10歳の竹内択は、テレビの向こうで人が空を飛ぶのを見た。1998年2月、長野五輪の白馬ジャンプ競技場。原田雅彦、岡部孝信、斉藤浩哉、船木和喜の日本男子団体が金メダルをつかみ、「日の丸飛行隊」が国中を揺らした。会場は飯山ではなかった。それでも同じ長野県北部の雪国に暮らす少年には、世界の頂点が地続きに見えた。

16年後、竹内はソチ五輪で葛西紀明、伊東大貴、清水礼留飛と男子団体銅メダルを獲得する。飯山市出身者として初の五輪メダリストになった。そして28年後の2026年、今度は自分が見せる側に立つ。故郷の市営飯山シャンツェで開く「teamtakuCUP TAKE AIR 2026」は、子どもがトップ選手を遠い画面ではなく、助走路の音、踏み切りの一瞬、着地後の息遣いまで感じる場所をつくろうとしている。

2026年10月12日月曜・スポーツの日、午前8時開場/午後7時終了
7部門小学生から一般までを対象にしたジャンプ競技を予定
1925年開設市営飯山シャンツェは2025年に100年
17,187人2026年7月1日現在の飯山市推計人口

10月12日、いま確認できること

主催者が8月18日に発表した開催概要では、会場は長野県飯山市飯山8892番地の市営飯山シャンツェ。競技は小学生から一般まで7部門、トップ選手によるトーク、音楽、体験型企画を組み合わせる。前売り一般券は1,500円、飯山市民は1,000円。中学生以下は入場無料だ。主催は株式会社Take Sunと地域おこし協力隊、共催は飯山市とされる。

項目発表済みの内容8月19日時点の留保
日時・会場10月12日、8:00~19:00、市営飯山シャンツェ天候などによる変更条件は今後の案内を確認
競技小学生から一般まで7部門各部門の出場資格、申込方法、参加料は発表文に記載なし
入場前売り一般1,500円、飯山市民1,000円、中学生以下無料「無料」は観客入場について。競技参加が無料とは確認できない
出演予定竹内択、葛西紀明、高梨沙羅、丸山希、二階堂蓮、荻原次晴ほか大会や体調などにより変更の可能性
特典優勝者をスロベニアのW杯観戦へ招待すると発表対象部門、日程・会場、費用範囲、未成年の同伴条件は未公表
大切な区別:発表文が無料としているのは「中学生以下の入場」であり、子どもの競技参加料ではない。また、スロベニア招待は観戦であって出場ではない。どの優勝者が対象か、渡航・宿泊・保険・保護者同伴を誰が負担するかはまだ示されていない。参加や旅行を前提にする前に、主催者の正式要項を確認する必要がある。

飯山にスキーが届いた1912年

飯山で空を飛ぶ物語は、まず雪の上を進む技術から始まった。1912年1月、飯山中学校の教師で僧侶でもあった市川達譲が、現在の上越市・高田でオーストリア=ハンガリー帝国軍人テオドール・フォン・レルヒから一本杖スキーを学び、飯山へ持ち帰った。長野県が飯山を「県内スキー発祥の地」と呼ぶのはこのためだ。日本全体の発祥地という意味ではない。

翌1913年には日本スキー倶楽部飯山支部が生まれ、のちの飯山スキークラブにつながった。スキーは学校教育と競技だけでなく、雪に閉ざされがちだった地域の移動、産業、観光を変えた。山を障害として耐えるのではなく、技術と来訪者を呼ぶ舞台に読み替えたのである。

