解釈上の重要点:研究が復元したのは集団・系統の歴史であり、一匹のムカデが2000万年生きたという意味ではない。フタマタメナシムカデが海流で移動したのか、人為的に運ばれたのかは確定していない。新種ヤソアナメナシムカデも東京都心の公園で見つかっており、外来種の可能性が残る。

落ち葉の下や土の隙間を走る小さな捕食者に、日本列島の長い地史が刻まれていた。京都大学の上西太朗(じょうにし・たろう)日本学術振興会特別研究員と中野隆文(なかの・たかふみ)准教授は、日本産メナシムカデ属を遺伝子と形態の両面から調べ、国内に6種が分布し、それらが単一の祖先ではなく複数のルーツに由来することを明らかにした。

京都大学が9月8日に発表した。論文は8月28日、国際誌『Invertebrate Systematics』に掲載された。世界で150種以上が知られるメナシムカデ属 Cryptops は、眼を持たず、多くが土壌に暮らす。世界には3000種以上のムカデ、日本には100種以上が知られる一方、日本のこの属は1930年代に4種が記載されて以降、断片的な情報しかなかった。

研究者は本州から南西諸島まで約30地点で採集された約80個体を集めた。外部協力者から提供された標本も含む。形態を観察し、ミトコンドリアDNAと核DNAのバーコード領域を比較した。海外の配列データも組み合わせ、系統関係と共通祖先から分かれた年代を推定した。

系統樹の深い枝には、白亜紀ごろに起源すると推定された複数の系統が含まれていた。ただし、この年代は系統そのものが祖先から分かれた時期であり、日本列島へ到着した時期とは限らない。研究は、系統の起源と列島への移住を別々の時計として読み解いている。

約80個体本州から南西諸島まで集めた標本
約30地点国内の採集地
6種日本に分布すると判断したメナシムカデ属
1新種ヤソアナメナシムカデを正式記載

「4種しかいない」から「6種、複数の起源」へ

系統解析と形態観察によって、従来知られていた4種のうち3種の分布が確認され、分類上の位置づけが再検討された。さらに未記載と考えられる3種を発見し、そのうち1種をヤソアナメナシムカデ Cryptops dupliporus として正式に記載した。「新種記載」は新しい生物を作ることではない。既知種と区別できる特徴を示し、学名を与え、科学的に参照できるようにする手続きである。

和名の「ヤソアナ」は、最後の体節の側面におよそ80個の腺孔がある「八十穴」に由来する。残る2つは未記載種の段階で、学名はまだない。発見されたら即「新種」と呼ぶのではなく、比較と記載を完了するまで保留するところに分類学の慎重さがある。

日本の多足類研究には長い空白がある。高桑良興は1930年代にニホンメナシムカデやスジメナシムカデを含む日本産ムカデの分類を進めた。今回の論文は、当時の名前と形態記載を現代のDNA解析に接続し、約90年越しに日本産 Cryptops の輪郭を描き直した。

一つの列島にいる近縁なムカデだからといって、一つの時代、一つの経路で到着したとは限らない。

2000万年以上前から残る「古い住民」

ニホンメナシムカデは本州から台湾まで分布し、アジアの他地域やオセアニアの種と近縁だった。しかも産地ごとの遺伝的な分化が深い。研究チームの年代推定は、日本列島がまだアジア大陸の縁辺だった2000万年以上前から、この系統が地域に存在していた可能性を示す。

地質調査総合センターの解説によれば、日本海の拡大はおよそ2000万〜1500万年前に最盛期を迎え、日本列島となる陸塊が大陸から離れていった。ニホンメナシムカデの祖先集団がそれ以前から広がっていたなら、海を泳いで現在の本州へ来たのではなく、大陸の分離によって取り残された可能性がある。生物地理学でいう遺存的な系統である。

東日本の一部にいるスジメナシムカデは、北米とヨーロッパの系統に近いという意外な位置に入った。北半球に連続していた古い分布が、気候変動や地形の変化、地域絶滅によって飛び飛びになったという「分断分布」の仮説が考えられる。ただし現在のサンプルだけで、いつ、どの陸路を通ったかまで確定したわけではない。

遺伝的に似すぎた「新しい移住者」

南西諸島と台湾で見つかったフタマタメナシムカデは対照的だった。遠く離れた島の個体間で、種内の遺伝的変異がほとんど見られない。長期間孤立していたなら突然変異が別々に蓄積するはずで、似すぎていることは、比較的最近まで個体が行き来したか、急速に分布を広げたことを示唆する。

