31対27という数字だけを見れば、日本男子ハンドボール代表「彗星JAPAN」が中国を4点差で退けた大会初戦である。だが、試合の中身はもっと揺れていた。前半を16対12で終え、後半11分には24対15と9点差まで広げた。そこからシュートを決め切れず、中国に流れを渡し、最後は4点差。地元開催のアジア競技大会で「初優勝」を狙う日本にとって、勝利と課題が同時に残る60分だった。[1]

試合は9月20日15時、愛知県稲沢市の豊田合成記念体育館「エントリオ」で行われた。予選ラウンド・グループA初戦。日本は杉岡尚樹(すぎおか・なおき)が8得点、吉野樹(よしの・たつき)が7得点、中田航太(なかた・こうた)が5得点。前半16対12、後半15対15で、合計31対27とした。[1][3]

31–27日本の中国戦最終スコア
24–15後半11分、日本が最大9点リード
8得点/10本杉岡尚樹。チーム最多得点
2勝0敗9月21日のホンコン・チャイナ戦終了時点

前半の4点差は、「楽な4点差」ではなかった

日本ハンドボール協会のマッチレポートは、中国を「体格的にも大きく、力強いチーム」と表現している。立ち上がり、日本はそのパワーを生かした攻守に苦しみながらも、杉岡と中田らがシュートを決め、4点リードでハーフタイムへ入った。[1]

中田はこの試合で5本のシュートを放ち、5本すべてを得点にした。田中大介も3本中3本。吉野は8本中7本、杉岡は10本中8本だった。ハンドボールでは60分間に多くの攻撃回数が生まれるため、誰か一人の大量得点だけでなく、複数ポジションが高確率で決め続けることが相手守備を広げる。中国戦ではその分散が日本を支えた。[1]

選手得点シュート
杉岡尚樹810
吉野樹78
中田航太55
田中大介33
渡部仁35

表は日本ハンドボール協会が大会公式リザルトから掲載した個人成績による。[1]

後半11分、24対15——そこから試合がもう一度始まった

後半に入ると、日本は中国の動きへ適応し、守備でミスを誘って速攻へつなげた。11分には24対15。9点差は、このまま試合を決めてもおかしくない幅だった。[1]

しかし、日本はそこからシュートを決め切れない時間を作り、中国に点差を縮められた。後半スコアだけを見ると15対15。つまり日本が作った4点差は前半の貯金であり、後半全体では相手を上回れなかった。[1]

トニー・ジェローナ監督は試合後、9点差まで広げたところまでは良かったが、その後攻守にミスが出て相手へ流れを渡したと振り返り、それでも「1勝できたことが一番重要」という趣旨を語った。ゴールキーパー中村匠(なかむら・たくみ)も、後半最初の10分間のような良い流れをどれだけ長く維持できるかが重要だと述べている。[1]

中国戦で見えた課題は「勝てなかった時間」ではない。9点差をつけた後、その優位を60分の終わりまで同じ質で維持できなかった時間だった。

杉岡尚樹の8得点は、二つの節目を越えた

この試合の個人記録で最も大きかったのが、左ウイング杉岡尚樹だ。8得点を挙げた中国戦で、国際試合通算100試合出場と200得点を同時に達成した。200点目は、この日の6得点目だった。[4]

杉岡は1994年4月18日生まれ、京都府京田辺市出身。中央大学を経てトヨタ車体ブレイヴキングス刈谷に所属する。日本代表デビューは2018年6月のドイツ代表との親善試合。東京2020、パリ2024の2大会のオリンピック、2019、2021、2025年の世界選手権、2020、2024、2026年のアジア選手権を経験してきた。[4]

本人は100試合が近いことは知っていたものの、この試合では忘れていたという。3代の代表監督の下で選ばれ続けたことを振り返り、この記録を自信や誇りにしてよいと感じるという趣旨を語った。[4]

記録そのもの以上に象徴的なのは、節目の試合で8得点を挙げたことだ。ベテランの「経験」が、単にベンチの安定ではなく得点として試合を動かした。

吉野樹の7得点——流れを止めるバックプレーヤー

吉野樹は7得点を8本で決めた。JHAは、中国に傾きかけた流れを断ち切った場面での勝負強さを評価している。吉野は試合後、初戦特有の硬さはあったが、全員でコミュニケーションを取りながら戦い、良いスタートが切れたと振り返った。[1]

中国が追い上げた時間帯では、速攻だけでなくセット攻撃から確実に一点を取る選手が必要になる。日本は31得点のうち杉岡8、吉野7、中田5で20得点を占めた一方、田中、渡部、部井久アダム勇樹、玉川裕康、藤坂尚輝、後藤隼らにも得点が分散した。[1]

ゴールキーパー中村匠——19%だけでは読めない仕事

大会公式記録に基づくJHA集計では、中村のセーブは27本の被シュートに対して5本、セーブ率19%。数字だけなら圧倒的なGKパフォーマンスには見えない。[1]

