体育館の入口まで来ても、運動できるとは限らない。利用時間が短い、送迎する人がいない、夜間の照明が使えない、会費が家計を圧迫する。全国各地で「スポーツをする場所」は建物の有無だけでは測れなくなっている。10月12日の「スポーツの日」を前に、地方の暮らしにとって大切なのは、新たな競技場の完成写真よりも、来週も通える運動の場を残せるかという問いだ。

スポーツ庁が2026年3月に公表した令和7年度の調査によると、20歳以上で週1回以上運動・スポーツを行う人は51.7%。男性55.0%、女性48.8%で、子育て・働き盛りの年代の実施率は低い傾向にある。国が第3期スポーツ基本計画で目指した成人の週1回以上70%とは隔たりが残る。調査は施設不足だけを理由として示しているわけではない。仕事、育児、体調、費用や生活時間も含めて考える必要がある。[1][7]

全国調査が明らかにすること、しないこと

2026年春には、2024年度を対象とする「体育・スポーツ施設現況調査」の確報値が公表された。学校体育施設の開放状況、施設の設置主体や設備などを把握する公式統計である。しかし、設置箇所数の一覧だけでは、週末に予約できるか、低所得者が利用しやすいか、自家用車を持たない高齢者がたどり着けるかまでは分からない。施設の「数」と、利用可能な「時間」「距離」「料金」を切り分けるべきだ。[2][3]

人口減少地域では利用者が減るから閉館する、閉館すると運動する人が減る、という悪循環が生じ得る。ただし実際に特定自治体でその因果関係が起きたかは、予約実績や人口動態、利用者調査で確かめなければならない。広域合併後に施設を集約する合理性と、日々の交通手段を失う住民の負担は、同時に検証する必要がある。

体育館は公共インフラである

日本の公共スポーツ施設は、学校の体育館、自治体の総合体育館、屋内プール、野球場、武道館などの重層的な仕組みで成り立つ。高度経済成長期以降の施設整備と地域スポーツ活動が土台を作った。しかし建物には耐震補強、空調、屋根、防水、照明、給排水、バリアフリー化などの更新が必要になる。利用料金だけで老朽化対策の費用を賄うのは簡単ではない。

スポーツ庁自身も「スポーツ施設の全体適正化」の政策説明で、老朽化と地方公共団体の財政状況の悪化、少子高齢化による需要の変化を問題に挙げている。施設をすべて従来の姿で維持することも、単純に閉鎖することも答えではない。保全、改修、転用、統合を考えるとき、地域の利用可能性を評価する枠組みが必要だ。[4][8]

市と町村で違うクラブの広がり

運動場所とともに、人を集める仕組みも問われる。スポーツ庁の2025年度「総合型地域スポーツクラブ育成状況」では、創設済みまたは創設準備中のクラブがある市区町村は全国1,741自治体のうち1,378、79.1%だった。だが市の育成率92.5%に対し、町村は67.4%。市と町村の差は25.1ポイントに達する。[5][6]

この指標は、住民が運動できる確率や、クラブの質を直接表したものではない。「創設準備中」も含まれ、同じ自治体に複数クラブがある場合もある。それでも、地域スポーツを支える組織の広がりが一様ではないことを示す重要な手掛かりとなる。さらに都市内部にも通いにくい地域はあり、「地方だから不利、都市だから便利」と単純化することはできない。

料金は安くても、通えなければ高い

料金を数百円に抑えた公営体育館でも、片道の移動に1時間かかり、家族の送迎や駐車場が必要なら、事実上の負担は高まる。逆に小規模な学校施設の夜間開放があれば、徒歩圏で運動を継続できるかもしれない。自治体が比較すべきは施設の年間収支だけではなく、利用者1人あたりの到達時間、予約成立率、利用時間帯、障害者・高齢者へのアクセスだ。

学校体育施設の地域開放には、教育活動との調整、防犯、指導者と管理人員の確保、用具の保管、保険など課題もある。民間事業者への指定管理を導入すれば改善するとも限らない。人件費抑制が料金上昇や利用枠の偏りにつながらないか、契約条件と運営データの公開が必要になる。

「改修しない費用」も計算する

公共予算では新設費が目立つ一方、設備を長期間使うための維持管理費は地味である。空調がない体育館は猛暑時に危険を伴い、冬の寒冷地では暖房費が利用制限を左右する。プールは水質管理や設備更新の費用がかかる。屋根の雨漏りを放置すれば床が傷み、結果として大きな修繕費や休館期間につながる可能性がある。

一方、施設を統合して安全性や開館時間を改善し、無料送迎や公共交通を併設する選択が合理的な地域もある。判断材料は単なる「一施設当たり利用者数」では足りない。必要なのは、代替施設の距離、時間帯、種目、交通費、利用者の年齢構成まで含む公開比較だ。

施設投資を地域の健康投資として見る

スポーツ施設が健康、孤立防止、子どもの居場所づくりに役立つ可能性はある。ただし「体育館を改修したので医療費が減った」と直結させることはできない。効果を検証するには、施設利用前後の運動習慣、継続率、利用者属性、健康指標、他の施策の影響を分けて調べる必要がある。スポーツ庁の実施率調査と施設調査は異なる統計で、単純な掛け合わせは慎重に扱うべきだ。[1][2]

民間のフィットネス企業や運営事業者にも商機がある。公共施設の予約システム、照明・空調の省エネ改修、移動型の運動プログラム、指導者の共同雇用などは、自治体の資産を活用できる領域だ。しかし契約額が大きいことと住民利益が大きいことは別である。参加者数だけでなく、参加しなかった人に届いたかを測る必要がある。

次の政策評価は「利用できる人」を数える

自治体に問いたい項目は明快だ。開館時間と料金、修繕費の見通し、交通アクセス、学校施設の開放状況、利用者の年齢・障害の有無による偏り、そして閉館時の代替策。公表できる形でこれらを比較すれば、建物の多さに隠れた機会格差が見える可能性がある。

10月10日は1964年東京五輪開会の日でもある。競技を観る国から、誰もが参加できる社会へ――その理想を測る尺度は、都市の新しいアリーナだけではない。地方の体育館の明かりが今夜もついているか。子どもが徒歩で、働く人が帰宅後に、高齢者が無理なく通えるか。スポーツの公共性は、その具体的な条件に表れる。

出典・参考資料

  1. スポーツ庁「令和7年度スポーツの実施状況等に関する世論調査」
  2. スポーツ庁「令和6年度 体育・スポーツ施設現況調査 確報値」
  3. e-Stat「令和6年度 体育・スポーツ施設現況調査」
  4. スポーツ庁「スポーツ施設の全体適正化」
  5. スポーツ庁「令和7年度総合型地域スポーツクラブ育成状況調査」
  6. スポーツ庁「令和7年度 総合型地域スポーツクラブ育成状況」
  7. スポーツ庁「令和6年度スポーツの実施状況等に関する世論調査」
  8. スポーツ庁「スポーツ施設のストックマネジメントを通じたスポーツの場づくり」

確認時点:2026年10月8日(日本時間)。特定自治体の利用料、予約状況、改修事業費、施設閉鎖の決定・因果関係は独自確認していない。全国集計と個別施設の状態は区別した。