「輸出が好調なら黒字」の常識が崩れる
工場では自動車が生産され、港では半導体関連製品が積み出される。日本企業の海外販売は確かに増えている。それなのに、国全体のモノの貿易収支は赤字だ。10月21日に財務省が公表した2026年度上半期(4~9月)の速報では、輸出額が63兆4,570億円、輸入額は66兆2,754億円。差し引き2兆8,184億円の赤字となった。輸出と輸入はともに比較可能な1979年以降の年度上半期で最高額。赤字額は前年同期から98.8%増え、11期連続の赤字だ。
輸出が弱いから赤字になった、という単純な話ではない。輸出額は前年同期比18.4%増えた。それ以上の勢いで輸入額が20.4%増えたため、差が広がった。輸出産業の強さと輸入依存という構造が同時に表れている。
最大の手がかりは、金額と数量のずれ
財務省の速報で見逃せないのは数量指数だ。輸出額は18.4%増でも、輸出数量指数は2.3%増。輸入額は20.4%増なのに、輸入数量指数は逆に1.1%低下している。名目額の伸びを、そのまま輸送された商品の量の増加と考えるのは誤りだ。
価格、商品構成、円換算額の変化が金額の伸びに大きく関わったと読み取れる。ただし、数量指数だけから「価格上昇分が正確に何円」と求めることはできない。製品ごとの単価や取引条件まで確認する必要がある。円安が円建ての輸出額も押し上げ得る一方、輸入品の支払額も膨らませる。輸出企業にプラス、家計にマイナスと一律に決められるものでもない。
原油は26.3%増、半導体部品は63.2%増
輸入増加を品目で見ると、半導体等電子部品の金額が63.2%、原粗油が26.3%、非鉄金属が55.2%増えた。原油の存在感は大きいが、赤字拡大を石油だけのせいにすることも正確ではない。半導体などの産業用部材も輸入額を押し上げた。
一方、輸出では半導体等電子部品が50.8%、自動車が15.2%、半導体等製造装置が26.5%増加。日本は半導体を売る国であり、半導体を買う国でもある。日本の製造業は国内だけで完結せず、アジアや米国などで複数回部材が国境を越える。輸出と輸入が同時に伸びる背景には、この複雑な工程分担がある。
中東の混乱が家計に届くまで
エネルギーの輸入依存が高い日本にとって、海上輸送の混乱や原油調達費の上昇は企業の損益だけにとどまらない。原油は燃料だけでなく化学製品や物流費にも影響し、電力・ガス価格を通じて中小企業や家計の負担になり得る。AP通信は中東情勢に伴う原油価格上昇と代替調達の負担を今回の赤字を説明する主要因として報じた。
だが、国際指標の原油価格と日本の通関輸入価格は同一ではない。契約時期、輸送期間、品質差、為替変動などにより値動きには差が出る。安全保障上のリスクを論じる際も、ある海峡の通航制限がすべての日本向け油の輸送に同じ影響を与えたと断定すべきではない。
「弱い円」の利益は誰に届くのか
年度上半期の税関長公示レート平均は1ドル159.54円。前年同期の146.1円から9.2%の円安だった。海外で得たドル建て売上を円に換算すると増えやすい一方、輸入原料やエネルギーの円建て費用も増えやすい。
大企業の輸出価格は現地市場での競争力を支える場合がある。しかし輸入品を使用する製造業、運輸業、飲食店、地域のサービス業にはコスト増となり得る。原材料価格を販売価格に転嫁できるか、賃上げが追い付くかによって生活への影響が分かれる。為替は万能の成長政策ではない。
米国向け黒字縮小、中国向け赤字拡大
地域別の明細も示唆に富む。対米輸出は11兆3,329億円、輸入は9兆2,105億円で、なお2兆1,224億円の黒字だが、前年同期比35.1%縮小した。対中貿易では輸出10兆8,948億円、輸入15兆4,955億円で4兆6,007億円の赤字。前年同期から26.6%拡大した。
アジア全体では1兆3,896億円の貿易黒字を保つ一方、その黒字は44.1%縮小。取引の相手ごとに結果が違うのは、エネルギーだけでなく完成品・部品の生産拠点、需要、輸入代替の条件が異なるからだ。貿易赤字を一国との競争の勝ち負けに置き換える見方も適切ではない。
震災後のエネルギー転換から、2022年の資源高へ
戦後の日本は加工貿易によって外貨を稼ぎ、輸入したエネルギーや原材料を国内の生産力につなげてきた。高度成長期の石油危機は調達リスクを浮き彫りにし、省エネ技術や供給源の分散を後押しした。2011年の東日本大震災と原子力発電所の稼働停止は火力発電への依存を高め、2022年には世界的な燃料価格高騰と円安が貿易赤字を膨らませた。
ただし、1970年代、2010年代、2020年代の危機は原因も産業構造も違う。2026年の貿易統計は新しい地政学リスクの下で、日本が同じ問題を再び抱えていることを示唆するが、過去と全く同じ処方箋が通用するとは限らない。
貿易赤字は国全体の「赤字」ではない
貿易収支は物品の輸出額と輸入額の差であり、海外投資から得る配当や利息、サービス取引まで含む経常収支とは異なる。海外に大きな資産を持つ日本の場合、モノの赤字だけで日本経済全体の対外的な損益を判断できない。
また、輸入には企業の生産能力を高める機械や部品も含まれる。逆に輸出額が過去最高でも、円安や価格上昇が主因なら実質的な生産量が同じ勢いで伸びたとは言えない。統計を読む際には名目額、数量、付加価値、所得への波及を分けて考えたい。
政策が試されるのは次の半年
エネルギーの調達先の多様化、需要側の省エネ、送電網や再生可能エネルギーへの投資、原子力発電をめぐる安全性と地域合意、企業の賃金・価格設定。選択肢はいずれも費用と時間、合意形成が必要だ。短期的な補助金は家計への衝撃を和らげ得るが、国際市況そのものは変えられない。
注目すべき指標は原油輸入額だけではない。輸入数量、税関為替レート、半導体の輸出入動向、貿易相手別の収支、実質賃金、経常収支を合わせて追うことで、今回の赤字が一時的な価格ショックか、より長い構造問題かが見えてくる。輸出最高額という明るい見出しと、貿易赤字という暗い見出しは矛盾していない。二つを同時に説明できることこそ、日本経済を理解する出発点だ。
出典・参考資料
2026年10月21日公表の財務省「令和8年度上半期分貿易統計(速報)」を主要根拠とする。暫定値は後日改定され得る。
