地震の瞬間には、危険は音を立てる。棚が倒れ、壁が割れ、警報が鳴る。だが真夏の停電が長引くと、次の危険は静かだ。エアコンの室外機は止まり、扇風機の羽根は動かず、午後の日射を吸った壁と屋根が夜になっても熱を返す。高齢者が自宅に残っているのか、避難所にいるのか、冷房のある部屋へ移れたのか。それが分からない「情報の空白」の間にも、体への負荷は積み上がる。

九州大学大学院工学研究院の馬奈木俊介主幹教授の研究室と福岡市のaiESGが8月5日に公表した分析は、この静かな危険を地図と資源量に変えようとした。対象は7月28日午後4時27分に発生した2026年熊本地震。気象庁マグニチュード7.1、深さ16キロで、宇城市と氷川町では最大震度7を観測した。

チームは、衛星観測、国勢調査のメッシュ人口、建物と避難所、自治体の被害報告、気象観測を空間的に統合した。8月3日時点の情報から、機能的に失われた住宅を推計し、そこで暮らす65歳以上の人口を割り当て、30日間の冷房需要と、有効な冷房がある場合とない場合の死亡リスク差をモデル化した。

最も大切な読み方: 5.34%は「246人のうち5.34%が死亡する」「13人が死亡する」「死亡率が5.34ポイント上がる」という意味ではない。モデル上の30日死亡負荷が、有効な冷房がある反実仮想に比べて相対的に5.34%増えるという中心推計である。観察された熱中症死の集計でも、臨床試験でもない。
303.5棟モデル上、機能的に失われた住宅の期待値
246人影響を受けると推計された65歳以上の住民
34.6 kW中心シナリオで必要としたピーク冷房能力
5.34%冷房なしの30日死亡負荷の相対増加。感度範囲0.67〜10.01%

小数点の住宅は、壊れた半軒ではない

「303.5棟」という数字は奇妙に見える。現実に半分の家が存在するわけではない。被害の位置と全体量が確定していない段階で、複数の可能な分布を重ねた期待値である。チームは建物の曝露量と震源からの距離などを使い、データを36,657の国勢調査秘匿処理グループへ配分した。細かな地域単位へ分けることで、県全体の数字を「どこへ冷房を運ぶか」という問いへ近づけた。

ここでいう「機能的住宅喪失」は、全壊認定だけを意味しない。建物が立っていても、停電、設備損傷、避難、立入り不能によって、住民が通常の冷房を使えないなら、健康保護という機能は失われる。災害直後の罹災証明は時間を要する。衛星と人口データを組み合わせる狙いは、その認定を待たずに緊急支援の仮説を作ることだ。

モデルは、65歳以上の住民246人が影響を受ける中心シナリオを置き、必要なピーク冷房能力を34.6キロワット、1日の電力を622.5キロワット時とした。前者はある瞬間にどれだけ熱を取り除けるかという能力、後者は一日を通じて供給すべきエネルギーで、同じ単位ではない。発電機や蓄電池を選ぶには、さらに機器効率、起動電流、運転時間、配電、燃料補給を決める必要がある。

モデルの段階使った情報緊急対応へ変換する問い
住宅の機能喪失衛星、建物、自治体被害報告、震源との位置関係冷房を使えない可能性が高い家はどこか
高齢者の曝露国勢調査メッシュと秘匿処理された小地域人口その場所に65歳以上の人が何人いるか
冷房需要気象、想定される高温日、冷房の有無何kWの能力と何kWhのエネルギーを運ぶか
健康影響温度と死亡の既存関係を移転したモデル支援を遅らせたときの相対的な負荷はどの程度か

5.34%を、死者数にしてはいけない

相対リスクは、基準となる死亡確率がなければ人数にならない。仮に冷房ありで予測される30日死亡数をNとすれば、中心推計の冷房なしは1.0534×Nとなる。Nそのものは公表資料の5.34%からは分からない。246に0.0534を掛けて約13人とする計算は、分母と指標を取り違えている。

幅も重要だ。感度分析は0.67%から10.01%まで広がる。被害住宅の位置、高齢者人口の割当て、高温日の数、冷房喪失の長さ、温度と死亡の関係を別の地域からどの程度移せるかによって答えが動くことを示す。小数点以下二桁は計算の出力であって、現場の確実性を意味しない。

