発表を正確に読む:初年度は津山線・玉柏―牧山駅間の伐採木3トンを用い、湯呑とビアカップを各50点販売する小規模な試みだ。樹種、含水率、従来薪の代替量、焼成歩留まり、輸送を含む環境負荷、費用内訳は公表されていない。「約4割」は東京個展の同等作品との販売価格差であり、製造原価やCO₂排出を4割削減したという意味ではない。

津山線の玉柏駅を出た列車は、旭川の大きな蛇行に沿って山際を走る。JR西日本自身が「車窓をたしなむ」区間として紹介する、明るい田畑と低い山々の風景だ。だが鉄道にとって、線路へ傾く木は風景だけではない。台風、雪、老朽化で倒れれば、架線や車両を傷つけ、運行を止める。沿線の樹木を診断し、必要なものを伐ることは、安全のための地味で終わりのない仕事である。

2026年度、その玉柏―牧山間で伐採された木材のうち3トンが、いつもの出口とは違う方向へ運ばれた。チップやバイオマス燃料として匿名の熱になるのではなく、備前焼作家・松井宏之の窯場へ。そこで木は燃え、灰になり、炎に乗って器へ降り積もった。高温で灰が土と反応し、黄、褐色、緑がかった流れや粒となる。鉄道の安全を守るために消えた「沿線の景色」が、器の表面に別の「景色」として現れた。

岡山大学の学生アートプロジェクトチームSTartLE、JR西日本岡山支社、松井が共同で立ち上げたブランド名は「BIZENYAKI NEO KESHIKI」。学生たちは、線路沿線、窯の中、日々の食卓という「三つの景色をつなぐ」と定義した。単なる廃材利用の説明ではない。一つの言葉で物質の移動と、人が意味を感じる場所の移動を結んだ。

3トン初年度にJR西日本が提供した津山線・玉柏―牧山間の伐採木
100点湯呑50点、ビアカップ50点の限定販売予定
1万/1.2万円湯呑とビアカップの販売価格。東京個展の同等品より約4割低い設定
約1230℃伝統的な備前焼の代表的な焼成温度。薪窯は約2週間燃え続けることもある

学生は「ロゴ係」ではなかった

この事業の出発点は、岡山大学とJR西日本岡山支社が2025年3月に結んだ包括連携協定だ。地域資源、人材育成、地域課題、持続可能性を共同で扱うという広い協定は、ともすれば式典と抽象語で終わる。NEO KESHIKIは、そこから木材、窯、器、値札まで降りてきた具体例である。

岡山大学教育学部の清田哲男教授が率いるSTartLEは、「世界と身体との新しい関係」を考える学生チームだ。今回、学生が担ったのはブランド名やロゴだけではない。コンセプト設計、作家との交渉、パッケージ企画、資材運搬、焼成補助、販売企画まで関わった。工芸を外から装飾するのでなく、薪が届き、窯が焚かれ、買い手が器を手にする全工程の関係をデザインした。

パッケージもその思想を表す。備前焼は桐箱に収められることが多いが、箱を閉じれば、最大の魅力である表面の「景色」が売り場で見えない。岡山大学の山本和史教授が木工芸の知見を提供し、輸送に耐えながら器の肌を見せる新しい包装を設計した。パッケージは大学から提供される。

役割分担は明快だ。JRが燃料となる木を運び、松井が火と土を制御し、学生と教員が関係と見せ方を設計する。どれか一つだけでは商品にならない。産学連携の成果は、新素材の特許ではなく、別々の組織がすでに持っていた資源を一つの流れにしたことにある。

参加者公表された役割生まれる価値
JR西日本岡山支社沿線管理で生じた木材3トンの提供と窯場への運搬安全管理の副産物を地域文化の燃料へ
松井宏之通常の赤松とは異なる木での薪窯焼成と作品制作未知の灰と炎を備前焼の「景色」へ
STartLEの学生構想、名称、ロゴ、作家交渉、運搬、焼成補助、販売企画伝統と日常の距離を設計
岡山大学教員全体指導と、作品表面が見える輸送用パッケージの技術提供大学の知識を価格と購買体験へ

釉薬を「塗らない」のに、なぜ釉ができるのか

備前焼の説明には、一見矛盾した二つの表現が並ぶ。「釉薬を使わない」と「自然釉が生まれる」。違いは、人が焼成前に調合した釉薬を器へ塗るか、燃えて飛んだ灰が窯の中で偶然に近い形で付着するかにある。

