2025年の日本の生命表に、10万人の女児が誕生したと想像してみよう。その年の年齢別死亡率が生涯変わらないと仮定すれば、9万4533人が65歳に達する。8万8000人以上が75歳を迎え、90歳の誕生日を祝う人は5万800人、つまり半数をわずかに上回る。生存者がちょうど半分になる「寿命中位数」は90.17歳だ。

これは個々の子どもの未来を予言する数字ではなく、統計上の仮想集団である。それでも、一つの平均値より鮮明に日本の到達点を映す。厚生労働省の2025年簡易生命表によると、女性の平均寿命は87.33歳で前年から0.20年伸びた。男性は81.35歳で0.25年の上昇。省の概要に示されたすべての年齢で、男女とも平均余命が前年を上回った。

2023年と2024年のほぼ横ばいを越え、コロナ禍期の落ち込みから回復がはっきりした。厚労省の国際比較表では、日本女性は掲載された主権国家の中で韓国の86.6歳、スペインの86.53歳を上回る。香港は参考値として88.73歳と記載されている。男性は同表で7番目。ただし各国で基礎期間や作成方法が違うため、順位は厳密な競争ではない。揺るぎにくい事実は、日本が今なお世界有数の長寿社会だということだ。

81.35歳2025年の男性平均寿命。前年より0.25年上昇
87.33歳女性平均寿命。前年より0.20年上昇
5.98年男女差。前年より0.05年縮小
50.8%2025年の死亡率が続く場合に90歳へ達する女性の割合
19.68年65歳男性の平均余命
24.52年65歳女性の平均余命

「81.35歳」が意味すること、しないこと

平均寿命は「0歳における平均余命」である。ある年に観察された年齢別死亡率が将来も変わらないと仮定したとき、仮想の新生児が平均して何年生きるかを示す「期間指標」だ。人口の中に若者が多いか、高齢者が多いかには左右されず、2025年の死亡状況そのものを一つの数字に圧縮する。

2025年生まれの男児が81歳前後で、女児が87歳前後で必ず亡くなるという意味ではない。医療、感染症、気候、生活習慣、社会条件は生涯の間に変わる。死亡率が今後も改善すれば、実際には期間平均寿命より長く生きる人が増えるだろう。また平均寿命は「最も多い死亡年齢」でもない。若年での少数の死亡が平均を押し下げるため、寿命中位数は男性84.13歳、女性90.17歳と平均より高い。

平均寿命は、新生児の墓碑に刻まれた未来の年齢ではない。ある1年間に、あらゆる年齢の人が直面した死亡リスクを凝縮した読み値である。

2025年の回復を分解する

厚労省は前年からの伸びを死因別に分解した。男性の0.25年の上昇に対し、悪性新生物(がん)の死亡率低下が約0.10年、新型コロナウイルス感染症が0.08年、心疾患が0.05年、脳血管疾患が0.02年寄与した。女性では心疾患が0.06年、コロナが0.06年、がんが0.05年、脳血管疾患が0.01年だった。自殺死亡率の変化も男性で0.01年、女性で0.02年、寿命を伸ばす方向に働いた。

逆向きの動きもある。肺炎死亡率の変化は男性で約0.02年、女性で0.01年を差し引き、老衰は男女とも約0.01年を差し引いた。小さなマイナスに見えるが、超長寿化が死の構成を変えていることを示す。がんや血管病を越えて高齢期まで生きる人が増えれば、フレイル、誤嚥性肺炎、認知症に伴う衰弱、複数疾患の重なりが表面に出る。

したがって回復には二つの層がある。一つはコロナ禍初期の大きな混乱から死亡が減った循環的な回復。もう一つは、がん、心疾患、脳卒中への長期的な改善である。どちらも「勝利宣言」ではない。同じ生命表のモデルでは、がん、心疾患、脳血管疾患が将来の死亡のおよそ4割を占める。

かつて50年にも届かなかった国

日本は長寿を相続したのではない。政策、生活水準、科学の実践、そして家庭の日々の選択を積み重ねてつくった。1891〜1898年を対象とする最初期の完全生命表では、男性42.8歳、女性44.3歳にすぎなかった。1935〜1936年でも男性46.92歳、女性49.63歳。戦争は食料、住居、公衆衛生をさらに破壊した。

