大阪大、陽子を「動く電場」で132MeVまで加速 グラフェンとAIが開く小型加速器への道
グラフェン16層、1.5ピコ秒のLFEXレーザー、数百万枚の画像を読むAI。瞬間最大の強度ではなく「加速し続ける時間」を伸ばし、陽子を光速の約半分まで押し上げた。

大阪。高エネルギーの陽子をつくる方法について、レーザー科学の常識を少し逆向きに考えた実験が、大阪大学から報告された。瞬間的にできるだけ強く押すのではなく、比較的長い時間にわたり「動く電場」に陽子を乗せ、波に運ばれるように加速する。結果は最大132メガ電子ボルト(MeV)。陽子の速度は光速の約50%に達した。
大阪大学大学院情報科学研究科の南卓海(みなみ・たくみ)特任助教、同大学院工学研究科の蔵満康浩教授、台湾国立中央大学のWei-Yen Woon教授、量子科学技術研究開発機構(QST)関西光量子科学研究所の福田祐仁上席研究員らによる国際共同研究である。成果は2026年10月2日、学術誌 Progress of Theoretical and Experimental Physics に掲載された。
「強く」ではなく「長く」加速する
レーザーによる粒子加速は、従来の大型加速器を置き換える可能性を持つ研究分野として長く注目されてきた。通常の高周波加速器では、金属構造の内部に電場を作り、その電場で荷電粒子を段階的に加速する。ところが、電場を強くし過ぎると絶縁破壊や放電が起こるため、高いエネルギーに到達するには長い加速距離が必要になる。
プラズマでは事情が違う。物質が電子とイオンに分かれたプラズマ中には、通常の固体材料では維持できないほど強い電場を作り出せる。そこで高強度レーザーを薄膜などに当て、その瞬間に生じるプラズマ電場で陽子や炭素イオンを加速しようという研究が世界で進んできた。
主流は、レーザーのエネルギーを数十フェムト秒という極短時間に圧縮し、ピーク強度を極端に高める方法だ。今回の大阪大学の実験は、その逆側にある。パルス幅は約1.5ピコ秒。高強度レーザーとしては比較的長く、ピーク強度は約1×1019 W/cm2。瞬間最大の力だけを追うのではなく、陽子に力が作用する時間と距離を伸ばす設計である。
グラフェン16層が「動く電場」の舞台をつくった
この方法で難しいのは、標的となる薄膜だ。レーザーの条件に合わせてナノメートル級まで薄くすると、主パルスが到達する前の微弱な「プレパルス」だけで標的が加熱、変形、破壊されることがある。主役のレーザーが来る前に舞台そのものが崩れてしまう。
研究チームが使ったのは、大面積自由表面グラフェン(large-area suspended graphene、LSG)。グラフェンは炭素原子が一層に並ぶシート状物質で、非常に薄い一方、機械的強度が高く、熱や電気をよく伝える。LSGは、穴の開いた基板にグラフェンを保持し、両面が真空に面するようにしたレーザー実験用の標的である。
今回の実験では4層、8層、16層など厚さの異なるLSGを比較し、16層、実効厚さ約16ナノメートルで最大132MeVに達した。薄ければ薄いほどよいわけではない。厚すぎるとレーザーがプラズマ全体を十分に加熱できず、薄すぎると電場形成に関与する炭素イオンが不足する。16層前後が、今回のレーザー条件では「動く電場」を作り、保つうえで有利だったと研究チームは説明している。
陽子は電場の波に捕まり、0.3ミリ進み続けた
プラズマ粒子シミュレーションが示した機構は直感的だ。レーザーでグラフェンがプラズマ化すると、比較的重い炭素イオンと軽い電子の空間分布にずれが生じ、その前方に強い電場ができる。長めのレーザーパルスが加熱を続けるため、炭素イオンのプラズマは膨張し、電場そのものが前方へ移動する。
陽子はこの移動する電場に捕捉される。電場が進むのと一緒に陽子も進み、3ピコ秒以上、約0.3ミリメートルにわたって加速される。論文の表現にならえば、陽子が波に「サーフィン」するような加速である。従来の典型的なレーザーイオン加速では、加速時間が数十〜数百フェムト秒、距離が0.01ミリメートル程度にとどまる場合が多い。今回の重要点は、加速電場の最大値だけでなく、その電場と粒子が一緒に動く時間を延ばしたことにある。
