児童が帰った後の教室には、昼間とは別の時間が流れる。机を整え、保護者への連絡を書き、欠席が続く子どもの記録を確認し、翌日の教材を準備する。廊下の照明が消えても、職員室の画面には未回答の調査票と校務文書が残る。日本の学校で、教員の仕事は授業終了のチャイムでは終わらない。
その長い一日の出口に、重い統計が現れた。文部科学省の2024年度学校教員統計調査の中間報告によると、精神疾患を理由に離職した公立小・中・高校の教員は1,319人。3年前の2021年度調査より369人、38.8%増え、初めて1,000人を超えた。定年退職を除く離職者1万5,540人の約8.5%、ほぼ12人に1人に当たる。
これは「少し疲れて辞めた人」の数ではない。精神疾患が正式な離職理由として記録され、回復や配置転換ではなく、学校を去る地点まで到達した人の数である。同時に、この数字は病気の全体像でもない。休職中の人、休暇を取りながら戻った人、診断を明らかにせず別の理由で退職した人、苦しみながら勤務を続ける人は別に存在する。1,319は問題の境界ではなく、制度からこぼれ落ちた人数を示す遅行指標だ。
二つの統計は、同じものではない
今回の1,319人は、3年ごとの「学校教員統計調査」が数える離職者である。学校種別では小学校801人、中学校365人、高校153人。いずれも過去最多だった。小学校は前回より232人増え、2015年度の331人から2.4倍に膨らんだ。中学校は前回比88人増、高校は49人増である。
一方、ニュースでよく引用される7,087人は、毎年行われる「公立学校教職員の人事行政状況調査」で、2024年度中に精神疾患により病気休職となった教育職員の数だ。対象は小中高校だけでなく、義務教育学校、中等教育学校、特別支援学校の教諭、校長、養護教諭、講師などを含む92万2,776人。休職者7,087人は0.77%で、前年度の過去最多7,119人から32人減ったが、比率は横ばいだった。
この二つを足したり、同一集団として比較したりすることはできない。対象、定義、調査周期が違うからだ。しかし、並べると一つの流れが見える。まず不調で休む。治療と復職支援を経て戻る人もいる。長期休職や再発を経て、最後に離職する人もいる。休職者数が高止まりするなかで離職者が急増したことは、学校が人を休ませるだけでなく、つなぎ留めることにも失敗している可能性を示す。
1,319人は2024年度に精神疾患を理由として公立小中高校を離職した教員。7,087人は同年度に、より広い公立学校の教育職員集団で精神疾患による病気休職となった人数である。両者には重なり得る人がいて、対象も異なるため、合算はできない。
2002年から続く警報
教員の心の健康が突然2024年度に崩れたわけではない。文科省の記録では、精神疾患による病気休職者は2002年度の2,687人から、2008年度には5,400人へ倍増した。2011年度は5,274人で、すべての病気休職者の61.7%を精神疾患が占めた。文科省は2013年、予防、早期発見、復職支援、再発防止を柱とする「教職員のメンタルヘルス対策」をまとめた。
数字はいったん高原状態になったが、問題は解けなかった。2015年度5,009人、2019年度5,478人、2020年度5,203人。その後、2021年度5,897人、2022年度6,571人、2023年度7,119人と急増し、2024年度も7,087人という高水準にとどまった。2002年度の2.6倍である。
ここには診断への理解が進み、休むことへの抵抗がわずかに下がった効果も含まれるだろう。休職が増えたことだけを悪化の証明とみなすのは単純すぎる。必要な人が治療のため休めることは前進でもある。だが、休職率が上がり、同時に精神疾患を理由とする離職が最多になるなら、認識の改善だけでは説明できない。回復を支える制度より、負荷の発生が速い。
世界最長の時間、授業より長い周辺業務
OECDの国際教員指導環境調査TALIS 2024で、日本の常勤中学校教員が申告した仕事時間は週55.1時間。2018年より3.9時間短くなったが、OECD平均41.0時間を14時間以上上回り、参加国・地域で最長だった。小学校も週52.1時間で、比較可能な参加国の平均40.4時間を大きく超えた。
問題は授業時間だけではない。日本の中学校教員の授業は週17.8時間でOECD平均22.7時間より短い一方、一般事務は5.2時間で平均3.0時間、授業準備は8.2時間で平均7.4時間だった。さらに学校運営、教育相談、保護者連絡、部活動、会議がある。「教師が長く働くのは熱心に授業をするから」という説明では、時間の構造を捉えられない。
同じ調査で、強いストレス源として63%が事務作業の多さ、56%が保護者・家庭への対応、43%が国や自治体の変わり続ける要求を挙げた。27%は仕事で「かなり」ストレスを感じ、14%は仕事が心の健康に大きな悪影響を与えると答えた。30歳未満では20%が5年以内に教職を離れる意向を示した。離職統計は、若手の意向調査が数年後に現実へ変わった姿でもあり得る。
教壇の外へ広がった「先生」の役割
