暗い実験室で、オレンジ色の光が2ミリの空隙を走った。ある条件では、最初の火花が途切れず淡い発光へ移る。別の条件では、細い光の筋が瞬間的に現れては消えた。電圧の与え方は同じ。変えたのは、両側の液体だった。

東京農工大学の研究チームは、向かい合う二つの液面の間にプラズマをつくり、液体の導電率と陰極・陽極側への配置が放電状態を選ぶことを示した。導電性の高いリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を両側に置くと、スパーク放電から持続的な直流グロー放電へ移行した。電気をほとんど通さない超純水(UPW)が片側でも入ると、短いストリーマ放電を繰り返す誘電体バリア放電(DBD)に似た状態となった。

研究グループは、東京農工大学大学院生物システム応用科学府一貫制博士課程の後藤彩乃大学院生、同大学院工学府博士課程の渡邊良輔大学院生、同大学院工学研究院生体医用工学部門の伊藤一陽助教、化学物理工学部門の宮地悟代教授、生体医用工学部門の吉野大輔教授ら。論文はPlasma Processes and Polymersに2026年9月3日付で掲載された。

研究の一部は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(FOREST、課題番号JPMJFR222S)の支援を受けた。


研究の範囲: 確かめられたのは、液面間2ミリの空気層を使う実験装置での放電状態、発光、温度、化学変化である。水処理装置、殺菌製品、医療機器としての性能や安全性を実証した研究ではない。

2ミリ向かい合う二つの液面の間に設けた空気層。
2状態持続する直流グローと、短時間だけ走るDBD様ストリーマ。
4配置PBSと超純水を組み合わせ、陰極側・陽極側を入れ替えた。

「液体は受け手」という見方を反転

プラズマは、気体を構成する原子や分子の一部が電子とイオンに分かれた状態である。雷や蛍光灯にも見られる。低温の大気圧プラズマを液体へ当てると、過酸化水素をはじめとする反応性の高い化学種が生じる。この作用を水処理、殺菌、農業、バイオ・医療へ使う研究が進んできた。

従来の説明は、しばしば「プラズマが液体へ何をするか」に力点を置く。しかし液体は、電荷が行き着く境界であり、電気回路の一部でもある。イオンの多い溶液は電流を通しやすい。イオンを極めて少なくした超純水は高い抵抗を示す。液体表面に電荷がどの速さでたまり、逃げるかが変われば、空気層の電場と放電の持続性も変わる。

今回の装置では、金属電極を二つとも液中へ沈めた。気体中に露出する固体電極をなくし、電流が必ず液体と気液界面を通る構成にしたことで、液体側の役割を切り出した。この単純化が研究の肝である。


液体はプラズマに変えられる材料であると同時に、どのプラズマを生むかを決める回路部品だった。

導電率をそろえ、化学組成を変えた

PBSと超純水では、導電率だけでなく化学組成も違う。そこで研究チームは、PBSとは組成の異なる塩化ナトリウム水溶液を、PBSとほぼ同じ導電率に調整して比較した。結果は同じだった。スパーク放電から持続的な直流グロー放電へ移った。

この対照実験により、「PBSという特定の液体だから」ではなく、導電率が放電状態を決める重要な要因であることが強く示された。ただし、化学組成が無関係という意味ではない。溶けたイオンは導電率を決め、界面反応にも参加する。導電率という電気的性質と、個々の化学種の作用を分けて考えられるようになった、というのが正確である。

PBSと超純水を一つずつ使った試験では、液体の種類が同じでも、左右の極性を入れ替えると電流パルスと発光の広がりが変わった。PBSを陰極側へ置くと、ナトリウムなどに由来するオレンジ色の発光は液面近くへ集中した。陽極側へ置くと、発光は放電空間に広く分布した。

