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デンソー、点火プラグ・排気センサー事業の譲渡を中止 「電動化一本足」では読めないパワートレイン再評価

一度は「電動化へ資源を移すため」に手放すと決めた内燃機関部品を、なぜデンソーは残すのか。2023年からの判断の変化と、HEV・PHEV・BEVが併存する世界の産業構造を追う。

By Bradley L. Bartz · 2026年10月5日 · 最終更新 2026年10月3日 10:05 JST
デンソーと日本特殊陶業が内燃機関部品の将来を再検討する様子を歌川芳虎風に描いたイメージ
内燃機関と電動化が併存する自動車産業の戦略転換を描いたJapan.co.jpのイメージ。Image: Japan.co.jp

愛知。株式会社デンソーは10月2日、日本特殊陶業株式会社(英文社名 Niterra Co., Ltd.)に譲渡する予定だったスパークプラグおよび排気センサー(O2センサー、空燃比=A/Fセンサー)事業について、事業譲渡契約を解約し、譲渡を実行しないことで合意したと発表した。2023年7月の基本合意から3年以上、2025年9月の正式契約から約13カ月を経て、計画は白紙に戻った。

発表の核心は、単なる契約中止ではない。デンソーは、電動化そのものは進展しているとしながらも、地域ごとのエネルギー事情や規制環境の違いを背景に、内燃機関、ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、バッテリーEV(BEV)など複数のパワートレインに対する需要が「当初想定より長期にわたり継続している」と説明した。つまり、将来縮小する事業として外部に集約する予定だった製品群を、再び自社の「多様なモビリティを支える」技術ポートフォリオに戻す判断である。

10月2日に確定したことデンソーと日本特殊陶業は、2025年9月1日付の事業譲渡契約を解約し、スパークプラグ、O2センサー、空燃比(A/F)センサー事業の譲渡を実行しない。契約中止はデンソー側から申し入れ、両社が協議して合意した。デンソーは対象事業を継続する方針を示した。

2023年には「縮小市場の統合」が合理的だった

この取引の出発点は2023年7月10日だった。当時デンソーは、日本特殊陶業との間で、国内外のスパークプラグと排気センサーの開発・製造・販売機能を譲渡する方向で協議を始める基本合意を発表した。

背景にあったのは、自動車部品業界が直面していた二重の投資課題である。一方ではBEV向けのモーター、インバーター、電源、半導体、熱マネジメントなどへの巨額投資が必要になる。他方、世界のすべての市場が同じ速度で電動化するわけではなく、既存の内燃機関向け部品も長期間、品質と供給能力を維持しなければならない。市場規模が縮小すると予想される製品を複数社が別々に抱え続けるより、得意企業へ集約する方が合理的だという考え方だった。

デンソー自身も2023年の統合報告書で、事業ポートフォリオを85の製品群に分け、成長性や収益性を踏まえて「重点化」と「縮小・撤退」を判断すると説明していた。スパークプラグと排気センサーは、長年利益を支えた中核製品でありながら、電動化へ資源を振り向けるための事業譲渡候補として位置づけられていた。

受け手は、スパークプラグを原点とする日本特殊陶業

譲渡先として日本特殊陶業が選ばれたことには歴史的な必然性がある。同社は1936年、日本碍子のスパークプラグ部門を分離して設立され、1937年からNGKスパークプラグの製造を本格化した。1982年には自動車用酸素センサーの製造を開始し、点火と排気計測の双方で長い技術蓄積を持つ。

2023年4月には英文社名を「NGK SPARK PLUG CO., LTD.」から「Niterra Co., Ltd.」へ変更したが、日本法人の正式社名は現在も日本特殊陶業株式会社である。2026年7月時点の代表取締役社長は鈴木啓司(Keiji Suzuki)。同社の公式会社概要は、現在も主要事業の第一に「スパークプラグおよび内燃機関用関連品の製造、販売」を掲げる。

