6月15日、日本政府は米国とイランが敵対行為の停止などに関する覚書に合意したことを歓迎した。外務大臣声明は、この合意を「状況の解決に向けた大きな一歩」と位置づけ、外交的解決を志向した当事者と、仲介に関わった関係国の努力を評価した。だが、日本にとってこのニュースの重みは、祝意の表明それ自体よりも、その背後にあるホルムズ海峡とエネルギーの現実にある。
ホルムズ海峡は、日本にとって遠い海ではない。ロイターによれば、日本は原油輸入の約95%を中東に依存している。国際エネルギー機関(IEA)によれば、2025年には世界の原油海上貿易の約34%にあたる日量約1500万バレルがホルムズ海峡を通過した。行き先の多くはアジアであり、日本と韓国はとりわけその流れに依存している。ホルムズが詰まると、日本のガソリン代、電気代、化学原料、肥料、海運保険料、さらには日銀のインフレ判断まで揺れる。
日本が歓迎したもの
外務省の声明は簡潔だが、重要な含意を持つ。日本は、この覚書を「外交による解決」の成果として歓迎している。日本外交は中東で、軍事的な当事者になるより、緊張緩和を支える仲介的立場を好んできた。今回も、東京が前面に立って調停したわけではないが、火消しの方向に向いた合意を歓迎する姿勢は、日本の一貫した中東外交の延長線上にある。
同時に日本は、平和合意がそのまま即時の正常化を意味しないことも知っている。ロイターは、ホルムズ海峡の再開を巡って日本の海運会社が慎重な姿勢を崩していないと伝えた。日本船主協会は平和合意を歓迎しつつも、機雷除去や安全保証などの詳細が見えるまで判断を急がない構えだ。報道では、日本関連の38隻が影響を受けていた。
1973年から続く“遠い中東、近い台所”
日本のエネルギー感覚を形づくった原点は、1973年の第一次石油危機である。第四次中東戦争を背景としたアラブ産油国の輸出制限は、日本の経済と生活に直接打撃を与えた。トイレットペーパーの買い占めはしばしば象徴的に語られるが、本質はもっと大きい。戦後日本は高度成長と重化学工業化を支えるため、安価で安定した輸入原油に依存する経済構造を築いていた。石油ショックは、その前提を一夜で崩した。
1979年の第二次石油危機、1980年代のイラン・イラク戦争と「タンカー戦争」、1990年の湾岸危機、2003年のイラク戦争、2019年のタンカー攻撃、そして2026年のホルムズ危機。日本はそのたびに、距離ではなく依存度によって中東と結ばれていることを思い知らされてきた。だから日本にとって中東報道は、外交欄だけでは終わらない。経済面、生活面、エネルギー安全保障面で読み解く必要がある。
安倍晋三の2019年と日本の仲介外交
いま振り返ると、2019年の安倍晋三首相のイラン訪問は、日本外交の一つの象徴だった。外務省によれば、安倍氏のイラン訪問は日本の首相として41年ぶりだった。米国とイランの緊張が高まる中、安倍氏はハメネイ最高指導者とロウハニ大統領の双方と会談し、地域の緊張緩和を訴えた。年末にはロウハニ大統領も来日した。
結果として2019年の仲介は劇的な和解に結びつかなかった。しかし、日本が中東で完全な無関係国ではなく、「同盟国アメリカと対話しつつ、イランとも対話できる国」であり続けようとした意味は大きい。今回の2026年合意を日本がすぐに歓迎した背景には、その外交的記憶もある。日本は中東で強硬な言葉より、回路を切らない言葉を選ぶ傾向がある。
エネルギー自給率15.3%の国
日本の構造的問題は、外交がうまくいっても簡単には消えない。エネルギー白書2025によれば、日本の2023年のエネルギー自給率は15.3%で、G7でも低い水準にある。資源に乏しい日本は、依然として化石燃料輸入に大きく依存し、発電の相当部分も火力に頼っている。再生可能エネルギーは拡大しているが、電力系統やコスト、地域受容性の課題は大きい。原子力も再稼働が進む一方、政治的・社会的な制約が残る。
