午前9時、鹿児島県の種子島宇宙センターで、水平に据え付けられた白い円筒が火を吐いた。イプシロンSロケットの第2段に使う固体ロケットモータ「M-35a」である。白煙は試験場を覆い、排気は海の方向へ押し出され、燃焼はおよそ130秒続いた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は試験が正常に終了したと発表した。

発射台から宇宙へ上がったものは何もない。それでも、この2分余りは日本の宇宙輸送にとって打ち上げに近い緊張を持っていた。イプシロンSの新型第2段モータE-21は、2023年と2024年の地上試験で相次いで爆発した。前身のイプシロン6号機は2022年、姿勢制御系の異常によって軌道投入に失敗している。小型固体ロケットの系譜は、4年近く続いた失敗と遅延のトンネルの中にあった。

今回の試験が示したのは、単純な「新型エンジンの成功」ではない。M-35aは問題のE-21を小改良したものではなく、従来の強化型イプシロンで飛行実績を積んだM-35を基礎にした代替モータだ。入手困難になった原材料を置き換え、新しい機体へ適合させたため、実績があっても地上で燃やして確かめる必要があった。前へ進むために、あえて一度戻る。7月23日の火柱は、その工学的な選択を可視化した。

約130秒M-35aの地上燃焼時間
午前9時2026年7月23日の点火時刻(JST)
2度E-21が2023年、2024年に起こした燃焼異常
400kg以上ブロック1が目指す太陽同期軌道への投入能力
2026年度実証機打ち上げの現在の目標
71年1955年のペンシルロケットから今回まで

固体ロケットに「止める」という選択肢はない

一般にはロケットエンジンと呼ばれるが、M-35aは液体燃料をポンプで送り込むエンジンではない。燃料と酸化剤を混ぜた固体推進薬を筒状のケースへ充填し、その内側へ点火するモータである。点火すれば、設計された推進薬をほぼ燃やし切るまで燃焼は続く。飛行中にスロットルを絞ったり、異常を感じて止めたりすることはできない。

だから地上燃焼試験は、単なる派手な実演ではない。推進薬の形状、燃焼面積の変化、ケース内部の圧力、断熱材の耐久性、ノズルの健全性が、約130秒の全履歴を通じて設計通りに働くかを一度に問う。JAXAは今回、推力、燃焼圧力、各部の温度、ひずみ、加速度などを測定した。試験終了直後の「正常」は大きな関門通過を意味するが、飛行認定の最終印ではない。膨大なセンサーデータを解析し、予測値との差を説明できて初めて、モータは次の段階へ進む。

なぜM-35aなのか
  • M-35は強化型イプシロンで使われた飛行実績のある第2段モータ。
  • M-35aは、製造中止などで調達できなくなった推進薬・断熱材の原材料を代替。
  • E-21より性能は下がるが、原因究明を待つ間に飛行再開を早められる。
  • この暫定構成は「イプシロンS ブロック1」と呼ばれる。

1955年、23センチの鉛筆から始まった

日本の固体ロケット史は、巨大な国家計画ではなく、全長23センチ、直径1.8センチ、重さ約200グラムの「ペンシルロケット」から始まった。1955年、糸川英夫ら東京大学生産技術研究所のチームは東京都国分寺で水平発射実験を行った。空へ向ける前に、室内で飛翔と計測の基本を学ぶ。それは今回の地上燃焼試験にも通じる、段階的に確かめる思想だった。

ペンシルはベビー、カッパ、ラムダへ発展した。1958年にK-6は高度60キロへ達し、1963年にはより大型のミュー開発が始まる。1970年2月、L-4S 5号機が日本初の人工衛星「おおすみ」を軌道へ送り、日本はソ連、米国、フランスに続く世界4番目の人工衛星打ち上げ国となった。

その後のミュー系列は、X線天文学、太陽観測、宇宙物理、惑星探査という日本独自の科学を運んだ。最終形のM-Vは世界有数の大型固体ロケットとなり、7回のミッションで6回成功。「はやぶさ」を小惑星イトカワへ送り出したM-V 5号機も、その系譜にある。しかし高い性能は高い費用と複雑な地上作業を伴った。2006年9月のM-V 7号機を最後に運用は終了し、次の世代には「もっと小さく、安く、機敏に」という宿題が残された。

イプシロンが目指した「ロケットを特別扱いしない」未来

2013年9月14日に初飛行したイプシロンは、M-Vの技術を受け継ぎながら、運用を根本から簡素化する構想だった。機体自身が点検を行い、地上設備を小さくし、専用管制室に大人数を並べるのではなく、少人数がコンピューターで状態を把握する。JAXAは、M-Vで約80人を必要とした管制要員をイプシロンでは8人程度へ、1段目を立ててから射場作業を終えるまでの標準期間を42日から7日へ短縮できると説明した。

「モバイル管制」「ロケットをパソコンで打ち上げる」という表現は、単なる宣伝文句ではなかった。ロケットの複雑さを機体側の自律点検とソフトウェアへ移し、衛星を開発する大学や新興企業が宇宙への入口を使いやすくするという設計思想だった。低い振動と音響環境は、小型ながら繊細な科学衛星にも適していた。

