水の残る北海道の低地では、使われなくなった農地にヨシが立ち、湿原を好む鳥が戻る。九州の水田地帯では、耕作が止まると開けた泥面や浅い水辺が草木に覆われ、農地を利用してきた鳥の種数が減る。同じ「耕作放棄」という言葉が、なぜ逆の結末を生むのか。
国立環境研究所、森林総合研究所、北海道大学の研究チームは、その違いを地域の鳥類群集の構成から説明した。国立環境研究所生物多様性領域の北沢宗大(きたざわ・むねひろ)特別研究員、森林総合研究所の山浦悠一チーム長、北海道大学の河村和洋助教、先崎理之准教授、中村太士名誉教授らは、北海道から九州まで199か所を繁殖期と越冬期に調査し、さらに4大陸の既往研究をメタ解析した。論文は2026年7月27日付で米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された。
結論は、「耕作放棄は自然に良い」でも「農地は必ず守るべきだ」でもない。湿原性、草原性、森林性の鳥が多い地域では、放棄後の植生遷移が生息地をつくり、種数が増えやすい。スズメやヒバリなどの裸地性鳥類、サギ類などの水辺性鳥類が多い地域では、開放面や水管理が失われるため、種数が減りやすい。土地の履歴、地形、水分、季節、周辺景観を見ずに、全国一律の処方箋を当てることはできない。
鳥を「機能群」で見る
調査地点には、耕作放棄地、自然湿原、森林、畦畔や土水路を残す未圃場整備水田、圃場整備水田、畑が含まれた。PNAS論文では、2ヘクタールの調査区を用い、放棄後50年以内の土地と、管理の異なる農地などを比較し、周囲の土地被覆の影響も統計的に調整した。
研究チームは、記録した鳥を主な生息環境によって五つに分けた。湿原性鳥類、草原性鳥類、森林性鳥類、裸地性鳥類、水辺性鳥類である。分類の狙いは、個別種をばらばらに数えるだけでなく、植生や水管理の変化へ似た反応をする種をまとめて見ることにあった。
耕作が止まれば、農作業、草刈り、水の出し入れ、畦の補修といった人為的な攪乱が弱まる。低地で排水が悪ければヨシなどが優占し、湿原に似た環境へ向かう。水はけのよい山地では木本が育ち、森林的な環境へ近づく。一方、広い水面、浅水、泥面、刈られた草丈といった農業がつくっていた構造は消えていく。
この変化を歓迎する鳥が地域の群集に多ければ、放棄後の総種数は増える。反対に、農作業による開放環境を利用する鳥が多ければ減る。研究が示したのは、耕作放棄の効果が気候帯や国名だけで決まるのではなく、変化前の群集でどの機能群が優占していたかによって予測できるという枠組みである。
北海道の2.4倍、九州の1.4倍
地域差は大きい。繁殖期の北海道では、低地の耕作放棄地に生息する鳥類の推定種数は、未圃場整備水田の約2.4倍だった。北日本の群集には湿原性や森林性の鳥が比較的多く、放棄後の植生がその生息場所になりやすい。ロシアやオーストラリアを含む既往研究にも同じ方向の結果がみられた。
本州中部以南の繁殖期は反対だった。裸地性・水辺性鳥類が地域の鳥類相の半数前後以上を占める場合、放棄地の種数は農地より少なくなった。九州では未圃場整備水田の推定種数が耕作放棄地の約1.4倍、圃場整備水田の約1.8倍だった。つまり、耕作を続けるか否かだけでなく、畦畔(けいはん)や土水路などの小さな環境要素を残すかどうかも大きい。
季節が変われば、同じ緯度の価値も変わる。越冬期の南日本では、耕作放棄地が北日本の湿原で繁殖する渡り鳥の越冬地になる例があった。岡山県の一つの放棄地では、2ヘクタール当たり73個体のオオジュリンが確認された。保全価値を繁殖期だけで判定すれば、この役割を見落とす。
国内の耕作放棄地からは計87種が確認された。研究チームによると、国内個体数が約300とされる亜種アカモズ、50個体を下回るとされるサンカノゴイが、特定の放棄地で繁殖期を通して記録された。オオジシギ、オオセッカなどを含む絶滅危惧・準絶滅危惧種の繁殖または越冬も確認した。ただし、一度の確認や高い種数だけで個体群の長期存続が保証されるわけではない。繁殖成功、植生の遷移、捕食、外来種、周辺土地利用を継続して追う必要がある。
