9月29日の東京証券取引所には、同じ「新規上場」という言葉では括りきれない二つの会社が並ぶ予定だ。ひとつはデジタルマーケティング支援を手がける株式会社オーリーズ(637A)。もうひとつは大分を拠点に基礎石油化学製品を製造するクラサスケミカル株式会社(646A)である。前者はプロ投資家向けのTOKYO PRO Market、後者は一般投資家も売買できる東証スタンダード市場。どちらも9月29日上場予定だが、上場に至る制度も、株主のつくられ方も、会社が市場に求める役割も大きく違う。[1]

この二社を並べて見ると、「上場=公募増資で成長資金を集めるIPO」という日本で長く定着したイメージが、現在の東証では必ずしも当てはまらないことが分かる。オーリーズはTOKYO PRO Marketへの上場で、公募・売出しを伴わない。一方、クラサスケミカルも通常のブックビルディングによるIPOではなく、レゾナック・ホールディングスからのパーシャル・スピンオフとダイレクト・リスティングを組み合わせる。9月29日は、資金調達よりも「公開会社になる目的の違い」が見える一日になる。

オーリーズ(637A)

市場:TOKYO PRO Market

上場予定:2026年9月29日

J-Adviser:フィリップ・キャピタル証券

特徴:特定投資家等を主対象とするプロ向け市場。公募・売出しを伴わない。

クラサスケミカル(646A)

市場:東証スタンダード

上場予定:2026年9月29日

幹事取引参加者:みずほ証券

特徴:レゾナックからのパーシャル・スピンオフ。公募・売出しなし。

オーリーズ——「上場」を資金調達だけで考えない会社

オーリーズは2011年設立。運用型広告を起点に、広告運用、アクセス解析、マーケティングテクノロジー導入、営業プロセス支援などを手がける。東証のTOKYO PRO Market新規上場会社情報によれば、8月25日に上場申請が公表され、9月8日に承認された。証券コードは637A、担当J-Adviserはフィリップ・キャピタル証券である。[2][4]

重要なのは、今回の上場が一般的な「IPOセール」ではないことだ。TOKYO PRO Marketは、一般投資家向け市場とは制度設計が異なり、主な投資家は金融商品取引法上の特定投資家等、いわゆるプロ投資家である。東証によると、株主数、流通株式、利益額などについて他市場のような形式的な数値基準を置かず、J-Adviserが上場適格性を確認する仕組みを採用する。上場申請から承認までの標準的な期間も短い。[3]

つまり、TOKYO PRO Market上場は「大量の新株を個人投資家に売って資金を集める」ことだけを目的とした制度ではない。会社にとっては、上場会社としての信用、開示体制、採用や取引先との関係、将来の資本政策の選択肢を広げる意味を持ちうる。逆に投資家側から見れば、一般市場と同じ流動性や株主数を当然視すべきではない。ここは制度上の違いを明確に読む必要がある。

TOKYO PRO Marketの源流はロンドンAIM

この市場の歴史は、東京だけで完結していない。東証によると、2008年の金融商品取引法改正で導入された「プロ向け市場制度」を基礎に、東京証券取引所グループとロンドン証券取引所が共同出資してTOKYO AIMを設立し、2009年6月に市場を開いた。ロンドンAIMのNomad(Nominated Adviser)制度を参考にJ-Adviser制度を導入したのが特徴だった。2012年7月、TOKYO AIMはTOKYO PRO Marketへ名称変更され、東証が市場運営を引き継いだ。[3]

この設計思想は、すべての企業を同じ型のIPOへ押し込むのではなく、規模や成長段階に応じて公開市場への入口を複数用意することにある。オーリーズの上場は、その制度がデジタルマーケティングのような人的資本中心のサービス企業にも使われている例と位置づけられる。

クラサスケミカル——1969年のコンビナートが別会社として市場へ

対照的にクラサスケミカルは、企業としては新しいが、事業の歴史は半世紀を超える。会社は2024年8月に設立され、2025年1月にレゾナック・ホールディングスとレゾナックから石油化学事業を承継して営業を開始した。源流は1969年に竣工した旧昭和電工大分石油化学コンビナートにさかのぼる。現在はエチレン、プロピレンなどの基礎石油化学製品、酢酸を主原料とする有機化学製品、合成樹脂製品を製造・販売している。[5][6]