それでも、迅速モデルには役割がある。災害対応者は完全な名簿と全戸確認を待てない。何も分からない状態と、仮定を明示した優先順位の間には大きな差がある。モデルは答えではなく、電話、戸別訪問、福祉避難所への移送、電源車の配置をどこから始めるかを決める初期地図として使うべきだ。

災害直後のモデルに求めるべきなのは、未来を小数点まで言い当てることではない。見落とされやすい人と、間に合ううちに運ぶべき冷房を、現場が探し始められることだ。

年齢を重ねた体は、暑さを遅く知らせる

人は汗の蒸発と皮膚への血流で熱を逃がす。ところが加齢とともに発汗反応、皮膚血流、心血管の予備力、体内水分量は変わり、暑さや喉の渇きの感覚も弱くなり得る。心臓、肺、腎臓の病気、認知症、移動の難しさ、利尿薬など一部の薬は、脱水や体温調節の余裕をさらに小さくする。もちろん65歳以上を一つの体質として扱うことはできない。健康状態、住環境、支援関係には大きな幅がある。

環境省は、高齢者では熱中症死が屋内に集中するデータを示し、暑さを皮膚感覚だけで判断せず、室温を測って冷房を使うよう求めてきた。2022年の同省資料では、東京都23区の熱中症死亡者の8割以上が65歳以上で、屋内死亡者の約9割はエアコンを使っていないか、所有していなかった。これは全国の災害時死亡率ではなく東京の一時点の監察医データだが、「家の中なら安全」という直感を崩す。

日常時にも、冷房の有無は社会的な孤立と重なる。2013年に埼玉県三郷市の高齢者を調べた研究では、96.1%がエアコンのある住宅に住んでいた一方、ない人は男性、未婚、一人暮らし、集合住宅である傾向があった。少数だから簡単に見つかるとは限らない。災害で電話、交通、見守り網が同時に切れれば、その少数が最も見えにくくなる。

冷房が命を守る証拠と、その限界

冷房と暑熱死亡を結ぶ証拠は、単純な無作為試験ではない。エアコンを奪う実験はできないからだ。2020年にEpidemiologyへ掲載された多国間縦断研究は、カナダ、日本、スペイン、米国の311地点、1972〜2009年を分析し、エアコン普及率の上昇が熱関連死亡リスクの低下と独立して関連したと報告した。日本では普及率を30%から80%へ上げるモデル上の対比が、熱関連死亡の20.3%減少に関連すると推定された。

ただし、普及率は個人がその夜に冷房を使えたかを直接示さない。住宅断熱、医療、所得、都市構造、警報、行動も同時に変わる。冷房は強い保護手段だが、それだけで公平な暑熱対策にはならない。電気料金を心配してスイッチを入れない人、壊れた機器を直せない人、リモコン操作が難しい人、冷気を嫌う人もいる。

災害時には、所有と利用の間にさらに断層ができる。停電が復旧しても建物内配線が損傷しているかもしれない。室外機が浸水、転倒、瓦礫でふさがれているかもしれない。電力網が生きていても自宅が危険で戻れないかもしれない。「停電戸数ゼロ」は「全員に有効な冷房あり」と同義ではない。

熊本がすでに学んだ「揺れの後」の死

熊本では、地震の死者を建物倒壊だけで数えられないことをすでに知っている。2016年4月の熊本地震では、震度7を28時間のうちに2度観測した。熊本県の最新整理では死者275人のうち直接死は50人、いわゆる震災関連死は225人だった。最大18万3,882人が市町村の避難所へ入り、車中や屋外へ逃れた人も多く、全避難所の閉鎖は11月18日までかかった。

関連死は熱中症だけを意味しない。持病悪化、心身の負担、生活環境の悪化など、災害との因果を自治体の審査が認定した死を含む。2016年は4月の発災で、2026年のような盛夏ではなかった。数字をそのまま今回へ移すことはできない。しかし225対50という比は、救命の時間軸が揺れの数分で終わらないことを強く示した。

