大規模災害で支援物資が足りないことは深刻だ。だが、物資が「ある」のに避難所へ届かないことも同じくらい深刻である。トラックが到着しても、誰が荷下ろしするのか。段ボールをどこへ置くのか。どの避難所に何個送るのか。道路が使えるのか。フォークリフトはあるのか。昨日必要だった毛布より、今日は紙おむつや生理用品が必要ではないか。災害物流では、最後の数キロが行政の計画を現実に変える。

川崎市は9月18日、ヤマト運輸株式会社川崎主管支店と「災害時における支援物資の受入、配送等に関する協定」を締結した。川崎市域で大規模災害が発生した際、国などから届く支援物資の受入れ、物資拠点の運営、避難所への配送、荷役、人員・資機材の提供などを市がヤマト運輸へ要請できるようにする。[1][2]

協定締結式には福田紀彦(ふくだ・のりひこ)川崎市長と、ヤマト運輸川崎主管支店の赤塚愼一(あかつか・しんいち)主管支店長が出席した。川崎主管支店は川崎市内ではなく、隣接する横浜市鶴見区安善町に置かれている。[2]

156万7,496人2026年7月1日現在の川崎市推計人口
24万人分市の物資受援マニュアルが想定する国のプッシュ型支援物資
7業務+α協定でヤマトへ要請できる主な物流・助言業務
1年間協定の有効期間。終了通知がなければ1年ずつ自動延長

協定は「トラックを出す」だけではない

川崎市の協定書を読むと、ヤマト運輸に想定される役割は配送より広い。市は必要に応じて、①物資集積・搬送拠点の管理・運営、②配送計画の策定と配送、③配送時の被災者ニーズ収集と日常的な様子の確認、④拠点での荷役作業、⑤荷役に必要な人員・資機材の提供、⑥物流に関する助言要員の派遣、⑦その他双方が必要と認める事項を要請できる。[2]

協定上の業務実務上の意味
物資拠点の管理・運営届いた物資を受け、荷下ろし・仕分け・登録・分配・積込みが回る状態をつくる。
配送計画・配送集中備蓄倉庫や物資拠点から各避難所へ、何をどの順序で運ぶかを組み立てる。
ニーズ・様子の確認配送先で不足品や被災者の日常的な状態を把握し、次の物資需要につなげる。
荷役・人員・資機材行政職員だけでは不足しやすい仕分け要員、物流機材などを補う。
物流助言拠点レイアウト、在庫、配送動線など民間物流の知見を現場へ持ち込む。

とりわけ異例なのは、配送時に「被災者の物資ニーズの収集及び被災者の日常的な様子の確認」まで明記した点だ。荷物を届ける車両は、同じ避難所を繰り返し訪れる。そこで「水は足りているが介護用品がない」「この避難所では乳幼児用品が急に必要になった」といった変化を拾えれば、物流は一方向の配送から、現場情報を戻すループになる。[2]

ただし、これは医療・福祉の専門的な見守りサービスをヤマト社員が担うという意味ではない。協定文が規定するのは、配送時に被災者の日常的な様子を確認し、ニーズを収集する範囲である。健康状態の診断や要支援者への専門ケアまで含むと解釈することはできない。

災害物流で重要なのは、物資を「送った」かではない。必要な人へ届き、その場所から次の需要が戻ってくるかである。

川崎市は2023年に「最後まで届かない」問題をマニュアル化していた

今回の協定の土台は、突然つくられたものではない。川崎市は2023年3月、「災害時支援物資受援体制のあり方及び物資受援マニュアル」を策定した。過去の大規模災害では、国、自治体、民間から多様な救援物資が物資拠点へ集中した結果、自治体職員による受入れ・管理・輸送に課題が生じ、「物資拠点から避難所までの円滑な輸送が困難となった事例」があると明記している。[3]

同マニュアルは、市単独で災害物流を円滑に実現することは困難と認識し、国、神奈川県、関係団体、民間事業者との協力関係を構築することを基本方針に置く。さらに「民間事業者の物流プロセスの有効活用」を明文化した。今回のヤマト協定は、この2023年の方針を具体的な物流会社との契約関係へ一段進めたものと位置付けられる。[3]