東証の新規上場会社概要では、本店所在地は大分市、代表取締役は福田浩嗣氏。上場時の発行済株式総数は2億3,441万5,443株、売買単位は100株。公募・売出しは行わない。一般的なIPOのように、仮条件を決め、ブックビルディングで需要を集め、公募価格を決めるプロセスではない。[5]

鍵は「パーシャル・スピンオフ」——親会社の株主が新会社の株主になる

クラサスケミカルの株主形成はさらに特徴的だ。レゾナック・ホールディングスは、保有するクラサスケミカル株式の一部を現物配当として自社株主へ分配するパーシャル・スピンオフを実施する。親会社が子会社株式をすべて手放す完全分離とは異なり、一定の持分を残しながら、事業を独立した上場会社として市場へ送り出す仕組みである。[7]

このためクラサスケミカルの上場は、会社が新株を売って現金を調達するイベントというより、既存企業グループの事業ポートフォリオを再編し、石油化学事業に独立した株価と経営責任を与えるイベントとして理解した方がよい。東証の資料にも、公募・売出しなしと明記されている。[5]

これはレゾナック側にも意味を持つ。石油化学は大規模設備、原料価格、景気循環、エネルギーコスト、脱炭素投資の影響を強く受ける事業である。独立上場により、その事業の収益性、資本効率、投資負担を投資家がより直接的に評価できるようになる一方、クラサスケミカル経営陣には単独会社としての説明責任が増す。

二つの上場が示すのは「資金調達」ではなく「市場機能」の分化

オーリーズとクラサスケミカルに共通するのは、9月29日に株式市場へ加わること。しかし、そこから先はほぼ逆である。

項目オーリーズクラサスケミカル
市場TOKYO PRO Market東証スタンダード
主な投資家層特定投資家等一般投資家を含む
審査の中核J-Adviser主幹事証券・東証
今回の公募・売出しなしなし
上場の背景成長企業がプロ向け市場へ大企業グループからの事業分離
株主形成既存株主を基礎にプロ市場で取引親会社株主への株式分配を伴う

「どちらが優れた上場方法か」という単純な比較ではない。企業の規模、株主構成、資金需要、事業の成熟度、必要な流動性、開示コストによって、適した市場への入口は変わる。東京市場が一つの型だけでなく、複数のルートを持つこと自体が今回のニュースの本質だ。

9月29日に見るべきもの——初値よりも、その後の市場

新規上場のニュースは、どうしても「初値はいくらか」に集中しがちだ。しかし今回の二社では、初日の値動きだけを見ると重要な部分を取り逃がす。

オーリーズでは、TOKYO PRO Market上場後にどの程度の売買が成立するか、開示の質をどう高めるか、将来一般市場へ移行する選択肢を取るのかが長期的な焦点になる。クラサスケミカルでは、独立会社として設備投資と脱炭素投資をどう両立し、ナフサを起点とする石油化学事業の収益性を市場にどう説明していくかが問われる。

そして市場全体にとっては、この二つの上場が日本企業に示すメッセージが重要だ。公開市場は、成長資金を調達する場所であるだけではない。企業の信用を可視化し、事業を切り出し、株主を再構成し、経営の責任単位を明確にする場所でもある。9月29日に並ぶ637Aと646Aは、その役割の広がりを、一日の取引予定表の中で非常に分かりやすく示している。

編集上の注意:本稿は9月27日までに公表された資料に基づき、9月29日上場予定として記述している。上場当日の初値、売買高、予定変更などは含めていない。

出典・資料

  1. 日本取引所グループ:JPXカレンダー(2026年9月29日の新規上場予定)
  2. 東京証券取引所:新規上場会社情報(TOKYO PRO Market)—株式会社オーリーズ
  3. 東京証券取引所:TOKYO PRO Market 概要
  4. フィリップ・キャピタル証券:株式会社オーリーズ(637A)
  5. 東京証券取引所:クラサスケミカル株式会社 新規上場会社概要
  6. クラサスケミカル:東京証券取引所スタンダード市場への上場承認に関するお知らせ
  7. クラサスケミカル:レゾナック・ホールディングスのパーシャル・スピンオフに関する案内