候補は二つある。流木、漂着植物、土の塊などに乗って海流で移動する洋上分散と、植木や土砂、貨物に紛れて運ばれる人為的移入だ。ムカデの中には海水漂流に耐える種が知られるため、研究者は海流による島間移動を可能性として挙げた。しかし実際の漂流は観察されておらず、人間が運んだ可能性も排除できない。

さらに興味深いのが、八重山諸島と台湾にいるフタマタの近縁未記載種である。こちらは島ごとに深く分化し、長く交流が途絶えたパターンを示した。近い親類でも、一方は広く移動し、他方は島に閉じ込められる。身体の耐塩性、行動、生息する土壌、漂流物に乗る機会など、分散能力の違いが進化史を分けた可能性がある。

系統・種DNAが示す模様考えられる歴史未解決点
ニホンメナシムカデ産地ごとの深い分化2000万年以上前から存続した遺存系統到来時期と経路の精度
スジメナシムカデ欧州・北米の系統に近縁北半球の古い連続分布が分断過去の分布域と消失過程
フタマタメナシムカデ島間の変異が極めて小さい最近の洋上分散または人為移入どちらの運搬経路か
ヤソアナメナシムカデ独立した新種都心公園で発見在来か外来か、原産地はどこか

東京の公園が投げかける別の問い

ヤソアナメナシムカデの発見地は自然林ではなく、東京都心の公園だった。都市の緑地は在来生物の避難場所になり得る一方、園芸植物や土壌とともに小動物が運び込まれる入口にもなる。新種であることと、日本固有種であることは同じではない。

原産地を決めるには、国内外でさらに標本を探し、遺伝的多様性を比較する必要がある。東京の集団だけが遺伝的に均一で、海外のある地域に多様な集団が見つかれば移入仮説が強まる。反対に関東に古く深い系統が点在すれば、都市開発を生き延びた在来系統という可能性が出る。現段階で「外来」と断定しないことが重要だ。

DNAは旅の切符ではなく、時刻表の断片

分子系統解析では、配列の違いから親縁関係を組み立て、突然変異が蓄積する速度と既知の年代情報を使って分岐時期を推定する。古い分岐と地域ごとの深い差は長期孤立を、広い範囲での酷似は最近の拡大を示す手掛かりになる。しかし推定年代にはモデル、変異速度、サンプル地点の偏りによる幅がある。

遺伝子だけでは海流、人間、陸橋のどれが運んだかを直接撮影できない。形態、現在の分布、地質史、海流、耐塩性、物流史を重ねて初めて、もっとも整合的な物語を選べる。今回の成果は旅程の有力な復元であって、全区間の乗車記録ではない。

1930年代 — 日本産メナシムカデ属4種が記載される。

約2000万〜1500万年前 — 日本海が拡大し、日本列島の陸塊が大陸から分離。

2020年 — フタマタメナシムカデが渡嘉敷島と南大東島から日本初記録。

2026年8月28日 — 6種と複数起源を示す論文がオンライン掲載。

2026年9月8日 — 京都大学が研究成果を公表。

小さな土壌動物が列島史を語る理由

鳥や飛翔昆虫なら、島を越える分布は想像しやすい。飛べず、乾燥に弱く、土壌に隠れる動物では、海峡は強い障壁になる。だからこそ、そのDNAには陸地の分離、島の孤立、稀な漂流、人間の移動が消えにくく残る。ムカデは地質の受動的な乗客であると同時に、時に海を越える移住者でもある。

研究は保全にも含意を持つ。見た目が同じ「一種」とされた集団の中に、長く孤立した系統が隠れていれば、一地域の消失が独自の進化史の消失になる。逆に近年持ち込まれた系統なら、在来の土壌生態系への影響を調べる必要がある。まず何が、どこに、どれほど古くからいるのかを知る分類学が、保全判断の出発点になる。

上西氏は、めったに見つからない標本を協力者と集めた結果、「思いがけない複雑な歴史」が見えたとコメントした。土の中の1〜2センチの体には、大陸から切り離された記憶と、海を越える偶然、そして現代の都市物流までが重なっている。日本の生物相は、一度の到来で完成したのではない。

用語
  • メナシムカデ属:オオムカデ目メナシムカデ科の属。眼を欠き、多くが小型で土壌に暮らす。
  • 遺存系統:かつて広く分布した祖先集団の一部が、地理的・環境的な隔離の中で残った系統。
  • 洋上分散:生物が流木や植物片などに乗り、海を越えて新しい陸地へ到達すること。
  • 未記載種:既知種と異なる可能性はあるが、まだ正式な学名と記載が公表されていないもの。
取材・主要資料

編集注:研究者名、所属、和名、学名、論文名と専門用語は京都大学の日本語資料および原著論文で照合した。洋上分散、人為移入、外来性はいずれも仮説または未解決事項として記述し、直接観察された事実とは区別した。