川崎が想定する支援物資は24万人分

川崎市は人口156万7,496人、面積144.35平方キロメートル、7区からなる政令指定都市だ。人口全体が避難所へ行く想定ではない。物資受援マニュアルは、首都直下地震時の国のプッシュ型支援について、避難所避難者と避難所外避難者の合計24万人分を川崎市分の計画数量として使っている。[3][5][6]

24万人分の食料、毛布、携帯トイレ、乳幼児・介護用品、生理用品、衣類、生活用品などが一度に動けば、「倉庫がある」だけでは足りない。入荷口と出荷口を分け、避難所別に仕分け、頻繁に出る品目を取り出しやすい位置へ置き、フォークリフトやカゴ台車が通る通路を確保する必要がある。川崎市のマニュアルは、物資を奥から詰め込まない、品目表示をする、パレット積みは2段以下にするなど、物流倉庫の現場に近いルールまで定めている。[3]

発災後3日、7日で「物流の考え方」が変わる

川崎市は災害後の物資支援を大きく3フェーズに分けている。日数は固定ではなく目安だ。[3]

フェーズI|発災~概ね3日目 家庭内備蓄、市の分散・集中備蓄、協定に基づく流通在庫を活用。同時に国のプッシュ型支援を受ける準備を進める。

フェーズII|概ね3~7日目 国などが被災地の要請を待たずに送るプッシュ型物資を地域内輸送拠点で受け、避難所へ配送。並行して具体的な物資ニーズを集める。

フェーズIII|概ね7日目以降 避難所ごとのニーズをもとに必要品を調達・要請するプル型支援へ移行。物資拠点経由だけでなく、事業者から避難所への直接配送も想定。

ここでヤマトの「ニーズ収集」が効いてくる。発災直後は、行政が被害全体を把握できなくても食料や毛布などを先に送る必要がある。しかし1週間後も同じ箱を同じ数量で送り続ければ、必要な品物が不足し、不要な品物が倉庫を埋める。配送先から情報を戻し、プッシュからプルへ切り替えることが物流の第二段階になる。[2][3]

熊本地震が教えた「県庁に物資が集まりすぎる」問題

ヤマト運輸には災害物流の経験がある。2016年熊本地震では、救援物資が熊本県庁へ集中して現場が混乱したことを受け、ヤマトが県へ輸送支援を提案したと同社の100周年記念誌は記す。東日本大震災時に使った「送ったリスト」と「欲しいリスト」を照合する経験も生かされた。[11]

東日本大震災では、ヤマトは岩手、宮城、福島で被災地内の物資拠点から避難所まで物資を届ける組織を構築し、最大200台のトラック、500人規模の体制を組んだと2011年の報告書に記載している。[12]

その経験は「物流会社は車両を出せる」という単純な話ではない。大量の支援品を積んだ大型車が県の拠点へ到着した後、小口化して避難所ごとに仕分け、道路状況を見ながら小型車へ積み替え、受取側の状況を確認する。その工程は、日常の宅配網が毎日行っている集約・仕分け・配達の逆向きにも似ている。

2015年にはAmazonと「必要なものを必要な量だけ」のモデル

ヤマトは2015年、徳島県、Amazonと災害時の物資輸送協定を結んだ。避難所ごとの「ほしい物リスト」を通じ、必要な支援物資をAmazonの物流センターから出荷し、ヤマトが県内の支援物資集積所や避難所へ届けるモデルだった。ヤマトは津波被害を受けにくい自社施設を代替ターミナルとして使い、混乱が想定される四国へ直接入れず関西・中国地方のターミナルを経由する案も盛り込んだ。[15]

ここでも思想は同じだ。「全国から善意を集める」だけでなく、必要量、仕分け、輸送経路、受取先まで一つの物流設計にすることが重要だった。

能登では「県→市町→避難所」の最後が改めて課題になった

2024年能登半島地震で、国は被災自治体の具体的な要請を待たずに食料、飲料水、衛生用品などを送るプッシュ型支援を実施した。国土交通省によると、全国から県の物資拠点までの1次輸送、県から市町の物資拠点までの2次輸送に続き、市町拠点から各避難所までのラストマイル、すなわち3次輸送を確実に行うため、自治体、トラック事業者、自衛隊の協力調整が行われた。[8]