2018年7月の西日本豪雨では、片付けと避難生活が猛暑に重なり、政府は被災地での熱中症予防を通知し、発電機や冷房確保を進めた。2024年の能登半島地震後には、避難所の生活環境をめぐる検証から、内閣府が指針とチェックリストを改定し、学校体育館の空調、非常用発電、在宅・車中泊避難者への支援を繰り返し求めた。日本の避難所政策は、床と屋根を提供する段階から、健康を維持できる環境を測る段階へ移りつつある。

1995 阪神・淡路大震災後、「災害関連死」が政策と研究の主要課題になる

2011 東日本大震災で、長期避難と高齢者・慢性疾患への負荷が広域化

2016 熊本地震。最終的に直接死50人、関連死225人

2018 西日本豪雨の復旧が猛暑と重なり、避難所・作業者の暑熱対策が前面化

2024–25 能登の教訓を踏まえ、避難所の空調・電源・生活環境ガイドラインを改定

2026年7月28日 M7.1の熊本地震、宇城市と氷川町で震度7

8月3日 九州大・aiESGモデルが用いた公開被害情報の締切

8月5日 冷房喪失と高齢者の30日死亡負荷に関する迅速分析を公表

34.6キロワットを、現場へ運ぶには

冷房能力の数字が出ても、支援は自動的には届かない。まず、誰を自宅で支え、誰を冷房のある拠点へ移し、誰に医療評価が必要かを分ける。自宅に小型機器を届ける方法は生活を維持できるが、一軒ごとの配線、建物安全、燃料、巡回が要る。冷房のある公共施設へ集約すれば電力効率は上がるが、移動困難者、感染、プライバシー、介護、ペットの問題が生じる。

発電機はkWだけでは選べない。エアコンの起動時電流、実際の消費電力、連続運転時間、燃料の保管と補給、排気による一酸化炭素中毒、騒音を管理する必要がある。蓄電池は屋内で静かに使えるが、kWhが尽きれば再充電が必要だ。太陽光と蓄電池は燃料輸送を減らせる一方、天候、設置場所、瓦礫、夜間容量に制約がある。電源車や系統復旧も万能ではなく、最後の数十メートルのケーブルと安全確認が要る。

しかも冷房は唯一の負荷ではない。酸素濃縮器、吸引器、薬の冷蔵、通信、照明、給水ポンプ、トイレも同じ電源を求める。34.6kWと622.5kWh/日は発注書ではなく、優先負荷を設計する入口である。

緊急冷房を「システム」にする六つの要素
  • 探索:在宅、車中泊、福祉施設、一般避難所をまたいで高リスク者を確認する
  • 温度:屋外気温だけでなく、居室の温湿度とWBGTを測る
  • 移送:冷房拠点へ安全に移れる車両、介助、薬、家族連絡を用意する
  • 電源:ピークkW、日量kWh、起動電流、燃料・充電の補給線を一体で設計する
  • 臨床:意識、体温、水分、持病、薬を評価し、必要なら救急・医療へつなぐ
  • 再確認:電力復旧後も、家屋・配線・機器が実際に冷えるか訪問して確かめる

最新の被害と、モデルの時計は別に動く

熊本県が8月16日午後2時にまとめた被害は、死者39人、人的被害計394人、住宅被害3万1,728棟、71避難所に3,121人だった。気象庁は地震活動がなお活発で、強く揺れた地域では今後1か月程度、最大震度5弱程度以上の地震に注意するよう求めている。

この最新集計を、8月3日スナップショットの「303.5棟」「246人」へ単純に上書きしてはいけない。県の住宅被害棟数には一部損壊や分類未確定、推計値が含まれる。モデルの機能喪失は冷房利用可能性を推定する別概念である。日付、定義、空間配分をそろえずに比率を作れば、精密に見える誤差になる。

迅速分析を実用化するなら、モデルの更新時刻、入力データ、仮定、感度範囲、検証結果を版ごとに残す必要がある。現場から届いた安否・室温・停電・家屋安全の情報で推計を更新し、外れた地域も公開する。AIは情報の空白を埋める補助線にはなれるが、現地確認を置き換える権威になってはいけない。

