人の命を守るため、目前の危険を取り除く。その判断にためらう余地はない。住宅地や学校周辺へクマが入り、住民へ接近したとき、自治体と捕獲従事者は短時間で対応を迫られる。2025年度の日本では、その緊急対応が全国規模の個体数管理強化へ広がった。

環境省の集計によると、同年度に許可捕獲されたクマ類は1万4741頭。1万4618頭が捕殺され、123頭は「非捕殺」として記録された。内訳は、ツキノワグマの捕殺が1万2479頭、北海道に生息するヒグマが2139頭だった。いずれも都道府県などから聞き取った速報・暫定値で、今後修正される可能性がある。

同じ年度の人身被害は216件、238人。13人が死亡した。過去最多だった2023年度の198件、219人、死者6人を、件数、人数、死者数の全てで上回った。捕殺数と被害が同じ年に記録を更新した事実は、捕獲を続けるか否かという二者択一ではなく、どの個体を、どの場所で、何の目的で捕獲し、他の対策とどう結ぶかという問題を突き付ける。

全国の集計だけでは、大量捕殺が被害をどれだけ防いだかは判定できない。 捕殺がなければ被害がさらに増えた可能性も、誘引物や侵入経路を残したままでは捕獲効果が続かない可能性もある。地域別の生息数、捕獲場所、事故地点、堅果類の豊凶などを対応させた検証が必要だ。
1万4618頭2025年度の許可捕獲で捕殺されたクマ類。
238人2025年度の被害者数。216件の事故で過去最多。
13人2025年度の死者数。従来の最多を大きく更新。
8800頭本州の4地域に置いた2026年度の暫定捕獲目標の合計。

人身被害も捕殺数も過去最多

被害は全国一様ではなかった。2025年度の死者13人のうち、岩手県で5人、秋田県で4人、北海道で2人を数えた。岩手、秋田、北海道だけで死者の大半を占める一方、出没や負傷は東北以外にも広がった。

2026年度に入っても危険は消えていない。環境省が8月12日に更新した7月末までの速報値は49件、被害者53人、死者6人。前年の大量捕獲後にも事故が続くことは、対策の効果を急いで検証する必要を示す。ただし、年度途中の全国値だけで前年の捕獲を「無効」と結論することもできない。

日本クマネットワークは2025年秋の状況について、クマ類の分布が2018年までの40年間で約2倍に広がったこと、農山村から人が減ったこと、ブナ科堅果類の不作時に行動範囲が拡大すること、放任果樹や無防備な耕作地が誘引物になることを整理した。一方、死亡事故急増の背景や、市街地へ入った個体の性質には未解明点が多く、地域差も大きいとしている。

「何頭捕ったか」は対策の実施量である。「生活圏への侵入と人身事故が減ったか」が安全の成果だ。

1万4618頭は何を数えた数字か

環境省の表が集計するのは、鳥獣保護管理法に基づく「許可捕獲」だ。被害防止を目的とする捕獲と、都道府県の特定計画による数の調整を含む。狩猟期間中の一般的な狩猟による捕獲数とは別の統計であり、全国一律の一回限りの駆除作戦を意味しない。

2025年度は許可捕獲1万4741頭の99%超が捕殺された。非捕殺は123頭だった。前年の捕殺数5136頭の約2.85倍で、2023年度の9094頭も大幅に上回る。特に東北6県では8849頭が許可捕獲され、秋田2691頭、福島1684頭、山形1591頭、青森1265頭、岩手1153頭、宮城505頭に達した。

捕獲場所と目的を区別しない全国合計には限界がある。住宅地へ侵入した目前の危険個体、農地周辺へ繰り返し出る個体、森林内で個体数調整の対象となった個体では、期待する効果が違う。長期的な安全性を測るには、この内訳が要る。

環境省統計で区別すべき項目
  1. 許可捕獲の合計は1万4741頭。
  2. そのうち捕殺が1万4618頭、非捕殺が123頭。
  3. ツキノワグマの捕殺は1万2479頭。
  4. 北海道のヒグマの捕殺は2139頭。
  5. 数値は都道府県などへの聞き取りに基づく暫定値。

国は個体数削減へ軸足を移した

国の方針は段階的に変わった。2024年4月、絶滅のおそれがある四国のツキノワグマ個体群を除き、ヒグマとツキノワグマを「指定管理鳥獣」に追加した。2025年9月には、人の日常生活圏へクマなどが出た場合、安全確保などの条件を満たせば、市町村が捕獲者へ銃猟を委託できる「緊急銃猟」が始まった。

政府は2025年11月に「クマ被害対策パッケージ」、2026年3月に2030年度までのロードマップを決定した。目標は、人の生活圏からクマを排除し、人とクマのすみ分けを実現すること。緊急対応、生活圏への出没防止、個体数管理、人材育成、生息環境の保全、情報発信、財政措置を同時に進める構成だ。

2026年度の本州では、東北3800頭、関東600頭、中部3500頭、近畿・中国900頭、計8800頭を暫定的な捕獲目標とした。大量出没時は目標にとらわれず捕獲すると明記する一方、全国調査で推定個体数を精緻化し、目標を順次改めるとしている。北海道は別枠で、2025~2034年の総捕獲目標を1万2540頭としている。

捕獲だけで被害が減ったとは測れない

個体数を減らせば、他の条件が同じなら人とクマが接触する機会は減る可能性がある。住宅地へ侵入した個体や、人由来の食べ物へ執着した個体を排除することは、目前の危険を止めるうえで重要だ。