「物資は県まで届いた」だけでは、避難者には届かない。市町村の物資拠点で荷役が滞れば大型車が次々に到着しても降ろせない。避難所別仕分けができなければ出荷できない。道路が寸断されれば別ルートや小型車が必要になる。国交省が熊本地震の教訓から地方自治体向けのラストマイル輸送・拠点運営ハンドブックを整備したのは、このボトルネックが繰り返されたからだ。[7][8]

ヤマト自身も被災する

民間物流を防災計画へ組み込むときに見落としてはいけないのが、物流会社も被災者になることだ。川崎市との協定は、ヤマトが市の要請を受けた場合「可能な限り協力する」とする一方、ヤマト自身が被災するなど支援が困難と判断した場合は例外としている。[2]

これは弱い協定ではなく、現実的な条項である。道路寸断、営業所損壊、燃料不足、ドライバーの被災が起きれば、日常の配送網そのものが止まる。能登半島地震ではヤマトの複数営業所も被災した。日本郵便の穴水郵便局も大きな被害を受けたため、両社はヤマトの能登営業所を共同利用し、荷物を共同輸送した。[14]

2026年8月の熊本地震でも、ヤマトは国土交通省や熊本県などと連携し、全国からの公的支援物資輸送と集積所運営を支援したと公表している。川崎協定の締結は、その約3週間後だった。[13]

平時の宅配網が、なぜ災害時に強いのか

宅配会社は、毎日違う宛先へ大量の荷物を運ぶ。荷物には大きさ、温度、時間指定、住所、数量があり、それを営業所で集約し、車両とドライバーへ割り付け、最後は個別の玄関まで届ける。この「多品種・多地点・小口」の処理こそ、避難所配送で行政が苦労しやすい部分でもある。

ヤマトホールディングスは、災害協定を基に自治体や地域企業と物資輸送や拠点施設運営を支援し、平時から自治体の備蓄品管理、食品の賞味期限管理、資機材の動作確認にも関わる取り組みを公表している。[10]

その強みは車両数だけではない。物の所在を管理するシステム、仕分けの手順、荷役、ルート設計、営業所ネットワーク、現場責任者とドライバーの判断を一体で持つことにある。

川崎は「固定の巨大拠点」を一つ決めていない

川崎市地域防災計画では、市内の地域内輸送拠点を事前に一施設へ固定せず、災害時の道路状況、施設被災状況、利用条件などを踏まえ、候補施設から選び速やかに開設する方式を採る。余剰物資などを一時保管する「物資保管拠点」も、必要に応じ候補施設から選ぶ。[4]

柔軟性は高いが、開設するたびに「どこが入荷口か」「フォークリフトはどこを走るか」「避難所別の荷物をどこへ置くか」を現地で設計する必要がある。そこで民間物流の拠点運営ノウハウが重要になる。

費用は「無償ボランティア」ではない

協定は企業の善意だけに依存する仕組みではない。ヤマトが市の要請に基づいて実施した業務の経費は川崎市が負担し、金額は法令等に定めがあるものを除き双方協議で決める。市は適法な請求書を受けて支払う。[2]

災害協定には無償支援のイメージがつきやすいが、長期間の車両、燃料、人員、フォークリフト、拠点運営を民間企業が継続するには費用が生じる。平時から負担ルールを決めておくことは、発災後の「誰が払うのか」という交渉を減らす意味がある。

国も物流を「物資のデジタル管理」へ変えようとしている

内閣府は、国と地方自治体が物資の調達・輸送情報を共有する「物資調達・輸送調整等支援システム」を運用してきた。2026年版防災白書では、既存機能を継承しながら視認性・操作性を改善し、物資支援に不慣れな職員でも使いやすくする新物資システム「B-PLo」の設計・開発を進めたとしている。[9]

しかし、デジタル画面上で「避難所Aへ紙おむつ30箱」と指示しても、現場でその箱が見つからず、積み込む人も車もなければ届かない。逆に現場が動いても、在庫と需要の情報が共有されなければ無駄な往復が増える。災害物流はデジタルと物理の両方がそろって初めて成立する。

「被災者の様子確認」はラストマイルの情報網になり得る

川崎協定の中で最も将来性があるのは、車両が物資を運ぶだけでなく、配送時に避難所のニーズと被災者の日常的な様子を確認する役割かもしれない。宅配ドライバーは平時にも地域を細かく走るため、災害時には行政職員とは別の視点で地域の変化に気づく可能性がある。

