戻り始めたタンカー、しかし海峡は越えない
中東へ向かう日本関係の大型原油タンカーに、慎重な動きが見え始めた。米国とイスラエルによるイラン攻撃が始まった2月以降、日本の石油元売り会社と船主は、ペルシャ湾周辺の危険を避けるため、原油を積み替える場所と運び方を変えてきた。戦闘が長引くなか、オマーンやアラブ首長国連邦の積出港で日本に向かう原油を直接引き受ける船が現れた。
ただし、これはホルムズ海峡への全面復帰ではない。ブルームバーグが船舶追跡情報や海運仲介業者への取材を基に10月13日に報じたところでは、出光興産の関連船「出光丸」はオマーンのミナ・アル・ファハルで積んだ原油を日本へ運んだ。別の日本企業が運航・支配する大型原油タンカー2隻以上も、アラブ首長国連邦のフジャイラで積み荷を受ける見込みとされた。一方で、報じられた船はいずれもホルムズ海峡を通ってペルシャ湾内に入ったわけではない。個船の寄港予定は変わり得る。
出光興産は同報道への回答で、ホルムズ海峡を通航させる方針に変更はないと説明した。つまり変わり始めたのは、危険な水路を通るかどうかという原則ではなく、その外側でどこまで船を近づけ、積み替えを自社の管理下に置けるかという運用の範囲である。
数字が示す日本の弱点
日本の原油調達を理解するうえで、単純な「輸入依存」と「中東依存」を分ける必要がある。資源エネルギー庁によれば、2024年度の原油輸入に占める中東の割合は95%前後に及ぶ。一方、同庁の2026年5月資料は、国内一次エネルギー供給全体に占める石油の比率が2024年度には34.8%になったことを示す。1970年代から燃料構成は大きく変わったが、石油そのものの調達先は依然、中東に著しく偏っている。
ブルームバーグが引用したKplerの推計では、2025年の日本の原油輸入約8億2300万バレルのうち中東産が93%を占めた。これは追跡会社による暦年推計で、政府が示す年度統計とは対象期間や集計方法が異なる。同じ数字として扱うべきではない。
原油の産地を変えることは、電話一本で仕入れ先を替えるのとは違う。国内の製油所の多くは、硫黄分や密度の異なる中東産原油を組み合わせて効率的に処理する設備と運転計画を持つ。代替油種への変更には、品質調整、操業上の検証、タンクのやりくり、長期契約の見直しが必要になる場合がある。
なぜ遠くで積み替えていたのか
海峡付近の安全が脅かされると、石油会社は原油だけでなく船と船員の安全を同時に確保しなければならない。従来の直積みを控え、インド沖や東南アジアで船から船へ原油を移す「洋上移送(STS、ship-to-ship transfer)」が重要になった。こうすれば日本と関係するタンカーを危険海域から遠ざけられる半面、積み替え船の手配、待機、追加の航海、保険、港湾関連費用などが積み重なる。
最近は中東周辺の海域で日本関係船によるSTSの利用も増えた。報道が示す集計では、8月に少量から始まり、10月初旬には移送量が約370万バレルに達した。ただし、この月初の数字と9月全月の約400万バレルを単純に比較して「安全が回復した」とは言えない。航路の一部で物流が戻っても、航海の危険は別に評価される。
大型タンカーの所有者、運航者、船籍、用船者、積み荷の所有者は必ずしも同じ会社や国ではない。「日本関係船」は一つの厳密な船籍区分ではないため、日本籍船だけを指すと読者が誤解しないよう注意したい。
政府が動いた10月13日
船舶の動きと同じ日に、政策も大きく進んだ。政府は10月13日の閣議で、原油等の調達・輸送に関する3法案を決定した。首相官邸の閣議案件には「原油等の安定的な輸送の確保のための指定水路の利用の合理化に関する法律案」「特定貨物保険契約及び特定船舶保険契約の履行の確保に関する特別措置法案」「独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構法の一部を改正する法律案」が掲載されている。報道で使われる「原油等調達多角化法案」「原油等輸送保険法案」などの通称と、閣議案件の正式名称は区別する必要がある。
制度の骨格は三つだ。第一に、ホルムズ海峡を経由しない調達で生じる追加輸送費などに対応する支援。第二に、情勢の悪化で民間の再保険が十分に引き受けられない場合の、国による保険支払い能力の補完。第三に、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による代替輸送インフラへの関与の拡大である。赤沢亮正経済産業大臣は調達先とルートを多角化してリスクを減らす考えを説明した。