「半数」という目安を境界線にしない
4大陸のメタ解析でも、地域の優占機能群は放棄の影響方向を説明した。PNAS論文の要旨は、湿原・草原・森林のような成熟した環境を利用する種が群集の50%を超える条件で、放棄地の種数が大きく増え、自然湿原に近い水準へ達したと報告する。反対に、攪乱された開放環境を利用する種が48%を超える条件では、耕作放棄も農業の集約化も種数を減らした。
この数値は、自治体が現地で50%を数えれば自動的に用途を決められる規制基準ではない。複数地域のデータから推定されたモデル上の転換点であり、調査法、季節、種の分類、周辺景観によって不確実性がある。実務では、地域の鳥類目録を出発点に、植生、水文、農地構造、希少種の利用状況を現地確認するための仮説として使うべきだ。
もう一つ重要なのは、両端が悪くなりうる点である。開放環境に依存する鳥が多い地域では、放棄によっても、圃場整備などを伴う集約化によっても種数が減った。そこでは「耕作を続ける」だけでは足りない。畦、素掘りの水路、浅い水辺、休息場所などを残す生物多様性に配慮した農業が必要になる。
水田は湿地を消し、湿地の代わりにもなった
この逆説には歴史がある。日本の里地里山は、原生自然と都市の中間にあり、集落、二次林、農地、ため池、草原がモザイク状に並ぶ。環境省は、こうした環境が農林業と暮らしによる継続的な働きかけで形成・維持されてきたと説明する。人の手が入ったから価値が低いのではなく、その手の入り方が多様な生息場所をつくってきた。
同時に、農地開発は自然湿原や草原を大きく減らした。今回の共同研究につながる2018年の北海道調査は、国内では過去100年に湿地の約60%、草地の約90%が失われたとの既往推計を背景に置いた。中央北海道48地点では、湿性・乾性の耕作放棄地にいる湿地・草地性鳥類が農地より多い傾向を示し、失われた自然環境の代替地になりうると報告した。
一方、農業が長く続いた地域では、水田そのものが代替湿地になった。水張り、畦、土水路、草刈りが、魚、両生類、昆虫、水鳥に周期的な環境を提供してきた。2018年に農研機構の越田千恵子、片山直樹両氏がまとめた日本の放棄水田のメタ解析では、放棄後の種数と個体数は管理水田の56~72%に低下し、とくに乾燥条件下の魚類や両生類で影響が大きかった。鳥類と哺乳類の低下は比較的小さかった。
二つの2018年研究は矛盾していない。北海道の放棄地が湿原性鳥類を受け入れることと、乾いた放棄水田で水生生物が減ることは、対象分類群と環境条件が違えば同時に起こる。2026年研究の意義は、そうした状況依存性を例外扱いせず、地域群集の構成という共通の物差しへつないだ点にある。
過去100年 国内の湿地と草地が大幅に減り、一部の農地や耕作放棄地が代替生息地の役割を担うように。
1961年 日本の農地面積が608.6万ヘクタールで最大に。
1985年以降 旧農林業センサスの耕作放棄地面積が顕著に増加。
2018年 北海道の鳥類調査と、日本の放棄水田メタ解析が異なる条件下の正負両面を報告。
2023年 生物多様性国家戦略2023-2030を策定。管理放棄を「第2の危機」の文脈で扱う。
2025年3月末 行政統計上の荒廃農地は25.7万ヘクタール。
2026年7月 国内199地点と4大陸のメタ解析を統合したPNAS論文を公表。
「耕作放棄地」と「荒廃農地」は同じ数字ではない
議論を難しくするのは、用語が日常語、研究用語、行政統計で重なって見えることだ。農林水産省の整理では、旧農林業センサスの「耕作放棄地」は、以前耕作していたが過去1年以上作付けせず、数年間は再開する意思がない土地を農家が自己申告したものだ。2015年値は42.3万ヘクタールだが、これは古い主観ベースの指標である。