ただし、何を「様子の確認」とするのか、どの情報を誰へ報告するのか、個人情報や要配慮情報をどう扱うのかについて、公開された協定書は詳細な運用手順まで定めていない。秘密保持条項はあるが、避難所からのニーズ・状況報告フォーマットや個人情報の取扱い基準は公表資料だけでは確認できない。[2]

この部分を平時の訓練で具体化できるかが重要になる。情報を集めすぎれば現場負担やプライバシー問題が生じ、少なすぎればプル型支援へ移る材料にならない。

協定の期間は1年——だが自動更新

協定は2026年9月18日から1年間有効で、満了までにどちらかが文書で終了を通知しない限り、さらに1年間延長し、その後も同様に更新する。担当部署・連絡責任者を双方で定め、変更時には相互通知する。業務上知り得た秘密を契約終了後も漏らしてはならないという条項もある。[2]

紙の協定があるだけでは災害対応力は完成しない。連絡責任者が変わっても連絡先が更新されるか。休日深夜に誰が要請するか。物資拠点候補へヤマト車両が実際に進入できるか。フォークリフトを何時間で持ち込めるか。訓練で確認し続ける必要がある。

まだ分からないこと

公表資料では、ヤマトが災害時に確保する車両数・ドライバー数、提供可能なフォークリフト等の台数、物資拠点候補ごとの担当体制、要請から初動までの目標時間、1日当たりの配送能力、具体的な経費単価、代替拠点、燃料調達計画、共同訓練の頻度、KPIは示されていない。

また、本協定は川崎市とヤマト運輸の協力枠組みであり、全ての避難所への配送をヤマトが独占・保証する契約ではない。市は他の行政機関、トラック事業者、自衛隊、地域団体などと組み合わせて受援体制を構築する必要がある。ヤマトが自ら被災すれば、協定どおり支援できない場合もある。[2][3]

物流会社を「災害が起きてから呼ぶ」のでは遅い

川崎市の人口は150万人を超える。物資受援マニュアルが24万人分のプッシュ型支援を想定する都市で、災害後に初めて「大量の段ボールをどう仕分けますか」「避難所へ何台で運びますか」と物流会社へ相談していては遅い。

今回の協定の意味は、民間企業を行政の代わりにすることではない。行政が持つ避難所情報、備蓄、災害対策本部の権限と、物流会社が持つ拠点運営、荷役、配送計画、車両、現場情報を、平時からつなぐことにある。

大規模災害では、最初の3日は「ある物を届ける」。その後は「必要な物を届ける」へ変わる。川崎市とヤマト運輸の協定が本当に機能するかは、トラックが何台走ったかだけでは測れない。必要な箱が、必要な避難所へ、必要な時に届き、その帰り道で次に必要なものが分かる——その循環を作れるかが、本当のラストマイルである。

出典・資料

  1. 川崎市:ヤマト運輸株式会社と「災害時における支援物資の受入、配送等に関する協定」を締結(2026年9月18日)
  2. 川崎市:災害時における支援物資の受入、配送等に関する協定書・報道発表資料(PDF)
  3. 川崎市:災害時支援物資受援体制のあり方及び物資受援マニュアル(2023年3月)
  4. 川崎市:地域防災計画 震災対策編(令和7年度修正版)
  5. 川崎市:2026年7月1日現在の人口・世帯数
  6. 川崎市:市域面積・7区の面積
  7. 国土交通省:ラストマイルにおける支援物資輸送・拠点開設・運営ハンドブック
  8. 国土交通省:令和6年能登半島地震における物流・物資支援
  9. 内閣府:令和8年版防災白書—物資調達・輸送調整等支援システムとB-PLo
  10. ヤマトホールディングス:防災・災害時の支援
  11. ヤマトグループ100周年記念誌:熊本地震での救援物資輸送
  12. ヤマトホールディングス:2011年 東日本大震災支援活動(統合報告書)
  13. ヤマトホールディングス:令和8年熊本地震による被害への支援(2026年8月25日)
  14. ヤマトホールディングス:能登半島地震後の日本郵便との施設共同利用・共同輸送(2024年1月18日)
  15. ヤマトホールディングス:徳島県・Amazon・ヤマト運輸の災害物資輸送協定(2015年)