マンホールの下には、地図に描かれない川が流れている。コンクリートの円筒を汚水が満たし、光は届かず、GPSも電波も使えない。水面の上には硫化水素がたまり、壁の裏では流入した地下水が土砂を運び去ることがある。人が入るには危険で、従来の車輪式カメラには深すぎる。そこへ今、細いケーブルを引いた小型の水中ロボットが降ろされようとしている。
水中ドローン事業を手がけるスペースワンは、2026年8月4日から7日まで東京ビッグサイトで開かれる「下水道展’26東京」へ初出展する。会場には今回新設された「NO Entry管路診断ゾーン」があり、同社は実際の下水管点検に用いたCHASING M2シリーズの構成、業務用ROVのDeep Trekker PHOTON、管底を走るPIPETREKKER A-200Sを展示する。狙いは、人の目、テレビカメラ、飛行ドローンだけでは見えにくかった水没部と滞水区間を補うことだ。
名前は未来的だが、これは空を飛ぶ無人機を水に沈めただけの話ではない。日本の地下にある約49万キロの下水管が、建設の時代から維持の時代へ一斉に入るなかで、どの機械を、どの管に、どのデータ基準で送り込むかというインフラ管理の転換である。そして、その必要性を誰にも見えない形で示したのが、2025年の道路陥没と作業員死亡事故だった。
展示会の新製品ではなく、「見えない場所」の選択肢
スペースワンが提案するのは、一台の万能ロボットではない。CHASING M2 PRO MAXやDeep Trekker PHOTONは、水中を推進器で移動する遠隔操作無人探査機、ROVである。操縦者は地上に残り、映像と操作信号を通すテザーケーブルで機体とつながる。カメラ、照明、ソナー、追加センサーを現場条件に応じて組み合わせ、水位が高く通常のカメラでは確認できない壁、継ぎ手、障害物、堆積物を探す。
PIPETREKKER A-200Sは水中を泳ぐのではなく、管底を走るクローラーだ。ハードケースで運べ、大型のテレビカメラ車を前提としない。安定して底を走れる区間では、浮遊するROVより位置と向きを保ちやすい。逆に、底に泥や瓦礫がたまり、段差や障害物がある場所ではROVが有利になる。水面があるが完全水没していない大口径管には、浮流式や水上走行式カメラが合う。
「ドローン」という一語の下に、飛行式、水上走行式、浮流式、水中ROVが混在している。乾いた空間を飛ぶ機体、流れに乗るカメラ船、ファンで位置を保つ水上機、完全に潜る有線ロボットでは、見える面も航続距離も事故時の回収方法も違う。点検の進歩は、派手な一台を選ぶことではなく、管径、水深、流速、濁度、曲線、堆積、立坑深さに合わせて道具を組み替えることにある。
人が入れない高水位区間、常時滞水する施設、クローラーが走れない障害物、水面上からは見えない管底を撮影できる可能性がある。一方、濁水、強い流れ、長い曲線、ケーブルの引っ掛かり、正確な自己位置の把握は大きな課題だ。
八潮の穴が、地下を地上の政治に変えた
2025年1月28日、埼玉県八潮市の県道が突然陥没し、走行中のトラックが落下した。運転手は死亡。穴は救助活動の最中にも拡大し、周辺では避難や交通規制が続いた。下流の大規模下水道を止めることが難しく、一時は約120万人に洗濯や入浴を控えるよう要請された。一つの管の破損が、道路、救助、生活排水、地域経済を同時に止めた。
埼玉県の原因究明委員会は同年9月の中間取りまとめで、硫化水素によって腐食した下水道管が陥没の原因と考えられるとした。事故は単に「古い管が壊れた」のではない。大口径、深い埋設、常時大流量、代替ルートの不足、危険な管内環境が重なり、壊れた後の調査も修理も救助も難しいという、大都市下水道の本質的な弱点を露出した。
国土交通省は全国特別重点調査を要請した。対象は原則として、直径2メートル以上で1994年度以前に設置された大口径管。腐食しやすい箇所、交通や周辺への影響が大きい箇所など813キロを最優先とし、目視、打音、空洞調査を組み合わせた。地下を「壊れるまで使う」対象から、リスクに応じて調べ、直す資産へ変える緊急の試みだった。
