ロンドンの老舗リバティが京都で初めて開く展覧会は、英国ブランドが日本を「発見した」という単純な物語ではない。1875年の創業時から、日本やアジアの布地・工芸品を英国の消費者へ売り、1889年には創業者アーサー・ラセンビィ・リバティと妻エマが日本を訪れた。その150年後、今度はリバティのアーカイブと京都の職人技が、東本願寺の飛地境内・渉成園で向き合う。[1][5][8]
2026年10月9日から18日まで、初開催の「Kyōto YouMe Triennale(キョウト・ユメ・トリエンナーレ)」で、リバティは主要国際文化スポンサーとして「I Am. We Are. Liberty.」の拡張版を開催する。会場は国の名勝・渉成園。キュレーターは美術史家エスター・コーエン、共同キュレーターはシルヴィア・スパニョール。展示は庭園、臨池亭(りんちてい)、滴翠軒(てきすいけん)を使い、リバティのデザインアーカイブと日本のものづくりを三つの章で結ぶ。[1][2]
庭園そのものが、第1章になる
展示は室内から始まらない。来場者はまず渉成園の庭へ入り、リバティのアーカイブプリントを配置した構造フレームに導かれながら歩く。植物、石組み、水辺、建築とプリントを並べ、布地の柄を「額の中の平面」としてではなく、自然の中で見る構成だ。[1][2]
続く臨池亭では、150周年記念展「I Am. We Are. Liberty.」を京都の空間に合わせて再構成する。原画、テキスタイルデザイン、アーカイブ資料、プリントが完成するまでの工程を通じ、ブランドの「DNA」をたどる。コーエンはロンドン版で、そのDNAをDesign、Nature、Artの頭文字として説明してきた。[1][15]
最終章の滴翠軒では、芦沢啓治(あしざわ・けいじ)ら日本の作り手とのリサーチ・プロジェクトを紹介する。主催者が強調するのは、伝統工芸を保存品として見せることではなく、受け継いだ技法が現代のプロダクトや空間にどう使えるかを研究する姿勢だ。[1][2]
1903年ごろの「桜」が示す、アーカイブの中の日本
今回の広報画像には、1903年ごろの桜を思わせるアーカイブ生地見本が使われている。作者・出典は不明とされるが、リバティ・アーカイブ所蔵資料として、日本的な植物モチーフが20世紀初頭の同社デザインに存在していたことを視覚的に示す。[1]
ただし、「桜のように見える」ことと、その柄が日本で制作された、あるいは特定の日本図案を直接写したことは同じではない。会社自身も資料を「桜を思わせるデザイン」「出典不明」と表記している。Japan.co.jpでは作者や原型を推測しない。
リバティのアーカイブは約5万点。1875年から今日までのデザイン、図案、プリント資料を保存し、現在もロンドンのスタジオで新しい手描きアートワークが加えられている。アーカイブは過去を保管する倉庫というより、新作を作るための設計資源として使われている。[6]
リバティは「日本風」を後から取り入れたブランドではない
リバティと日本の関係は、会社の創業より前にさかのぼる。アーサー・ラセンビィ・リバティは1860年代、リージェント・ストリートの商店Farmer & Rogersで働き、東洋部門を経験した。1875年に自らの店を開くと、日本やアジアから輸入した絹織物、装飾品、美術工芸品を販売した。リバティ公式も、当時の英国社会が日本や東洋に強く魅せられていたことが初期の成功につながったと説明する。[5][14]
1889年にはアーサーと妻エマが日本を訪れた。150周年展の公式出版物には、その日本旅行の歴史写真も収録されている。リバティのデザイン・ディレクター、メアリー=アン・ダンクリーは今回の京都展について、日本との創造的交流をこの1889年の訪日までさかのぼらせている。[1][8]
つまり、日本は後年の「インスピレーション市場」ではない。リバティの小売・デザイン事業が成立した初期から、商品供給、視覚言語、素材の感覚の一部だった。