132MeVは、陽子にとって準相対論的な領域に入るエネルギーだ。QSTの説明では、速度は光速の約50%。研究チームは今回の値について、100フェムト秒を超えるレーザーでの陽子加速として世界最高であり、短パルスレーザーによる約150MeVの最高記録にも迫ると位置づけている。
| 実験要素 | 今回の条件・結果 | 意味 |
|---|---|---|
| レーザー | LFEX、約1.5 ps | 比較的長い高強度レーザーパルス |
| 平均強度 | 約1×1019 W/cm2 | 短パルス最強度競争とは異なる設計 |
| 標的 | LSG 16層、約16 nm | 薄さと耐プレパルス性を両立 |
| 最大陽子エネルギー | 132 MeV | 光速の約50% |
| 加速時間 | 3 ps超(シミュレーション) | 従来型より長時間の加速 |
| 加速距離 | 約0.3 mm(シミュレーション) | 移動電場に捕捉されて進む |
もう一つの主役はAIだった
高エネルギー陽子を作るだけでは、実験は成立しない。それを確実に測らなければならない。今回、研究チームが直面したのは「非常に少数しか存在しない最高エネルギー側の陽子をどう見つけるか」という問題だった。
使われた主力検出器はCR-39と呼ばれる固体飛跡検出器である。高速粒子が通過すると微細な傷跡を残し、化学処理後に顕微鏡で観察できる。感度は高く、1個単位の粒子検出に向く一方、大量の画像を人間が目視するのは現実的ではない。
研究チームは畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を用いて、数百万枚規模の顕微鏡画像から粒子の飛跡を自動識別した。公開資料では、高エネルギー測定の一例で99.2%の適合率が得られたとされ、132MeVまでの陽子信号を背景ノイズと区別する役割を果たした。
このAI利用は単なる省力化ではない。論文は、高エネルギー側の陽子数が他の代表的実験より数桁少ないことも明記している。つまり、今回の成果は「大量の132MeV陽子ビームをすでに実用化できる」という意味ではなく、極端に希少な高エネルギー成分を検出できたことに価値がある。AIは、その微かな尾部を定量的に確認するための測定技術だった。
2022年の「世界最薄」から続くグラフェン研究
今回の成果は突然生まれたものではない。蔵満教授らのグループは2022年、LSGを高強度レーザーの標的に使い、原子層に近い極薄標的でも主パルス到達前の破壊を抑えながら高エネルギーイオンを生成できることを示した。大阪大学は当時、この標的を「世界最薄・最強ターゲット」と表現していた。
その後、LSGの層数、レーザー強度、パルス幅の組み合わせを調べる研究が積み重ねられた。2025年には、QSTと大阪大学などのチームが、グラフェンを積層し金を蒸着した標的とJ-KAREN-Pレーザーを組み合わせ、炭素イオンを1ギガ電子ボルト(GeV)まで加速したと報告している。これは陽子ではなく炭素イオンであり、今回とはレーザー条件も加速機構も同じではないが、超薄膜材料を精密に設計する方向性は共通する。
2026年度の大阪大学レーザー科学研究所の共同利用課題には「Generation of GeV protons using intense laser and graphene」と題した研究も採択されている。今回の132MeVは終点ではなく、研究グループがGeV級陽子を視野に置いていることを示す。
小型加速器への期待――ただし「132MeV=医療実用化」ではない
レーザー加速が注目される理由の一つは、将来的に加速器を小型化できる可能性だ。大型のシンクロトロンや線形加速器が必要な領域の一部を、強いプラズマ電場で置き換えられれば、研究施設や医療装置の設計を変え得る。