2025年9月1日、両社は検討段階から一歩進み、正式な事業譲渡契約を締結した。デンソーは、電動化・水素などの成長領域にリソースを最大限振り向ける一方、スパークプラグと排気センサーは日本特殊陶業のセラミック技術、製造力、販路と組み合わせることで競争力と安定供給を高めると説明した。実行には各国・地域の競争法当局の承認などが条件とされ、実行日は未定だった。

時点両社の判断背景
2023年7月事業譲渡の検討開始電動化投資を加速しつつ、縮小が見込まれる内燃機関部品の供給体制を最適化
2025年9月正式な事業譲渡契約を締結技術・製造・販路を統合し、内燃機関関連製品の競争力と安定供給を強化
2026年10月契約を解約、譲渡を中止多様なパワートレイン需要が当初想定より長く続き、デンソーが自社継続の価値を再評価

電動化は止まっていない――しかし一本道でもない

今回の方針転換を「EV失速」と単純化すると、実態を見誤る。国際エネルギー機関(IEA)の「Global EV Outlook 2026」によれば、2025年の世界の電動車販売(BEVとPHEV)は20%増えて2,000万台を超え、新車販売の約4分の1を占めた。中国では比率が約55%に達した。電動化は世界規模で着実に進んでいる。

一方で、その進み方は市場ごとに大きく異なる。IEAは、政策支援や充電インフラが弱い地域では今後のEV普及が鈍る可能性を指摘している。米国、欧州、中国、日本、新興国では、電力価格、充電網、燃料事情、規制、所得水準、車両用途が異なる。商用車や長距離走行、寒冷地、充電制約のある市場では、HEVやPHEV、効率化した内燃機関が現実的な選択肢として残る。

デンソーの2026年「CORE 2030」は、この現実を明確に「マルチパスウェイ」として捉えている。同社はICE、HEV、PHEV、BEV、FCEVのすべてを技術で支える方針を掲げる。2025年中期方針の振り返りでも、BEV普及の鈍化を環境変化の一つとして認識した。

8月には、新開発の「2モーターハイブリッド駆動モジュール」がStellantisの新型Jeep Cherokeeに採用されたと発表した。デンソーにとって、内燃機関と電動モーターを組み合わせる技術は「過渡期の穴埋め」ではなく、地域や車種によっては長期的な主力システムになり得る。

スパークプラグと排気センサーは、ハイブリッド時代にも消えない

BEVにはスパークプラグも排気センサーも必要ない。しかしHEVやPHEVには内燃機関が搭載される。エンジンの使用時間が短くても、始動、燃焼、排ガス浄化を高精度で制御する必要があり、点火系と排気計測の重要性は残る。

スパークプラグは燃焼室内の混合気を点火する。O2センサーは排気中の酸素濃度を計測し、A/Fセンサーは空燃比をより広い領域で連続的に捉える。エンジン制御装置はこれらの信号を使い、燃料噴射量や燃焼状態、排ガス浄化を調整する。燃費・排ガス規制が厳しくなるほど、単に「エンジンが残る」だけでなく、残るエンジン自体に高い制御精度が求められる。

ここにデンソーの判断変更の技術的な意味がある。スパークプラグと排気センサーは単独部品として売るだけなら成熟製品に見えるが、エンジンECU、燃料噴射、吸気、EGR、熱マネジメント、ハイブリッド制御まで含むシステム全体では、データと制御の入口でもある。多様なパワートレインを一社でシステムとして提案するなら、これらを手元に残す価値が高くなる。

「電動化か、内燃機関か」という二択ではなく、「どの市場に、どの組み合わせを、どれだけ長く供給するか」が部品メーカーの競争軸になっている。

デンソーの歴史から見れば、事業の持ち方を変えるのは例外ではない

デンソーは1949年12月、トヨタ自動車工業の電装品工場が分離・独立して「日本電装株式会社」として発足した。1996年に社名を株式会社デンソーへ変更した。創業以来、スターターやオルタネーターから、燃料噴射、エンジン制御、空調、半導体、ADAS、電動化へと領域を広げてきた一方、成熟事業を他社へ移す判断も繰り返してきた。

