お盆の言葉遣いでは、ひとり暮らしの大人は「家」を出て、「家」に帰る。
この矛盾は、普段の日本語が二つの場所を巧みに呼び分けるため見えにくい。目を覚まし、働き、家賃を払い、食事を作り、眠る部屋がある。その一方に「実家」があり、夏の「帰省」はそちらへ向かう。片方には現在の生活がある。もう片方には子ども時代、先祖、そして受け継がれた役割がある。
不動産賃貸業を中核とするエイブルグループの「ひとり暮らし研究所」は7月、ひとり暮らしの人にお盆の帰省予定を尋ねた。「帰省する」は25.8%。「しないと決めている」は67.3%だった。帰らない人の理由で最も多かったのは、意外なほど日常的な答えである。「自宅でゆっくりしたい」が37.1%、交通費が高いが23.4%と続いた。
この結果を、孤立した日本人がお盆を捨てつつある証拠と描くのは容易だ。だが、調査はひとり暮らしの人に家族がいないとは示していない。示しているのは、今住む家が、時間、意味、居心地をめぐって実家と並ぶ場所になったことだ。ワンルームは、結婚までの待合室でも会社に付属する寝床でもない。ますます多くの人にとって、そこが「家」そのものになっている。
一つの調査が語れること、語れないこと
調査は、ひとり暮らしをする20~49歳の男女1105人を対象に、7月3~6日にオンラインで実施された。設問ごとに回答母数は異なる。住宅賃貸を事業とする企業グループの調査であり、総務省統計局のように無作為抽出と人口構成に応じた復元を目的とした公的調査ではない。企業との関係が回答を無意味にするわけではないが、調査の位置づけは明示すべきだ。
発表資料は、帰省予定が前年の27.5%から1.7ポイント低下したとする。引き算は正しい。しかし比較条件は同一ではない。2025年版は15~49歳、有効回答808人。2026年版は20~49歳、1105人である。募集方法や構成、重み付けが同じかも公表資料だけでは確認できない。これほど小さな差を、そのまま全国的な年次低下の証拠にはできない。
それより有用なのは、2026年標本の内部に見える大きな傾向だ。帰省する理由は「家族と過ごす」が60.7%、「お盆には帰省するものだから」が43.1%、「地元の友人に会う」が40.3%。帰らない理由では「自宅でゆっくり」が前年公表値より10.6ポイント、「交通費が高い」が9.7ポイント上昇した。年代別では、20代の帰省理由に家族が強く表れ、40代の非帰省者では男女とも7割を超えて自宅での休息を選んだ。
それでも、選択肢は原因の全体ではない。混雑で疲れると考えた後に「交通費」を選ぶ人もいる。家族関係の痛みを明かさず「ゆっくりしたい」と答える人もいる。9月に会う、親を都市の自宅に招く、あるいは実家が近すぎて「帰省」という言葉が合わない人もいる。一つのチェック欄には、家族の歴史を収納しきれない。
| 公表された結果 | そこから言えること | そこからは言えないこと |
|---|---|---|
| 帰省予定25.8% | 20~49歳のひとり暮らしという今回の標本では、お盆の実家訪問は少数派だった。 | 残る約4分の3が家族に会わない、お盆を拒否した、疎遠である、ということ。 |
| 帰省しない67.3% | このお盆については、非帰省が多数の予定だった。 | 別の日、別の場所、オンラインで家族交流がなかったこと。 |
| 自宅で休む37.1% | 現在の住まいが回復の場として積極的な価値を持つこと。 | ひとり暮らしが孤立、不幸、利己性を生んだこと。 |
| 交通費23.4% | 非帰省者にとって移動費が相当な障壁と認識されたこと。 | 実際の支払額や、費用だけが決断を生んだこと。 |
「家制度」の長い影
お盆の帰省観は、「家」が同じ屋根の下にいる人だけを意味しなかった時代の家族秩序に形づくられた。戦前の「家」は、財産、名字、祖先祭祀、社会的地位を世代から世代へつなぐ持続的な単位だった。典型とされた農村の直系家族では、長男とその妻が親と暮らし、ほかの子どもは分家するか外へ出た。
もちろん、日本人全員が同じ形で暮らしていたわけではない。地域、階層、職業、慣習によって家族のあり方は多様だった。それでも家制度の法的、道徳的な重みは、家を一人ひとりより長く存続するものとして見せた。墓や仏壇は単なる記念物ではない。生きる者が連続する家のどこに位置するかを示す装置でもあった。