1912年 市川達譲が高田で学んだ一本杖スキーを飯山へ伝える。

1913年 日本スキー倶楽部飯山支部が発足。地域の競技・教育組織の源流となる。

1925年 市営飯山シャンツェが開設される。

1998年 長野五輪。10歳の竹内択が日本男子団体の金メダルを見てジャンプを志す。

2014年 竹内がソチ五輪男子団体で銅。飯山市初の五輪メダリストとなる。

2020年 第1回teamtakuCUP。競技と地域の祭りを接続する試みが始まる。

2025年 シャンツェ開設100年。2028年国民スポーツ大会へ向けた改修を検討。

2026年 第7年のTAKE AIR。成人の有料入場と子どもの無料入場を組み合わせる。

100年のシャンツェは、記念碑ではなく現役の道具

シャンツェとはドイツ語に由来するジャンプ台の呼び名だ。市営飯山シャンツェには、地域大会で使われるK60のミディアムヒルとK30のスモールヒルがある。竹内だけでなく、ソルトレークシティー五輪などに出場した山田大起もここから育った。冬だけでなくサマージャンプ大会を開き、雪の季節を越えて選手が飛ぶ。

だが100年は、誇りと老朽化が同時に到来する年齢でもある。飯山市の2028年信州やまなみ国スポに向けた改修検討は、設備の経年劣化、温暖化による不安定な積雪、東向き斜面の日射、冬季整備の大きな人手を課題に挙げる。競技を安全かつ公平に運営し、地元選手や飯山高校の練習、合宿、イベント、観光へ使い続けるには更新がいる。

TAKE AIRが重要なのは、古い競技施設を年に数回だけ使う専用空間から、住民が足を運ぶ市民の舞台へ変えるからだ。成人から小さな入場料を取り、中学生以下の入口を無料にする2026年の設計は、アクセスと持続可能な運営を両立させようとする試みに見える。ただし主催者は予算、収支、来場目標を公表しておらず、経済効果や自立採算を断言する材料はない。

競技会を「祭り」に変えた七年

teamtakuCUPは2020年に始まり、2023年の第4回、2024年、音楽フェスと二日間で組んだ2025年を経て、2026年が第7年に当たる。通常の大会なら、競技者、家族、関係者の内側で一日が完結しやすい。竹内の企画は、トーク、音楽、飲食、体験を足し、ジャンプを知らない住民にも来る理由をつくってきた。

2024年には、ミディアムヒルの男女優勝者をスロベニア・プラニツァのワールドカップへ招待した。2025年は音楽イベントを前日に置き、競技と地域の休日をひと続きにした。2026年は一日へ集約し、一般客を有料にする。これは単なる拡大ではない。地元イベントが、無料の祝祭から継続可能な事業へ移る際の難しい実験でもある。

観客を増やすことと選手を増やすことは、同じではない。しかし、最初の入口は「やってみたい」と思う対象に出会うことだ。竹内自身がその証拠である。競技人口の減少を主催者が課題として掲げるなら、祭りの価値は当日の人数だけでなく、その後に練習を見学した子、クラブへ問い合わせた家庭、翌年も飛んだ選手で測るべきだろう。

ジャンプは「遠くへ飛べば勝ち」ではない

選手は助走路で速度を得る。踏み切りで上へ跳ねるだけではなく、わずかな時間に身体を前へ運び、スキーをV字に開き、空気から揚力を得る。着地では片足を前に出すテレマーク姿勢をつくる。恐怖を消す競技ではない。速度、高さ、風を感じながら、反復した動作を崩さない競技だ。

得点要素何を見るか観客が注目できる瞬間
飛距離ヒルサイズに設定されたK点を基準に加減点踏み切り後の高さではなく、飛行線がどこまで伸びるか
飛型5人の審判が飛行、安定、着地を採点し、最高・最低点を除外スキーと身体の左右差、着地のテレマーク
風・ゲート風向・風速と助走ゲートの違いを補正同じ距離でも条件により総得点が変わる
安全段階的な技術習得、適切な用具、指導、施設管理祭りでも一般来場者が即席で台を飛ぶ企画ではない

テレビは飛距離を数字で伝えるが、現地では別のものが分かる。静かになった助走路、スキーが溝を走る音、踏み切りで身体が変わる速さ、着地を待つ空気だ。トップ選手と小学生を同じ日に見ると、完成した技術が突然生まれたのではなく、小さな台での一回一回から続いていることも見える。