木は土から吸い上げたカルシウム、カリウム、マグネシウム、ケイ素、鉄などの無機成分を含む。燃焼で有機物の大半が気体になった後、その鉱物が灰として残る。高温の窯内で灰が器に落ち、粘土のケイ酸やアルミナと反応すると、灰中の成分が融点を下げる「媒熔剤」として働き、薄いガラス質の層をつくる。粒状に見えれば胡麻を散らしたような「胡麻」、厚く溶けて流れれば玉垂れとなる。

しかし灰は工業規格品ではない。樹種だけでなく、土壌、樹皮や枝の割合、乾燥、燃焼条件でも組成は変わる。器の位置、炎の通り道、酸素の多寡、灰の量も結果を変える。今回の発表は樹種構成を公表していないが、松井は、従来の赤松では得られない自然釉の効果に挑んだと説明されている。つまり材料の不均一さは、品質上の難しさであると同時に、作品の個性そのものだ。

木は器へ「変身」するのではない。大半は熱と気体になり、ごく一部の鉱物が灰として肌に残る。循環しているのは木の質量すべてではなく、エネルギー、鉱物、物語、そして地域で使われるお金である。

千年の伝統は、材料を固定して守られたのではない

備前焼は、瀬戸、常滑、信楽、丹波、越前と並ぶ日本六古窯の一つで、須恵器の系譜を引き、平安期からおよそ千年続く。現在の岡山県備前市伊部周辺では、水田の下から採る鉄分に富む粘土を用い、釉薬や絵付けに頼らず、赤松の薪で長く焼く技法が育った。粘りの強い土、松、温暖な気候、山陽道と瀬戸内海の輸送路がそろった土地だった。

鎌倉期には甕、壺、すり鉢など丈夫な日用品を大量に焼き、室町から桃山にかけて、素朴な土肌が茶の湯の「わび」と結びついた。豊臣秀吉や茶人に好まれ、花入、水指、茶壺が美術の領域へ入る。江戸時代には岡山藩の池田家が陶工を保護しつつ、酒徳利、水甕、種壺といった暮らしの器も全国へ広がった。

ところが近代化と生活様式の変化の中で衰退する。20世紀前半、金重陶陽は桃山備前の土、窯、造形を研究し、単なる復刻ではなく自分の基準で再構成した。1956年、備前焼で初めて重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝となり、備前を再び現代陶芸として立ち上げた。1982年には国の伝統的工芸品に指定された。

この歴史を見れば、NEO KESHIKIの異質な薪は伝統への裏切りとは言い切れない。備前は、保存された一つのレシピではなく、土、燃料、需要、交通、権力、茶の美意識との関係を何度も変えてきた。むしろ「炎と灰が器を決める」という核心を残しながら、灰の由来を現代の地域課題へつないだ点に、備前らしさがある。

平安期 須恵器の系譜から、伊部周辺で備前焼の原型が育つ。

鎌倉~室町期 甕、壺、すり鉢などの日用品を生産。六古窯の一つとして発展。

桃山期 無釉の土肌と窯変が茶の湯の美意識に評価され、茶陶の名品が生まれる。

江戸期 岡山藩の保護の下、実用品が広域へ流通。

1930年代以降 金重陶陽が桃山備前を研究・再創造し、近代備前を復興。

1956年 金重陶陽が備前焼初の重要無形文化財保持者に認定。

1982年 備前焼が国の伝統的工芸品に指定。

2025年3月 岡山大学とJR西日本岡山支社が包括連携協定を締結。

2026年8月 BIZENYAKI NEO KESHIKIが初年度100点の販売を開始。

松井宏之――金融から、年に一度の火へ

プロジェクトの不確実な薪を引き受けた松井宏之は、備前焼の家に生まれた陶工ではない。上智大学大学院で国際関係論を学び、野村證券の国際金融部門に勤務し、外務省への出向も経験した。2000年、39歳で会社を辞め、岡山県立備前陶芸センターへ入った。翌年から森陶岳に師事し、桃山の大窯を現代に再現しようとする長期プロジェクトに加わった。