初号機から5号機までは成功を重ねた。4号機では複数衛星搭載技術を実証し、5号機は9機の衛星を一度に運んだ。だが商業市場では、米ロケット・ラボのElectronや、SpaceXの大型ロケットへ小型衛星を相乗りさせるサービスが速度と価格を競っていた。日本の「専用便」が生き残るには、信頼性だけでなく、契約から打ち上げまでの短さ、柔軟な軌道、継続的な発射頻度が必要になった。

「S」に託した五つの言葉

JAXAとIHIエアロスペースは2020年、次世代のイプシロンS開発で基本協定を結んだ。Sは一つの単語ではなく、基幹ロケットH3との共通化によるSynergy、迅速な打ち上げのSpeed、高性能化のSmart、競争力のSuperior、民間の打ち上げ輸送Serviceを意味する。

構想では、太陽同期軌道へ600キロ超、低軌道へ1,400キロ超を運び、3カ月に2機の連続打ち上げ、契約から12カ月以内、衛星受け入れから10日以内の打ち上げを目指した。衛星へ打ち上げ3時間前までアクセスできる「レイトアクセス」も掲げた。JAXA主導の研究開発ロケットから、IHIエアロスペースが主体となる商業打ち上げサービスへ橋を架ける計画だった。

その性能向上の核心の一つが新しい第2段E-21だった。直径を大きくし、推進薬を増やし、衛星をより重く遠くへ運ぶ。その設計は、イプシロンSの市場性を支えるはずだった。だが、宇宙開発では性能を上げる一歩が、信頼性の余白を狭めることがある。

2022年:失われた6号機

2022年10月12日午前9時50分43秒、イプシロン6号機は内之浦宇宙空間観測所から離昇した。搭載していたのは、JAXAの小型実証衛星RAISE-3を含む8機。1段目と2段目の燃焼は進んだが、その後、機体の姿勢が目標から外れ、軌道へ投入できないと判断された。午前9時57分11秒、地上から指令破壊信号が送られた。

原因は第2段の主モータではなく、液体を使う姿勢制御装置RCSにあった。JAXAの調査は、ダイアフラム式タンクのシール部から漏れが生じ、膜が液体出口を塞いだ可能性を直接原因とした。背景には、飛行実績のある機器を使う際の検証が十分でなかったという組織的な教訓も残った。「実績品」は「確認不要」を意味しない。その教訓は、実績あるM-35を基にした今回のM-35aにも重なる。

2023年と2024年:試験台で起きた二つの爆発

6号機失敗から9カ月後の2023年7月14日、秋田県能代ロケット実験場でE-21の燃焼試験が行われた。点火後約20秒から燃焼圧力が予測を外れ、約57秒でモータは爆発した。人的被害や第三者の物的被害はなかったが、真空燃焼試験棟と設備が損傷した。JAXAはノズルが爆発まで正常に作動していたことなどを調べ、原因究明と対策を進めた。

2024年11月26日、対策を施したE-21は種子島で再び燃やされた。ところが約17秒から圧力が高くなり、48.9秒でガスが漏れ、49.3秒で爆発した。文部科学省の宇宙開発利用部会に示された解析では、後方側のモータケース断熱材が過度に損耗し、ケースが破壊した可能性が高い。推進薬と断熱材の境界付近で異常燃焼が始まった複数の筋書きが検討されているが、2026年に入っても起点を一つに絞り切るには至っていない。

失敗からの最短距離は、いつも新しい設計を完成させることではない。安全に飛べる構成を見つけ、分からないものを分からないまま扱わないことである。

二度目の爆発は、イプシロンSの予定を再び止めた。ベトナムの地球観測衛星LOTUSat-1や太陽観測衛星SOLAR-Cなど、待っている衛星には時間の制約がある。一方、原因を急いで単純化すれば三度目の事故につながりかねない。JAXAはE-21の究明を続けながら、早期の飛行再開に別の道を探した。

M-35aという「規律ある後退」

2026年2月、JAXAは飛行実績のあるM-35をベースにしたM-35aを採用し、イプシロンSを段階的に実現する方針を示した。これはE-21の失敗を忘れるための置き換えではない。E-21の調査と将来の高性能化を続けながら、まず打ち上げ能力を回復する「ブロック1」である。

代償は明確だ。当初のイプシロンSが目標とした太陽同期軌道への600キロ超に対し、ブロック1は400キロ以上へ下がる見通しで、すべての予定衛星を同じ条件で運べるわけではない。SOLAR-Cにはそのままでは能力が足りず、LOTUSat-1でも楕円軌道へ投入した後、衛星自身の推進系を使う案が検討された。ロケットの数字を小さくすることで、計画全体を現実へ戻したのである。

しかもM-35を倉庫から出して、そのまま使うわけではない。長年の間に入手できなくなった推進薬や断熱材の原料を置き換える必要があり、材料が変われば燃焼速度、接着、熱伝導、機械的性質を再確認しなければならない。実績と変更管理の間をつなぐ試験が、7月23日のM-35a地上燃焼だった。