75キロが「1年以内」、243キロが「5年以内」
2025年9月末までに、優先813キロのうち約785キロで潜行目視やテレビカメラなどの視覚調査が行われた。判定済み666キロのうち、原則1年以内の対策が必要と見込まれる緊急度Iの要対策延長は約75キロ。応急措置のうえ5年以内の対策が必要な緊急度IIは約243キロだった。空洞調査を実施した316キロでは7か所の空洞が確定し、5か所は対策済み、残る2か所も対策に入った。
数字は二つの現実を示す。一つは、対象を危険度の高い大口径管に絞っても、判定済み延長の約1割に早急な改築等が必要だったこと。もう一つは、カメラだけでは不十分だったことだ。目視で捉えられない劣化を打音調査が補い、管の内側の異常と路面下の空洞は別の方法で結びつけなければならなかった。水中ドローンが撮る映像も、診断の一層にすぎない。
そして普及の現在地も見えた。国交省が一部対象を追加確認した2,647スパンでは、潜行目視が1,459、浮流式テレビカメラが324、自走式が247で実施済みだったのに対し、飛行式ドローンは4、水中ドローンは1スパンだった。技術は「導入された」が、まだ主役ではない。2026年の展示会は完成した市場の祝賀ではなく、ここから適用条件、精度、価格、調達基準を作る入口なのである。
大阪の溝から49万キロのネットワークへ
日本の下水道史は新しくも古い。藤原京や平城京には道路脇の排水溝があり、1583年の大坂には「太閤下水」と呼ばれる背割下水が築かれた。その一部は今も現役で、都市の地下が何世代にもわたる公共財であることを伝えている。
近代化は開港都市から始まった。1869年、横浜外国人居留地に陶管の暗渠が整備され、1884年には東京・神田で近代下水道が建設された。コレラ流行と都市の衛生が大きな動機だった。1900年に旧下水道法、1922年に東京の三河島汚水処分場、1930年に名古屋で国内初の活性汚泥法による処理が始まった。
戦後、高度経済成長と都市化が建設を加速した。1958年に現行下水道法が制定され、1970年の改正では公衆衛生と浸水防除に加えて公共用水域の水質保全が明確な目的になった。工場排水と生活排水で汚れた川や海を回復し、住宅地を水洗化するため、1970年代から90年代に管と処理場が大量に造られた。
その成功が今、更新波になって戻っている。2022年度末の管路約49万キロのうち、標準耐用年数50年を超えたものは約3万キロ、7%。10年後には約9万キロ、19%、20年後には約20万キロ、40%へ膨らむ。約2,200か所の処理場でも、機械・電気設備の標準耐用年数15年を超えた施設が約2,000か所に達していた。地上の都市が完成した時、地下では一斉更新の時計が動き始めていた。
コンクリートを食べる、見えない化学
下水管は年齢だけで壊れない。素材、流量、勾配、継ぎ手、地下水、土質、施工、化学環境が劣化速度を決める。特に危険なのが硫化水素腐食だ。酸素の少ない汚水中で硫酸塩還元細菌が硫化物を生み、乱流や落差、圧送管の吐き出しで硫化水素ガスが放散される。管頂部の湿った表面では微生物がそれを硫酸へ変え、アルカリ性のコンクリートを石膏化させ、内側から失わせる。
2025年の重点調査では、1981年敷設の直径3メートル管で、二次覆工250ミリが消失し鋼製セグメントが露出した例が確認された。別の1982年管では鉄筋が部分的に露出した。いずれも流入の落差など、硫化水素が放散しやすい構造があった。一方、雨水管では摩耗、風化、中性化、継ぎ手の破損など、硫化水素以外の劣化も多かった。