戦後初の1947年生命表は男性50.06歳、女性53.96歳を記録した。ところが1960年には65.32歳と70.19歳へ急伸する。十数年でおよそ15〜16年の増加である。遺伝子がそれほど速く変わるはずはない。死亡を取り巻く条件が変わったのだ。

最初の段階は、早すぎる死に対する総力戦だった。上水道、下水、住環境が改善し、栄養が回復した。抗菌薬、予防接種、組織的な対策によって結核などの感染症が後退した。母子保健が拡充され、保健師が予防を家庭や地域へ運んだ。老年病を十分に克服する前から、乳幼児や若年成人の死亡が減ったことで平均寿命は大きく伸びた。

男性女性その時代が示すもの
1891〜1898年42.844.3感染症と若年死亡が寿命を短くしていた。
1947年50.0653.96戦争による物質的・保健的な損傷からの出発。
1960年65.3270.19栄養、衛生、結核対策、乳幼児の生存が曲線を一変させた。
1980年73.3578.76脳卒中死亡が減少し、医療アクセスと生活水準が広がった。
2000年77.7284.60特に女性で、世界の長寿リーダーとなった。
2020年81.5687.71コロナ禍前後の歴史的高水準。
2022年81.0587.09コロナと社会的混乱で後退。
2025年81.3587.33がん、心疾患、コロナ死亡の改善を中心に回復。

1961年――「受診できる」を社会契約に

1961年に達成された国民皆保険は物語の中心にある。ただし時間の順序は重要だ。最初の大飛躍の多くは、公衆衛生と生活再建によってすでに起きていた。皆保険はその上に、医師や病院へのアクセスを所得、勤務先、居住地だけで決まる特権ではなく、全国的な期待へ変えた。患者は早めに治療を受けやすくなり、医療側は慢性疾患を継続管理する仕組みを築き、自治体は健診、予防、治療を結びつけられるようになった。

日本の制度が自己負担や格差を消したわけではなく、改定も繰り返してきた。それでも、広範な受療機会、診療報酬による価格管理、密度の高い医療供給は、経済成長を人口全体の健康へ変換する助けになった。そして次の段階、すなわち若者の死を防ぐだけでなく、中高年の死亡を減らす段階を可能にした。

だからこそ、日本の長寿史を一つの「秘訣」で説明することはできない。衛生のない保険は多くの子どもに間に合わなかった。血圧管理のない病院は脳卒中流行を止められない。適切な治療のない食生活だけでは、これほど多くの人をがんや心疾患の先まで運べなかった。層と層が支え合ったから、寿命は積み上がった。

脳卒中との長い闘い

1950〜60年代、脳血管疾患、とりわけ脳出血は日本を特徴づける死因だった。伝統的な食事は魚や植物性食品を多く含む一方、保存野菜、みそ、しょうゆ、塩蔵魚に支えられた地域では塩分が非常に高かった。高血圧が多く、治療は十分に行き届かず、働き盛りを脳出血が襲った。

対策は専門病棟の外へ広がった。住民健診が無症状の高血圧を見つけ、減塩運動が食卓を変えた。降圧薬が普及し、栄養状態が改善し、寒い家も減った。1960年代半ば以降、脳卒中死亡は急速に低下する。戦後の長寿化を研究する論文は、この減少を日本が後半の伸びを実現した決定的な要因の一つに挙げる。

ここには「平均値は政治的でもある」という教訓がある。個人は一人で水道を敷設できず、全国の診療価格を決められず、保健師を養成できず、地方で手の届く血圧治療を整備できない。最大の寿命増加は、個人の徳への褒賞だけではない。社会が共同で築いた能力への配当だった。

食事は大切だが、「日本人の秘密」は神話である

食は説明の一部である。ただし伝説にしてはいけない。日本では歴史的に赤肉と飽和脂肪の摂取が少なく、魚、大豆食品、野菜、茶が頻繁に取られてきた。国際的に見ると肥満も少なかった。こうしたパターンは、脳卒中や胃がんが大問題だった時代にも、虚血性心疾患による死亡を比較的低く抑える助けになったと考えられる。

しかし、永遠に変わらない「和食」は存在しない。戦後、米の消費は減り、動物性食品、乳製品、脂質は増えた。その一部はたんぱく質や微量栄養素の不足を改善した一方、塩分過多は長く危険を残した。現在は安価な超加工食品、身体活動の低下、代謝性疾患が新たな圧力となり、所得、孤立、買い物へのアクセスが高齢者の食卓を左右する。