この分析がまだ答えていないこと

公表資料から分かることまだ確認できないこと
8月3日時点の複数データを36,657の小地域へ統合した迅速モデル査読論文、完全な数式、コード、入力データの全仕様。公表ページに掲載情報は示されていない
30日死亡負荷の相対増加は中心5.34%、感度範囲0.67〜10.01%基準死亡リスク、予測死者数、実際に観察された冷房喪失者の転帰
65歳以上246人を中心推計年齢層、持病、要介護、独居、薬、住宅性能によるリスク差
必要量としてピーク34.6kW、622.5kWh/日を提示機器効率、運転時間、起動負荷、配電、冗長性を含む実装仕様
屋外気温が同じ場合の冷房あり・なしを比較室温、湿度、換気、日射、住宅断熱、住民行動がどこまで反映されたか
優先支援地域を早く見つける枠組み実際の資源配分が死亡・入院・熱中症を減らしたかという前向き検証

公表値には単位上の確認点もある。aiESGの詳細ページは622.5kWh/日の後に「人一人あたり」と読める注記を置く一方、同じページは246人を守るための資源量として説明し、ピーク34.6kWとの関係も個人量としては不整合に見える。本稿はこれを中心シナリオ全体の日量として扱った。運用や調達に使う前に、研究チームによる明確化が必要である。

冷房復旧を、停電戸数ではなく生存で測る

防災は長く、地震に耐える建物、倒れない家具、切れない道路を整えてきた。次に必要なのは、壊れた後の室温まで設計することだ。指定避難所に空調があるかだけでなく、非常電源で何時間動くか、燃料は届くか、一般避難所へ行けない人を誰が見つけるかを平時から台帳化する。

高齢者名簿と電力・医療情報の連携はプライバシーを伴う。だから無制限な共有ではなく、目的、アクセス権、保存期間、本人への説明を決めた災害時プロトコルが要る。空調のある学校、福祉施設、ホテル、商業施設と協定を結び、移送手段と電源接続を訓練する。最も暑い日に初めてケーブルの口径を測るのでは遅い。

九州大学とaiESGの5.34%は確定した死者数ではない。むしろ、その不確かさを残したまま、危険を設備と地図の言葉へ変えたことに意味がある。地震の救助は瓦礫の下だけで起きるのではない。暗い部屋で止まったエアコンを、誰に、いつ、どの電源で戻すか。その答えもまた救命である。

資料・取材ノート
  1. 九州大学「熊本地震:被災高齢者『冷房を失うと30日間の死亡リスクが5.34%上昇』」、2026年8月5日。分析概要、データ統合、図の定義。
  2. aiESG「令和8年熊本地震に関する衛星・人口データ分析」。8月3日時点の入力、36,657小地域、303.5棟、246人、冷房・電力・感度分析の詳細。
  3. 気象庁「令和8年熊本地震ポータルサイト」。地震諸元、活動状況、今後の注意、暑熱支援情報。
  4. 熊本県災害対策本部「令和8年熊本地震に係る被害情報」、2026年8月16日14時。
  5. 熊本県「熊本地震から10年〜記憶と教訓を未来へ〜」。2016年地震の直接死・関連死、住宅被害、避難者。
  6. 内閣府「避難所の生活環境対策」。避難所運営、在宅・車中泊支援、空調・非常電源に関する指針と通知。
  7. 環境省「熱中症予防情報サイト」、および中央環境審議会資料。高齢者、屋内死亡、冷房利用、見守り。
  8. 総務省消防庁「令和6年版消防白書の概要」。2024年の熱中症救急搬送9万7,578人。
  9. Sera et al., “Air Conditioning and Heat-related Mortality: A Multi-country Longitudinal Study”, Epidemiology, 2020, DOI: 10.1097/EDE.0000000000001241。
  10. Kayaba, Kondo & Honda, “Characteristics of elderly people living in non-air-conditioned homes”, Environmental Health and Preventive Medicine, 2015。
  11. 世界保健機関「Heat and health」。高齢者・慢性疾患の脆弱性と暑熱時の公衆衛生対策。

編集注: 本稿は公表資料に基づく分析であり、医療助言や個人の死亡確率の判定ではない。九州大学・aiESGの数値は8月3日時点の公開情報を用いた迅速モデルで、観察された死亡数ではない。公表ページ上で査読論文の掲載情報は確認できなかったため、「研究成果」ではなく「迅速分析/モデル」と表記した。622.5kWh/日の単位は本文の通り原資料に曖昧さがあり、運用前の確認が必要。最新被害は8月16日14時の県資料を使用した。為替レートは読者提供値のUTC時刻を日本時間へ換算した。