管に亀裂が入ると、地下水が内部へ流れ込み、周囲の土砂を少しずつ運び去ることがある。管の外側に空洞が育ち、舗装が荷重を支えられなくなった時、地上に穴が開く。内面映像で亀裂や流入水は見えても、外側の空洞の大きさは見えない。だから管内カメラ、打音、地中レーダー、貫入試験、測量、場合によっては光ファイバーセンシングを組み合わせる必要がある。
2015年、点検は「望ましい」から「基準」へ
下水道管に起因する道路陥没は以前から毎年数千件あった。多くは深さ50センチ未満の小規模なものだが、2014年度は約4,000件、2022年度も約2,600件。国は2015年の下水道法改正で維持修繕基準を設け、全施設を適切な時期に点検し、とくに腐食のおそれが大きい箇所は5年に1回以上、目視その他の適切な方法で点検するよう義務づけた。
だが「5年に1回」は全国49万キロを同じ密度で撮影する命令ではない。落差、圧送管吐き出し、伏越し、滞留、過去の劣化、管径、埋設深さ、道路や鉄道への影響を見て優先順位をつける必要がある。2025年の国の第3次提言は、損傷しやすさと事故時の社会的影響を組み合わせ、危険な箇所を高頻度・複数手法で調べる「メリハリ」を求めた。
ここでロボットの価値が生まれる。点検回数を増やすほど、人がマンホールへ入る回数も増やすのでは持続しない。機材を小型化し、道路占用時間を短くし、作業員を地上に置いたまま映像とセンサーを取得できれば、法令を満たすだけでなく、異常の変化を追う予防保全へ近づける。
「NO Entry」は効率より先に、安全の言葉である
下水道は酸素欠乏、硫化水素、急な増水、滑落、閉所救助という複数の危険を抱える。硫化水素は低濃度では腐卵臭を感じるが、高濃度では嗅覚を麻痺させ、警告の匂いそのものが消える。意識を失った同僚を助けようと、保護具なしで次の人が入り、複数人が倒れる「救助者死亡」が繰り返されてきた。
2025年3月、秋田県男鹿市の下水管補修工事で3人が死亡した。同年8月には埼玉県行田市の管路調査で4人が死亡した。国の第3次提言は、作業安全を下水道マネジメントの「大前提」とした。ロボット導入を人件費削減だけで評価すれば、この核心を見失う。最初に減らすべきコストは、危険空間へ人を送り込む回数である。
もちろんROVにも人が要る。現場責任者、操縦者、ケーブル管理、交通規制、ガス測定、映像診断、清掃、回収。人は消えず、役割が管内から地上へ移る。異常を見つけた後の詳細調査、補修、更新には熟練者が不可欠だ。「無人化」は無人の現場ではなく、危険曝露を切り離したチーム作業と考えるべきだ。
水中ドローンにできること、できないこと
| 能力 | 現場での意味 |
|---|---|
| 水没部の映像 | 高水位、滞水、伏越し、貯留施設など、通常の管口カメラや飛行機では隠れる部分を確認する。 |
| ソナー併用 | 濁りで光学カメラが効かない時、壁や障害物までの形状・距離を補助的に把握する。 |
| 遠隔操作と回収 | テザーで映像、操作、位置の手がかりを保ち、通信断や故障時に機体を引き戻す。 |
| コンパクトな搬入 | 大型カメラ車が入りにくい道路や設置余地の小さい場所でも、適用可能性を広げる。 |
| 限界:濁り・流速 | カメラの視界、機体姿勢、ケーブル管理を悪化させる。ソナーも表面劣化の精密判定を単独では代替しない。 |
| 限界:外側は見えない | 壁厚、鉄筋、背面空洞、地盤の緩みは映像だけでは確定できず、打音、超音波、レーダー等が必要。 |
| 限界:位置情報 | GPSが届かず、長い管や曲線では「どこで撮った異常か」を高精度に再現する技術が必要。 |
下水は透明なプールではない。油脂、繊維、砂、沈殿物が舞い、光を散らす。流速が上がれば機体は押し流され、ケーブルが継ぎ手や異物へ絡む。長い曲線では有線でも摩擦が増え、無線は地中と曲がりに弱い。映像に亀裂が映っても、その幅、深さ、位置、進行速度を診断可能な記録へ変換できなければ、きれいな動画で終わる。
