救急隊から「この患者を受け入れられますか」と電話が入る。地域の診療所から「紹介したい患者がいます」と連絡が来る。夜間には「今から診てもらえますか」という問い合わせもある。病院にとって、こうした電話は患者が院内へ入る前の重要な入口だ。しかし、受け入れられなかった電話ほど、その理由が電子カルテに残らず、口頭や紙のメモだけで消えていくことがある。

Dr.JOY株式会社は9月18日、紹介電話、救急隊からの連絡、夜間救急への問い合わせを録音・リアルタイム文字起こしし、AIが受入可否と断り理由を判定・タグ付けする新サービス「受入コールAI」の提供を開始した。通話を「受けた・断った」で終わらせず、診療科別、時間帯別、理由別のデータに変え、病院経営や地域連携の改善材料にしようとする仕組みだ。[1][2]

ただし、9月21日までに確認した公表資料では、受入コールAIそのものの導入病院数や最初の導入病院名は公表されていない。Dr.JOYが「213施設(導入準備中を含む)」としているのは、2024年6月から展開してきたより広い「AI電話」事業の実績である。新製品の普及数と既存AI電話の導入数を同じものとして扱うべきではない。[1][3]

9月18日「受入コールAI」正式提供開始
213施設2026年9月1日時点のDr.JOY「AI電話」導入・導入準備中施設
19.7%Dr.JOYが学会で示した「断り理由が理由不明等」の分析値
768万6,235件2025年の救急自動車出動件数(消防庁速報)

患者が来なかったから、記録も残らない

救急搬送を受け入れた患者や、紹介後に実際に受診した患者は、その後の診療が電子カルテに記録される。一方、電話の段階で受入不可となった患者は、その病院では診療が始まっていない。電話の内容や断った理由が、正式な診療記録と同じように残るとは限らない。

Dr.JOYはここを「見えない断り」と呼ぶ。会社によれば、紹介電話は地域連携室、救急隊からの連絡は救急外来や担当医、夜間問い合わせは別の窓口、と受電場所が分かれやすく、紙メモ、PBXの録音、口頭申し送りなど記録形式も統一されにくい。その結果、病院が後から「何件断ったのか」「なぜ断ったのか」「特定の時間帯・診療科へ集中していないか」を集計しにくい。[1][2]

受入コールAIは、この電話前段階のデータを残す。専用050番号へ電話を受けるか、既存の代表番号から転送し、会話をリアルタイムに文字起こしする。AIが文字起こしから受入可否、断り理由、患者の主訴、既往歴、救急ではバイタルサインなどを抽出・分類する。通話後には録音、文字起こし、要約、院内メモを一画面で確認できるという。[1][2]

このAIが記録しようとしているのは「来院した患者」だけではない。病院の入口まで来ながら、電話の段階で別の医療機関へ向かった患者の情報である。

「断った病院」を責めるシステムではない

患者を受け入れられない理由は、病床満床、専門医不在、手術中、検査設備の制約、感染管理、重症度、診療科の適応範囲など多様だ。救急医療では、病院側に十分な医療資源がなく、他院搬送が安全な場合もある。「断り」の数だけを減らせば患者安全が高まる、という単純な問題ではない。

Dr.JOYが狙うのは、理由を記録して構造を見ることだとしている。たとえば「夜間の整形外科で専門医不在が多い」「病床満床による断りが特定曜日に集中する」「担当医へ連絡がつかず受入判断まで時間がかかる」と分かれば、当直体制、病床運用、連絡経路を見直す議論ができる。[1][2]

ただし、AIが自動で付けた「断り理由」が常に正しいとは限らない。会話の言い回し、医療略語、騒音、複数人の会話、判断理由が明示されなかったケースなどで分類ミスは起こり得る。公表資料では、受入可否判定や理由タグ付けの精度、誤分類率、第三者評価結果は開示されていない。経営指標として使うなら、人による確認と分類ルールの管理が重要になる。

「19.7%理由不明」は、国の統計ではない

Dr.JOYは2026年7月の第76回日本病院学会で、「受入拒否の19.7%は『理由不明』」という分析を発表した。9月の製品発表も、この数字を開発背景として引用している。[1][4]