戦後憲法と1947年施行の改正民法は、法制度としての「家」を廃止し、個人の尊厳と両性の平等を家族法の基礎に置いた。だが、法が変わった日に慣習まで消えたわけではない。長男に家、親の扶養、祖先祭祀が期待され、娘や嫁が盆の労働の多くを担うことは続いた。それでも、旧来の戸主権はなくなり、家族は世代を超える企業体よりも夫婦と子を中心に組み立てられるようになった。
1950~90年の全国意識調査を分析した家族社会学研究は、特定の一人が家の地位、財産、祭祀を継がねばならないという規範や、子が親を扶養し同居すべきだという期待の衰退を示している。1960年代には、直系家族より夫婦家族を支持する人が多くなった。実家は感情的な力を保ちながら、全員の人生を命令する力を失っていった。
1947年 改正民法が法制度としての家制度を廃止し、個人の尊厳と両性の平等を掲げる。
1950~70年代 工業化と大都市への人口移動が、働く場所と地方の実家を分離させる。
1995年 総務庁統計局が単身世帯を対象とする全国消費実態の月次調査を開始する。
2002年 単身世帯と二人以上世帯の調査が家計調査に統合される。
2020年 単独世帯は2115万世帯、全世帯の38.0%に達する。
2050年 単独世帯は2330万世帯、全体の44.3%になると推計される。
例外から最大の世帯類型へ
公的統計の「単独世帯」は、あえて無機質な言葉である。一つの住居に普段何人が住むかを数える分類にすぎない。未婚か、仕事のため別居する既婚者か、離婚したか、配偶者を亡くしたか、学生か、交際相手がいるか、別の場所で子どもを育てているか、離れた親を支えているか、友人に囲まれているかは分からない。世帯単位は、人間関係を測る尺度ではない。
それでも、その規模は日本を変えた。国立社会保障・人口問題研究所によると、2020年の単独世帯は2115万、全世帯の38.0%で、すでに最大の世帯類型だった。2024年推計では2036年に約2453万で頂点に達する。人口減少で絶対数が減り始めても、2050年には2330万、全体の44.3%を占める。平均世帯人員は2020年の2.21人から1.92人へ下がる。
統計の歴史そのものが変化を物語る。政府の中心的な家計調査は、1990年代半ばまでひとり暮らしの消費を十分に組み込んでいなかった。1995年に単身世帯の別調査が始まり、2002年に家計調査へ統合された。夫婦と子どもを暗黙の標準とした古いレンズでは、国の暮らしを捉えきれなくなったためである。
家族社会学も、同居か家族消滅かという二者択一を超えている。近年の研究は、現代の「家」が一つの同居世帯ではなく、別々に住む近親者の協力ネットワークとして続く姿を描く。親が仏壇を守り、都市の子がネット銀行を管理し、食料を注文し、介護を手配し、墓掃除に帰る。地元のきょうだいが作業をし、遠方のきょうだいが費用を負担する。屋根は分かれても、家族の仕組みは住所をまたいで続きうる。
「自宅で休む」は空白の答えではない
調査で最も重要な言葉は「自宅でゆっくりしたい」かもしれない。それはお盆の方向を反転させる。慣習上、都市で働く人は実家へ「帰り」、家族の食事をとり、数日だけ子どもの位置に戻って休む。回答者は、休息なら今いる場所にあると言う。
そこには単純な疲労が含まれる。お盆は国民の祝日ではなく、慣行としての休暇であり、すべての職場が同じ日に閉まるわけではない。予約、荷造り、手土産、猛暑、ピークの混雑、家族の期待が短期間に詰め込まれる。単身世帯では、旅の判断と準備を同居人と分担できない。予定のない一日を自分の部屋で過ごすことが、最も希少なぜいたくになる人もいる。
自律性も含まれる。実家には昔の役割が待っているかもしれない。聞き分けのよい息子、結婚を問われる娘、きょうだいの仲裁役、仕事や収入や恋愛を説明すべき「子ども」。エイブルの2025年調査では、30代女性の4割近くが、帰省後に疲れやストレスを感じることがあると回答した。「家族関係がよくない」「実家が居心地よくない」も非帰省の理由に表れた。全家庭の姿ではないが、再会が愛情であると同時に労働にもなりうることを示す。
長い間、都市の一人部屋は仮住まいとして語られた。若者が「本当の世帯」を作るまで暮らす場所、と。しかし今やひとり暮らしは人生の各段階に広がっている。家具、近所の銭湯、地域の寺、ベランダの植物、ペット、20年通う商店が生活の連続性をつくる。そこに残る選択を「故郷の拒否」と呼ぶなら、先祖の住所だけに家を名乗る資格があると決めつけることになる。
一枚の切符と、自由に動けることの値段
交通費は非帰省の最大理由ではなかったが、23.4%は無視できない。前年公表値から9.7ポイント高い。一人旅は家族旅行より切符の枚数が少ない一方、車の高速料金や燃料代を複数人で割れない。往復の費用を一人で引き受け、割引商品の中には複数人を前提とするものもある。
