日本とニュージーランドの外務次官級会合は、見出しだけなら静かな外交ニュースに見える。2026年6月2日、船越健裕外務事務次官は、来日中のニュージーランド外務貿易省事務次官ベード・コリー氏と約2時間のワーキングランチを行った。外務省発表によれば、両国は「戦略的協力パートナー」として安全保障協力を強化し、経済安全保障、とりわけ重要鉱物の供給網強靱化とエネルギー分野で連携を深めることを確認した。
この一文が重要なのは、鉱物がもはや地下資源だけの話ではないからだ。リチウム、ニッケル、コバルト、銅、レアアース、黒鉛、マンガン、タングステン、ガリウム、ゲルマニウム。これらは電池、モーター、風力、送電網、半導体、AIデータセンター、防衛装備、宇宙機器のどこかに入り込む。エネルギー安全保障は、石油とLNGだけの時代から、鉱山・精錬・加工・リサイクルを含む供給網の時代へ変わった。
なぜニュージーランドなのか
日本の重要鉱物外交といえば、まず豪州、米国、カナダ、ベトナム、マレーシア、アフリカ、そして南米が思い浮かぶ。ニュージーランドは、豪州のような巨大鉱物輸出国ではない。だが、だからこそ意味がある。日本がいま求めているのは、単一の巨大供給源ではなく、信頼できる複数の供給網、環境・労働基準を共有できるパートナー、太平洋の安全保障環境を支える同盟的ネットワークである。
ニュージーランド政府は2025年、2040年を見据えた鉱物戦略と、同国初の重要鉱物リストを公表した。リストには37鉱種が含まれ、政府関係機関はニュージーランドがそのうち21鉱種について生産可能性を持つと説明している。これは、明日から世界のレアアース市場を変えるという意味ではない。だが、鉱物探査、地質データ、環境許認可、先住民権利、輸出投資の制度を整え、信頼できる供給国として名乗りを上げるという意味を持つ。
日本はすでに「鉱物リスク」を知っている
日本は資源小国であり、鉱物依存のリスクを長く経験してきた。石油ショックはエネルギーの脆弱性を示し、2010年代のレアアース問題は、ハイテク産業が少数国の採掘・精錬に依存する危うさを可視化した。EVや風力やAIが進めば進むほど、供給リスクはむしろ増える。脱炭素は鉱物依存を減らすのではなく、鉱物依存の種類を変える。
JOGMECは1983年から国家レアメタル備蓄事業に関わってきた。備蓄は、海外からの供給途絶や国内供給不足に対応するための制度である。日本の特徴は、鉱山権益、融資、保証、情報収集、備蓄、技術支援を組み合わせ、民間企業だけでは負いきれないリスクを公的機関が下支えする点にある。これは、今日の米欧が学ぼうとしているモデルでもある。
エネルギー安全保障と鉱物安全保障は分けられない
日本にとってエネルギー安全保障は、LNG、石油、石炭、原子力、再エネ、送電網をめぐる問題だった。だが今後は、送電網に銅とアルミ、風力にレアアース、電池にリチウム・ニッケル・コバルト・黒鉛、半導体にガリウムやゲルマニウム、AIデータセンターに電力と冷却と鉱物が必要になる。IEAは、リチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、黒鉛が電池に不可欠であり、レアアースが風力やEVモーターに不可欠だと整理している。
つまり、再エネを増やすほど、鉱物が必要になる。EVを増やすほど、鉱物が必要になる。データセンターを増やすほど、電力と鉱物が必要になる。日本とニュージーランドの会合で「重要鉱物」と「エネルギー」が並んだのは偶然ではない。新しいエネルギー安全保障は、燃料を買う話から、素材、部品、精錬、加工、リサイクルまでを一体で見る話に変わっている。

太平洋の小国ではなく、ルールを共有する国
