過去最大という数字の輪郭は、まだ閉じていない。防衛省が8月31日に公表した2027年度(令和9年度)概算要求は、現行の防衛力整備計画に基づく歳出ベースで「約9兆円」。報道では約8.9兆円と伝えられた。ところが、安全保障関連3文書の改定に影響される事業、SACO関係経費、米軍再編関係経費の一部は、金額を示さない事項要求で提出されている。年末にこれらの値札が付けば、政府予算案の総額は見出しの水準を上回り得る。
「三本柱」と九つの重点
要求の思想は、装備品の買い物リストというより、戦い方そのものの組み替えにある。防衛省は重点を、①「新しい戦い方」への対応、②持続的な対応能力、③防衛力の基盤——の三本柱に整理した。その下に、AI、無人アセット、スタンド・オフ、統合防空ミサイル防衛、宇宙、サイバー、太平洋・シーレーン防衛、防衛生産・技術基盤、人的基盤の九分野を置く。
背景として同省は、中国海軍の空母による太平洋への展開が2022年の2回から2025年の5回へ、同海域での艦載機の発着が約320回から約1,460回へ増えたと説明する。これは防衛省が示した集計と脅威認識であり、独立した危険度評価そのものではない。ただ、広い海空域を常時監視し、短時間で情報を統合する必要性を、要求の根拠として前面に出している。
ここでいう「新しい戦い方」は、無人機だけを増やす意味ではない。センサーが対象を見つけ、通信網が情報を運び、AIが分析を補助し、有人・無人の装備が行動する一連の流れを短くする構想だ。衛星、サイバー防御、弾薬、燃料、修理能力、強靱な施設が欠ければ、その流れは途中で止まる。
無人アセットを「世界一駆使する組織」へ
防衛省は、無人アセットを活用して「人的損耗を局限しコスト優位を実現」し、「世界一無人アセットを駆使する組織」への変革を目指すと明記した。強い宣言だが、要求を見ると役割は一様ではない。長時間の監視、標的情報の収集、攻撃、迎撃、輸送、海中でのミサイル発射研究まで、空・海上・海中・陸上の機体を組み合わせる。
最大の項目の一つは、海上自衛隊が運用する滞空型無人機MQ-9Bシーガーディアン17機で、契約ベース2,922億円に事項要求を加える。艦載型小型無人機は36億円、中距離垂直離着陸型無人機は87億円、目標情報収集用無人機は113億円。小型攻撃用UAVには363億円、敵の無人機を空中で処理する迎撃用UAVには76億円を要求した。船舶発射型攻撃用UAV、低コストのスタンド・オフ防衛用UAVは事項要求で、金額はまだ示されていない。
海中と陸上にも広がる。小型多目的UGVの研究開発は95億円に事項要求を加え、UUVからスタンド・オフ・ミサイルを発射するモジュールの研究は事項要求とした。一方、相手のドローンを無力化する側では、ミサイル・火砲・レーザーを組み合わせるCRADS、艦艇搭載用レーザーの性能確認、高出力マイクロ波の実証、基地向け妨害装置を並べる。攻撃用無人機だけでなく、安価な多数機による攻撃にどう対処するかも同じ予算の問題である。
構想は白紙から始まるわけではない。2026年度予算では、沿岸部で無人機を多層運用するSHIELDの構築に1,001億円が計上され、2027年度中の完成を目標とする。防衛省によると、小型攻撃用UAVⅠ型の量産契約、小型多目的USVⅠ型などの試験契約は2026年3月に結ばれ、艦載型UAVの戦術研究も同月に始まった。2027年度要求は、試験から配備へ移る段階の費用を含む。
AIは「判断支援」——中心装置の価格は未定
AIの用途として防衛省が挙げるのは、①目標の探知・識別、②情報収集・分析、③指揮統制、④後方支援、⑤無人アセット、⑥サイバーセキュリティー、⑦事務処理の効率化の七分野だ。人口減少と人手不足への対応も目的に含める。
中核に置くのが、統合作戦司令部の意思決定支援システムと、次世代AIプラットフォーム「AIオーケストレーター」である。複数のAIモデルを統制し、課題の難度や情報の機微性に応じて使うモデルを選ぶ設計を想定する。高い機密性を保つ「高機密ソブリンクラウド(仮)」、防衛情報通信基盤(DII)の強化も一体で進める。DIIには478億円と事項要求が付くが、意思決定支援、AIオーケストレーター、クラウドの中核3件は事項要求のみだ。