重要なのは、いずれも閣議決定段階の法律案であり、この時点で制度が成立・施行したわけではないことだ。支援の具体的な負担と条件は、国会審議や制度設計を通じて確認する必要がある。
海上で運ぶ自由と、保険で守る現実
海運の安全は船長の判断だけで決まらない。武力攻撃を受けるおそれ、船舶の位置情報、積み出し港の警備、傭船契約の危険区域条項、戦争保険料、再保険市場の引受能力が同時に船の経済性を左右する。物理的に航行できる航路でも、保険を得られなければ商業航海は成立しにくい。
10月上旬にはホルムズ海峡周辺で商船への攻撃が相次いだ。ロイターがKplerの分析を伝えた10月8日の記事によると、ある火曜日の物資輸送船の通過は7隻に落ち込んだ。一方で原油供給には、オマーン湾岸や紅海沿岸の積出設備などを通じた迂回もある。海峡を通る船の減少と、中東全体の輸出量の減少は同義ではない。
この違いは消費者にとっても重要だ。海峡の通航量、タンカー運賃、保険料、原油価格、為替相場は別々に動く。輸送費が高くなれば最終的な石油製品価格に転嫁され得るが、値上がり幅は調達契約や在庫、国内競争などにも左右され、特定の日の船舶動向だけから予測することはできない。
二度の石油危機から半世紀
1973年の第1次石油危機は、日本の暮らしと産業に強い記憶を残した。1979年の第2次石油危機を経て、政府と企業は国家備蓄、民間備蓄、天然ガス・原子力・石炭などへの燃料転換、省エネルギー、輸入先の分散を進めた。資源エネルギー庁の統計によると、原油輸入の中東依存度は1987年度に67.9%まで低下したものの、その後再び上昇した。
1970年代の教訓は、備蓄があるから危機を無視できるということではない。備蓄は急激な供給断絶を緩和する時間を与える仕組みであり、長期化する輸送混乱と高い運賃を無期限に解消するものではない。加えて、調達地域の多様化と、そこから安全に運ぶ航路の多様化は別の課題である。
船主協会は2026年を通じ、中東情勢に関する海上安全への対応を公表してきた。こうした積み重ねは、ニュースの見出しに表れにくい船員、荷主、海運会社の継続的なリスク管理の歴史でもある。
フジャイラ、オマーン、そして日本の次の判断
フジャイラはホルムズ海峡の外側、アラビア海につながるオマーン湾側に位置する重要なエネルギー物流拠点だ。オマーンのミナ・アル・ファハルも同じく海峡通過を必要としない積出地点である。だからこそ日本関係船がこの周辺に近づくことには、全く危険を取らずに済むという意味ではなく、海峡の内側に入るリスクと物流費を区分し、選択肢を増やす意味がある。
今後の焦点は、追加の日本関係船が実際に積み荷を受けたか、船員と船舶の安全が維持されたか、洋上移送と直積みの費用差がどれほど縮まったか、そして代替調達の制度が法制化されるかにある。個別船舶の現在位置や予定だけでは、海峡の安全の回復を結論できない。
一隻のタンカーが近づいたことと、一つの国のエネルギー安全保障が改善したことの間には、なお大きな距離がある。今回の動きが示すのは「平常化」ではない。危険が消えない海を前に、調達と輸送の仕組みを少しずつ組み替える日本の姿である。
出典・参考資料
- Bloomberg via The Japan Times (October 13): tracked Japanese-linked tanker movements
- 首相官邸/Prime Minister’s Office: October 13 Cabinet agenda and formal bill titles
- 資源エネルギー庁/Agency for Natural Resources and Energy: 2025 energy supply briefing
- 資源エネルギー庁: May 2026 briefing on petroleum dependence
- Reuters (October 8): maritime traffic and attack risks
- 日本船主協会/Japanese Shipowners’ Association: 2026 safety statements
- Reuters (October 13): Japanese Cabinet action
- 資源エネルギー庁/Agency for Natural Resources and Energy: history of oil dependence
取材資料確認:2026年10月13日。報道を通じた運航情報は独自の船舶追跡調査ではありません。