2026年にJR東海とJR西日本が実施した限定商品は、市場が想定する旅客を可視化する例だ。「EX早特」の特別商品には魅力的な逆方向の新幹線価格があったが、2人以上、40日前の予約、指定された期間と方向が条件だった。これは一般的なお盆補助ではなく、比較的空いている列車へ需要を動かす運行上の商品である。それでも、一人で帰る人は購入できない。6週間前に勤務日程が分からない人も購入できない。
単身者が常に割高だという証拠ではない。通常の鉄道運賃は一人ごとにかかり、一人の総額は家族より低い。ひとり暮らしの全員が経済的に弱いわけでもない。論点はもっと限定的だ。世帯は一部の固定費と情報収集を共有できるが、一人世帯にはできない。カップル、家族室、2人以上、早期確定を前提とする商品には、企業が思い描く標準の顧客が映る。
物価、繁忙期商品、2026年の帰省ラッシュの詳細は、JAPAN.co.jpの関連記事「帰る値段――お盆が家計に突きつける試験」で検証した。ここで重要なのは、金銭と感情が別々に働かないことだ。歓迎される実家なら2万円の旅にも価値がある。詮索と労働が待つなら、同じ2万円は高く感じる。費用は、帰省の質とともに量られる。
正月が単純な物語を崩す
ひとり暮らしの人が家族の集まりを捨てつつあるのなら、同じ研究所の別調査は説明しにくい。2026年1月3~4日の調査で、ひとり暮らしの人の70.9%が年末年始に帰省したとエイブルは発表した。その帰省者の59.6%は2泊以上した。一方、家族と同居する世帯の帰省者は2泊以上が13.2%で、日帰りが63.6%と多かった。
1月と7月は別々の調査である。同じ人を追跡したわけではなく、設問、時期、標本構成の違いから、季節だけを比較する実験にはならない。それでも差は大きく、「単身世帯は家族から離れた」という平板な説明を揺さぶる。ひとり暮らしの人は、職場の休業が長く、家族行事の意味が強く、気候も違う正月に再会を集中させるのかもしれない。年2回ではなく1回を選ぶ人もいる。
正月とお盆が家族に求めるものも違う。正月は生きる家族を新年の食卓へ迎える。お盆は死者を迎え、墓と寺へ注意を向け、祖先の場所を維持する人に責任を集めやすい。1月におせちを囲むことを喜ぶ人が、8月の祭祀に同じ結びつきを感じるとは限らない。墓の近くに住むきょうだいへ任せることもある。
選別は消滅ではない。人数が減り、世帯数が増える社会では、親族はより多くの玄関をまたいで日程を合わせなければならない。お盆の低い帰省率は、血縁の終わりではなく、休日の間で時間を配給する姿かもしれない。
- 現在の住まい: 自律、日常、仕事、近所、友人、回復の場所。
- 実家: 子ども時代、家族の役割、ケア、葛藤、歓迎、義務。
- 祖先の場所: 墓、仏壇、寺、建物より長く続く系譜。
- 故郷の人間関係: 親が転居し実家が売られても残る、同級生と土地の記憶。
実際に帰ることで分かること
帰らない自由を認めることは、訪問に社会的機能がないと言うことではない。お盆の帰省は、非公式な家族インフラにもなる。電話では小さく語られがちな親の衰えを、同じ部屋で見つける。家、墓、それらを維持してきた人の状態を確認する。
LIFULLが2026年、離れて暮らす親と最近直接会った30~60歳の650人を対象にした調査では、74.2%が親の衰えや何らかの異変を感じたと答えた。最も多いのは歩行や移動、次いで記憶や認知だった。「最近会った人」を条件に集めた標本なので、日本の親全体に当てはめることはできない。それでも、対面が声だけでは得られない情報を運ぶ理由は分かる。
同社の老人ホーム検索サービスでは、2025年のお盆期間を100とした問い合わせ件数が2週間後に128.8まで上がった。介護業界全体ではなく、一企業のサービスデータである。ただし順序には現実味がある。再会で変化に気づき、別々の家へ戻ってから家族が難しい相談を始める。
エイブルの前年調査でも、親との連絡頻度が高い人ほど帰省率が高いという関連があった。関連は因果ではない。関係のよい家族は電話も訪問も多いだろうし、距離、葛藤、病気は両方に影響する。それでも単身世帯がケアの外にあるわけではない。電話、送金、訪問、緊急時の判断からなる分散型の仕組みの一つの節点になっている。
ひとり暮らしと孤独は同じではない
