地熱井の底やガスタービンの高温部で、起きていることをその場で測りたい。ところが、センサーが熱に耐えても、信号を処理する電子回路が先に限界に達することがある。高温で働く半導体の研究は、こうした「測りたい場所」と「回路を置ける場所」の隔たりを縮めようとしている。

京都大学の研究グループは、炭化ケイ素(シリコンカーバイド、SiC)を使った接合型電界効果トランジスタ(JFET)で、600℃の動作を示した。8月19日の大学発表によると、工学研究科の金子光顕(かねこ・みつあき)准教授、柴田峻弥氏(研究当時、修士課程学生)、木本恒暢(きもと・つねのぶ)教授らの成果で、論文はAPL Electronic Devicesに掲載された。[1][4][5]

数字だけを見れば、熱に強い素子の新記録に聞こえる。しかし今回の核心は、イオン注入でつくるSiCトランジスタについて、設計通りに電流を制御することと、高温で余計な電流を流さないことを両立させる構造にある。論文が報告するのは真空中の電気特性評価であり、600℃で長期間働く完成したコンピューターではない。[3]

熱で壊れる前に、電気の振る舞いが変わる

半導体にとって高温が問題になるのは、材料が溶けるからだけではない。温度が上がると電流を運ぶ電子や正孔が増え、流したい電流と、流れてほしくない電流を区別しにくくなる。設計した電気的な性質を保てなくなれば、形が残っていても回路としては使えない。[6]

SiCは、電子が電流を運べる状態へ移るためのエネルギーの隔たり、すなわちバンドギャップが広い半導体だ。京都大学の研究室は、高温回路と低損失パワーデバイスを、その物性を生かす異なる研究課題として位置付けている。熱に強い材料を選ぶことは出発点だが、素子の構造や接続まで含めて設計しなければ、その強みは回路の性能にならない。[6]

大学の発表は、従来のシリコン集積回路が正常に働く限界の目安として約250℃を挙げる。ただし、これは個々の市販部品を250℃まで使ってよいという意味ではない。実際の許容温度は製品や実装条件で異なる。材料の可能性と製品の使用条件は、別の数字として読む必要がある。[1]

電流の通り道を、接合で絞る

JFETは、電流の通り道であるチャネルを、pn接合に加える電圧で制御する。ゲート側から、電流を運ぶ粒子の少ない空乏層を広げ、通り道を狭くする仕組みだ。今回の論文は、ゲートに酸化膜を用いるMOSFETとは異なる構造を、高温回路に生かそうとしている。[3]

重要な指標の一つが、オンとオフの境目に関わる閾値電圧だ。この値を狙い通りにつくれなければ、複数の素子を組み合わせたときの動作を予測しにくい。単体の素子に電流が流れることと、回路設計者が安心して使える素子になることの間には、距離がある。

深く入りすぎるイオンへの対処

イオン注入は、加速した不純物イオンを半導体に打ち込み、必要な場所をp型やn型につくり分ける方法だ。京都の研究では、アルミニウムとリンを用いた。一方、結晶の方向によってイオンが想定より深く進む「チャネリング」が起こり、設計した不純物分布と実際の分布に差が生まれる。[3]

研究チームは、ゲート領域をチャネルの下に置くボトムゲート構造を採用した。深い部分に伸びた不純物分布の影響を、ゲート領域の不純物によって補償し、実際のチャネルを設計に近づける考え方である。論文では、計算と二次イオン質量分析による分布の測定を照合している。[3]

ここで注目されたのが、400℃で設計値と実測値の差を0.1ボルト未満に抑えた結果だ。ただし論文の表では、これは半絶縁性基板上のnチャネル素子についての比較で、実測の閾値電圧そのものは約マイナス51.7ボルトだった。「0.1ボルトで動く素子」でも、「温度が変わっても閾値が0.1ボルトしか動かない」という結果でもない。[3]

この区別は、研究の価値を小さくするものではない。今回確かめたのは、まず構造を意図した通りに設計できるかという点だ。低い駆動電圧や低消費電力への最適化は、その先の課題になる。

高温で電流が漏れる土台を変える

もう一つの課題は、素子の下にある基板だった。従来用いた半絶縁性SiC基板は、低温では電流を通しにくくても、高温になると深いエネルギー準位からキャリアが放出され、抵抗率が下がる。すると、ゲートでチャネルを閉じたつもりでも、基板側に電流の抜け道ができる。[3]

