画面の道路が緩く曲がる。片側一、二車線の市街地を、時速50〜60キロで走る。参加者の手はハンドルにあり、足元にはアクセルとブレーキがある。頭皮には小さな電極が並び、後頭部から毎秒128回、電気活動を拾う。別の3分間には、同じような走行映像をただ見て、危険になり得る交通対象を見つける。道路は似ている。しかし脳に要求される仕事は同じではない。
中部大学の稲垣圭一郎教授、東邦大学の我妻伸彦准教授、千葉工業大学の信川創教授による共同研究は、その差を運転経験別に測った。論文「Driving Experience Alters Brain Activity Related to Visual Perception and Vehicle Maneuvers During Driving」は7月17日、IEEE Accessに掲載され、8月5日に3大学から公表された。
見つかったのは、単純な「熟練者の脳はいつも活発」という図ではない。経験豊富なグループでは、映像を見るだけの条件で後頭部のアルファ帯域活動が高く保たれ、実際に操作する条件では大きく低下した。初心者にも低下はあったが、切り替えは小さかった。研究チームは、不要な視覚入力を抑え、行動が必要な場面で必要な情報を通す「アルファ・ゲーティング」が、経験に応じて柔軟になった可能性だと解釈した。
「上手な人」を、研究ではどう分けたのか
見出しでは「熟練」と短く呼ぶが、論文の経験者はレーサーや教習指導員ではない。研究者は、免許を3年以上保有し、週5回を超えて運転する人を経験者とした。運転機会がほとんどない、または免許取得から1年未満の人を初心者とした。その結果、経験者14人の週平均は6.00回、初心者10人は0.79回だった。
全員が19〜23歳の男性で、平均年齢は21.1歳。正常または矯正視力を持ち、神経学的な問題は報告されていない。眠気を別の説明にしないため、日本語版カロリンスカ眠気尺度で覚醒状態も確認した。年齢と性別を狭くそろえたことは比較をきれいにする一方、結果を社会全体へ広げる範囲を狭くする。
参加者は最初に10分間、シミュレーターに慣れた。次に、普通に運転する3分間と、録画された走行映像を見て安全上検出すべき対象を知覚する3分間を、参加者ごとに無作為の順序で行った。間には5分の休憩を置いた。都市道路の交通量設定は20%、表示は毎秒30フレーム、視野角はおよそ左右30度だった。
| 条件 | 参加者がしたこと | 脳波で見えた全体傾向 |
|---|---|---|
| 知覚のみ | 録画された走行映像を見て、安全運転に必要な交通対象を知覚 | 両群でアルファ活動が高め。経験者の上昇が特に大きい |
| 知覚+操作 | ハンドル、アクセル、ブレーキを使ってシミュレーターを運転 | 両群でアルファ活動が低下し、ベータ・ガンマ活動は上昇 |
| 経験差 | 同じ二条件を経験者14人と初心者10人で比較 | アルファでは経験と操作条件の交互作用。経験者の条件間の切り替えがより大きい |
アルファ波は「ぼんやり」のメーターではない
アルファ波は、およそ8〜13ヘルツで繰り返す脳のリズムだ。目を閉じて安静にすると後頭部で目立ち、目を開けたり視覚課題に取り組んだりすると弱くなるため、かつては脳が休んでいる「アイドリング」の印と説明されることが多かった。
現在の有力な考え方は、もう少し能動的だ。高いアルファ活動は、関係のない領域や入力を抑える機能的な抑制に関わり、必要な処理が始まると低下する。オーレ・イェンセンとアリ・マザヘリが2010年に整理した「gating by inhibition」は、脳がすべての信号を同じように増幅するのではなく、抑制のリズムで通り道を形づくるという枠組みである。
したがって「アルファが高い=よい」「低い=集中している」と一方向に読むことはできない。どの領域で、何をする前後に、どの周波数が、どの程度変化したかが重要だ。今回の研究で面白いのは絶対値ではなく、見るだけの状態から操作する状態へ移ったときの変調である。経験者は知覚だけの条件で高いアルファを保ち、操作時には初心者に近い水準まで下げた。研究者は、必要が生じるまで入力を選別し、行動時に視覚処理を解放する切り替えとみた。
1890年の「注意」から、頭皮の電気へ
注意を、限られた資源から何かを選ぶ働きとして語る歴史は長い。ウィリアム・ジェームズは1890年の『心理学原理』で、同時に存在する複数の対象から一つを明瞭な形で心が選び取る働きとして注意を描いた。道路という場面なら、信号、歩行者、標識、ミラー、先行車、車内表示が一度に存在する。安全は、全部が網膜に映ることではなく、次の判断に必要なものが選ばれることにかかる。