130秒に詰め込まれた問い

測定項目何を確かめるのか
推力・燃焼圧力推進薬の燃え方とノズルが、飛行に必要な力を予測通り生むか。
温度ケース、断熱材、接合部、ノズルが燃焼ガスの熱に耐えられるか。
ひずみ内圧と熱によって構造がどのように変形し、許容範囲に収まるか。
加速度・振動燃焼の不安定や構造共振を示す異常な動きがないか。
燃焼後の状態断熱材の損耗、接着面、ノズルなどに予測外の損傷がないか。

テレビ朝日の現地報道によれば、JAXAは推力、圧力、温度、ひずみ、加速度を計測し、試験は正常に終了した。映像上で燃え切ったことと、設計通りだったことは同じではない。技術者は圧力曲線の小さな波、温度上昇の時刻、構造が受けた負荷、燃焼後に残った断熱材の厚さまで調べる。そこに異常がなければ、飛行用M-35aの製造と機体統合へ進める。

試験場所も回復の一部だった。2024年の爆発で損傷した種子島の設備を修復し、再び固体モータを安全に燃焼できる状態へ戻した。今回の排気にはアルミナ粒子が含まれるため、風向きが海側となる条件も必要だった。試験はモータ単体だけでなく、射場、安全区域、気象判断、計測網を含むシステム全体の再起動だった。

なぜ日本に小型ロケットが必要なのか

大型のH3があるなら、小型のイプシロンSは不要ではないか。この問いへの答えは、トラックと乗り合いバスの違いに似ている。大型ロケットへの相乗りは1キロ当たりの価格を下げられるが、主衛星の都合に打ち上げ時期と軌道を合わせる必要がある。専用小型ロケットは高価でも、特定の軌道へ、必要な時期に、単独で運ぶ自由を買う。

地球観測、災害監視、科学観測、安全保障では、その自由が衛星の価値を決めることがある。自国の射場、自国の機体、自国の運用能力を持つことは、外国の打ち上げ枠や輸出規制に左右されない「宇宙への主権的アクセス」でもある。技術者の技能、固体推進薬の製造基盤、射場の経験は、一度途切れると短期間では戻らない。

ただし主権は、非効率を正当化する免許ではない。世界市場には安い相乗り便と、頻繁に飛ぶ専用小型ロケットがある。イプシロンSが産業として生きるには、M-35aの一度の成功だけでなく、安定した製造、予測可能な日程、競争力のある価格、そして複数回の飛行実績が必要だ。2020年に掲げたSpeedとServiceは、技術目標であると同時に顧客との約束である。

次に起きること

JAXAはまず、今回の地上試験データを詳細に評価する。設計値との一致と燃焼後検査で問題がなければ、飛行用M-35aを製造し、1段目を含む各段を内之浦宇宙空間観測所へ運んで組み立てる。発射までの手順を通して確認する「Y-0」リハーサルも必要になる。新しい1段目モータの試験と製造、搭載機器の認定、射場の準備は並行して進む。

現在の目標は2026年度内、つまり2027年3月までの実証機打ち上げだ。日程は試験データと機体準備に左右されるため、カレンダーが安全判断を追い越してはならない。M-35aが地上で正常に燃えたことは、重要な必要条件を満たしたのであって、軌道投入の成功を保証したわけではない。

同時に、E-21の原因究明は続く。より高い輸送能力を取り戻し、イプシロンSが本来目指した商業性能へ近づくには、なぜ二度の異常が起きたかを材料、製造、解析、試験の各レベルで説明し、再発を防ぐ必要がある。ブロック1は終着点ではなく、飛行を止めずに学習を続けるための橋だ。

7月23日に得られたのは、勝利宣言ではなく、再び飛ぶ資格を審査するための良質なデータだった。

鉛筆から宇宙へ、そしてもう一度

1955年のペンシルロケットも、2026年のM-35aも、地上で燃やし、測り、次へ進むという同じ方法論の上にある。両者の間には、人工衛星「おおすみ」、ミュー科学衛星、M-Vの「はやぶさ」、小型化されたイプシロン、そして失敗した6号機と二つのE-21が並ぶ。成功だけをつなげた歴史ではない。壊れたものから、どれだけ正確に学べたかをつなげた歴史である。

M-35aは、イプシロンSの当初の夢をすべて満たすモータではない。運べる質量は減り、高性能なE-21の答えもまだ出ていない。それでも今回の選択には、日本のロケット開発が最も必要とする成熟がある。分からない原因を急いで閉じず、実績ある設計も変更部分は試験し、性能より飛行再開の確かさを優先する。

次に内之浦の発射台からイプシロンSが上がる時、7月23日の130秒は目立たない前史になるだろう。ロケットは雲へ消え、観客は軌道投入の成否を待つ。しかし、その飛行を可能にするのは、種子島の地面に固定されたまま、逃げ場のない炎と圧力を最後まで受け止めた一本のモータである。日本の小型ロケットはまだ復活していない。だが、復活へ向けて初めて、正しい方向に燃え切った。

Sources and references

試験結果は速報段階であり、JAXAによる詳細データ解析と燃焼後検査が続く。技術史と事故原因はJAXA・文部科学省の一次資料を優先して確認した。