対策は、n型のエピタキシャル層上に、イオン注入で二重のウェル領域をつくることだった。ダブルウェル構造のpn接合によって、ソースとドレインの領域を電気的に分離する。基板そのものの高い抵抗だけに頼らず、接合を使って漏れを抑える。[3]

600℃の動作を詳しく示したのは、この構造を備えたpチャネルJFETである。論文は、600℃でも電流・電圧特性に線形領域と飽和領域が現れ、定義した測定条件でオン電流とオフ電流の比が1,000を超えたと報告する。先ほどのnチャネル素子の閾値精度と、このpチャネル素子の高温動作を、同じ試料の一つの性能値にまとめてはいけない。[3]

残る漏れ電流の分析では、研究チームは材料の本質的なキャリア生成に近い挙動を見いだしたと解釈している。一方、欠陥を介した生成や表面の漏れの可能性も論じる。漏れがゼロになったという意味でも、どのような回路条件でも理論限界に達したという意味でもない。[3]

「標準工程に近い」と「そのまま量産できる」の間

イオン注入が半導体産業で広く使われる技術であることは、この研究の実用上の魅力だ。ただし、今回の素子が既存の工場で工程変更なしに量産できるとまでは言えない。論文のダブルウェル形成には、最大でリン5MeV、アルミニウム7MeVの高エネルギー注入が使われ、活性化のために1,750℃で10分間の熱処理も行われている。[3]

つまり、共通の加工原理を使うことと、必要な装置、温度条件、歩留まり、費用がそろうことは別だ。量産への評価では、良い特性の素子をつくれたかに加え、同じ特性を多数の素子で再現できるかが問われる。

SiC研究の長い助走

SiCは、半導体として有望と分かっていても、高品質の結晶をつくることが難しい材料だった。2020年に日本学士院紀要Bに掲載された研究史は、京都で1968年に始まった研究と、1980年代後半のステップ制御エピタキシーの開発を振り返る。結晶表面の段差を利用し、基板と同じ結晶構造を持つ層を成長させる技術が、素子開発を支えた。[7]

この歩みを踏まえると、600℃という到達温度の背後にも、結晶成長、不純物制御、接合形成の蓄積が見える。良い物性を持つ材料を見つけることと、それを再現性のある電子部品にすることは、長く続いてきた別々の仕事なのである。

高温SiC回路の実績は、京都だけのものでもない。NASAの2017年の報告には、100個を超えるトランジスタを含む集積回路で、500℃、5,000時間超の動作試験がある。2020年のNASA白書は、500℃で1年以上、金星表面を模した条件で60日間という試験成果も紹介している。[8][9]

到達温度、継続時間、回路の規模、周囲の雰囲気は、それぞれ異なる評価軸だ。京都の600℃を、NASAの500℃より「すべての面で優れている」と読むことはできない。京都の成果は、イオン注入型の構造が抱える二つの課題への解決策として位置付けると、その新しさが明確になる。

金星と地熱井で、何が変わるのか

金星の表面は約460℃に達し、地球の海面付近の約90倍という高い大気圧にもさらされる。高温に耐える素子があっても、そのまま着陸機の完成を意味しない。圧力や大気の化学的影響に加え、電源、配線、通信、センサーを一つのシステムとして成立させる必要がある。[10]

地上での期待は、熱い場所の近くで信号を処理できるようにすることだ。大学は、タービンの内部監視や地熱井の孔内センシングを応用先に挙げている。長い配線や冷却に制約されてきた計測に、新しい選択肢を加えられる可能性がある。ただし、発電効率の改善率や探査期間が今回の実験で実証されたわけではない。[2]

次に必要なのは、600℃の先の「時間」

今回の素子はノーマリオンであり、ゲートとソースの間に制御電圧を加えない状態でも、適切なソース・ドレイン電圧があれば電流が流れる。研究チームは、ノーマリオフ素子を設計し、n型とp型を組み合わせた低消費電力の相補型JFET回路を目指している。高温で動作したことから、待機電力の小さい論理回路が完成したとは言えない。[2][3]

大学は、長時間の信頼性評価と、パッケージや配線材料の耐熱化も今後の課題とする。温度を上げて特性を測る試験に、時間をかけた試験、繰り返しの加熱・冷却、用途に合った環境試験を重ねる必要がある。[2]

本誌が注目するのは、600℃という数字に加え、「狙ってつくる」「不要な電流を抑える」という回路の基本へ踏み込んだ点だ。研究室の素子を現場の計測へ近づけるには、最高温度の更新と同じくらい、いつまで、どの条件で、同じ働きを保てるかを確かめることが重要になる。