日本の有料映像市場で、放送会社と通信会社の境界がさらに薄くなる。株式会社WOWOWと株式会社NTTドコモは、10月1日から映像配信サービス「Lemino」を共同事業として運営する予定だ。新会社の商号は株式会社WOWOW Leminoとなる予定で、WOWOWが51%、ドコモが49%を保有する。Leminoの看板は残るが、事業の中身は大きく変わる。[1][3]

9月24日に発表された新体制では、WOWOWが持つUEFAチャンピオンズリーグや木下グループジャパンオープンテニスなどのスポーツ、新旧100作品以上のWOWOWオリジナルドラマ、音楽ライブをLeminoへ順次投入する。価格はLeminoプレミアムの月額1,540円(税込)を維持する予定だ。ドコモ側は約1億1,000万人のdポイント会員基盤と全国約2,000のドコモショップを販売・顧客接点として活用すると説明している。[1][2]

51% / 49%WOWOWが新会社の51%、NTTドコモが49%を保有する予定
226億円6月契約時点で示されたLemino承継事業の対価。WOWOWの51%取得額は約115億円の見込み
1,540円Leminoプレミアムの月額料金。共同事業化後も据え置く方針

「配信を始める」話ではない

WOWOWはすでにWOWOWオンデマンドを運営し、ドコモは長年にわたり映像配信を行ってきた。今回の意味は、両社が新しく配信を始めることではない。むしろ、単独で持っていた強みを一つの事業体に束ね、コンテンツ、会員基盤、販売網、イベント、物販、IP開発までを一体化しようとしている点にある。

WOWOWは10月1日付の組織改定で、新サービス部と新サービスプロダクト部を廃止し、新たな配信サービスをWOWOW Lemino側で運営する方針を明確にした。一方、WOWOW本体は放送、WOWOWオンデマンド、ECなど既存サービスの収益最大化を担う。つまりLeminoはWOWOWオンデマンドをただ置き換えるのではなく、別の成長軸として位置付けられている。[11]

dTVからLeminoへ——ドコモの映像事業はすでに一度、大きく作り直された

Leminoの歴史を振り返ると、今回が最初の再編ではない。ドコモは2023年4月12日、従来の「dTV」をリニューアルし、Leminoを開始した。開始時には韓流・アジア、アニメ、国内ドラマ、邦画、音楽・ライブなど約18万本を掲げ、感情やレビューの共有、フォロー機能などを通じて作品発見を促す「映像配信メディア」という位置付けを打ち出した。[6]

しかし、日本の映像配信市場ではNetflix、Amazon Prime Video、Disney+など世界規模の事業者に加え、U-NEXT、ABEMA、Hulu、FOD、TELASAなど国内勢も競争している。コンテンツ数だけで差をつけるのは難しい。スポーツ放映権や人気ドラマ、ライブ音楽、独占配信を確保するには巨額の投資が必要であり、顧客獲得の広告費もかかる。

ドコモは2026年2月、LeminoプレミアムのWeb・店頭価格を月額990円から1,540円へ引き上げた。公式説明では、コンテンツ拡充と会員サービス充実を理由としている。この価格改定は、低価格だけで加入者を集める段階から、より高いコンテンツ価値で支払いを納得させる段階へ移ろうとする動きとも読める。[7]

WOWOW側には「成長」の理由がある

WOWOWにとって、この提携は守りではなく、既存モデルの限界を踏まえた成長戦略でもある。同社の2025年度の正味加入件数は19万3,011件の純減となり、累計正味加入件数は216万6,701件まで減少した。2026年度第1四半期も7万8,872件の純減で、累計は208万7,829件だった。[8][9]

WOWOW自身も、加入者数だけに左右されない収益構造への転換を掲げている。2025年度には連結売上高に占める「事業収入」の比率が28.8%まで上昇し、2026年度も事業の多層化を進める方針だ。会社側は新たな配信サービスによる加入獲得も一定数織り込みながら、2026年度の累計正味加入件数を205万7,000件と計画している。[10]

ここにLeminoとの共同事業化が重なる。WOWOWは「放送契約を増やす会社」から、制作、権利調達、配信、PPV、イベント、EC、ライセンス、IP開発を組み合わせる会社へ移ろうとしている。Leminoはその転換を一気に加速させる器になる。

226億円の事業承継、115億円の51%取得

この提携は、単なるコンテンツ相互提供ではない。WOWOWの7月説明によると、Lemino事業の承継対価は6月15日時点で226億円。Lemino事業を準備会社へ吸収分割で移した後、WOWOWはドコモから新会社株式の51%を取得し、取得額は約115億円を見込む。残る49%をドコモが保有する。金額は契約時点の数値で、変動する可能性があるとされている。[5]

さらにドコモは、WOWOW本体の株主にもなる。WOWOWはドコモを割当先として81万5,800株を1株1,031円で発行し、約8億4,109万円を調達する予定だ。発行後のドコモ持株比率は約2.8%となる見込みで、調達資金はLeminoのコンテンツ拡充と会員獲得マーケティングへ投じる。資本関係を双方に持たせることで、単年度の番組提携よりも解消しにくい関係を設計した。[4]