竹内、葛西、高梨――同じ空に重なる世代

竹内は15歳で単身フィンランドへ渡り、競技と学業を続けた。2013年世界選手権では高梨沙羅らと混合団体金メダル、翌年ソチでは葛西らと男子団体銅メダル。今回の出演者は有名人を並べただけではなく、竹内の競技人生そのものを横切る仲間でもある。

出演予定者競技史上の位置飯山の子どもに見せる時間軸
竹内択ソチ2014男子団体銅、世界選手権2013混合団体金。飯山市初の五輪メダリスト長野五輪を見た子が、故郷で次の入口をつくる
葛西紀明五輪8大会出場、リレハンメル団体銀、ソチ個人銀・団体銅世代を越えて競技を続ける長さ
高梨沙羅女子W杯個人通算63勝の記録保持者、平昌2018個人銅女子が五輪種目を得た後の競技の広がり
丸山希・二階堂蓮ミラノ・コルティナ2026の個人ノーマルヒル銅メダリストいま世界で戦う現役世代の速度と技術
荻原次晴ノルディック複合の五輪経験者、競技の伝え手飛ぶことと走ること、選手と観客を結ぶ言葉

葛西は2026年にも50代で国内外の競技に挑み、高梨は女子ジャンプのワールドカップ最多勝を積み上げた。丸山と二階堂は同年2月の五輪で日本に個人銅メダルをもたらした。過去の英雄だけでも、現在の勝者だけでもない。競技を始める年齢、頂点へ届く時期、続ける長さが一つの会場に重なる。

女子ジャンプが五輪の空を得るまで

男子ジャンプが第1回冬季五輪の1924年から実施された一方、女子個人ノーマルヒルが五輪種目になったのは2014年ソチだった。高梨はその初舞台で4位、2018年平昌で銅メダルを獲得した。混合団体は2022年北京から加わった。長い歴史の施設で少女が飛ぶことは、以前から当然だったわけではない。

飯山の大会が小学生女子から一般女子までのカテゴリーを継続し、女性の世界的選手を観客の前へ招く意味はここにある。ロールモデルは「女の子もできる」という標語より具体的だ。ワックスを塗る、失敗を説明する、風を待つ、転倒から戻る姿まで含めて、競技者の日常を見せる。

ただし一日の出演だけで参加の壁は消えない。練習時間、用具、移動、保護者負担、女性指導者や更衣環境、成長期の安全管理がそろわなければ、入口は出口につながらない。参加者を男女で継続的に公表し、翌年の残存率を見ることが、祭りを包摂の仕組みに変える。

スロベニアは、なぜ特別な行き先なのか

2026年の発表は、優勝者をスロベニアのワールドカップ観戦へ招待するとだけ記す。会場は特定していない。スロベニアには、女子W杯で知られるリュブノと、アルプスの谷に巨大なジャンプ台が並ぶプラニツァがある。したがって現段階で「プラニツァ行き」と書くのは早い。

それでも行き先の国には意味がある。プラニツァでは1934年に当時の世界記録が生まれ、1936年には史上初めて100メートルを超える公認飛行、1994年には200メートルの壁を越える飛躍が実現した。2026年には女子のワールドカップ・スキーフライングも初開催された。ジャンプが試合であると同時に国民的な集会になる場所だ。

2024年のteamtakuCUPでは、男女ミディアムヒル優勝者がプラニツァへ招かれた。世界最高峰を観客席から見ることは、旅行賞以上になり得る。選手の準備、コーチとの会話、観衆の密度、競技を支える町を知れば、自分の練習が世界のどこにつながるかを具体的に想像できる。ただし観戦旅行は育成制度そのものではない。帰国後の練習、報告、次の世代への共有まで設計して初めて、地域へ還元される。

92人の大会、地元の小中学生は7人

今年6月の第34回飯山市サマージャンプ大会には県内外から92人が参加した。一方、市の報告によれば飯山市の小学生は4人、中学生は3人だった。単年の数字だけで減少傾向や原因は断定できない。それでも、全国級の選手を生んだ町で地元の学齢期競技者が少数である現状を示す一枚の写真にはなる。