沖縄、緑茶、魚、発酵食品のいずれか一つに、因果関係の全重量を背負わせることもできない。遺伝、幼少期の環境、受療機会、教育、仕事、社会的つながり、喫煙が数十年をかけて交差する。日本から学ぶべきは「スーパーフード」ではなく、多数の大きなリスクを同時に比較的低く保った医療制度と食文化の組み合わせだ。

女性は世界の先頭、男性にはなお大きな損失

女性優位は2025年に5.98年。2005年の6.96年を頂点に縮小している。生物学的な差もあるが、生活行動と社会史が差を広げも狭めもする。戦後の長い期間、日本の男性は喫煙、飲酒、危険または高ストレスな仕事、受診の遅れに、より強くさらされてきた。女性は多くの年齢で低い死亡率の恩恵を受ける一方、障害と超高齢期をより多く引き受ける。

2025年生命表は非対称を鮮明にする。その年の死亡率が続けば、90歳に達する男性は26.7%、女性は50.8%。90歳男性の平均余命は4.38年、女性は5.66年である。65歳では19.68年と24.52年。年金、家計の貯蓄、住まい、介護は、65歳以降を短い「余生」ではなく長い成人期として設計しなければならない。

男性の伸び0.25年が女性より大きかったのは前向きな兆候だ。しかし国際比較表の7番目は失敗ではなく、女性が首位級であることも油断の理由にはならない。問うべきは、どの早すぎる死をまだ防げるか、そして誰が全国平均の保護からこぼれているかだ。

全国平均の後ろにある「郵便番号」

比較に利用できる最新の都道府県別生命表は2020年版である。男性は滋賀82.73歳、長野82.68歳、奈良82.40歳の順。青森は79.27歳で最も低く、滋賀との差は3.46年だった。女性は岡山88.29歳、滋賀88.26歳、京都88.25歳が上位で、青森86.33歳との差は1.96年である。

これは個人の節制を競うランキングではない。喫煙や飲酒、職業、所得、教育、交通、冬の環境、食事、予防サービス、受療機会、人口の小さい地域に生じる統計上の振れが反映される。年齢によって順位も変わる。沖縄の男性は2020年に出生時平均寿命で43位だったが、75歳の平均余命では2位へ上がった。

地域と社会階層の勾配を残したまま全国値だけが伸びるなら、勝利は未完成である。次の長寿戦略には、小さな地域と困難な暮らしを見つめる解像度が必要だ。

長寿はまだ「健康長寿」と同じではない

最新の公的な健康寿命は2022年値で、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を示す。男性72.57年、女性75.45年だった。同じ年の平均寿命との差は男性8.49年、女性11.63年。2019年から男女とも差は有意に縮んだが、長寿の成功の内側に残る最大の課題である。

健康寿命は別の方法で推計されるため、調査年の違う2025年平均寿命から機械的に差し引くべきではない。それでも問いは変わる。死亡を減らしながら、フレイル、痛み、視聴覚障害、認知症とともに生きる期間だけを延ばす可能性がある。女性の差が大きい点は重要だ。最も長く生きる集団が、日常活動に制限のある年数も平均して長い。

次の国家的な節目は「88歳」だけであってはならない。88歳の人が選び、動き、記憶し、つながり、尊厳をもって暮らせる年を増やすことだ。

その視点に立てば、転倒予防、筋肉と骨、口腔、聴力、認知症支援、心の健康、社会参加、85歳の身体に合う住まいが中心に来る。家族介護者への支援と、安定した介護人材も欠かせない。医療は死を先送りできる。健康長寿には日常生活そのものの設計が必要である。

百寿者153人から、ほぼ10万人へ

老人福祉法のもとで百歳高齢者を祝う取り組みが始まった1963年、100歳以上は全国で153人だった。2025年9月には9万9763人。女性は8万7784人で全体の約88%を占めた。この数字は祝福であると同時に、人口構造からの信号でもある。

65歳以上の人口は2024年に過去最高の3624万人、総人口の29.3%に達した。総務省統計局の『日本の統計ハンドブック2025』では、2070年に38.7%へ達すると見込む。同時に、少子化と人口減少によって、年金、医療、介護を財政面・人材面で支える現役世代の基盤は縮小している。