しかし、人里へ誘う放任果樹、生ごみ、収穫残渣、無防備な養蜂箱や飼料が残り、河川敷や藪が侵入経路となるなら、別の個体が同じ場所へ入る。森林と集落の境界を管理する人が減り、捕獲従事者と専門職も不足すれば、捕殺数だけを増やしても出没の仕組みは残る。

日本クマネットワークは、個体群管理、生息地管理、被害防除の三つを組み合わせる必要があるとする。捕獲目標の達成それ自体ではなく、人との軋轢を減らせたかを目的に置き、地域の植生や土地利用に応じて施策を修正する順応的管理を求めている。

指標確認できることそれだけでは分からないこと
捕殺数許可捕獲の規模と地域別の実施量。捕殺されなかった場合と比べた事故減少効果。
人身被害事故件数、被害者数、死者数。クマの個体数、堅果類、入山者数など各要因の寄与。
出没情報住民が目撃・通報した場所と時期。自治体ごとに集計方法が違うため、単純な地域比較。
推定個体数捕獲目標を置くための基礎。調査時期と手法が異なる県を合算した全国の正確な総数。
長期成果同じ地域で侵入や被害が継続的に減ったか。複数施策のうち、どの対策がどれだけ効いたか。

軽井沢が示す「複数策」の運用

長野県軽井沢町は、大量捕獲とは異なる尺度を示す。町の公式説明によると、人間活動エリアでは2010年9月を最後に人身事故が起きていない。2025年度には目撃件数が208件と過去最多だったが、2件の人身被害はいずれも国有林内だった。

町は1998年にピッキオが始めた調査を基に、2000年からツキノワグマ対策を委託。2004年にベアドッグを導入し、2006年に専属職員を配置、2007年にゾーニング管理を始めた。ごみ集積所をクマ対策型へ替え、電波発信器で個体を追い、6~10月は毎晩巡回する。生活圏へ近づく個体はベアドッグで追い払い、問題行動を個体別に判断する。

土台は誘引物管理だ。食べ物を得た経験を繰り返させず、森林側と人間活動側の境界を行動として学習させる。2026年8月19日時点で発信器が作動する個体は36頭。町はクマが存在しない状態ではなく、接触を減らす状態を維持している。

ただし、軽井沢の結果をそのまま全国へ一般化はできない。長年の専門人材、予算、住民・観光事業者との協力を積み重ねた地域であり、国有林内の事故は山中の危険が残ることも示す。これは万能な代替策ではなく、複数策を継続運用した一事例である。

すみ分けには境界の管理が要る

「共存」は、市街地に入った危険なクマをそのままにするという意味ではない。政府のロードマップも、日本クマネットワークの提言も、人の生活圏からの排除、周辺での密度低下、ゾーニング、誘引物管理、緩衝帯整備、監視を組み合わせる方向では重なる。

違いが表れるのは、捕獲数を決める根拠と検証の厳しさだ。政府の本州の暫定目標は、都道府県が公表した最新の推定中央値を合計し、地域により自然増加率14.5%または約20%を当てている。だが、推定時期や方法は県ごとに異なり、7都府県には個体数データがないと注記されている。

環境省は2026年度から東北を皮切りに全国的な個体数調査と推定を進め、捕獲目標を精緻化する。大量捕獲を続けるなら、この調査は安全対策と保全の双方に不可欠だ。四国のツキノワグマ個体群のように絶滅が懸念される地域と、個体数削減を図る東北を同じ比率で扱うことはできない。

2024年4月 四国個体群を除くクマ類を指定管理鳥獣に追加。

2025年9月 人の日常生活圏で条件付きの緊急銃猟制度が施行。

2025年度 人身被害216件、238人、死者13人。捕殺1万4618頭。

2026年3月 政府が2030年度までのクマ被害対策ロードマップを決定。

2026年7月末 年度途中で49件、53人、死者6人。

2030年度 緊急体制、捕獲目標、ゾーニング計画の全国整備を評価。

問うべきは「何頭」だけではない

大規模な捕獲が必要な地域はある。危険個体の迅速な排除も欠かせない。一方で、被害対策の評価を捕殺数だけに置けば、事故が減らないまま毎年同じ対応を繰り返す危険がある。

必要なのは、個体群ごとの推定精度、捕獲した場所と個体の性質、誘引物の除去、電気柵や緩衝帯、追い払い、住民への情報、事故後の検証を一つの記録へ結び付けることだ。そのうえで、人身被害、生活圏への侵入、農作物被害が下がったかを毎年測り、施策を変える。

1万4618頭という数字は、2025年度の危機の大きさを示す。同時に、それだけでは将来の安全を約束しない。長期的な保護とは、人命を最優先にしながら、クマを人の生活圏へ近づける条件を減らし、必要な捕獲を科学的な根拠で続けることである。

取材注記と主な一次・公式資料

本稿は2026年8月29日までに公開された日本語の一次・公式資料を確認した。「許可捕獲」「捕殺」「非捕殺」「指定管理鳥獣」「緊急銃猟」「第二種特定鳥獣管理計画」「ゾーニング管理」「誘引物管理」「順応的管理」などの用語は環境省、軽井沢町、日本クマネットワークの表記に基づく。統計は速報・暫定値であり、捕獲数は一般の狩猟を含まない。組織の見解はそれぞれに帰属させ、直接コメントの取材は行っていないため、発言を作成していない。