現在地:国土技術政策総合研究所(国総研)が9月1日に公表したのは、完成システムの運用開始ではなく共同研究者の公募である。株式会社Synspectiveと株式会社QPS研究所を指定機関として研究は先行して始まり、公募で加わる1者との協定は10月、研究終了は2028年3月31日を予定する。

大火の直後、最も知りたい場所ほど見えなくなる。煙が街を覆い、低い雲が山を隠し、夜が光学カメラから情報を奪う。消防隊の接近が危険なら、どの街区まで燃えたのか、道路や建物が残っているのかという基本図さえ作れない。

国総研都市研究部都市防災研究室は、その空白を小型SAR(合成開口レーダー)衛星で埋めようとしている。研究名は「小型SAR衛星観測データに基づく火災被害検出技術開発に関する共同研究」。狙いは衛星を飛ばすこと自体ではない。異なる撮像モードに合う解析法と精度を確かめ、どの衛星をいつ、どこへ向けるかという観測タスキングまで含め、延焼状況を迅速に把握する一連の方法を組み立てることにある。

「募集開始」は「実用化」ではない

公募要領は研究を五つに分ける。①観測モード別の解析手法、②過去の火災に基づく建物被害分布と検証用SARデータの整備、③国内外の火災事例での検出手法の検証、④広域災害を想定した観測タスキングの最適化、⑤建物被害とSAR観測特性からみた有効性の整理である。

SynspectiveとQPS研究所は「指定機関」としてすでに参加している。国総研は緊急性を理由に両社と先行して協定を結んだと説明し、公募では大学や企業などから1者を追加する。締め切りは9月30日。費用は各者負担で、国総研から共同研究者への支払いはない。過去および研究期間中の大規模火災の高分解能SARデータを、国総研が費用負担せず利用できることも参加条件に含まれる。

したがって、現時点で自動検出の精度、情報提供までの時間、対象地域、利用機関は確定していない。記事の未来形を、達成済みの性能へ書き換えることはできない。

SARは「写真」ではなく反射を測る

SAR衛星は自らマイクロ波を地表へ送り、戻ってきた信号の強さや位相を測る。太陽光に頼らないため夜間にも観測でき、電波は可視光より雲や雨を通りやすい。火災の煙が光学画像を遮る場面でも地表を観測できるのはこのためだ。

ただし、レーダーは煙の奥をカラー写真のように写すのではない。建物の形、表面の粗さ、水分、電波の入射角、波長帯によって反射が変わる。火災前後の画像を比べ、建物群からの強い反射が失われた場所などを抽出し、被害の可能性を推定する。SARが直接「この家は全焼」と読むわけではない。

雲を通せることと、被害を正しく判定できることは別の能力だ。今回の研究は、その二つの間を埋める解析と検証を対象にする。

輪島で見えた可能性と限界

研究の土台には、2024年能登半島地震後に輪島市河井町で広がった市街地火災がある。国総研は、ALOS-2が2024年1月9日と2021年10月19日に観測したデータから疑似カラー画像を作り、深層学習で火災範囲を推定した。最も成績の良いモデルは検証用の正解範囲とほぼ一致したと報告された。

しかし国総研自身が「限られたデータを用いた試行」と明記し、そのモデルを地震後火災の検知へそのまま使えるわけではないと釘を刺した。学習に用いた正解データも、観測時刻に近い延焼図が得られたのは1月1日分で、ほかは最終焼失区域だった。時刻のずれた答えで学習・評価すれば、モデルの精度を現場時間の精度と取り違える恐れがある。

一方、輪島の検討は、火災被害地域に固有のSAR上の特徴を深層学習が識別できる可能性を示した。今回の共同研究で国内外の複数事例と撮像モードを試すのは、単一事例で得た可能性を一般化できるか確かめるためだ。

大船渡は小型衛星の実戦を先に見せた

2025年2月26日に発生した岩手県大船渡市の林野火災では、小型SARの機動性が現場で試された。消防庁資料による延焼範囲は約3370ヘクタール。QPS研究所は3月6日、同社のQPS-SAR観測画像を政府機関、自治体、防災関係機関へ無償提供すると発表し、夜間、悪天候、煙のある状況でも観測できると説明した。

政府の宇宙基本計画工程表も、大船渡で情報収集衛星、赤外線観測衛星、小型SAR衛星などを活用し、延焼範囲の把握に役立てたとしている。これは小型衛星が災害対応の情報源になり得ることを示す実績だが、今回の研究が目指す検出精度や運用手順をすでに確立した証明ではない。画像提供と、検証済みの被害判定サービスは違う段階にある。

