日本列島は、静止しているように見えて、常にわずかに変形している。太平洋プレートやフィリピン海プレートが周囲から押し込み、内陸の地殻には圧縮や伸び、せん断のひずみが蓄積する。その動きは一年に数ミリから数センチという世界だが、長期的には活断層や内陸地震の発生場を理解する手がかりになる。
その「見えない変形」を、これまでより細かく見る研究が9月22日、国際学術誌Earth, Planets and Spaceに掲載された。東北大学大学院理学研究科の大舘未来(おおたて・みく)大学院生、太田雄策(おおた・ゆうさく)教授、北海道大学大学院理学研究院の大園真子教授、髙橋浩晃教授らは、国土地理院のGEONET約1,300点と、ソフトバンク株式会社が全国に整備した3,300カ所以上の独自基準点を統合。2019年11月から2023年12月までの観測データを解析し、品質管理後の3,606点から日本列島全域の地殻ひずみ速度場を推定した。[1][2]
「点を増やす」と、何が見えるのか
GNSS観測で分かるのは単なる緯度経度ではない。同じ地点を長期間連続観測すれば、地面が北へ何ミリ、東へ何ミリ、上下に何ミリ動いたかを追える。複数の観測点の速度差を比較すると、地殻がどこで縮み、伸び、ずれているか——つまりひずみ速度を計算できる。
国土地理院のGEONETは、全国約1,300カ所の電子基準点とつくば市の中央局で構成される。1996年の運用開始以来、測量の基準、地殻変動監視、地震・火山研究の基盤として世界でも有数の高密度観測網を形成してきた。[3]
しかし、どれほど優れた観測網でも、点と点の間には距離がある。小さな変形域がその間にあれば、平均化されて見えにくくなる。今回の研究で重要なのは、民間の測位サービス用に設置された基準点を追加することで、その空白を大幅に埋めたことだ。
携帯電話の基地局が、地震研究の観測所になった
ソフトバンクの独自基準点は、もともと地震研究のために造られたわけではない。2019年、同社はRTK測位によるセンチメートル級の高精度測位サービスを全国展開するため、携帯電話基地局の設置場所を活用して3,300カ所以上の固定局を整備した。サービスは現在の「ichimill(イチミル)」へつながっている。農機、建設機械、自動運転、測量などで、利用者の位置を数センチメートル級で求めるための商用インフラだった。[4]
ところが、固定されたアンテナが衛星信号を絶えず受信しているという点では、地殻変動を測る装置と本質的に共通する。東北大学は2021年6月からデータ提供を受け、精度を検証。2022年には、ソフトバンクの観測網でもGEONETとおおむね同等の精度で地殻変動を把握できることを示した。同年8月には東北大学、ソフトバンク、ALESを中心に、国内12研究機関18部局が参加する「ソフトバンク独自基準点データの宇宙地球科学用途利活用コンソーシアム」が設立された。[5][6]
通信会社が商用サービスのために整備した設備が、そのまま地球科学の観測密度を上げる。今回の成果は、民間インフラの「副次的な科学価値」を全国スケールで示した例でもある。
空間スケールは約39キロから約21キロへ
論文が示す技術的な改善は具体的だ。研究チームは各地点の水平速度から局所的な線形速度場を推定し、空間的な滑らかさを制御する手法を使った。どれほど近い範囲の情報を強く反映するかを示す距離減衰定数 D の平均値は、GEONETだけでは約39キロだったのに対し、GEONETとソフトバンクを統合すると約21キロまで小さくなった。ソフトバンク単独でも約25キロだった。[2]
数字が小さくなるほど、より局所的な変形を捉えられる。単純に「解像度が2倍」と言い切れる指標ではないが、従来より短い波長の地殻変形を安定して抽出できるようになったことを示す。
研究チームはさらに、50キロ半径の低域通過フィルターで長波長成分を取り除き、短波長のひずみを抽出した。これにより、列島全体を覆う大きなプレート運動の中に埋もれやすい、より局所的な変形パターンを比較できるようになった。
新潟-神戸歪集中帯、奥羽脊梁、山陰——細かな模様が地震活動と重なる
高密度化した地図では、新潟-神戸歪集中帯の内部に最大せん断ひずみ速度の集中域がパッチ状に現れた。また、北海道北部や山陰地方では、短波長の最大せん断ひずみ速度と地震活動の分布が空間的に対応する特徴が確認された。奥羽脊梁山脈沿いでは、ひずみ速度場と第四紀火山・活火山の分布との対応も見えた。[1][2]
こうした対応は、「ひずみが大きい場所なら次に地震が起こる」という意味ではない。地震発生には断層形状、摩擦、流体、過去の地震履歴、応力状態など多くの要素が関わる。ひずみ速度は、その一部を地表から観測したものにすぎない。
研究チームが示したのは、内陸地震が発生する地殻の変形環境をより細かく描く方法である。個別の地震の日時・場所・規模を予測する成果ではない。
能登半島で先に実証された「点の多さ」の価値
民間GNSSの価値は、今回初めて確認されたわけではない。能登半島では2020年末ごろから群発地震が活発化し、2023年5月にはM6.5の地震が発生した。GEONETでも異常な地殻変動は捉えられていたが、震源域周辺の観測点数には限りがあった。
東北大学などはソフトバンク独自基準点を加え、群発地震に伴う隆起と変形をより細かく解析。流体の移動とスロースリップが活動に関与した可能性を論じた。[8]
そして2024年1月1日の能登半島地震では、ソフトバンク、ALES、大学研究機関のコンソーシアムが独自基準点データを統合し、地震時の水平・上下変位、断層面上のすべり分布などを推定した。解析結果は地震調査委員会などにも報告された。[7]