その選択を電気の波として外から測れるようになるまで、さらに数十年を要した。ドイツの精神科医ハンス・ベルガーは1924年に人の頭皮から脳の電気活動を記録し、1929年に最初の報告を発表した。目を開くと弱くなる約10ヘルツのリズムをアルファ波と呼んだ。1934年には英国のエドガー・エイドリアンとB・H・C・マシューズが再現し、脳波は疑わしい個人実験から共有できる科学的測定へ進んだ。
1950年代以降、注意研究は「フィルター」や「容量」という言葉で発展した。ドナルド・ブロードベントは、入ってくる情報をすべて深く処理できないため早い段階で選別するモデルを提案した。その後の研究は、フィルターが単純な一枚板ではなく、場所、特徴、予測、行動目標によって柔軟に変わることを示した。アルファ・ゲーティングは、その選別を脳の時間的リズムから説明する現代的な答えの一つである。
1890 ウィリアム・ジェームズが、競合する対象から選び取る働きとして注意を論じる
1924 / 1929 ハンス・ベルガーが人の脳波を記録し、最初の論文を発表
1934 エイドリアンとマシューズがアルファリズムを再現
1958 ブロードベントが情報処理の選択フィルターを体系化
1972 モーラントとロックウェルが初心者と経験者の視線探索を比較
2010 イェンセンとマザヘリが「抑制によるゲーティング」を整理
2019 18研究のメタ分析で、初心者の水平方向の視線探索が狭い傾向を確認
2026 稲垣・我妻・信川チームが、知覚のみと操作を伴う運転の脳波を直接比較
目が向いた場所と、脳が通した情報は同じではない
運転研究は長く「どこを見たか」を測ってきた。1970年代の初期研究から、初心者は車の近くや限られた範囲に視線を集中しやすく、経験者は道路状況に応じて探索範囲を変えると報告されてきた。だが個々の実験は、実車、映像、静止画、シミュレーターで条件が違い、経験の定義もそろっていなかった。
2019年、クロエ・ロビンズとピーター・チャップマンは235件から基準を満たす18研究を選び、13研究を少なくとも一つの指標でメタ分析した。全体として確かだった差は、水平方向の探索範囲だった。初心者は経験者より狭かった。一方、注視時間、垂直方向の広がり、注視回数には、研究をまとめたときの一貫した差がなかった。
これは「経験者はたくさん見る」という単純な話を崩す。視線の回数が同じでも、何を予測し、どの対象を行動に結びつけるかは違い得る。信号を見たことと、その直後に横断を始めそうな歩行者を予測したことは同じではない。ミラーへ目を動かしたことと、車線変更に必要な相対速度を取り出したことも同じではない。
今回の脳波研究は、眼球運動の代わりではなく、その内側の層を加える。後頭部アルファの変化は「どこを見たか」を教えない。だが、見るだけの状態と、視覚を操作へ結びつける状態で、神経系の選別がどう変わるかを示す。視線計測と脳波を組み合わせれば、「見たが処理しなかった」と「処理したが反応が遅れた」を将来さらに分けられるかもしれない。
一つの論文ではなく、続いてきた研究線
2026年の結果は、同じ研究者たちが積み上げてきた問いの続きにある。2020年、稲垣らは、交通場面を知覚する際の後頭部脳波が運転経験で異なり、経験者のアルファ活動が高く、ベータ活動が低い傾向を報告した。2021年には稲垣、我妻、信川が、注意に関連する事象関連電位P300を調べ、経験者では視覚対象に対するピーク潜時が短いと報告した。
2023年には運転経験とガンマ帯域の機能的結合、2024年には経験と意図的な注意制御がP300へ与える影響が検討された。そこから残った問いが、「交通場面を見るだけ」と「見ながらハンドルやペダルを操作すること」を分けたらどうなるか、だった。
今回、ベータ(13〜30ヘルツ)とガンマ(30〜50ヘルツ)は操作を伴う条件で増え、経験者では全体に低めだった。ただし経験と操作条件の統計的な交互作用が出たのはアルファ帯域である。このため、最も明確な新規性は「経験者はいつも注意が高い」ではなく、「操作の必要に応じたアルファの変調が経験で異なる」という点にある。
日本の交通安全に、この発見をどう置くか