しかし、この19.7%は消防庁や厚生労働省の全国統計ではなく、Dr.JOYが学会・セミナーで示した分析値である。公開ページには、対象病院数、対象期間、総通話件数、抽出方法、分類方法など分析の全仕様は掲載されていない。したがって、「日本全国の病院で断り理由の19.7%が不明」と一般化することはできない。

同じ学会でDr.JOYは、紹介患者の受入機会損失が年間3.6億円規模になり得るという分析も提示したが、これも会社側の試算である。病院の診療構成、入院単価、病床稼働、紹介件数によって大きく変わるため、個々の病院の損失額として扱うべきではない。[4]

消防庁が見ている「搬送困難」とは違う

日本には、救急搬送を受け入れる病院がなかなか決まらない問題について公的な統計がある。消防庁の「救急搬送困難事案」調査では、救急隊が医療機関へ4回以上受入照会し、かつ現場滞在時間30分以上となった事案を集計している。対象は政令市消防本部、東京消防庁、各都道府県の代表消防本部などで、週次速報を公表している。[12]

これは重要な指標だが、受入コールAIが対象とする世界と完全には重ならない。消防庁調査は救急隊による搬送困難に焦点を当てる。一方、新サービスは救急隊だけでなく、地域医療機関からの紹介電話や夜間救急への問い合わせも記録する。患者が救急車に乗る前、あるいは他院紹介の段階で断られたケースは、消防庁の搬送困難統計と同じ枠では見えない。

救急電話の母数は、すでに巨大だ

消防庁の速報によると、2025年の救急自動車による救急出動件数は768万6,235件、搬送人員は676万1,871人だった。2024年は救急出動771万8,380件、搬送676万9,172人で、統計開始以来の高水準だった。[10][11]

消防白書によれば、2024年の119番通報から医師への引き継ぎまでの平均病院収容所要時間は44.6分。新型コロナ前の2019年より約5.1分長い。搬送患者の63.3%は高齢者だった。[11]

すべての時間延長が「病院が断ったから」生じるわけではない。現場処置、道路事情、搬送距離、病院選定など複数要因がある。それでも、病院探しに時間がかかる場面が医療システム全体の負担になる以上、受入判断の情報を残す価値はある。

AIが電話を取るサービスから、AIが電話を分析するサービスへ

Dr.JOYのAI電話は2024年6月、外来予約の新規受付、変更、キャンセル、確認などから始まった。2025年7月には導入105施設、2026年8月には200施設を突破。9月1日時点では導入準備中を含め213施設としている。[3][7]

用途も外来予約から、健診、薬剤部の疑義照会・トレーシングレポート、地域連携、面会、受診前相談へ広がった。これまでのAI電話は主に、患者からの電話をAIが一次受付して人の受電負担を減らす方向だった。受入コールAIはむしろ、人と人が話す電話をそのまま残し、後から分析可能なデータへ変える点で異なる。[2][3]

2013年11月 Dr.JOY株式会社の前身を設立。

2015年 院内連携サービス「Dr.JOY」を正式リリース。

2024年6月 医療機関特化型AI電話サービスを開始。

2025年7月 AI電話が105施設に到達。

2026年3月 浦添総合病院との受診前相談AI実証結果を公表。

2026年7月 日本病院学会で受入コールAIと「見えない断り」の分析を発表。

2026年9月18日 受入コールAIを正式提供開始。

沿革・導入数はDr.JOY公表資料による。[3][4][6][7][8]

浦添総合病院の実証は別サービスだが、電話AIの実像を示す

受入コールAIそのものの導入事例はまだ公表されていない。一方、Dr.JOYは2025年11月から2026年2月に沖縄県の浦添総合病院で、「受診前相談」のAI電話実証を行った。このサービスは患者本人からの相談電話をAIが聞き取り、医療トリアージAIで緊急度を推定するもので、受入コールAIとは別製品・別用途である。[6]