しかし、中村自身は試合後、ディフェンス全体に緊張が見えたため、声を掛けて緊張をほぐし、失点を防ぐことを意識したと語った。ハンドボールのGKはシュートを止めるだけでなく、守備陣へ位置と約束事を伝える役割も持つ。[1]

セーブ率が低いという事実は消えない。一方で、前半12失点に抑え、日本が試合へ入る時間を作った守備組織を、GK個人の数字だけで説明することもできない。

「彗星JAPAN」が目指すのは、大会初優勝

JHAは今大会前のプレビューで、日本男子の目標を「悲願の大会初制覇」と明記した。7月の代表発表会見でも、協会側は地元で男子初優勝を狙う方針を掲げている。[6][14]

日本男子にはアジア競技大会の長い歴史がある。JHA機関誌には1990年北京大会で銀メダルを獲得した記録が残る。しかし近年は、2018年ジャカルタ・パレンバン大会が4位、2022年杭州大会(2023年実施)も4位だった。杭州ではメインラウンドで中国を28対23で破りながら、準決勝でバーレーンに28対30、3位決定戦でクウェートに30対31と連敗し、表彰台へ届かなかった。[7][8][9]

つまり今回の中国戦は、「中国に勝つこと」が最終目標ではない。前回も中国には勝っている。準決勝・決勝まで勝ち切る力へつなげられるかが、日本にとって本当の課題だ。

杭州では中国に28対23——3年後は31対27

2023年9月29日、杭州大会のメインラウンドで日本は中国を28対23で破った。今回の31対27と単純比較すれば、いずれも日本の勝利で差は5点と4点。しかしメンバー、監督、試合段階、大会方式が異なり、スコア差だけからチーム力の上下を判断することはできない。[1][7]

それでも、中国が日本にとって「未知の相手」ではなかったことは重要だ。2026年1月の第22回男子アジア選手権では日本が4位、中国が9位。順位上は日本が上だったが、初戦のJHAレポートが強調したように、中国のサイズとパワーは日本にプレッシャーを与えた。[1][13]

予選で負けても終わらない。それでも順位は重要

2026年大会の男子予選グループAは日本、中国、ホンコン・チャイナ、カタールの4チーム。JHAによると、グループAの4チームはいずれもメインラウンド(準々決勝)へ進み、グループ順位によって対戦相手が決まる。[2]

つまり中国戦は「勝たなければ敗退」という試合ではなかった。だが、準々決勝で反対グループのどの相手と当たるかを考えれば、順位は大きい。もう一方にはバーレーン、クウェート、イラン、韓国など強豪が並ぶ。日本は初戦と第2戦で勝ち点を積み、9月25日のカタール戦へ向かう。[2][6]

翌日44対17——初戦の「詰め」を修正した

中国戦の翌21日、日本は同じエントリオでホンコン・チャイナと対戦し、44対17で勝利した。前半19対10、後半25対7。日本は2勝0敗とした。[2][5]

この試合も序盤はシュートミスで点差を広げ切れなかったが、後半開始から守備強度を高め、一気に突き放した。中国戦でジェローナ監督が指摘した「良い流れを続ける」課題に対し、格下相手ではあるものの、後半25対7という形で答えた試合だった。[5]

ただし、中国戦とホンコン・チャイナ戦の点差を比較して、単純に日本が一日で強くなったと見ることはできない。相手の競技力も試合展開も異なる。確認できるのは、中国戦後の2試合目を大差で勝ち、予選2連勝にしたという事実だ。

次はカタール——日本の前に何度も立った壁

予選最終戦は9月25日15時30分、春日井市総合体育館でカタールと対戦する。JHAは大会前から、カタールを「これまでも度々彗星JAPANの前に立ちはだかってきた強敵」と表現していた。[2][6]

杭州大会ではメインラウンドでカタールに29対32で敗れた。2026年1月のアジア選手権ではカタールが準優勝、日本は4位。アジアのタイトル争いを考えれば、中国戦とホンコン・チャイナ戦は助走であり、カタール戦から競技の圧力がもう一段上がる。[7][13]

36年ぶりの「自力五輪」を経て、代表は監督を替えた

今の日本男子を理解するには、パリ2024を挟んだ監督交代を見る必要がある。日本は2023年10月のパリ五輪男子アジア予選を優勝し、決勝でバーレーンを32対29で破った。開催国枠だった東京2020に続く五輪出場であり、自力で五輪出場権を獲得したのは1988年ソウル以来36年ぶりだった。[10]

パリ本大会では予選5戦5敗、12チーム中11位。大会後の2024年8月、スペイン人のトニー・ジェローナが新監督に就任した。ジェローナはFCバルセロナのアシスタント・Bチーム監督、チュニジア代表、セルビア代表などを指揮してきた。[11][12]

したがって、36年ぶり自力出場を成し遂げたチームの土台を引き継ぎながら、ロサンゼルス2028へ向けて再構築しているのが現在の彗星JAPANである。

ジェローナ体制の「現在地」はアジア4位

2026年1月、ジェローナ体制で臨んだ第22回男子アジア選手権で、日本は4位。準決勝でバーレーンに25対35、3位決定戦でクウェートに32対33で敗れた。ただし4位までに与えられる2027年IHF男子世界選手権の出場権は確保した。[13]