戦後の日本型学校は、教科を教える場所以上のものとして発達した。学級担任は生活指導、給食、清掃、健康観察、家庭連絡、行事、進路、地域活動まで子どもの一日を総合的に支える。中学校では教科指導に加え、放課後と休日の部活動も長く教員の献身に依存してきた。この密度が学校への信頼と教育の一体感を生んだ一方、職務の境界を曖昧にした。
社会が複雑になるたび、学校に仕事が加わった。いじめと不登校への対応、発達障害や特別な支援ニーズ、児童虐待の早期発見、災害と防犯、アレルギー、ネット上のトラブル、外国につながる子どもの支援。コロナ禍では感染対策と遠隔授業が加わり、その後は一人一台端末の管理、デジタル教材、オンライン連絡、データ入力が恒常業務になった。新しい仕事は増えるが、古い仕事は同じ速度で消えない。
文科省自身、登下校の見守り、夜間巡回、学校徴収金、地域ボランティアの調整などは「基本的に学校以外が担うべき」と整理した。調査回答、休み時間、清掃、部活動、給食、教材印刷、採点補助、行事準備も、事務職員、支援員、地域、外部人材と分担できるとしている。この「3分類」が必要になったこと自体、教師の仕事が際限なく広がった歴史を物語る。
1971年の4%がつくった「値段のない時間」
長時間勤務の制度的な土台に、1971年制定の給特法がある。公立学校教員には原則として時間外勤務を命じず、命令できるのは実習、学校行事、職員会議、災害など臨時・緊急の「超勤4項目」に限る。その代わり、時間外手当や休日給を支給せず、給与月額の4%を教職調整額として一律に上乗せした。
4%は1966年の勤務実態調査を基礎にした制度だった。しかし、授業準備、採点、保護者対応、部活動などの多くは、管理職が正式に命じた残業ではなく、教員の「自発性」による仕事として扱われてきた。学校が必要とする仕事なのに、通常の残業時間と賃金の関係から切り離される。時間に価格が付かなければ、組織が削減する圧力も弱くなる。
2025年成立の改正法で、政府は教職調整額を2030年度までに10%へ段階的に引き上げることを決め、2026年1月に4%から5%へ上げた。処遇改善は必要だ。だが5%は、週55時間労働を健康的な時間に変えない。定額の上乗せだけでは、仕事量を一件ずつ減らす仕組みにならず、むしろ長時間勤務の包括的な対価と受け取られる危険もある。
小学校801人――担任制の脆さ
今回の離職者の約61%を小学校が占めた。小学校教員は多くの教科を一人で教え、学級担任として児童の生活全体を追い、保護者への窓口にもなる。授業の空き時間が少なく、担任が休むとクラスの日常をそのまま代替できる人を見つけにくい。深刻なケースが起きれば、教頭や専科教員、別の担任が穴を埋める。
特別支援学級も急増している。文科省によれば、その在籍者は2015年度の約20万1,000人から2025年度には約41万9,700人へ倍増した。これは必要な支援に子どもがアクセスできるようになった面が大きい一方、専門性を持つ教員と補助人材の需要を押し上げる。通常学級でも個別対応が求められ、担任一人の注意、記録、家庭連携は増える。
小学校の離職者が2015年度の331人から801人へ増えたことを、教員の忍耐力の低下とは読めない。担任を中核にした仕組みに多様なニーズと欠員が集中し、余白がなくなったと読むべきだ。病気になった一人の代わりが見つからなければ、残る人が授業と校務を分け合い、その人たちの回復時間も失われる。
欠員が欠員を生む悪循環
2025年度の全国調査で、5月1日時点の公立学校の「教師不足」は3,827人。教育委員会が配置すると決めた人数に対し0.45%の欠員で、2021年度の2,065人から大きく増えた。内訳は小学校1,699人、中学校1,031人、高校508人、特別支援学校589人。不足がなかった自治体は68団体中8団体だけだった。
不足率だけを見ると小さく見える。しかし、教員は均等に薄められない。一つの学校で担任が一人足りなければ、その学校では100%の穴である。教頭が授業へ入り、少人数指導担当が学級を持ち、休職者の仕事を同僚が分ける。研修、教材研究、休憩が後回しになる。次の不調が生まれる。
供給側も細っている。民間企業の採用が早まり、教員採用試験を待つ学生が減る。大量退職に対応する正規採用が増えたため、かつて欠員を埋めた臨時講師の名簿も薄くなった。大学で教員免許を取得した学部卒業者は2014年度の7万2,825人から2024年度の6万5,904人へ減少した。職場環境の悪評は志望者を減らし、人手不足が職場環境を悪化させる。
「原因」は一つではない
精神疾患は単純な因果で発症せず、同じ環境でも反応は異なる。個人の病歴、家庭事情、身体の健康、職場、出来事が絡む。文科省の調査も、診断から原因を逆算したものではなく、教育委員会の認識を尋ねたものだ。その上で多かったのは、児童生徒への指導そのもの、上司・同僚・部下との人間関係、校務分掌や調査回答などの事務だった。
保護者との対立や過剰な要求も現実にあるが、「問題のある親」を主因にすれば改革を誤る。大多数の家庭は子どものために学校と協力している。難しい案件を一人の担任へ直接集中させる構造、夜間まで即答を期待する連絡文化、法務・福祉・心理の専門支援が届かないことが負荷を危険にする。個人対個人の衝突を、組織が受け止める仕組みに変える必要がある。