長寿が少子化を引き起こしたのではなく、高齢者は一括りの「負担」でもない。働き、家族を支え、地域活動を担い、納税し、共同体を維持する人も多い。問題は比率と制度設計だ。人口の年齢構成が職場や制度より速く変わる中、長い人生の費用と恩恵をいかに公平に分かち合うかが問われる。

長寿のパラドックス

日本の成功は、次の難題が生まれる条件でもある。62歳の脳卒中を防げば、その人はがん、フレイル、認知症が主要リスクになる年齢まで生きられる。病院が救った命は、後にバリアフリー住宅や在宅ケアを必要とするかもしれない。娘自身の長寿と、90代の母を介護する年月が重なることもある。勝利は必要を消すのではなく、必要の形を変える。

OECDの『Health at a Glance 2025』日本版は二面性を示す。日本の男女計の平均寿命はOECD平均を約3年上回り、予防可能死亡と治療可能死亡はともに大幅に低かった。その一方で、自分の健康を「悪い・とても悪い」と答える割合はOECD平均より高く、自殺率も平均を上回った。優れた生存成績は、孤独、精神的苦痛、幸福の不均衡と同居し得る。

政策は二つの誤りを避ける必要がある。第一は、長寿を「負担不能な事故」とみなす宿命論。第二は、高い平均値がすべての地域と世代の繁栄を証明すると考える勝利主義だ。目標は老いの費用を抑えるだけでなく、人がより長く自立し、貢献し、生活を選べる力に投資することである。

次の健康革命に必要な五つの試験

見出しの数字を越えて
  • 健康寿命の差を縮める:生存年数とともに身体機能、認知、社会参加を測る。
  • 偏ったリスクを減らす:喫煙、高血圧、自殺、受診遅れが集中する層と地域へ対策を届かせる。
  • 老いに対応できる地域をつくる:かかりつけ医、リハビリ、介護、交通、住宅、社会的つながりを結ぶ。
  • ケア人材を守る:賃金、人員、技術、労働条件を改善し、ケアを流れ作業にしない。
  • 危機に備える:災害や感染症流行時にも、高齢者の予防接種、感染管理、継続診療を維持する。

日本はすでに、組織的な予防が死亡曲線を描き替えられると示した。これからは道具の精度を上げる必要がある。自治体データは高血圧、フレイル、孤立が集まる地区を見つけられる。プライマリ・ケアは転倒前に歩行機能の低下を発見できる。予防接種と換気は介護施設を守る。補聴器、歩道、バス、地域食堂は、もう一つの高度医療と同じほど自立を支える可能性がある。

技術は人の力に奉仕するときだけ役立つ。見守り、介護ロボット、遠隔医療、人工知能は人手不足を緩和し、専門知識を広げられるかもしれない。しかし信頼、触れ合い、地域の知識は代替できない。世界で最も高齢化した市場は、イノベーションが単なる人員削減ではなく自律性を拡大できるかを試す市場でもある。

一つひとつの「防げた死」がつくった数字

1947年の生命表で90歳まで生存する割合は男性0.9%、女性2.0%だった。2025年には26.7%と50.8%である。あまりに大きな変化のため、振り返れば必然に見える。だが必然ではなかった。水道と診療所、学校給食と予防接種、保健師と血圧計、保険証とがん治療、安全な職場と暖かい家がつくった。

2025年の回復は祝うに値する。前年の死亡パターンが続いた場合より、多くの人が死なずに済んだからだ。しかし日本の歴史を学ぶ最も深い理由は、神秘主義も諦めも退ける点にある。長寿は国民性ではない。社会が何度もつくり直す結果である。

日本女性の平均寿命が87歳台にあるのは、一つの秘密を発見したからではない。無数の日常的な危険を、少しずつ致命的でないものに変えたからだ。次の革命にはさらに厳しい判定基準がある。その増えた年月が、実際に生きる本人のものになっているかどうかだ。

情報源・参考文献

本稿は厚生労働省「令和7(2025)年簡易生命表」を主要資料とした。歴史、国際比較、健康寿命には各リンク先で入手できる最新の公表値を用いた。基礎期間と方法が異なるため、国際順位は慎重に解釈する必要がある。