「荒廃農地」は、現に耕作されず、通常の農作業では作物栽培が客観的に不可能になった農地を、市町村や農業委員会が現地で判定する。2025年3月31日現在は25.7万ヘクタールで、うち9.8万ヘクタールが抜根、整地、区画整理、客土などにより再生利用可能、15.9万ヘクタールが再生困難と見込まれた。2024年度には2.4万ヘクタールが新たに発生し、0.8万ヘクタールが再生利用された。
PNAS研究の「abandoned farmland」は、生態学的な比較対象として放棄後50年以内の土地を含む。したがって、25.7万ヘクタールを研究が評価した面積とみなしたり、42.3万ヘクタールと足し合わせたりしてはならない。所有者の意思、農地法上の状態、植生、生物相は別々に確認する必要がある。
| 用語 | 意味 | 判定主体・資料 | この記事での扱い |
|---|---|---|---|
| 研究上の耕作放棄地 | 耕作管理を終えた農地。PNAS野外調査では放棄後50年以内。 | 研究者が土地利用と植生を調査。 | 鳥類の生息地比較に使用。 |
| 耕作放棄地 | 過去1年以上作付けせず、数年間は再開意思がない土地。 | 旧農林業センサスで農家等が自己申告。 | 2015年の42.3万haは歴史的参考値。 |
| 荒廃農地 | 通常の農作業では作物栽培が客観的に不可能な農地。 | 市町村・農業委員会の現地調査。 | 2025年3月末25.7万ha。研究面積とは別。 |
| 遊休農地 | 農地法に基づき、利用されない、または周辺より利用程度が著しく低い農地。 | 農業委員会による利用状況調査。 | 法的な利用促進措置に関わる区分。 |
人口が減れば自然が戻る、とは限らない
日本の農地面積は1961年の608.6万ヘクタールから2025年の423.9万ヘクタールへ約185万ヘクタール減った。基幹的農業従事者は2000年の240万人から2025年に102万人へ減少し、平均年齢は67.6歳になった。耕作の継続が難しくなる土地は今後も増える可能性が高い。
しかし、人が減ることは、開発圧力が下がることと同時に、二次的自然を維持してきた作業者が減ることでもある。2025年のNature Sustainability掲載研究は、全国158地点で鳥、チョウ、ホタル、カエル卵塊、植物を5~17年追い、人口減少地域でも多くの分類群が減少したと報告した。都市化だけでなく、農地の不利用・放棄と集約化を含む土地利用変化が主因として関連した。
環境省は、人間活動の縮小による里地里山の劣化を生物多様性の「第2の危機」と位置づける。一方で、今回の研究が示すように、すべての放棄地を失敗とみなせば、湿原や草原を代替する希少な生息地を壊しかねない。人口減少社会に必要なのは、農業生産上の優先度と生物多様性上の優先度を同じ地図に重ねる作業である。
「放置」ではなく、土地ごとの保全設計へ
実務上の選択肢は、全面再耕作と完全放置の間にある。裸地性・水辺性鳥類が多い地域では、未圃場整備水田の維持、畦畔や土水路の保全、浅水管理、草刈り時期の調整が候補になる。湿原性鳥類が集中する低地の放棄地では、排水や造成で乾燥させず、ヨシ原の遷移や外来種を監視し、必要なら刈り取りや水管理で開放性を保つ。森林化が進む山地では、森林性鳥類の価値だけでなく、草地性種の消失や野生動物との緩衝帯機能も評価する。
- 鳥類群集:湿原・草原・森林性か、裸地・水辺性か。繁殖期と越冬期を分ける。
- 水文:湛水期間、排水、地下水、土水路がどう変わるか。
- 植生遷移:ヨシ原、草地、低木林、森林のどこへ向かっているか。
- 希少種:一時利用か、繁殖・越冬・採餌を継続しているか。
- 農業価値:食料生産、担い手、再生費用、周辺農地への影響。
- 管理主体:草刈り、水管理、外来種対策、モニタリングを誰が続けるか。