つまり、日本は石油への依存から部分的には離れつつあるが、中東リスクから自由になったわけではない。日本のエネルギー政策は、脱炭素とエネルギー安全保障を同時に進めるという難題を抱える。ホルムズ危機は、その矛盾を容赦なく照らし出す。平時には見えにくいが、危機になると「まだ化石燃料に支えられている日本」が露出する。

海運、保険、肥料、そして物価
ホルムズ問題を石油だけの話として理解すると、見落としが多い。海峡の不安定化は、原油だけでなくLNG、アルミ、尿素などの物流にも波及する。尿素は肥料や化学産業に不可欠であり、海上輸送の混乱は日本の農業コストや食料価格にもつながる。保険料の上昇、迂回航路、在庫積み増し、輸入の時間差は、企業の利益率と消費者物価の両方を圧迫する。
2026年の危機局面では、原油価格が一時的に急騰し、平和合意で反落した。だが日本の企業や政策当局にとって重要なのは、価格の一日ごとの上下よりも、物流の信頼性と再発リスクである。ホルムズが「開いた」としても、戦争保険料や船腹手配、機雷除去、港湾の安全確認が元に戻るには時間がかかる。外交の成功は歓迎すべきだが、物理的な安全保障は別の作業である。
- ホルムズ再開の具体的スケジュールと機雷除去の進捗
- 日本の海運各社・保険会社の再開判断
- 原油・LNG・肥料原料価格の落ち着き方
- 政府備蓄や民間在庫の取り崩し有無
- 中長期的な脱炭素・原発再稼働・再エネ拡大の議論
日本の安全保障はどこまで広がったか
ホルムズ危機はまた、日本の安全保障観の変化も映す。かつて日本は「経済国家」として、エネルギー供給の安定を外交と通商で確保する発想が強かった。だが近年は、サプライチェーン、経済安全保障、海上交通路、サイバー、食料、鉱物資源を一体として考える傾向が強まっている。中東情勢は、単に石油の値段ではなく、“日本の暮らしを支える外部インフラがどこにあるか”を可視化する。
それでも、日本がすぐに軍事的な前面関与へ進むわけではない。今回の政府声明が強調したのは、あくまで外交的解決である。日本の強みは、米国の同盟国でありながら、中東の多くの国とも長期的な関係を持ち、対立の回路が完全には閉じていないことにある。これは派手ではないが、危機のたびに再評価される資産だ。
和平が問い直すもの
今回の合意は、日本に安堵をもたらした。原油価格は下がり、船会社は詳細を待ち、政府は歓迎した。だが本当の問いは、危機が収まった後に残る。日本は、次のホルムズ危機までにどこまでエネルギー体質を変えられるのか。再生可能エネルギー、原子力、蓄電、需要抑制、電化、燃料多角化をどこまで進められるのか。つまり、この和平は日本にとって「終わり」ではなく、「先送りされていた宿題が再び見えた瞬間」でもある。
外務省の歓迎声明は正しい。平和は歓迎すべきだ。しかし日本の視点から見れば、その一歩先にあるのは、ホルムズを通る海の平穏を祈るだけでは足りないという現実である。エネルギー安全保障は、外交の成功を前提にしつつ、その成功に頼りすぎない国家設計の問題でもある。
出典・参考
このJapan.co.jpレポートは、外務省声明、ロイター報道、IEA、資源エネルギー庁資料、外務省の日本・イラン関係資料をもとに構成した。
- Ministry of Foreign Affairs of Japan: Statement by the Foreign Minister (June 15, 2026)
- Reuters: Japanese shippers await details on Hormuz reopening
- Reuters: Japan’s Middle East energy dependency
- IEA: Strait of Hormuz overview
- Agency for Natural Resources and Energy: Energy White Paper 2025 summary
- MOFA: Prime Minister Abe Visits Iran (June 12–14, 2019)
- MOFA: Japan-Iran Relations (Basic Data)