したがって「AIにいくら使うのか」は、現段階の公開資料から合計できない。補給品の需要予測には3億円と事項要求、将来戦闘機と連携する無人機の研究開発には97億円と事項要求が置かれたが、基盤システムの価格がないからだ。また、資料が説明するのは分析と意思決定の支援であり、AIが人間に代わって武力行使を決定するとは書かれていない。人間の統制、誤認時の責任、モデルの検証方法は、予算額と同時に国会が確認すべき論点になる。
長射程ミサイルと「反撃能力」
無人機とAIの先に置かれるのが、相手の射程圏外から対処するスタンド・オフ防衛能力である。12式地対艦誘導弾能力向上型の艦発型に562億円、空発型に345億円、25式地対艦誘導弾と地上装置に1,575億円と事項要求を計上した。高速滑空弾、極超音速誘導弾、低コスト型の長射程誘導弾も並ぶ。極超音速誘導弾の取得と地上装置は1,673億円に事項要求を加える。
政府は2022年12月に決定した国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画で、スタンド・オフ防衛能力を大幅に強化し、反撃能力を保有する方針へ踏み込んだ。防衛省は反撃能力について、武力攻撃が発生し、ほかに手段がなく、必要最小限度に限る自衛の措置で、先制攻撃は許されないと説明している。これは政府の法的・政策的立場である。どの情報に基づき、誰が標的を確認し、同盟国とどう役割を分担するのかという運用上の説明責任は、装備取得とは別に残る。
輸入装備ではJSMに180億円、JASSMに53億円と事項要求、イージス艦へのトマホーク搭載に11億円と事項要求を置く。国産開発と海外調達を併用する形だ。重要なのは、ミサイル本体だけで能力が成立しない点である。衛星や無人機による目標情報、通信、発射装置、訓練、補修、弾薬庫まで含めたライフサイクル費用を見なければ、実際の負担は読めない。
43兆円計画の最終年度、そして次の計画への橋
今回の要求には二つの時間軸が重なる。第一は、2023〜2027年度の5年間で防衛力整備の水準を約43兆円とした現行計画の最終年度である。2022年の計画は、2027年度の年度予算水準を約8.9兆円と見込んでいた。今回の約8.9兆円は、その到達点にほぼ重なる。
第二は、政府が安全保障関連3文書を前倒しで改定していることだ。次の脅威認識、必要な部隊・装備、財源がまだ確定していないため、改定に左右される事業は事項要求となった。つまり2027年度予算は、現行5カ年計画を完了させる予算であると同時に、次の計画を先取りする橋でもある。
2022年12月:政府が安全保障関連3文書を決定。2023〜2027年度の整備水準を約43兆円とし、反撃能力の保有を明記。
2023〜2025年度:当初予算の現行計画対象経費は6.6兆円、7.7兆円、8.5兆円へ拡大。
2026年度:現行計画対象の歳出は8兆8,093億円。無人機を多層運用するSHIELDに1,001億円。
2026年8月31日:防衛省が2027年度概算要求を公表。約9兆円に、多数の事項要求を加える。
2026年末に向けて:3文書改定と政府予算案の編成で、未定額と次期計画の方向が具体化する見通し。
装備の陰にある施設、人、産業
見栄えのする無人機やミサイルだけが要求を押し上げているわけではない。施設の老朽更新には5,495億円と事項要求、主要司令部などの地下化には548億円と事項要求、弾薬庫の整備には1,401億円と事項要求、新編部隊・新装備の受け入れ施設には3,334億円と事項要求を並べた。滑走路や電力、燃料、分散配置、復旧能力がなければ、高価な装備は初動で使えなくなるという考え方だ。
防衛生産基盤の強化は539億円、装備移転を支える基金への補助は400億円。政府保有・企業運営方式(GOCO)の製造施設や、防衛産業再編への投資は事項要求である。国立研究機関や大学を含む研究基盤、防衛分野のSBIR、スタートアップへの投資も金額未定で掲げた。どこまでを安全保障上不可欠な供給網とみなし、民間企業の経営リスクを公費で負うのかは、今後の査定で線引きが必要だ。
人的基盤では、給与制度の見直し、食事、艦内の居住環境、女性隊員用施設、退職自衛官と家族への支援を挙げる。仮称「退職自衛隊員・家族支援庁」の検討も盛り込んだ。少子化下で人員を確保できなければ、省人化装備を増やしても、保守・指揮・訓練を担う人材が足りない。AIと無人化は人を不要にする政策ではなく、人の配置と技能を変える政策として読むべきだ。
主要事業——金額より先に「基準」を確認する
以下は防衛省の要求概要に記載された代表例である。個別事業の金額は原則として契約ベースで、複数年度に支払う総契約額を含み得る。これを約8.9兆円の歳出ベースへ単純に足してはならない。
