクションに用いたと記録する。非常時の生産物が、数十年後に日本の服飾へ渡った。

リーチに近づき、離れる

英国のスタジオ・ポタリーを語るとき、バーナード・リーチの存在は避けられない。東アジア陶磁と英国の民陶を結び、厚みと土の痕跡を持つ器を一つの規範として示した。渡英後のリーも一時その影響を受けたとされる。

だが、彼女はそこに留まらなかった。V&Aの解説によれば、ハンス・コパーに励まされ、薄く挽いたモダニズムの器へ戻った。轆轤目を意図的に消し、手仕事を「素朴さ」の証明に使わない。手で作ることと、手の痕跡を誇示することは同じではなかった。

リーと日本の関係は「西洋の作家が東洋に感化された」という一方向の物語ではない。出会い、反発、再発見、収集が往復した。

コパーはボタン制作を手伝うため工房に入り、やがて独自の彫刻的な器をつくった。展覧会は二人の共同《コーヒーセット》とコパーの《キクラデス・フォーム》も見せる。共同作業と個性は反対語ではない。他者との近さが、自分の違いを発見させることもある。

東洋は模様ではなく、人との関係

第3章「東洋との出会い」の中心には、1952年に英国で開かれたダーティントン国際工芸家会議がある。日本から柳宗悦と濱田庄司が招かれ、リーは二人との交流を深めた。会場では濱田の《塩釉鉄砂抜絵注瓶》などを、リーチやリーの作品と照らし合わせる。

ただし、似た線や釉薬を見つけて「日本の影響」と即断するのは危うい。東アジア陶磁への接近はリーチの思想を経由し、実作者との友情を経て、リー自身のウィーン的な造形感覚とも衝突した。展覧会名の「東西」は二つの純粋な箱ではなく、すでに多方向へ動いていた人と物の網である。

作品リストには、濱田、バーナードとジャネット・リーチ、コパー、さらに弥生時代末期の壺形土器の参考図版まで含まれる。並置は影響関係を自動的に証明しない。むしろ、細い首、張った胴、線刻、釉肌、器としての機能を観客自身が比較するための仮説を置く。

薄さ、線、釉薬――一度の焼成へ

リーの成熟した器では、形と装飾が分業しない。掻き落としは表面を引っかいて線を現し、象嵌は刻んだ溝へ異なる色材を入れる。練り込みは異なる色の土を組み合わせ、轆轤の回転を模様に変える。鎬文では器面を削って、光を受ける稜線をつくる。

さらにリーは、素焼き後に施釉して再び焼く一般的な二度焼成とは異なり、乾燥した未焼成の素地へ釉薬を施し、一度で焼き上げる方法を用いた。失敗の余地が大きい一方、胎土と釉薬を同じ熱の出来事へ置く。V&Aとメトロポリタン美術館は、この単焼成を彼女の技法上の特徴として説明している。

展覧会で確認できる語見るポイント
掻き落とし表面を削って現れる線。形を覆わず、回転や放射を強調する。
象嵌溝へ異色の材料を充填する装飾。《ピンク象嵌小鉢》など。
練り込み色の異なる土が内部から模様をつくる。《練り込み花器》など。
熔岩釉発泡・凹凸を思わせる荒い釉肌。薄い器体との緊張を生む。
マンガン釉暗い色面と細い線が、輪郭や高台の明快さを際立たせる。

《白釉ピンク線文鉢》の線は絵柄を語らない。放射する細線が、鉢の中心、縁、回転を目に意識させる。《熔岩釉鉢》では表面の厚いざらつきと器壁の薄さが競り合う。装飾は後から載せた情報ではなく、形を知覚させる構造だ。

日本が発見し、日本に残したリー

日本でリーの作品が本格的に紹介された節目として、東京都庭園美術館は1989年の草月会館での展覧会を挙げる。2010年、2015年の大規模展を経て、陶芸の領域を越え、デザイナーや建築家を含む支持が広がった。

今回の核の一つは、金沢の国立工芸館に寄託された井内コレクションである。《青釉鉢》《マンガン釉線文鉢》《白釉ピンク線文鉢》《練り込み花器》《ブロンズ釉花器》など、図録の顔となる作品の多くがここから来た。英国で生まれた作品群の受容史を、日本の収集が物理的に支えている。

「日本で影響力を持つ」という表現は、特定の日本人作家がリーを模倣したという意味に限定すべきではない。展覧会、個人収集、公的収蔵、服飾や空間デザインからの関心が重なり、見るための文脈が長年つくられた、という方が正確だ。日本は受動的な鑑賞者ではなく、リーの没後評価を保存し、組み替える場所になった。

旧朝香宮邸で、器を身体の尺度へ戻す

旧朝香宮邸の部屋は、器を見る距離を変える。食堂、居間、階段、窓、照明が残る邸宅では、鉢や花器は彫刻であると同時に、手、卓上、花、飲み物を想像させる。リーが機能と美術の境界を軽々と越えたことを、展示空間そのものが伝える。

ただし、アール・デコの室内と器が「似合う」という感想だけでは、亡命、戦時生産、英国陶芸界との摩擦は見えなくなる。新館を含む4章を順にたどれば、優美さが苦難を隠す薄皮ではなく、何度も環境を変えながら得た厳しい選択の結果だと分かる。

最終週に見るべきは、東洋と西洋が調和した完成品ではない。ウィーンの都市文化、ロンドンの亡命者の工房、リーチの東洋観、濱田との交流、コパーとの共同、日本の収集が、一つの薄い器の周囲でなお緊張している姿である。リーの鉢は多くを受け取りながら、どの国の説明にも回収されず、自分の高台で立っている。

東京会場・最終週案内
  • 展覧会:ルーシー・リー展―東西をつなぐ優美のうつわ―
  • 会期:2026年7月4日~9月13日(日)
  • 会場:東京都庭園美術館 本館+新館
  • 時間:午前10時~午後6時、最終入館は午後5時30分
  • 日時指定予約制。一般1,400円、大学生1,120円、高校生・65歳以上700円、中学生以下無料
  • 一部作品を除き個人利用の写真撮影が可能。フラッシュ、三脚、自撮り棒、動画などは禁止。

資料と編集上の区分

会期、料金、展示構成、作品名、所蔵、巡回先は東京都庭園美術館の公式情報と作品リストに基づく。作家の「優美さ」の意味、日本における受容、展示空間についての判断はJapan.co.jpの分析である。個々の作家への具体的な影響は、一次資料で確認できない限り主張していない。