研究チームが比較したもの

  1. 液体:リン酸緩衝生理食塩水、超純水、導電率をそろえた塩化ナトリウム水溶液。
  2. 配置:PBSと超純水を陰極側・陽極側へ入れ替えた。
  3. 電気:電流波形から、持続電流と短時間パルスを区別した。
  4. 光:高速度撮影と発光分布から、ストリーマの形と広がりを捉えた。
  5. 結果:温度、過酸化水素などの化学種、放電後のpHを調べた。

放電の違いは、熱と液体の化学へ届く

プラズマの「姿」が変わるとは、見た目だけの話ではない。PBSを両側へ置いた持続放電では、気体と液面付近で大きな温度上昇が生じた。超純水を含む条件では、気相に目立った温度上昇は確認されなかった。

放電後の液体も同じではなかった。PBSを両側に置いた条件では、超純水を含む場合より、過酸化水素などの化学種の濃度とpHが大きく変化した。放電状態を選ぶことは、液体へ渡るエネルギーと生成物を選ぶことにつながる。

ただし、変化が大きいほど有用とは限らない。汚染物質の分解や殺菌には反応性化学種が役立つ一方、目的外の副生成物、材料の腐食、生体への損傷も考えなければならない。医療や食品、水処理へ進むなら、化学種の量だけでなく種類、温度、処理時間、消費電力、対象物への影響を同時に管理する必要がある。

オゾン管から気液界面へ

気体放電を化学反応へ使う歴史は古い。1857年、Werner von Siemensが開発したオゾン管は、誘電体を挟むことで熱いアークへの移行を抑え、多数の短い放電を生じさせた。誘電体バリア放電はその後、オゾン生成、表面処理、排ガス処理などへ広がった。2003年のUlrich Kogelschatzによる総説は、その歴史と放電物理、産業応用を体系化している。

研究対象が水へ広がると、問題は複雑になった。2009年のPeter BruggemanとChristophe Leysの総説は、大気圧の非熱平衡プラズマと液体の接触が、紫外線、衝撃波、活性ラジカルを同時に生む可能性を整理した。2016年の国際的な研究ロードマップは、気相と液相の化学、界面を越える物質移動、電場、流れを一体として扱う必要を示した。

2018年には、交流駆動の針電極―液体放電で、プラズマ処理が水の導電率や表面特性を変え、その変化が再びプラズマへ影響する相互作用が報告された。2023年の水面上ナノ秒放電でも、導電率が放電の性質と伝播を左右することが示されている。

東京農工大学の研究グループも、2022年に誘電体バリア放電を通して水性・油性液体から微細ミストをつくる研究を発表し、2024年にはプラズマと液体の相互作用が液滴を微細化する過程を可視化した。今回の液体―気体―液体系は、この蓄積を「液体が放電をどう選ぶか」へ進めた。

1857年:Siemensのオゾン管が、誘電体バリア放電の産業的系譜を開く。

2003年:誘電体バリア放電の歴史、物理、産業応用を整理した総説が公表。

2009〜2016年:プラズマと液体を相互に作用する結合系として捉える研究が進展。

2018〜2023年:液体の導電率が放電の変化と伝播に関わる実験的知見が蓄積。

2026年:固体―気体界面を除いた装置で、導電率と極性配置による放電状態選択を実証。

社会実装は「液体を選べば終わり」ではない

研究成果が示すのは、電圧や電極間隔だけでなく、液体の導電率と極性配置も装置設計の変数になるということだ。持続的にエネルギーを与えたい処理と、温度上昇を抑えた短パルス反応では、望ましい放電状態が異なる可能性がある。導電率を測り、必要な状態へ合わせる発想は、再現性の向上につながり得る。

だが、実際の水はPBSと超純水の二択ではない。水道水、下水、工場排水、生体液には、多様な塩、金属、たんぱく質、有機物、粒子、微生物が混在する。温度も流量も変わる。プラズマ処理そのものが導電率とpHを動かすため、運転中に放電状態が切り替わる可能性もある。

このため実用装置では、初期の水質を測るだけでなく、電流、温度、導電率、化学種を連続監視し、電圧や流量を戻す閉ループ制御が必要になるかもしれない。今回の論文はその装置を示したものではないが、何を監視すべきかを具体化した。