日本に孤独・孤立の問題があるのは事実であり、単独世帯の増加に合わせた支援設計は急務だ。しかし「ひとり暮らし」を孤独の柔らかい言い換えとして使えば、自ら選んだ一人の生活の豊かさも、誰かと住みながら孤独な人の困難も見えなくなる。
国立社会保障・人口問題研究所の2022年「生活と支え合いに関する調査」は、個人票1万5929人の有効回答を得た。全体で「しばしば」または「時々」孤独を感じる人は16.0%。会話が2週間に1回以下の人は全体で3%だったが、単独世帯の高齢男性では15.0%、高齢女性では5.3%だった。危険は年齢、性別、社会的なつながりによって均等ではない。
この数字を、20~49歳を対象にしたエイブル調査へそのまま貼り付けてはいけない。年齢、方法、設問が違う。むしろ休日の先にある政策課題を示す。今の若い単身者も、配偶者や子が近くにいないまま年齢を重ねる可能性がある。公的推計では、単独世帯の高齢男女、未婚の高齢者、頼れる近親者のいない人が大幅に増える。「家族が気づく」と仮定する制度は、より多くの人を見落とす。
答えは強制帰省ではない。求めたときに支えを得られる、厚みのあるつながりだ。人間関係の時間を残す職場、不確実な日程を罰しない交通、危機になる前に住民を知る地域サービス、助け合いを促す住宅、法的親族だけでなく友人や近隣にも開かれた儀礼。孤独な時間は自ら選べば滋養になる。孤立とは、必要な支えがないことだ。
お盆は終わらずに変わる
お盆は、そもそも全国一律の固定された台本ではなかった。地域によって7月、8月、旧暦に営まれる。迎え火をたく、墓参りをする、僧侶を呼ぶ、踊る、仏壇に手を合わせる、その一部だけを行う家もある。単身世帯が変える前から、改暦、都市化、戦争が実践を変えてきた。
次の適応は、駅のラッシュほど目立たないだろう。都市の住人が9月に帰り、8月15日は映像通話で加わる。きょうだいが墓の管理を交代し、全員が毎年集まることをやめる。親が成人した子のアパートを訪れ、迎える方向を逆にする。猛暑の墓掃除を代行に頼む。先祖の墓を持たない人が灯籠に名を書き、独身の友人を地域の盆踊りへ招く。
どの代替も、家族で墓前に立つことと同じ意味を持つわけではない。伝統は、そこにいることが重要だから生き残る面がある。だが、一つの住所、一人の跡継ぎ、一つの正しい帰路だけを認める伝統は、単独世帯が全体の半分へ近づく社会では、当てはまる人生を減らしていく。
したがって、7月調査の25.8%は、お盆の健康度を測る数字ではない。受け継がれた休日の地理と、現在の世帯の地理が一致しなくなったことを知らせる信号である。家族は消えたのではない。分散したのだ。
夜には、アパートの窓にも実家の盆灯籠にも明かりがともる。一方が他方を消すわけではない。残る人は親へ電話し、祖父母を思い、自分を休ませ、古い傷を避け、あるいは長い訪問を正月に選ぶ。お盆の未来を支えるのは、その人を無理に列車へ乗せることではない。家はすでに複数の場所にあり、ときには、今暮らす場所にとどまることが最も正直な「帰宅」なのだという、少し難しい現実を受け入れることである。
取材注記・主要資料
本稿は2026年8月14日午前7時04分(日本時間)までに確認した公開情報に基づく。企業調査はその性格を明示し、全国を代表する統計として扱っていない。「ひとり暮らし」「単独世帯」「未婚」「孤独」は別の概念である。歴史的な家族形態は影響力のあるモデルとして記述し、すべての地域・階層に一様だったとはみなしていない。
- ひとり暮らし研究所:2026年お盆帰省調査、結果と調査概要
- エイブル&パートナーズ:2026年調査の全体発表・年代別結果
- エイブル&パートナーズ:2025年お盆調査・前年標本の詳細
- エイブル&パートナーズ:2026年年末年始の帰省調査
- 国立社会保障・人口問題研究所:日本の世帯数の将来推計(全国推計)2024年推計
- 国立社会保障・人口問題研究所:2020~2050年世帯推計の概要
- 国立社会保障・人口問題研究所:2022年生活と支え合いに関する調査
- 日本法政学会:家制度と1947年の法改正に関する研究
- 家族社会学研究:1950~90年における戦後家族意識の変化
- 村落社会研究ジャーナル:別居親族ネットワークによる家の継承
- 総務省統計局:家計調査の沿革・調査範囲
- JR東海・JR西日本:2026年「EX早特」限定商品の条件
- LIFULL:帰省時に気づく親の変化と、お盆後の介護施設問い合わせ調査
- 内閣府:令和7年版高齢社会白書、世帯構成と一人暮らしの高齢者
- 日本政府:お盆の習俗と地域ごとの暦
- 内閣府:国民の祝日一覧