それは美しい交流であると同時に、ヴィクトリア朝の「ジャポニスム」でもあった
歴史をロマンチックに描きすぎると、当時の力関係が消える。19世紀後半の英国では、日本の開国後に工芸品、版画、陶磁器、着物、布地が大量に欧州へ渡り、「ジャポニスム」と呼ばれる熱狂が広がった。リバティはその需要を巧みに商業化した企業の一つだった。[14]
London Museumは、リバティの初期事業を英国帝国の拡大と東方貿易の文脈でも捉えている。最初の店舗名「East India House」も、19世紀英国が「東洋」を一括して商品化・展示する文化環境から切り離せない。日本製品は英国の美意識を刺激した一方、欧州市場向けに形や意匠を調整された品もあった。[14]
これはリバティの日本愛を否定する話ではない。むしろ、文化交流には常に「誰が選び、誰が売り、誰が意味を与えるのか」という非対称性があったことを理解する必要がある。京都展が面白いのは、現代では日本側の作家や職人が共同制作者として前面に出る点である。
輸入する会社から、自らプリントをつくる会社へ
創業初期のリバティはアジアや中東から輸入した絹や高級プリント生地を扱った。しかし、アーサー・リバティはやがて英国で染色とプリントの実験を始め、1904年にマートン・プリント工場を買収した。リバティ独自のプリント生地事業は、この流れの中で育った。[7]
1950年代初頭には社内デザインスタジオを設け、シーズンごとのプリントを描くアーティストを抱えるようになった。現在もデザイナーはロンドンのチューダー様式旗艦店に隣接するスタジオで年間数百点の柄を制作し、アーカイブへ加えている。[7]
日本から輸入した布を売るところから始まり、輸入品に学びながら自らデザイン・印刷する会社へ変わった歴史は、「影響」と「創造」の境界が何度も動いてきたことを示す。
タナローンにも、日本の絹の影がある
リバティを代表する綿布「タナローン」は、エチオピアのタナ湖に由来する名称を持つ長繊維綿の生地で、絹のような薄さと滑らかさを特徴とする。リバティジャパンは、創業初期に扱ったアジアや日本の繊細な絹織物が、後の高級コットン開発に影響を与えたという文脈を紹介している。[7][10]
ここでも「タナローンは日本の技術を直接コピーした」という単純な説明は避けるべきだ。素材、紡績、プリント技術の発展には英国側の産業史もある。確認できるのは、リバティ自身が日本の絹織物を長期的な美的・素材的参照点として位置付けていることだ。
2021年、「日本を見る」から「日本の作家とつくる」へ
現代の関係を象徴するのが「From Japan With Love」だ。リバティ・ファブリックスは日本の現代作家8人と協働し、木版画、グラフィック、ジャカード織、キネティック彫刻、写真などの作品を、ロンドンのデザインスタジオでリピート可能な布地へ変換した。[9]
参加作家の一人、塩見奈々は浮世絵や日本の伝統文化を現代的に再解釈する版画家。テキスタイルデザイナー氷室友里は、ジャカード織の糸を切ることで別の色や形を現す独自の作品を展開する。大原大次郎は文字、グラフィック、音、キネティックな表現を横断する。[9]
19世紀の構図では、ロンドンの商人が日本品を選んで英国へ持ち込んだ。21世紀のコラボレーションでは、日本の現代作家の原作品が出発点となり、リバティのスタジオがテキスタイルへ翻訳する。関係性は少なくとも形式上、より共同制作的になっている。
2025年、150周年同士が京都で出会った
今回の京都展へ直接つながるのが、丹後ちりめんメーカー丸仙との協働だ。丸仙は京都府与謝野町岩滝を拠点とし、リバティと同じ1875年創業。2025年、両社の150周年に合わせて、丹後ちりめんの絹100%風呂敷を制作した。[3][10]