アジア競技大会は、その8か月後の大会になる。JHAが「ジェローナ監督体制の2年間の成果を見せたい」と位置付けるのは、ここでアジア4位から一段上へ進めるかを測る意味があるためだ。[6]

1990年の銀、2018年の4位、2023年の4位

日本男子がアジア競技大会で優勝したことはない。JHAの1990年機関誌は北京大会で日本男子が銀メダルを獲得したと記録している。近年の2018年は4位。2023年の杭州も4位。[7][8][9]

30年以上前の銀メダルと、現在の大会方式・参加国・競技環境を直接比較することはできない。それでも「初優勝」という言葉には、少なくとも一世代を超える重さがある。

16人の代表——国内リーグの中核が並ぶ

今大会の男子代表は16人。GK中村匠、岩下祐太、ウイング杉岡尚樹、中田航太、櫻井睦哉、バックプレーヤー吉野樹、部井久アダム勇樹、水町孝太郎、蔦谷大雅ら、リーグHの主要クラブで主力を担う選手が並ぶ。[3]

杉岡の100試合が示すように代表経験の長い層がいる一方、ジェローナ体制では次世代選手の強化も進めている。2027年世界選手権、2028年ロサンゼルス五輪まで考えれば、今大会は一度きりの地元開催であると同時に、4年周期の途中でもある。

31対27を「快勝」とだけ書けない理由

結果欄には4点差の勝利しか残らない。しかし、日本は9点差を作った後に中国の追撃を許した。監督、吉野、中村のコメントが揃って「初戦の硬さ」「流れ」「修正」を口にしたことは、チーム自身がこの勝利を完成形とは考えていないことを示す。[1]

一方、苦しい試合を勝ち切ったことも軽視できない。大会初戦、地元開催、優勝目標、中国のサイズとパワー。そこへ杉岡の節目の記録まで重なった。それでも日本は最後に4点を残した。

短期大会では、美しい勝利だけが必要なのではない。調子が揃わない日にも勝ち、その試合で見えた課題を次の48時間で修正することが必要になる。

まだ決まっていないもの

9月22日までに確定しているのは、日本が中国を31対27、ホンコン・チャイナを44対17で破り2勝0敗としたことまでだ。予選グループ順位、準々決勝の対戦相手、メダル獲得、そして悲願の初優勝はまだ決まっていない。[2][5]

中国戦だけを根拠に、日本が今大会でメダルを取る、カタールに勝つ、初優勝すると予測することはできない。実際、杭州では中国を破り、メインラウンドを通過した後に2試合連続2点差以内で敗れて4位だった。[7]

初戦の本当の価値は、最後の日に決まる

中国戦で日本は勝った。杉岡は代表100試合と200得点を越え、吉野は7得点、中田は5本すべてを決めた。後半11分には9点差を作った。一方で、その差を4点まで縮められた。

翌日、日本はホンコン・チャイナを27点差で下した。次はカタール。その先には準々決勝がある。

もし日本が9月29日の最後まで残れば、中国戦の31対27は「大会の最初に苦しみながら勝った一戦」として振り返られるだろう。届かなければ、9点差から詰められた時間が別の意味を持つ。

初優勝を狙う大会では、初戦の評価は初戦だけでは完結しない。彗星JAPANが31対27をどんな物語の第1章にするのか、その答えはまだコートの先にある。

出典・資料

  1. 日本ハンドボール協会:男子日本代表 中国に31-27で勝利/第20回アジア競技大会(2026年9月20日)
  2. 日本ハンドボール協会:第20回アジア競技大会 試合日程・結果
  3. 日本ハンドボール協会:男子日本代表「彗星JAPAN」第20回アジア競技大会メンバー
  4. 日本ハンドボール協会:杉岡尚樹 国際試合通算100試合・200得点達成(2026年9月20日)
  5. 日本ハンドボール協会:男子日本代表 ホンコン・チャイナを44-17で下す(2026年9月21日)
  6. 日本ハンドボール協会:アジア競技大会・男子プレビュー「初制覇へ彗星JAPANが出動」(2026年9月19日)
  7. 日本ハンドボール協会:第19回アジア競技大会(杭州)試合日程・結果
  8. 日本ハンドボール協会:第18回アジア競技大会(2018年)試合日程・結果
  9. 日本ハンドボール協会機関誌:第11回アジア大会 男子日本は銀メダル(1990年北京)
  10. 日本ハンドボール協会:パリ2024オリンピック男子アジア予選—日本優勝・36年ぶり自力出場
  11. 日本ハンドボール協会:パリ2024オリンピック 男子日本代表 最終11位
  12. 日本ハンドボール協会:男子日本代表 新監督トニー・ジェローナ就任(2024年8月16日)
  13. 日本ハンドボール協会:第22回男子アジア選手権—日本4位、2027世界選手権出場権獲得
  14. 日本ハンドボール協会:愛知・名古屋2026 男女日本代表発表「地元で金メダルへ」(2026年7月8日)