政策の受け皿も変わり始めた。日本は2030年までに陸と海の30%以上を保全する30by30目標を掲げ、2023年度から「自然共生サイト」の認定を始めた。2025年施行の地域生物多様性増進法は、既に豊かな場所の維持だけでなく、管理放棄地で生物多様性を回復する活動も対象にする。2026年6月末時点で自然共生サイトは610か所に達した。
価値の高い耕作放棄地を保護区やOECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する区域)のネットワークへ組み込むという研究チームの提案は、この制度と接続しうる。ただし、認定には「放ってある」ことではなく、保全目標、実施主体、管理計画、モニタリングが要る。希少鳥がいたという一点だけで、所有権、営農意向、災害リスクを飛び越えることもできない。
鳥から始め、鳥だけで終わらせない
研究チームは、機能群の考え方がチョウ類や魚類にも応用できる可能性を示した。開放環境を好む多くのチョウは裸地性鳥類に、水辺へ依存する魚は水辺性鳥類に似た反応を示すかもしれない。しかし、PNAS論文自身が、鳥類以外への移植可能性は実証が必要だと明記する。
鳥は広域調査がしやすく、土地利用への反応も読み取りやすい一方、飛んで別の生息地を利用できる。移動力の小さい植物、両生類、底生動物、土壌生物では、放棄後の乾燥、富栄養化、樹林化が違う結果を生む。種数が同じでも、普通種から外来種へ置き換われば保全上の意味は変わる。個体数、繁殖成功、遺伝的多様性、生態系サービスまで含めた評価が次の課題になる。
それでも、新研究が政策へ渡した道具は実用的だ。最初から全種を完全に調べられなくても、その地域でどの生息環境の鳥が群集を占めるかを調べれば、耕作放棄の正負を予測する入口になる。全国一律の「再生」や「自然回復」より、現地調査に基づく優先順位をつけやすい。
草に覆われた田を見て、自然が戻ったと呼ぶか、農村が失われたと呼ぶか。その答えは景観の印象だけでは決まらない。水辺を失ったサギ、ヨシ原を得たオオジュリン、耕作を続けたい農家、管理を引き継ぐ人の有無を同じ図面に載せて、初めて土地の次の役割を選べる。
耕作放棄地は空白ではない。過去の農業と、これからの生態系が重なる移行地である。何もしないことも一つの管理判断であり、その結果は場所によって正反対になる。鳥が示したのは、自然回復の単純な物語ではなく、土地ごとに問い直すための地図だ。
- 国立環境研究所・森林総合研究所・北海道大学 — 「耕作放棄は生物多様性にとって正か負か?」(2026年8月27日)
- PNAS — “Dominant functional group explains global bird diversity responses to farmland abandonment”
- 国立環境研究所 — 北沢宗大特別研究員 公式プロフィール
- 科研費 — 「耕作放棄が鳥類多様性に及ぼす影響は正か負か?」研究課題・実績
- 森林総合研究所・北海道大学 — 耕作放棄地の湿地・草地性鳥類研究(2018年)
- Conservation Biology — 日本の放棄水田と生物多様性のメタ解析(2018年)
- Nature Sustainability — “Biodiversity change under human depopulation in Japan”(2025年)
- 農林水産省 — 令和6年度の荒廃農地面積(2025年3月31日現在)
- 農林水産省 — 荒廃農地の現状と対策(2026年2月)
- 農林水産省 — 荒廃農地の発生防止・解消等
- 環境省 — 里地里山の保全・活用
- 環境省 — 30by30、自然共生サイトとネイチャーポジティブ政策
- 環境省 — 地域生物多様性増進法に基づく自然共生サイト認定(2026年6月)