自らの20メートルの窯を築き、2008年からおおむね年に一度焼く。松井が掲げるのは「用の美」――眺めるだけでなく、暮らしで使う美だ。薄さと強度を両立させた器を作り、日本国内だけでなくニューヨークやサンディエゴなどでも展示してきた。金融の価格世界から、窯を開けるまで結果が確定しない世界へ移った経歴は、今回の実験と奇妙に重なる。

伝統的な備前の薪は乾燥した赤松で、樹脂が高温を作りやすい。別の樹種や混合材は、燃焼速度、温度上昇、灰の量、炎の癖を変える。松井の仕事は、伐採木を窯へ放り込むことではなく、未知の燃料を読みながら、器として使える強度と美を成立させることだ。循環型デザインは、熟練を不要にするのではない。むしろ不均一な材料を扱うため、熟練への依存を深くする。

1万円の湯呑は「日用品」か

初年度の商品は湯呑50点とビアカップ50点。岡山大学生協、JR西日本の産直オンラインショップ「DISCOVER WEST Mall」、12月に岡山で開かれる「暮らしを彩る器フェア」などで扱う予定だ。湯呑は1万円、ビアカップは1万2千円。本号の1ドル159.22円で単純換算すると約63ドルと75ドルになる。

大学発表は、東京の個展で1万8千~2万円相当の同等作品に対し、燃料の無償提供、大学のブランディングと包装によって約4割価格を抑えられたとする。この数字は魅力的だが、慎重に読む必要がある。同一製品の値下げ実績でも、製造原価が4割下がったという監査結果でもない。湯呑の1万円は比較下限から44%、ビアカップの1万2千円は比較上限から40%低いが、比較する作品と販路で率は動く。

また、JRの木材、大学のデザイン、教員の包装技術、学生の活動が現物支援として価格を支えている。将来、職業デザイナー、物流業者、通常の燃料価格を払えば同じ値段になるとは限らない。100点限定だからこそ可能な設計かもしれない。

それでも価格の狙いは重要だ。備前焼はかつて甕やすり鉢として生活にいたが、近代には作家物、美術品、桐箱の贈答品という距離が生まれた。1万円は量販のマグよりはるかに高いが、松井の個展作品より入口を下げる。学生が変えようとしたのは、工芸の価値ではなく「買うときの構え」だ。桐箱を開けずに保管する所有から、毎晩ビールを注ぐ使用へ戻そうとしている。

公表された価格本号FXでの概算解釈
東京個展の同等作品18,000~20,000円約113~126ドル比較対象。特定の同一商品旧価格ではない
NEO KESHIKI 湯呑10,000円約63ドル50点限定予定
NEO KESHIKI ビアカップ12,000円約75ドル50点限定予定

「廃棄物」が高級品になった、ではない

循環型事業の記事は、しばしば「捨てられる木が芸術になった」と物語を単純化する。しかし岡山大学は、沿線伐採木には従来、主にバイオマス燃料として利用する流れがあったと説明する。埋立てられるだけだった木を初めて救ったわけではない。NEO KESHIKIは、既存のエネルギー利用に「土地の由来」「手仕事」「所有者が語れる物語」という文化価値を重ねた試みである。

さらに、木を燃やせば炭素は大気へ戻る。今回の焼成が通常の購入薪をどれだけ置き換えたか、輸送距離や乾燥エネルギー、煙、灰の残量を含むライフサイクル評価はない。したがって、脱炭素効果を断定することはできない。窯はもともと薪を必要とするため、他用途のない地域材で化石燃料や遠方の薪を代替できれば環境上の利点はあり得るが、それは測定して初めて主張できる。

物質循環として見れば、3トンのほとんどは器に残らない。熱を発生し、二酸化炭素と水蒸気になり、鉱物の一部だけが表面に付着する。だが経済循環としては別の価値がある。鉄道保守の支出、作家の技能、学生の教育、大学の設計、JRの販売網が岡山周辺で接続され、普通なら別々に計上されるものが一つの商品の価格になる。

本当に循環型モデルかを判断する次の指標
  • 材料:樹種、部位、含水率、処理履歴をロットごとに追跡できるか。
  • 代替:購入する赤松を何トン減らし、既存のバイオマス利用から何トン振り替えたか。
  • 環境:伐採地点から窯までの輸送、乾燥、燃焼、排煙を含む比較評価があるか。
  • 品質:到達温度、破損率、食品用器としての検査、灰の再現性を管理できるか。
  • 経済:JR、大学、学生の現物支援を市場価格で計上しても事業が続くか。
  • 地域:売上が作家、後継者、沿線地域へどう戻るか。