Dr.JOYによると、実証期間の入電753件のうち580件が通話完了し、相談の約77%がAI電話のみで完結した。看護師の電話対応は1件平均約10分前後から4分へ短縮したと、2026年7月の学会資料で紹介している。3月の実証リリースでは、導入前の看護師の直接対応は1件平均約5分とも記されており、評価する数値は測定条件や業務定義を分けて読む必要がある。[5][6]

ここから分かるのは、病院電話が単なる「予約受付」ではないことだ。症状、緊急度、既往歴、診療科、病床、担当医など、臨床に近い情報を扱う。電話DXが深くなるほど、音声認識だけでなく医療安全と責任分担の設計が重要になる。

受入コールAIの1本の電話は、5段階でデータになる

段階処理
1. 受電専用050番号で受ける。既存番号からの転送にも対応。
2. 記録通話を録音し、会話をリアルタイムで自動文字起こし。
3. 院内確認必要に応じ担当科へ転送。転送先の会話も記録対象。
4. AI分類受入可否、断り理由、患者情報を要約・タグ付け。
5. 集計診療科、担当者、曜日、時間帯、理由別にダッシュボード化。

製品説明による。[2]

受電端末はPCとヘッドセット、スマートフォンアプリ、DECT方式のコードレス電話から選べる。FAXによる受診結果報告の自動生成、通話内容をQRコード経由で電子カルテへ反映するための機能も用意するとしている。[1][2]

電子カルテへの「反映」は、完全な自動連携とは限らない

製品発表には「通話内容のQRコードによる電子カルテへの反映」とある。これは有用だが、APIで電子カルテの患者データへ自動的に双方向連携することと同義ではない。どの電子カルテに対応し、どの情報をどの形式で入力できるのか、患者照合をどう行うのかといった技術仕様は公開資料では確認できない。[1]

したがって、「救急電話が自動で電子カルテへ完全統合された」と表現するのは過剰だ。公表されているのは、QRコードなどを使い、通話内容を院内システムへ移しやすくする機能である。

経営データになると、数字には別の危険も生まれる

診療科別の受入率、断り理由ランキング、担当者別傾向、曜日・時間帯のヒートマップは、病床や当直体制の改善には役立ち得る。しかし、数字の使い方を誤れば「断った医師ランキング」のような評価に変わる危険もある。

ある診療科の受入率が低いとしても、その診療科へ本来対象外の紹介が集中している可能性や、重症患者を多く診て病床回転が遅い可能性もある。担当者ごとの数値を単純比較すれば、安全のために適切に断った判断が低評価になることさえある。

製品データは、懲罰のためのKPIではなく、病床、設備、人員、連絡体制と組み合わせて読む必要がある。AIでデータを取れることと、そのデータから公平な因果関係を判断できることは別である。

電話録音は、患者情報そのものになる

救急・紹介電話では、氏名、生年月日、主訴、既往歴、服薬、バイタルサインなどが話される可能性がある。録音と文字起こしは、極めてセンシティブな医療情報を新たなデータベースへ保存することでもある。

Dr.JOYは、受入コールAIについて「3省2ガイドライン」に準拠し、ISMS(ISO/IEC 27001)とクラウドセキュリティのISO/IEC 27017認証を取得、AES-256で暗号化し、データをAWS東京リージョンに保管すると説明している。[1]

厚生労働省は2026年6月、「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」を第7.0版へ改訂し、医療機関とサービス事業者にアクセス管理、サイバーセキュリティ、委託先管理、BCPなどを含む安全管理を求めている。[13][14]

ここでも区別が必要だ。Dr.JOYの「準拠」は会社による説明であり、厚生労働省が受入コールAIを個別に認証したという意味ではない。実際の安全性は、病院側の端末、権限、録音告知、保存期間、アクセスログ、職員教育などの運用にも左右される。

録音された会話は「真実」そのものではない

電話を録音すれば「言った・言わない」は検証しやすくなる。しかし、録音が残っても、受入判断の医学的妥当性が自動的に決まるわけではない。電話時点では情報が不完全な場合もある。救急隊の所見と病院側の理解が違うこともある。病床状況が数分で変わることもある。