一地域の地震解析で示された有用性を、今回の研究は日本列島全体の長期ひずみ速度場へ拡張したことになる。
GEONETが築いた30年近い観測史
この成果は、民間ネットワークだけで成立したものではない。土台にはGEONETの長期連続観測がある。日本では1990年代半ばからGPS連続観測網が急速に整備され、1996年にGEONETとして本格運用が始まった。全国の座標変化を日々追えるようになったことで、プレート境界の固着、火山膨張、地震後変動などが定量的に見えるようになった。[3]
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では、東日本の広い範囲が大きく移動した。変動があまりに広域だったため、国土地理院は従来の測地成果をそのまま使えず、同年10月に日本測地系2011(JGD2011)を導入した。地殻が動くという地球科学上の事実が、土地の座標という社会インフラそのものを書き換えた例である。[10]
今回の官民統合は、その公的基盤を置き換えるものではない。むしろ、30年近い連続性、安定した品質管理、公開データというGEONETの強みの上に、民間の高密度ネットワークを重ねることで、新しい空間解像度を得る発想だ。
3,300点すべてをそのまま使ったわけではない
「観測点が多ければ多いほど良い」という単純な話でもない。論文では、観測期間やデータ品質を精査し、最終的に3,606点をひずみ速度場の推定に使用した。民間設備は科学観測専用に設計された施設とは運用条件が異なり、アンテナ交換、局所環境、欠測、ノイズなどを慎重に扱う必要がある。
研究チームはさらに、観測点をランダムに10%取り除く試験を100回行い、主要なひずみパターンが安定して再現されるか検証した。これは「点が多いから絵が細かくなった」だけではなく、得られたパターンが観測点の偶然の配置に左右され過ぎていないかを確認するための重要な手順だ。[2]
ひずみ地図には「地震後」の影響も残る
もう一つ重要な限界がある。論文が対象とした2019年11月から2023年12月の速度場は、基本的には地震と地震の間の地震間変動を見ようとするものだが、一部地域では大地震後に続く余効変動の寄与も含む。著者らもその点を明記している。[2]
したがって色の濃い場所を、そのまま将来の地震危険度ランキングとして読むことはできない。観測期間、過去の地震、火山活動、断層構造を合わせて解釈する必要がある。
「通信インフラ」を「科学インフラ」に重ねる発想
この研究のもう一つの面白さは、災害観測のために全国へ新たに数千の施設を建てたのではないことだ。ソフトバンクのネットワークは、もともと農業、建設、自動運転、測量などにセンチメートル級位置情報を提供するための商用設備だった。それを研究に再利用することで、公的観測網の空間密度を実質的に高めた。
同じ考え方は地震だけにとどまらない。2022年に設立されたコンソーシアムでは、火山、対流圏水蒸気、豪雨、電離圏、SARデータ補正などへの応用も検討されている。GNSS受信機は、地面の動きだけでなく、衛星信号が大気を通る際の遅延から水蒸気量や電離圏の状態を調べる手掛かりにもなる。[5]
民間企業の設備が科学データになるときには、長期的なデータ提供、機器変更の記録、品質管理、利用条件といった課題も生じる。それでも、すでに全国に存在するインフラを研究観測へ重ねる効率は大きい。
次の地震を当てるのではなく、「起こる場所の物理」を良くする
地震研究では、派手な「予知」よりも地道な基礎情報の改善が重要な場合が多い。どこで地殻がどれほど速く変形しているのか。活断層周辺とひずみ集中域はどう対応するのか。火山帯や地殻構造はどのように変形場を変えるのか。こうした情報が細かくなれば、内陸地震の発生モデルや長期ハザード評価を検証する材料が増える。
今回公開されたひずみ速度場は補足資料としてデジタルデータ化されており、他の研究者が地震活動、活断層、地震波速度構造、火山、InSARなどのデータと重ねて再解析できる。研究の価値は一枚の「高精細地図」を作ったことだけではなく、次の研究が使える共通基盤を整えたことにある。[2]
1996年に始まったGEONETは、日本の地殻が日々動いていることを社会に見える形にした。2019年、ソフトバンクはまったく別の目的で3,300カ所を超えるGNSS基準点を造った。2026年、その二つが一つの解析に重なり、日本列島の「ひずみ」は以前より細かな模様を見せ始めている。
出典・資料
- 東北大学:国と民間のGNSS観測網を統合し、日本列島の地殻の「ひずみ」を超高解像度で可視化(2026年9月25日)
- Ohtate et al., “Fine-scale strain-rate mapping of Japan from integrated public–private GNSS stations,” Earth, Planets and Space 78, 210 (2026)
- 国土地理院:GEONET(GNSS連続観測システム)とは
- ソフトバンク:センチメートル級測位サービスと全国3,300カ所以上の独自基準点(2019年)
- 東北大学・ソフトバンク・ALES:宇宙地球科学用途利活用コンソーシアム設立(2022年)
- 東北大学:超多点民間GNSS観測網による地殻変動モニタリング(2022年)
- ソフトバンクほか:令和6年能登半島地震の地殻変動分析への独自基準点データ活用
- 東北大学:能登半島群発地震とソフトバンク独自基準点データ(2023年)
- 国土地理院:GEONET overview and data provision
- 国土地理院:2011年東北地方太平洋沖地震後のJGD2011