きっかけは大阪・関西万博へ向けたプロジェクトで、リバティのチームが丸仙の工房を訪れたことだった。強い撚りをかけた緯糸によって生まれる丹後ちりめん特有の「しぼ」に、リバティの両面デジタルプリントを組み合わせた。柄はウィリアム・モリスの「ストロベリー・シーフ」と、2025年新作「フローラル・ミューズ」。英国パビリオンで販売された。[10]
「ストロベリー・シーフ」は英国アーツ・アンド・クラフツを象徴する柄の一つ。その柄を京都の丹後ちりめんへ載せ、日本の包む文化である風呂敷にした。これは「英国柄+日本生地」という足し算以上に、物の用途と文化的文脈まで入れ替える仕事だった。
大阪から京都へ——150周年展の第三章
「I Am. We Are. Liberty.」は2025年5月から7月にロンドンの旗艦店で開催され、その後大阪・関西万博の英国パビリオンへ移った。万博版ではリバティの150年のアーカイブ、英国の創造性、文化交流を紹介し、丸仙の風呂敷も販売された。[11][15]
京都版は単なる巡回展ではなく「拡張版」とされる。渉成園の庭を展示装置にし、臨池亭へアーカイブ展を組み込み、滴翠軒では日本の職人との新しいリサーチを加える。ロンドンでは百貨店の内部、大阪では国家パビリオン、京都では寺院庭園。会場が変わるたびに、同じアーカイブの意味も変わる。[1][2]
渉成園は「京都らしい背景」ではない
渉成園は、写真映えする庭園というだけではない。東本願寺の別邸で、1641年に徳川家光から土地の寄進を受け、1653年に本願寺第13代宣如上人が石川丈山らと庭園を築いたと京都市は説明する。広い印月池を中心に島、石橋、土橋、建物を配置し、源融(みなもとのとおる)の河原院を想起させる趣向も持つ。1936年に国の名勝へ指定された。[12][13]
臨池亭と滴翠軒を含む現在の建物は、幕末の蛤御門の変による大火後、明治初期に復興されたもの。つまり、150年を振り返るリバティ展が入る建築自体も、焼失と再建、継承を経験してきた場所である。[12]
庭園は詩、茶、能と結び付いてきた空間でもある。YouMe Triennaleは、そこへアート、クラフト、デザインを重ね、「つくる」という行為を生産ではなく意味生成として考える場にすると説明する。[2][3]
トリエンナーレ自身も「第0回」に近い実験段階
Kyōto YouMe Triennaleは2026年が初開催で、3年ごとの継続開催を掲げる。アート、デザイン、クラフトを同列に扱い、国際キュレーターと京都の職人・文化機関をつなぐプラットフォームを目指す。公式チケットページでは今回を「Edition Zero」とも表記する。[3][4]
主要会場は渉成園と重信会館。Liberty展以外にも「Adaptive Radiation(適応放散)」、インドの「The Future Is Handmade」、カタールの「Design As Memory」、イタリアの「Le Mani Pensano」などが組まれる。[2]
これは成熟した巨大国際展の京都版ではない。どれだけ来場者を集め、職人・企業・作家の次の仕事へつながるか、3年後へ継続できるか自体が今回の実験になる。
チケットは渉成園と重信会館の共通券
公式チケットページによると、一般前売りは3,500円、当日3,700円。学生は前売り2,500円、当日2,700円。共通券で渉成園と重信会館へ入場できる。一方、渉成園の庭園観覧だけなら700円で、展覧会会場への入場は含まれない。開場は9時30分から17時、最終入場16時30分。[4]
会期は10月9日から18日。リバティジャパンの9月18日発表、トリエンナーレのチケットページ、プログラムページはこの日程で一致している。[1][2][4]
「英国と日本の美しい友情」だけで終わらせない
今回の展覧会は、確かに150年の文化交流を祝うものだ。しかし、優れたデザイン史の展覧会なら、「影響」を一方向の賛美で終わらせない方が面白い。