国交省も、ドローンにはカメラ性能、自己位置、曲線部の移動という課題があると整理している。現在の技術開発では、GPSのない空間で距離を推定し、硫化水素センサーの値を位置と結びつけ、映像をデジタルツイン上に配置する試みが進む。次の競争は機体の速さではなく、「同じ傷へ5年後に戻り、変化量を比較できるデータ」を作れるかどうかだ。
人、物、金が同時に細る
ロボットが求められるもう一つの理由は、管だけでなく管理組織も老いているからだ。国交省によれば、下水道事業の職員数はピーク時から約43%減った。2022年度、汚水処理人口5万人以下の約1,060事業体では、平均職員数が約5人。下水道事業体の74%がこの規模に属する。少人数で処理場、ポンプ、管路、料金、災害対応、発注を担う。
人口減少と節水は使用料収入を減らす一方、更新対象は増える。資材、電力、建設人件費も上がる。自治体がそれぞれ高価な専用車と専門チームを持つのは難しい。ポータブル機器、共同利用、広域契約、民間の点検サービス、映像の遠隔診断は、技術導入というより運営モデルの再設計になる。
しかし安い映像を大量に集めるだけでは、維持管理費を増やす。判定基準、位置情報、ファイル形式、台帳との連携、異常時の責任、再点検の再現性を標準化しなければならない。AI画像診断も、汚れ、結露、照明、管材の違いを学習した信頼できるデータが必要だ。自治体が買うべきものはドローンの飛行時間ではなく、修繕判断へつながる検証済みの情報である。
普及へ必要な七つの条件
水中ドローンを展示会の話題から公共インフラの標準道具へ変えるには、少なくとも七つが必要だ。
| 条件 | 実装すべき内容 |
|---|---|
| 適用基準 | 管径、水位、流速、濁度、曲率、距離ごとに、ROV、クローラー、水上機、飛行機の選択表を整える。 |
| 性能検証 | 既知の亀裂や腐食を持つ実管路で、検出率、見逃し、位置誤差、再現性を第三者が評価する。 |
| データ標準 | 映像、ソナー、ガス、距離を共通形式で台帳と結び、異なるメーカー間でも比較可能にする。 |
| 安全手順 | ロボット使用時もガス、増水、交通、電気、テザー回収を含む作業計画と中止基準を定める。 |
| 人材 | 操縦だけでなく、下水道構造、腐食、映像判定、閉所安全を理解する技術者を育てる。 |
| 共同調達 | 小規模自治体が都道府県・流域単位で機材と専門家を共有し、稼働率を高める。 |
| 修繕との接続 | 異常発見後の詳細調査、応急措置、管更生、更新予算まで一つの契約・計画へつなぐ。 |
小さな光が照らすもの
水中ドローンのライトが映すのは、数メートル先の濡れたコンクリートだけだ。だが、その小さな視野の背後には、明治の衛生改革、戦後の都市化、公害克服、50年分の公共投資、そしてこれから数十年の更新負担がある。下水道は、正常に動く限り存在を忘れられるインフラだ。道路が崩れた時だけ地上へ姿を現す。
2026年の「NO Entry」ゾーンは、ロボットが人を追い出す宣言ではない。2025年に失われた命を踏まえ、人が入らなければ見えなかった場所を、人が入らずに見るための約束である。水中ROV、クローラー、飛行機、船体カメラ、ソナー、レーダー、光ファイバー、AI。それぞれは部分的な目にすぎないが、組み合わせれば地下の状態を地上の意思決定へ引き上げられる。
日本が問われているのは、ドローンを何台買うかではない。老朽化の波が最大になる前に、危険を見つける制度、データ、技術者、修繕予算を一つの循環にできるかだ。ケーブルの先で泳ぐ小さな機体は、その答えそのものではない。しかし、暗闇へ人命を差し出さず、手遅れになる前に見るための、新しい目にはなれる。
資料・参考文献
製品・展示情報はスペースワンの2026年7月23日発表に基づく。管路延長、老朽化、法制度、重点調査および技術課題は国土交通省の公表資料で検証した。水中ドローンは従来点検を補完する技術であり、個別現場への適用は下水道管理者と有資格技術者による安全・性能評価を要する。