AIによる要約はさらに一段解釈を加える。原音声、文字起こし、AI要約、タグの4つは同じものではない。トラブル検証や医療安全上の重要場面では、AI要約だけでなく原音声や原文字起こしへ戻れる仕組みが必要になる。受入コールAIは録音再生と文字起こしを一画面で確認できるとしており、その点は設計上重要だ。[2]

会社は2013年、医師の「紙と電話」への問題意識から始まった

Dr.JOYは2013年11月設立。代表取締役社長の石松宏章氏は医師で、臨床現場で大量の紙書類と電話対応に時間を取られ、患者と向き合う時間が削られていることを創業の背景として説明している。2015年には院内連携サービス「Dr.JOY」を正式リリースした。[8][9]

会社は現在、院内コミュニケーション、AI電話、勤怠・シフト、面会、来訪者管理など複数の病院業務を扱う。受入コールAIは、創業時からの「非臨床業務を減らす」という方向が、単なる業務自動化からデータ分析へ移った製品ともいえる。[9]

まだ分からないこと

9月21日時点の公開情報では、受入コールAIの導入施設数、具体的な導入病院名、料金、契約期間、1施設当たりの通話件数、AIによる受入判定の精度、断り理由分類の正解率、誤分類率、導入後に応需率がどれだけ改善したか、患者搬送時間が短くなったか、病床稼働率や収益がどれだけ変化したかは示されていない。

Dr.JOYの既存AI電話が213施設へ広がっていることは、新製品を販売する基盤があることを示す。しかし、それは受入コールAIの有効性を証明する数字ではない。新製品については、今後、実運用データと導入施設側の検証が必要になる。

「断った電話」を病院経営のデータに変える意味

病院のデータは、これまで「来た患者」を中心に蓄積されてきた。何人診たか、何床使ったか、どんな検査や手術をしたか。一方、「来られなかった患者」「受け入れられなかった患者」の情報は、入口の電話で消えやすかった。

受入コールAIが面白いのは、その空白を埋めようとしている点だ。断った理由が本当に病床不足なら、病床運用の問題かもしれない。専門医不在なら当直体制かもしれない。担当医につながらないなら連絡方法かもしれない。紹介元との情報不足なら地域連携の様式を変える余地がある。

ただし、可視化された数字が「もっと受けろ」という圧力だけに使われれば、患者安全と逆行する。良いデータとは、受入率を高く見せるデータではない。受け入れるべき患者を受け入れ、受け入れられない患者には適切な代替先へ早くつなぐためのデータである。

AIが記録するべきなのは「病院が断った」という事実だけではない。なぜそう判断したのか、その理由を後から人間が検証できる形で残すことだ。病院の電話が経営データになる時代に、本当に問われるのはAIの文字起こし精度より、その記録をどう患者安全へ戻すかである。

出典・資料

  1. Dr.JOY:紹介・救急電話の受入判断をAIで自動記録する「受入コールAI」を9月18日より提供開始(2026年9月17日)
  2. Dr.JOY:受入コールAI サービスページ
  3. Dr.JOY:AI電話、提供開始から約2年で導入200施設を突破(2026年8月3日)
  4. Dr.JOY:第76回日本病院学会 出展レポート—受入拒否理由19.7%「理由不明」の分析(2026年7月13日)
  5. Dr.JOY:第28回日本医療マネジメント学会 学術総会レポート(2026年6月3日)
  6. Dr.JOY:AI電話×医療トリアージAI「受診前相談」実証(浦添総合病院、2026年3月30日)
  7. Dr.JOY:AI電話が提供開始1年で100施設導入を突破(2025年7月14日)
  8. Dr.JOY株式会社:会社概要・沿革
  9. Dr.JOY株式会社:代表メッセージ
  10. 総務省消防庁:令和7年中の救急出動件数等(速報値、2026年3月30日)
  11. 総務省消防庁:令和7年版 消防白書—救急業務の現況
  12. 総務省消防庁:救急搬送困難事案に係る状況調査
  13. 厚生労働省:医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版(2026年6月)
  14. 厚生労働省:医療分野のサイバーセキュリティ対策
  15. Dr.JOY:受入コールAI リリース情報(製品実装案内)