重要なのは、今回が「撤退の失敗」ではなく、ポートフォリオ管理の前提条件が変わった結果だということだ。2023年には、内燃機関向け部品の市場縮小を見越して統合を進める合理性が高かった。2026年には、HEVやPHEVを含む多様なパワートレインがより長く残るという見通しが強まり、部品単体の収益性だけでなく、システム提案力を守る価値が上がった。

日本特殊陶業にとっては、2030年計画の前提が変わる

中止の影響はデンソーだけにとどまらない。日本特殊陶業は2025年の中期経営計画2030で、自動車部品事業を成長の柱と位置づけ、デンソーから取得予定だったプラグ・排気センサー事業を一定の前提のもとで2030年の売上・EBITDA目標に織り込んでいた。同社の英語版IR資料は、2030年売上1兆円、EBITDA 2,850億円という目標に、当該事業取得の影響が含まれていると明記していた。

したがって、今回の契約中止を受け、日本特殊陶業が中期計画の数値前提をどう修正するかは重要な確認点になる。ただし、10月3日時点で、同社ウェブサイトの2026年ニュース一覧には契約中止に関する独立したニュースリリースは確認できず、財務影響や代替成長策の詳細も公表されていない。公表前の数値を推測することはできない。

「CORE 2030」と今回の判断は矛盾するのか

一見すると、2025年に「電動化とクリーンエネルギーへ資源を集中する」として売却契約を結んだ事業を、1年後に残すのは戦略の後退にも見える。しかし、2026年3月に発表された「CORE 2030」では、むしろ事業の持ち方が変化した。

同計画は、2030年までの5年間に研究開発3.7兆円、設備投資2.2兆円を計画し、電動化・知能化を成長領域として拡大する一方、内燃・サーマル領域については「市場の需要を見極めながら技術を深化させる領域」と「サプライチェーン全体で競争力を最適化する領域」を見定めるとしている。すべての内燃機関事業を同じ速度で縮小するのではなく、システム価値に寄与するものは残し、他は統合・再編するという、より選択的な戦略だ。

次に見るべき四つの論点

第一は収益性。デンソーが事業を残すことで、成熟市場に必要な設備・人員・研究開発を維持しながら、資本効率を確保できるか。第二は供給体制。当初両社が課題としていた「市場規模に見合う持続可能な供給体制」を、統合せずにどう構築するか。

第三は技術統合。プラグや排気センサーをエンジン制御、ハイブリッド制御、熱マネジメントと結びつけ、部品単体ではなくシステム価値として差別化できるか。第四は日本特殊陶業の再計画。取得を前提にしていた中期経営計画2030を、どのように更新するかである。

これは「EVかエンジンか」の物語ではない

自動車産業の転換は、古い技術がある日突然消え、新しい技術だけに置き換わる形では進んでいない。BEVは伸びている。同時に、HEVやPHEV、効率を高めた内燃機関も巨大な市場を維持している。その混在期間が予想より長ければ、部品メーカーに求められるのは、未来へ投資する力と、現在の巨大な車両群を支える力を同時に持つことである。

デンソーが一度は手放すと決めたスパークプラグと排気センサーを残す判断は、その難しさを象徴する。市場が一本の技術へ収れんしない間、競争力は「何をやめるか」だけでなく、「何を残すことでシステム全体を強くできるか」によっても決まる。今回の契約中止は、電動化の否定ではない。電動化時代そのものが、想定より複雑で長い移行期に入ったことを映している。

主な資料

  1. デンソー「日本特殊陶業へのスパークプラグおよび排気センサー事業の譲渡の中止」(2026年10月2日)
  2. デンソー「セラミック製品の一部事業譲渡に関する契約を締結」(2025年9月1日)
  3. DENSO “Begins Business Transfer Negotiations for Selected Product Operations”(2023年7月10日)
  4. デンソー「2030年中期経営計画 CORE 2030」
  5. デンソー「CORE 2030 成長戦略」
  6. デンソー75年史 TASUKI「創立の覚悟」
  7. 日本特殊陶業「日本特殊陶業のあゆみ」
  8. 日本特殊陶業「会社概要」
  9. Niterra “Medium-term Management Plan 2030”
  10. International Energy Agency, Global EV Outlook 2026