19世紀の英国では、日本の意匠が「異国趣味」として消費され、その過程で文脈が失われたり、欧州市場向けに姿を変えたりした。リバティもその商業システムの中にいた。だが同時に、日本の布や工芸が英国の服飾、インテリア、プリントに具体的な変化を与えたことも事実である。[14]
2026年京都展では、観客はその歴史を日本側から見返すことができる。桜を思わせる1903年の布地を、実際の京都の庭の植物と並べる。英国の「ストロベリー・シーフ」を丹後ちりめんに載せる。日本の現代作家の作品をロンドンで布へ変え、その布を再び日本で見る。
文化交流の価値は、「どちらがどちらへ影響したか」を一度決めることではない。図案、素材、技術、商品、場所が往復するたび、意味がどう変わるかを見ることにある。
まだ分からないこと
9月22日時点で、京都展の全展示作品リスト、展示点数、1903年頃の桜風アーカイブ布の作者・製造地、滴翠軒で紹介される全ての日本側協働者・プロジェクトの詳細、各作品の貸出先は公表資料から確認できない。
また、展覧会の広報は「日本市場に向けて生み出されてきたデザイン」を掲げるが、個々のアーカイブ柄について「日本向けに制作」「日本から直接着想」「日本で製造」のどれに当たるかは、作品ごとに確認する必要がある。これらを一括して「日本デザイン」と呼ぶのは避けるべきだ。
150年後、日本は「インスピレーション」ではなく共同制作者になれるか
1875年のロンドンでは、日本の絹や工芸品は「遠い場所から届く珍しい商品」だった。1889年の日本旅行は、創業者にとってその供給地と文化を直接見る機会だった。
2026年の京都では関係が逆方向にも流れる。日本の職人が研究相手となり、日本の現代作家の作品がリバティ柄になり、丹後ちりめんが英国柄を変え、京都の庭園が英国アーカイブの展示方法を変える。
「I Am. We Are. Liberty.」という題名は、一つの会社の150周年展にしては複数形を含む。リバティというブランドが、創業者だけでもロンドンだけでも成立せず、デザイナー、職人、印刷業者、顧客、そして日本を含む外部文化との関係で作られてきたという見方だ。
渉成園で見るべきなのは、美しい花柄だけではない。その柄が何度海を渡り、誰の手で変わり、次にどこへ帰っていくのか。その往復そのものが、リバティと日本の150年のデザイン史である。
出典・資料
- リバティジャパン:京都初展覧会「I Am. We Are. Liberty.」開催(2026年9月18日)
- Kyōto YouMe Triennale:Programme—Shōsei-en / I Am. We Are. Liberty
- Kyōto YouMe Triennale:開催概要・MANIFESTO Edition
- Kyōto YouMe Triennale:チケット・開館時間
- リバティ公式:リバティの遺産—1875年創業と東洋美術工芸
- リバティ公式:アーカイブ・ブック—約5万点のデザインアーカイブ
- リバティ公式:タナローン・コットンの歴史—輸入絹織物、1904年マートン買収
- Liberty:I AM. WE ARE. LIBERTY exhibition book—1889年日本旅行の写真資料
- リバティ公式:From Japan With Love—日本の現代作家8人との協働
- リバティジャパン:丸仙との150周年コラボレーション、丹後ちりめん風呂敷(2025年5月22日)
- リバティジャパン:大阪・関西万博英国パビリオン「I Am. We Are. Liberty.」(2025年8月1日)
- 京都市公式 京都観光Navi:渉成園(枳殻邸)の歴史
- 京都市公式 京都観光Navi:渉成園(枳殻邸)基本情報
- London Museum:Liberty—日本・アジア輸入品、Japonisme、帝国貿易の文脈
- Liberty:Meet the Curator—150周年展の構成とEster Coenによるアーカイブ解説