ニュージーランドの価値は、鉱物量だけでは測れない。地質資源だけでなく、法制度、透明性、環境基準、先住民コミュニティとの関係、海洋・南太平洋外交、英語圏の制度互換性、ファイブアイズ的な安全保障環境との接続がある。日本にとって、これは「近い価値観の国」と供給網を組む意味がある。
もちろん、ニュージーランドでの鉱物開発は簡単ではない。環境保護、地域合意、マオリの権利、景観、観光、気候政策との整合が問われる。だからこそ、採掘量だけを見た短期投資ではなく、地質調査、環境評価、加工技術、リサイクル、低負荷採掘、透明な金融支援が重要になる。日本企業と政府機関が関与するなら、単なる資源確保ではなく、責任ある供給網づくりでなければならない。
豪州、米国、NZを結ぶ三角形
日本は2026年、豪州とも重要鉱物・エネルギー協力を強めた。豪州はLNG、鉄鉱石、石炭、リチウム、ニッケル、レアアースなどで日本にとって巨大な資源パートナーである。一方で、ニュージーランドは豪州ほど大きくないが、太平洋の政治地図を補完する。米国との重要鉱物協力、豪州との投資枠組み、ニュージーランドとの経済安全保障協議を合わせると、日本は「信頼できる環太平洋供給網」を少しずつ編んでいることが見える。
この網の背景には、中国依存への警戒がある。中国はレアアースの採掘・精錬、黒鉛、マグネット、電池材料など多くの分野で大きな影響力を持つ。問題は中国との取引そのものではなく、単一国・単一地域に過度に依存したときの交渉力低下と供給途絶リスクである。日本の戦略は、中国を排除することではなく、止まらない代替網を持つことにある。
ニュージーランド側の利益
ニュージーランドにとっても、日本との協力は単なる輸出機会ではない。鉱物資源を高付加価値の産業戦略へ変えるには、探査、データ、資本、加工、環境技術、顧客市場が必要になる。日本は、電池、半導体、素材、自動車、機械、エネルギー、商社、金融、公的リスクマネーを持つ。ニュージーランドが“掘る国”ではなく、“信頼できる資源・技術・環境管理の国”として成長するには、日本のような長期パートナーが意味を持つ。
一方で、ニュージーランドは慎重でなければならない。鉱物ブームは、地域社会に摩擦を生む。景観と観光、環境保護と雇用、先住民権利と国家戦略、輸出収入と脱炭素の矛盾。重要鉱物は“グリーン”な技術に使われるが、採掘そのものは常に環境負荷を持つ。だから、日NZ協力の成否は、単に鉱山が開くかどうかではなく、信頼を失わずに供給網を作れるかで決まる。
- 日本企業・JOGMECがニュージーランド案件にどう関与するか
- ニュージーランドの37鉱種リストのうち、商業化可能な鉱種はどれか
- 鉱物、LNG、再エネ、水素、地熱を結ぶエネルギー協力
- 環境許認可とマオリ権利をどう組み込むか
- 豪州・米国・NZをまたぐ環太平洋供給網の形成
資源小国・日本の新しい地政学
日本の地政学は、島国であること、資源が少ないこと、海上交通路に依存することから始まる。かつては石油とLNGの確保が中心だった。いまはそこに、重要鉱物、半導体、AI、電池、送電網、宇宙、海底資源が加わる。日NZの会合は小さなニュースだが、日本の新しい資源地図では見逃せない点である。
重要鉱物は、地面の下に眠る石ではなく、未来の産業を動かす血流である。日本とニュージーランドが本当に協力を深めるなら、それは単なる鉱物輸入ではない。太平洋における信頼、透明性、環境責任、産業力をつなぐ供給網づくりである。エネルギー安全保障の時代は、燃料タンクだけでなく、鉱山、精錬所、研究所、港、そして外交テーブルで決まるようになった。
出典・参考
このJapan.co.jpレポートは、外務省、ニュージーランド政府、JOGMEC、IEA、Reutersなどの公開資料をもとに構成した。