警察庁によると、2025年の交通事故死者は2,547人で、統計が残る1948年以降の最少を更新した。前年より116人、4.4%減った。一方、重傷者は27,563人で278人、1.0%増えた。長期の安全改善は大きな成果だが、死者数だけでは見えない負傷と生活の損失が残る。
視覚的な見落とし、安全不確認、脇見、漫然運転は、事故分析と運転教育で繰り返し扱われてきた。しかし「注意せよ」と強く言うだけでは、注意が有限で選択的だという問題を解かない。すべての標識、歩行者、広告、メーター、警報を常時同じ強さで処理することはできない。教育の課題は、もっと緊張させることではなく、どの手掛かりが次の危険を予告するかを学ばせることにある。
ここで年齢を経験と混同してはいけない。今回の参加者は若く、高齢者はいない。長年運転していても、視野、眼球運動、反応、認知、薬の影響は加齢で変わり得る。反対に、若く運転回数が少ない人が必ず危険とも限らない。研究チーム自身も、年齢、性別、視覚以外の感覚、運動計画や意思決定を担う脳領域を今後調べる必要を挙げている。
- 運転教育:危険場面の前に何を探索し、いつ注意配分を変えたかを映像・視線・行動で振り返る
- ドライバー監視:眠気や視線逸脱だけでなく、道路要求に対して神経・行動反応が変わっているかを研究する
- 支援システム:警報を増やすだけでなく、運転者が処理できる時機と形式で情報を出す
- 自動運転:監視から操作へ戻る「テイクオーバー」で、注意の再投入をどう支えるかを検証する
教習車、支援システム、自動運転へ——まだ橋は架かっていない
研究チームは、ドライバー状態推定、安全支援、高齢者評価、運転教育への応用可能性を挙げる。だが実験室のアルファ変調から製品や制度までは長い。装着しやすい乾式電極で走行中の雑音に耐えられるか。髪、汗、首の動き、路面振動、眼球運動の影響を分けられるか。個人ごとの基準値をどう作るか。誤警報が運転者の注意をかえって奪わないか。解くべき工学と倫理の問題がある。
特に危険なのは、一つの脳波指標を「安全な人」の点数に変えることだ。アルファは睡眠、疲労、目の開閉、課題、薬、個人差で変わる。今回の確率分布は集団の比較であり、個人の事故確率を算出する検査ではない。免許更新や雇用で使うなら、妥当性、偏り、プライバシー、説明責任を別途検証しなければならない。
自動運転との関係も慎重に読む必要がある。今回の「見るだけ」は録画映像の知覚課題で、部分自動運転中の監視とは違う。実車のレベル2支援では、システムの挙動を理解しながら周囲を監視し、突然操作を引き継ぐ責任がある。受動映像で高いアルファを保つ経験者が、長時間の自動化監視から速く復帰できると、この実験からは言えない。
この研究が答えていない六つのこと
| 言えること | まだ言えないこと |
|---|---|
| 若い男性24人で、経験区分と後頭部脳波の関連が見られた | 女性、高齢者、職業運転者、疾患のある人でも同じか |
| 経験者は週の運転回数と免許年数で定義された | 走行距離、事故歴、違反歴、教習評価を含む総合的な「上手さ」 |
| 能動運転と受動映像でアルファ変調が違った | 経験が変化を生んだという因果。元々の個人差が経験量を選んだ可能性 |
| シミュレーターの3分課題で差が出た | 雨、夜間、渋滞、長距離、実車の振動や危険を含む道路上の再現性 |
| 後頭部O1/O2の周波数成分を分析した | 前頭部の判断、運動野の操作、聴覚や身体感覚を含む全脳ネットワーク |
| 集団の平均差として統計的関係があった | 一人の安全性、事故リスク、免許適性を判定する診断精度 |
さらに、能動条件は視覚だけでなく、操舵、ペダル操作、意思決定、身体の緊張、主体感を同時に増やす。二条件の差をすべて「視覚的注意」だけに帰すことはできない。研究は後頭部の視覚関連活動に焦点を絞ったから明快になったが、実際の運転は多感覚・多段階の行動である。
横断研究である点も重要だ。研究者は運転経験を無作為に割り当て、同じ人を数年間追ったわけではない。頻繁に運転した結果として切り替えが育った可能性はある。同時に、もともと注意の切り替えが得意な人ほど運転を好み、週6回乗るようになった可能性も残る。因果を確かめるには、免許取得前からの追跡、訓練介入、走行距離や事故記録の客観データが必要になる。
- 免許取得前から数年間、同じ人の脳波・視線・運転行動を追う縦断研究
- 女性、中高年、職業運転者、地方と都市のドライバーを含む大規模標本
- 走行回数だけでなく、距離、道路種類、事故・違反歴、危険予測成績を記録