同僚関係も同じだ。結束の強い職員室は最大の保護要因になり得るが、欠員と多忙は相談する時間を奪う。休むと仲間へ負担が移ると分かっているから、不調を隠す。「子どものため」という使命感が、限界を認めることへの罪悪感に変わる。病気休暇が遅れれば、治療も復職も難しくなる。
休ませる制度から、壊さない制度へ
日本は何もしてこなかったわけではない。2019年の指針は時間外在校等時間を月45時間、年360時間以内とした。2023年度を通じて月45時間以下だった中学校教諭は約58%で、裏返せば約42%は少なくとも一部で目標の外にいた。学校ごとの記録方法や持ち帰り仕事に差があるため、打刻の改善だけで実態が消えるわけでもない。
部活動は学校単位から地域クラブへ移す改革が進む。教員業務支援員、部活動指導員、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、ICT支援員も増やしてきた。2025年の改正法は教育委員会に業務量管理・健康確保計画と進捗公表を求め、短期欠員に対応する「日本版サプライティーチャー」の実証も始まる。
メンタルヘルス対策では、ストレスチェック、相談窓口、管理職研修、段階的な試し出勤、復職後のフォローが整備されてきた。2026年には文科省と公立学校共済組合が、管理職向け「コンパス」と休職者向け「とまり木」を公表した。これらは必要だが、治療と復職支援だけでは、同じ仕事へ人を戻す回転扉になりかねない。
必要なのは、勇気ではなく容量
| 改革 | 現場で変えるべきこと |
|---|---|
| 欠員の即時補充 | 地域・都道府県を越えた常設代替プールをつくり、休職者が出た翌日から同僚へ全負荷が移らないようにする。 |
| 業務の総量規制 | 新しい施策を加える時は、同じ時間分の既存業務を廃止する。会議、調査、報告書を国・自治体単位で棚卸しする。 |
| 担任のチーム化 | 小学校の教科担任制、複数担任、支援員を拡充し、一人の不在が一学級の危機にならない設計へ変える。 |
| 保護者対応の組織化 | 夜間連絡のルール、管理職による一次受け、法務・福祉・心理の専門家への迅速なエスカレーションを標準化する。 |
| 秘密が守られる医療 | 人事評価から独立した相談、早期受診、柔軟な病気休暇、本人中心の段階的復職を全国で利用可能にする。 |
| 成果指標の転換 | 退勤時刻だけでなく、休職、再発、離職、欠員、授業準備時間、職員の心理的安全性を教育委員会ごとに公表する。 |
給与を上げること、相談窓口を増やすこと、働き方改革を呼びかけることは、それぞれ正しい。しかし、最も希少な資源は人の余白である。誰かが休んでも授業とケアが続き、残る人が倒れないだけの人員。授業を改善し、同僚へ相談し、昼食を座って食べ、勤務日のうちに仕事を終える時間。制度が確保すべきなのは、教師のさらなる我慢ではなく、その容量だ。
空いた机の向こう側
教員一人の離職は、人事表の一行で終わらない。子どもは担任の交代を経験し、保護者は新しい連絡先を探し、同僚は学級、部活動、校務を引き受ける。本人は、免許を取り、採用試験を通り、何年も築いた職業上の自分を手放す。精神疾患による離職は、健康統計であると同時に、教育の供給能力を削る統計だ。
それでも、離職を恥として隠すべきではない。命と回復を守るために職場を離れることは、失敗ではない。失敗は、助けを求めた人に「子どものためにもう少し」と言い、補充できない人員不足を本人の責任感で埋め続けることだ。
放課後の教室で一人、書類の山に向かう教員の姿は、献身の美しい場面に見えるかもしれない。しかし、良い学校は英雄的な自己犠牲で維持されるべきではない。1,319という記録が次の記録に更新されないためには、電気が消える時間を早めるだけでは足りない。その机に仕事を積む仕組みそのものを変えなければならない。
Sources and references
1,319人の離職統計は文科省の学校教員統計調査中間報告を伝える共同通信記事を基礎とし、休職、労働時間、教員不足、給与制度、改革の経緯は政府・OECDの一次資料で確認した。
- 共同通信/大分合同新聞:精神疾患による教員離職1,319人
- 文部科学省:令和6年度公立学校教職員の人事行政状況調査
- 文部科学省:教育職員のメンタルヘルス対策と休職者数の推移
- 文部科学省:平成23年度の精神疾患休職者と過去10年の推移
- 文部科学省:OECD TALIS 2024報告書のポイント
- OECD:TALIS 2024 Japan country note
- 文部科学省:令和7年度「教師不足」に関する実態調査
- 文部科学省:2025年給特法等改正法の成立
- 中央教育審議会:給特法と教員処遇の歴史
- 文部科学省:公立学校教師の勤務時間上限ガイドライン
- 文部科学省:学校・教師が担う業務の3分類
- 文部科学省:教職員のメンタルヘルス対策、復職・再発防止資料