| 分野 | 代表事業 | 公表された規模 | 未確定・注意点 |
|---|---|---|---|
| 長時間監視 | 滞空型無人機MQ-9B | 17機、2,922億円 | 別に事項要求。契約ベースで、単年度歳出ではない。 |
| 攻撃・迎撃UAV | 小型攻撃用UAV/迎撃用UAV | 363億円+事項要求/76億円+事項要求 | 取得数や構成の一部は公開概要だけでは確定しない。 |
| AI・指揮統制 | 意思決定支援、AIオーケストレーター、高機密クラウド | いずれも事項要求 | 中核システムの価格がなく、AI関連総額は算出不能。 |
| 通信基盤 | 防衛情報通信基盤(DII)の強化 | 478億円+事項要求 | 契約ベース。クラウド等との総事業費は未定。 |
| 長射程火力 | 極超音速誘導弾の取得・地上装置 | 1,673億円+事項要求 | 研究開発費142億円+事項要求は別項目。 |
| 施設強靱化 | 老朽施設の更新 | 5,495億円+事項要求 | 全国の工事を含み、将来年度の支払いを伴う。 |
Japan.co.jpの分析:年末までに問うべき五つのこと
- 全体額:事項要求に値段を付けた後、歳出・契約・将来負担を同じ表で示せるか。
- 人間の統制:AIと無人機の判断範囲、承認手順、誤認時の責任を公開可能な範囲で説明できるか。
- 実効性:センサー、通信、弾薬、整備、要員を含む一連の体系が同じ速度で整うか。
- 持続可能性:取得費だけでなく、運用・更新・訓練を含むライフサイクル費を負担できるか。
- 監督:機密を守りながら、国会、会計検査院、国民が費用対効果を検証できる仕組みがあるか。
8.9兆円の次に見る数字
第一は、事項要求を含む年末の政府予算案である。特に、AIオーケストレーター、統合作戦司令部の意思決定支援、低コスト型スタンド・オフ兵器、追加の航空機・艦艇など、金額が伏せられたままの事業が全体をどれだけ押し上げるか。第二は契約額と歳出額の橋渡しだ。長期契約による将来年度負担が見えなければ、単年の予算だけでは持続性を判断できない。
第三は、改定される3文書と財源である。現行43兆円計画の終了後、どの能力をどの速度で維持・拡張するのか。人件費や物価、為替、装備の保守費が上がるなか、恒久財源をどう確保するのか。防衛省の要求は、無人化とAIで質と量を同時に補おうとする国家的な賭けを示した。だが、その賭けの総費用と統制の仕組みは、まだ予算書の余白に残っている。
資料・出典
- 防衛省「防衛力の変革に向けた予算—令和9年度概算要求の概要—」(2026年8月31日。総額、三本柱、九分野、個別事業の主資料)
- 防衛省「予算の概要」(年度別の概算要求・政府案・成立予算)
- 防衛省「令和8年度予算の概要」(2026年度の8兆8,093億円、SHIELDの1,001億円など)
- 防衛省「戦略三文書」(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)
- 防衛省「防衛力整備計画の所要経費」(2023〜2027年度の約43兆円)
- 防衛省「令和8年版防衛白書」(安全保障環境、3文書の前倒し改定)
- 防衛省「反撃能力とは?」(政府による反撃能力の説明)
- 財務省「令和5年度防衛関係予算について」(約43兆円計画と2027年度に向けた予算水準の背景)
- 財務省「令和9年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」(防衛関係の要求ルール)
- Associated Press「Japan requests record defense budget emphasizing drones and AI」(2026年8月31日。約8.9兆円という報道上の概数)
本稿は2026年9月1日午前5時30分(日本時間)までに公開された資料を照合した。制度名、組織名、装備名、引用は日本語の政府一次資料で確認し、英語報道から日本語の発言を復元していない。個別事業の金額は防衛省資料の基準に従い、原則として契約ベースであることを明記した。約8.9兆円は報道上の概数で、防衛省の公式概要は歳出ベースを「約9兆円」と表記している。
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