- 脳波と視線、ハンドル・ペダル、心拍、実車データを時間同期して比較
- 危険予測訓練の前後で、切り替えと実際の安全行動が変わるかを検証
本当に熟練しているのは、見続ける脳ではない
初心者の運転は疲れる。標識、車幅、速度、ミラー、ペダルの一つひとつを意識しなければならない。経験が増えると、操作の一部は自動化され、視線は先の展開へ向かう。しかし慣れは注意を洗練させることも、油断を生むこともある。「経験者」というラベルだけで安全を保証できない理由である。
今回の研究の価値は、熟練を「いつも強い注意」としてではなく、状況に応じて処理を変える能力として示したことにある。道路にあるものを全部取り込む脳は存在しない。必要なのは、見なくてよいものを抑え、次の行動を決める手掛かりが現れたときに処理を開くことだ。
100年以上前、注意は競合する対象から一つを選ぶ心の働きとして語られた。いま研究者は、その選択の一部を8〜13ヘルツの波の増減として読もうとしている。ハンドルを握る若者の後頭部で観察された小さなリズムは、安全運転の答えではない。だが、「よく見る」とは視線を固定することではなく、正しい瞬間に正しい情報を通すことだという、より精密な問いを道路へ持ち込んだ。
- 東邦大学「経験は脳に必要な情報を選択する力を育てる」、2026年8月5日。研究概要、共同研究者、用語解説、発表情報。
- Inagaki, Wagatsuma & Nobukawa, “Driving Experience Alters Brain Activity Related to Visual Perception and Vehicle Maneuvers During Driving,” IEEE Access, 2026, DOI: 10.1109/ACCESS.2026.3714767。
- 同論文のCC BY 4.0著者版全文。参加者、装置、課題、分析、限界の確認に使用。
- Jensen & Mazaheri, “Shaping Functional Architecture by Oscillatory Alpha Activity: Gating by Inhibition”, Frontiers in Human Neuroscience, 2010。
- Klimesch, “Alpha-band oscillations, attention, and controlled access to stored information”, Trends in Cognitive Sciences, 2012。
- William James, The Principles of Psychology, 1890、および脳波史に関するHans Berger生誕150年の学術レビュー。
- Robbins & Chapman, “How does drivers’ visual search change as a function of experience? A systematic review and meta-analysis”, Accident Analysis & Prevention, 2019。
- Underwood et al., “Visual attention while driving”, Ergonomics, 2003。
- Inagaki, Wagatsuma & Nobukawa, “The Effects of Driving Experience on the P300 Event-Related Potential”, IJERPH, 2021。
- Inagaki, Maruno & Yamamoto, “Evaluation of EEG Activation Pattern on the Experience of Visual Perception in the Driving”, IEICE Transactions, 2020。
- 警察庁「令和7年における交通事故の発生状況等について」、2026年2月26日。
編集注: 本稿は公表論文と大学・政府資料に基づく解説であり、個人の運転能力、医療状態、免許適性を判定するものではない。「経験者」「初心者」は論文の操作的定義を指し、一般的な安全評価や職業資格を意味しない。アルファ・ゲーティングは観察結果に対する理論的解釈であり、単一の脳機構を直接測定したものではない。為替レートは読者提供値のUTC時刻を日本時間へ換算した。