安全のための伐採に、第二の説明を与える

鉄道沿線の伐採には、独特の社会的緊張がある。乗客は緑豊かな車窓を望む一方、鉄道会社は倒木リスクを管理しなければならない。JR西日本は2018年度から、環境や過去の倒木実績で優先箇所を抽出し、樹木医の診断を参考に伐採や運転規制を選ぶ仕組みを本格導入した。2021年には鉄道事業法も改正され、一定条件で鉄道用地外の危険な植物を伐採・移植できる制度が整った。

ただし、今回の3トンが危険木、病木、視界支障木のどれだったかは発表されていない。すべての線路脇の木を焼くべきだという事業でもない。NEO KESHIKIができるのは、必要と判断された伐採の後に、木の来歴を消さないことだ。

学生は、木が茂る景色に「安全な暮らしへの思い」を置いた。伐採前の緑だけを美しいとせず、安全を守る手入れも風景の一部と考える。そして器に残った灰の斑点が、「なぜこの木は伐られたのか」という会話の入口になる。サーキュラー・デザインの力は、ごみ箱を空にすることだけでなく、見えない保守作業を市民が理解できる形へ変換することにもある。

100点のあとに残る問い

初回の100点は、伝統工芸産業を救う規模ではない。3トンはJR西日本の広大な沿線管理から見れば小さい。灰の偶然性を価値にする備前焼は、均一な大量生産とも相性がよくない。だから、このプロジェクトを「廃材問題の解決策」と呼べば過大評価になる。

しかし実験の単位としては、100点は意味がある。購入者は由来に追加料金を払うのか。低い価格は新しい層を呼ぶのか。違う木の灰を美しいと評価するのか。作家は燃焼の変動を制御できるのか。包装は破損を防ぎながら作品を見せられるのか。販売後に器は実際に使われるのか。こうした問いは、プレスリリースではなく、最初のロットから得られる。

次の段階では、各ロットに伐採区間と樹種を記録し、焼成データ、歩留まり、通常薪との比較、購入者調査を公開するとよい。別路線の木が別の色を生むなら、路線ごとの「灰の地図」もできる。だが希少性を煽るだけでなく、作家の労働、沿線管理、後継者育成へ収益を戻す必要がある。物語だけが循環し、負担が現場に残れば、持続可能とはいえない。

器は、火を通った地域の地図である

備前焼の表面を「景色」と呼ぶのは、比喩以上の意味を持つ。赤い土は水田の下から来る。緋襷は藁と鉄の反応、胡麻は灰、桟切は炭と酸素、焼けの強弱は窯内の位置を記録する。器の肌には、地質、植物、空気、火、人の判断が痕跡として残る。備前焼は、絵を描かない代わりに、工程そのものを表面へ記録する陶器だ。

NEO KESHIKIは、その地図に鉄道を加えた。1900年開業の津山線を走る列車から見えた木が、2026年に伐られ、窯へ運ばれ、灰となって湯呑に残る。使う人が毎朝手に取れば、車窓と工房と食卓が一つの物語になる。

伝統は、過去の形をガラスケースに閉じ込めることではない。備前焼はもともと、地域の土、松、火、交通、生活需要を結んだ循環だった。今回変わったのは、その輪に大学と鉄道保守が入ったことである。三つの景色を本当に持続させられるかは、100点が売り切れるかではなく、木の由来、環境負荷、職人の対価、学生の学びを次の窯でも説明できるかにかかっている。

窯が冷え、扉が開くまで、どんな景色が現れるか完全には分からない。その不確実さを消さずに価値へ変えることこそ、千年続いた備前焼が現代の循環経済へ持ち込める、最も古くて新しい技術なのかもしれない。

取材注記と主要資料

本稿は2026年8月12日午前9時18分(日本時間)までに公開された資料に基づく。製品、価格、数量、役割、木材量は岡山大学の発表による。初回製品の独立した実物評価、原価監査、ライフサイクル評価、燃焼・食品接触試験の公表は確認できなかった。「文化的アップサイクル」「経済循環」などの評価と今後の検証項目はJapan.co.jpの分析である。