コンテンツの強さと「売る力」を組み合わせる

WOWOWが持ち込む最大の資産は、放映権と制作力だ。9月24日の発表ではUEFAチャンピオンズリーグ、木下グループジャパンオープンテニス、新旧100作品以上のWOWOWオリジナルドラマ、音楽ライブなどをLeminoへ順次追加する。既存のLemino利用者から見れば、料金据え置きで中身が厚くなる計画だ。[1]

ドコモが持ち込むのは、巨大な顧客接点である。9月25日の説明会でドコモ側は、約1億1,000万人のdポイント会員と全国約2,000店舗のドコモショップを挙げた。店頭では顧客の興味分野や年代を把握し、適したプランを提案する構想も示した。配信事業で難しいのは番組を作ることだけではなく、その番組を「誰にどう売るか」である。[2]

2026年2月からLeminoは「ドコモ MAX」「ドコモ ポイ活 MAX」の選べる特典に組み込まれ、対象契約者は追加料金なしでLeminoを利用できるようになった。通信料金と動画サービスを束ねる設計は、単独のOTTサービスには真似しにくい。[1]

目標は「動画を見せる」より先にある

両社が繰り返す言葉は「デジタル×リアル」と「ファンダム」だ。独占コンテンツだけでなく、チケット先行販売、限定グッズ、イベントを組み合わせ、視聴者を一作品のファンからサービスそのもののファンへ転換したいという。

この戦略には合理性がある。月額映像サービスは、目的の番組が終わると解約されやすい。WOWOW自身の月次開示も、特定番組の終了が解約増につながる構造を長く示してきた。そこで、映像の外側にイベント、物販、コミュニティ、チケット、ポイントをつなぎ、解約理由を減らす。ストリーミングの競争を「何本見られるか」から「そのコンテンツを中心にどれだけ体験を作れるか」へ移そうとしている。

それでも難しい——規模は自動的に利益を生まない

共同事業化は、競争上の弱点をすべて消すわけではない。スポーツ権利は高額化しやすく、オリジナルドラマは制作費がかかる。会員基盤が大きくても、無料・割引利用者を有料の長期利用者へ転換できなければ収益性は上がらない。ラインナップを増やし過ぎれば、コンテンツ費用が先行する可能性もある。

また、WOWOWオンデマンドとLeminoが並存する以上、両者の役割を顧客にどう説明するかも課題になる。WOWOWの既存有料会員がLeminoへ移動するだけなら、グループ全体として新規顧客を増やしたことにはならない。WOWOW Leminoにとって重要なのは、カニバリゼーションを抑えながら、これまでWOWOWにもLeminoにも支払っていなかった人を取り込めるかだ。

共同事業の本当のKPIは、単なる会員数ではない。
有料転換率、解約率、1人当たり売上、コンテンツ投資回収、イベント・物販を含む顧客生涯価値、そしてWOWOW既存会員との重複が重要になる。

放送と通信の「勝者連合」になれるか

WOWOWは1991年に日本初の民間衛星放送局として開局し、35年間、映画、スポーツ、音楽、ドラマの有料編成を続けてきた。一方、ドコモは通信契約、dアカウント、dポイント、全国店舗という巨大な生活インフラを持つ。両社の提携は、異なる時代に生まれた二つの会員ビジネスが、ストリーミング時代に一つの経済圏を作ろうとする試みといえる。

10月1日に予定通りWOWOW Leminoが始動しても、成功はその日に決まらない。見極めるべきなのは、WOWOWの良質なコンテンツがドコモの販売網によって新しい顧客へ届くのか、ドコモの巨大な会員基盤が実際の視聴と支払いに転換するのか、そしてLeminoが「通信契約のおまけ」でも「WOWOW番組の別窓口」でもない独自のブランドになれるのかである。

日本の映像配信市場は、もはや配信アプリを作れば参入できる段階を過ぎた。必要なのは、コンテンツへの投資力、顧客獲得コストを支える規模、継続率を高める仕組み、そしてIPを複数の収益源へ展開する力だ。WOWOWとドコモの新しいLeminoは、その四つを一社で揃えようとする日本発の大型実験になる。

編集上の注意:新会社の商号、役員体制、事業承継、株式取得、第三者割当増資はいずれも9月27日時点では10月1日実施予定。本稿は実施済みとは扱っていない。226億円・115億円はWOWOWが7月会見で示した6月15日時点の見込み額で、変動可能性がある。

出典・資料

  1. NTTドコモ/WOWOW:Lemino共同事業化と10月1日の新体制
  2. WOWOW:「新生Lemino」メディア説明会要旨(2026年9月25日)
  3. WOWOW:NTTドコモとの資本業務提携に関するお知らせ(2026年6月16日)
  4. WOWOW:第三者割当による新株式の発行に関するお知らせ
  5. WOWOW:2026年7月定例会見要旨
  6. NTTドコモ:dTVをLeminoへリニューアル(2023年)
  7. NTTドコモ:Leminoプレミアム料金改定
  8. WOWOW:2025年度加入件数推移
  9. WOWOW:2026年度加入件数推移
  10. WOWOW:2026年3月期決算説明会レポート
  11. WOWOW:2026年10月1日付組織改定