QSTはすでに、レーザー・プラズマ加速を用いた小型重粒子線がん治療装置「量子メス」に向け、レーザー駆動イオン入射装置の研究開発を進めている。今回の研究も将来の小型イオン源に関連する基礎技術として重要だ。
しかし、ここは慎重に読む必要がある。医療に必要なのは最高エネルギーだけではない。十分な粒子数、繰り返し周波数、ビームの安定性、エネルギー幅、位置精度、線量制御、安全性が必要になる。今回の論文自身も、最高エネルギー側の陽子数が少ないことを課題として認めている。したがって「132MeVに到達したから、コンパクトながん治療装置が目前」という段階ではない。
宇宙線研究では「実験室の宇宙」に近づく
もう一つの応用先は、宇宙で起きる高エネルギー粒子加速の研究だ。超新星残骸の衝撃波や磁場の乱れなど、宇宙線がどのように極端なエネルギーへ加速されるかには、なお未解決の問題が多い。実験室で準相対論的なイオンを生成し、プラズマ中での加速や衝撃波との相互作用を制御して調べられれば、直接観測だけでは追いにくい物理過程を再現できる可能性がある。
大阪大学の研究チームにとって、今回の「サーフィン加速」は加速器工学だけの話ではない。レーザーを使って宇宙プラズマの一部を地上に再現する「実験室宇宙物理」という研究分野にもつながる。
次の段階は「自律するレーザー実験」
研究チームは、AI解析とオンライン検出器を結びつける先に、自律型レーザー実験システムを描いている。レーザーを1回照射する。検出器が結果を読み取る。AIがデータを解析し、次のレーザー強度、焦点、ターゲット厚さなどを選ぶ。そして再び実験する。これを繰り返せば、膨大な条件空間の中から人間が手作業で探索するより速く、より高エネルギーの条件を見つけられるかもしれない。
その構想を現実にするには、CR-39のように後処理が必要な検出器だけでなく、リアルタイムで高エネルギー粒子を測れるオンライン計測が不可欠だ。論文では、シンチレータ型検出器を使った高エネルギーイオンのオンライン計測技術も開発中とされている。
まだ分からないこと
今回の研究には明確な未解決点もある。PIC(particle-in-cell)シミュレーションはプラズマの運動を扱うが、レーザーのプレパルスがグラフェンという固体にどう作用し、どのようにプラズマへ移行するかという量子論的・固体物性的な過程を完全には記述しない。論文は、その部分を調べるため時間依存密度汎関数理論を導入していると説明している。
また、エネルギーが高くても、ビームとして使うには粒子数や再現性を大幅に改善する必要がある。レーザー装置そのものの効率、繰り返し運転、ターゲット供給も実用化には大きな工学課題だ。
それでも、今回の実験は一つの重要な設計思想を示した。高いエネルギーを得る方法は、瞬間的な最大強度を競うことだけではない。粒子が加速電場から逃げないようにし、同じ電場にできるだけ長く乗せ続ける。そのためにグラフェンの厚さを調整し、レーザーの時間幅を選び、見逃しやすい信号をAIで拾う。132MeVは、その複数の技術が噛み合った結果である。
主な資料
- 量子科学技術研究開発機構「ゆっくり長く陽子を光の50%まで加速!」(2026年10月2日)
- 大阪大学大学院情報科学研究科 プレスリリース(2026年10月2日)
- Takumi Minami et al., “Proton Surfing Acceleration via Propagating Electrostatic Waves Induced by Intense Laser Irradiation on Large-Area Suspended Graphene,” PTEP 2026, 103J01
- 大阪大学「世界最強最薄ターゲットによるレーザーイオン加速の実現」(2022年2月16日)
- 大阪大学「レーザーによる炭素イオン加速で1ギガ電子ボルトに到達」(2025年)
- 大阪大学レーザー科学研究所 2026年度共同利用共同研究採択課題一覧
- QST「がん治療用新型イオン入射装置の原型機が完成」(2023年8月30日)