医療・バイオへの期待はさらに慎重に扱う必要がある。研究では細胞、組織、微生物、患者を対象にしておらず、有効性も安全域も測っていない。社会的な価値は、治療法を完成させたことではなく、将来の試験で再現性と曝露量を左右し得る基礎変数を示した点にある。

次に確かめるべき五つの問い

Japan.co.jpの検証項目

  1. しきい値:電圧、空隙、液量ごとに、どの導電率で持続放電へ移るのか。
  2. 物理機構:電場、電子状態、蒸発、微小液滴、気流は、それぞれどこまで放電を決めるのか。
  3. 時間変化:処理で液体の導電率が変わると、長時間運転中に放電状態も切り替わるのか。
  4. 選択性:必要な化学種をつくり、過熱と副生成物を抑える条件は何か。
  5. 大型化:流れる液体、汚れ、多成分の排水、連続運転でも同じ制御が働くか。

気液界面では、原因と結果が一方向に並ばない。液体の導電率が放電を選び、放電が熱と化学種を生み、その化学変化が再び液体の導電率を動かす。反応器は、時間とともに自分の電気的条件を書き換える。

今回の2ミリの実験が明らかにしたのは、その循環の入口である。液体は処理されるだけの受け身の物質ではない。プラズマを安定して社会へ持ち出すには、液体を反応物としてだけでなく、放電を形づくる能動的な部品として扱う必要がある。


資料・出典

  1. Gotoほか「Discharge Regime Selection Governed by Liquid Conductivity and Configuration in a Liquid–Gas–Liquid Plasma System」Plasma Processes and Polymers(2026年)、DOI: 10.1002/ppap.70251。
  2. 東京農工大学「液体の『電気の流れやすさ』でプラズマの姿が変わる」 — 2026年9月4日。研究者名、所属、日本語専門用語、実験条件、助成情報を確認。
  3. Gotoほかの公開プレプリント記録 — 両金属電極を液中へ沈めた実験設計とその狙いを確認。引用上は上記の査読済み論文を優先した。
  4. Kogelschatz「Dielectric-Barrier Discharges: Their History, Discharge Physics, and Industrial Applications」Plasma Chemistry and Plasma Processing 23(2003年)— 誘電体バリア放電の歴史と物理。
  5. Bruggeman・Leys「Non-thermal plasmas in and in contact with liquids」Journal of Physics D: Applied Physics 42(2009年)、DOI: 10.1088/0022-3727/42/5/053001。
  6. Bruggemanほか「Plasma–liquid interactions: a review and roadmap」Plasma Sources Science and Technology 25(2016年)、DOI: 10.1088/0963-0252/25/5/053002。
  7. Yoonほか「Mutual Interaction between Plasma Characteristics and Liquid Properties in AC-driven Pin-to-Liquid Discharge」Scientific Reports 8(2018年)— 液体とプラズマの相互フィードバック。
  8. Herrmann、Margot、Hamdan「Discharge in air in contact with water: influence of electrical conductivity...」Plasma Sources Science and Technology 32(2023年)、DOI: 10.1088/1361-6595/acc130。
  9. Watanabeほか「Potential generation of nano-sized mist by passing a solution through dielectric barrier discharge」Scientific Reports 12、Article 10526(2022年)— 東京農工大学チームの先行研究。
  10. 東京農工大学「プラズマと液体の3つの物理的反応から液滴のナノサイズ化を紐解く」 — 2024年3月18日。研究の系譜を確認。

本稿は2026年9月5日午前8時00分(日本時間)までに確認できた公開情報を基に作成した。査読論文、公開プレプリント記録、東京農工大学の日本語発表を優先し、研究者名、肩書、所属、論文名、専門用語を照合した。公開資料にない数値は補わず、物理機構に関する説明は実験結果とJapan.co.jpの解説を区別した。水処理、殺菌、医療・バイオ、化学分析は将来可能性として扱い、実用化済みとは記していない。日本語版と英語版は独立して執筆した。

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