2024年1月 能登半島地震後の輪島市街地火災をALOS-2データと深層学習で試行解析

2025年2~3月 大船渡市林野火災で小型SARを含む衛星観測を活用

2026年9月1日 国総研が共同研究者の公募を発表

2026年9月30日 公募締め切り

2028年3月31日 共同研究の終了予定

小型機の価値は「次に通る時刻」

災害対応では分解能だけでなく時間が性能になる。大型衛星は広い範囲を一度に観測できる一方、小型衛星を複数の軌道に配置するコンステレーションは、特定地域をより頻繁に撮像する機会を増やせる。国土交通省は2026年の利用方針で、広域観測に強い「だいち2号」「だいち4号」を基幹的手段としながら、より狭い地域を高頻度・高分解能で観測できる民間SAR衛星を組み合わせる考えを示した。

だが衛星は被災地の真上で待機していない。軌道、観測可能な角度、電力、通信、他の依頼との競合がある。広域火災で最初にどの区域を優先し、どの観測モードを選び、再観測をいつ行うか。その計画が「タスキング」である。今回の研究がタスキング最適化を独立した項目に置くのは、良いアルゴリズムも画像が遅ければ初動に間に合わないからだ。

精度は一つの数字では表せない

被害検出には二種類の失敗がある。焼けた場所を見逃す偽陰性と、焼けていない場所を被害と判定する偽陽性だ。消防の進入判断、避難区域、道路啓開、罹災証明の基礎資料では、どちらの誤りを重く見るかが異なる。市街地と林野、地震後火災と強風下の延焼でも、反射の変化と必要な時間尺度は違う。

SAR特有の粒状のスペックル、建物の向き、地形による影、観測角度の差、植生や降雨による水分変化も解析を難しくする。火災前の比較画像がいつ、どのモードで撮られたかも重要だ。研究要領が建物被害の正解データ、観測モード別解析、国内外の検証を一体にしたのは、単一の「正答率」では実務価値を評価できないためだ。

強み残る課題
夜間や悪天候でも能動観測できる画像の取得時刻は軌道とタスキングに左右される
煙や雲で光学画像が使いにくい場面を補完反射変化は火災以外でも生じ、専門的な判読が必要
広域を安全な宇宙空間から反復観測建物単位の判定には分解能、角度、正解データが影響
複数機で再訪機会を増やせる配信・解析・意思決定まで含む時間の検証が必要

一枚の衛星画像では災害対応にならない

災害対策本部が必要とするのは美しい画像ではなく、時刻、範囲、確度、見逃しの可能性が分かる地理情報だ。被害候補を道路、避難所、建物台帳、航空写真、ドローンや消防からの情報と重ね、優先順位を決められなければならない。衛星データの形式、受け渡し、解析者、確認手順まで設計して初めて現場の道具になる。

防災科学技術研究所が進める「日本版災害チャータ」は、複数の官民衛星を集め、観測要求からデータ提供までをつなぐ別の取り組みである。国総研の火災検出研究と同一事業ではないが、公募条件が同チャータ実証でのデータ共有実績を求めていることは、研究室内の精度だけでなく緊急時の連携能力を重視していることを示す。

個々の衛星の性能競争から、複数センサーを適時に動かす運用競争へ。日本の防災宇宙利用は、その段階に入りつつある。

宇宙の目を、責任ある判断へ

Japan.co.jpの分析では、この研究の成否を測る物差しは「煙を透過した」という宣伝文句ではない。発災から最初の有用な被害図まで何時間かかったか。どの規模と種類の火災で、建物被害をどの精度で区分できたか。誤判定を誰が確認し、更新版を誰へ届けたか。衛星を飛ばす企業が違っても同じ手順で使えたか。2028年までに、こうした指標を公開できるかが問われる。

さらに、衛星は消防ヘリ、ドローン、現地調査を置き換える万能の目ではない。広域を早く絞り込み、危険な場所へ人を送る前に仮説を与え、雲が切れた後の光学画像や地上情報で確かめる。役割は代替より補完にある。

火のない平時に、過去災害の正解データを整え、衛星の順番をシミュレーションする。その地味な準備が、次の大火で「見えない時間」を短くする。煙の向こうを読む技術は、電波だけでは完成しない。測定の限界を地図に残し、その地図を責任ある判断につなぐ制度までが、研究の本体である。

用語の確認
  • SAR(合成開口レーダー):衛星からマイクロ波を照射し、反射信号から地表の状態を観測する能動型センサー。
  • コンステレーション:複数衛星を連携運用し、観測頻度などを高める仕組み。
  • 観測タスキング:対象、時刻、撮像モードなどを決め、衛星へ観測を割り当てること。
  • 火災被害検出:本研究では主にSARデータから延焼区域や建物被害の特徴を抽出・検証する技術。火炎そのものの直接検知と同義ではない。
取材・一次資料

編集方針:公募資料が示す計画、過去の試行結果、企業による性能説明、Japan.co.jpの分析を区別した。未公表の検出精度や提供時間を推定せず、SARが火災被害を直接確定するとの表現を避けた。