理由は「子どもが挑戦しなくなった」だけでは説明できない。人口17,187人の市では、子どもの母数自体が小さい。ジャンプには専用施設、指導者、用具、送迎、保険、段階的な安全教育がいる。雪国でも競技の入口は、サッカーのボールを蹴るほど簡単ではない。温暖化と施設維持は運営側の負担を増やす。

祭りは火花をつくれる。だが、火を翌週の練習まで運ぶのは、クラブ、指導者、保護者、施設、交通、そして地域の予算である。

成功指標は来場者数だけでは足りない。初参加者と女子の人数、地元小中学生の継続、練習見学から入会への転換、安全に飛べた回数、指導者とボランティアの負担、海外招待者の帰国後の活動を、複数年で追う必要がある。トップ選手の光を、日常の仕組みに変換できたかが問われる。

小さな都市が、競技施設を持ち続ける理由

飯山は約140の宿泊施設を抱え、学校のスキー教室や合宿を受け入れてきた。スキーは観光商品であると同時に、雪国の自己像でもある。だが、冬の来訪だけに依存する観光には季節と気候のリスクがある。秋に音楽、飲食、競技を組み合わせるTAKE AIRは、施設をグリーンシーズンにも地域の経済と交流へ開く。

公共施設を維持する説明も変わる。五輪選手を育てたから残す、という過去形だけでは弱い。地元高校の練習、県内外の大会、合宿、子どもの教育、観客イベント、2028年国スポという複数の用途が重なってこそ、改修の公共性が見える。逆に、イベントの華やかさだけで安全改修や年間運営の議論を覆ってはいけない。

大切なのは「何人がオリンピアンになったか」だけではない。高い場所で怖さを認め、手順を守り、風が合わなければ待ち、失敗してもまた助走台へ上がる。競技が教える判断は、メダルを取らない子にも残る。地域施設の価値は、世界への細い道と、市民の日常へ戻る広い道の両方にある。

観戦する人のための実用案内

大会名teamtakuCUP TAKE AIR 2026
日時2026年10月12日(月・祝)8:00開場、19:00終了予定
会場市営飯山シャンツェ(長野県飯山市飯山8892)
前売り一般1,500円、飯山市民1,000円、中学生以下は入場無料。販売条件・当日券は公式案内を確認
内容7部門のジャンプ競技、選手トーク、音楽、体験企画。詳細・時間割は今後発表予定
出演予定竹内択、葛西紀明、高梨沙羅、丸山希、二階堂蓮、荻原次晴ほか。変更の可能性あり
子どもの競技参加入場無料とは別。出場資格、参加料、申込、用具・安全条件は正式な競技要項を確認
スロベニア招待優勝者へのW杯観戦招待を発表。対象者、会場、日程、費用、未成年同伴などは未公表

次の一人は、観客席にいる

1998年、竹内は金メダルを取る自分をまだ知らなかった。フィンランドへ渡ることも、病気と闘いながらソチの表彰台に立つことも、故郷で大会をつくることも知らない。ただ、飛ぶ人を見て、自分も飛びたいと思った。競技人生の最初は、結果ではなく視線だった。

10月の飯山で、すべての子がジャンパーになる必要はない。歓声を上げる子、雪国の仕事を考える子、音楽を聴きに来て初めて台を見上げる子もいる。そのうち一人が正式な練習へ進み、一人が用具を整える仕事を選び、一人が将来の大会を支えるかもしれない。

TAKE AIRの最も大きな約束は、スロベニアへの航空券ではない。世界へ向かう助走路が、人口2万人に満たない町の100年の丘からも始まると見せることだ。その約束を本物にするのは、祭りの一日より、その翌日に安全な小さな台で待つ大人たちである。

取材資料・出典

編集注:記事は2026年8月19日までに公表された資料に基づく。開催前のため、出演者、時間、競技・入場条件は変更され得る。「中学生以下無料」は入場料についてであり、競技参加料無料を意味しない。スロベニア招待の対象部門、渡航日程、会場、費用範囲、保護者同伴条件は発表時点で確認できない。2024年のプラニツァ招待は過去の実績で、2026年の行き先を示すものではない。92人・地元7人は2026年6月の別大会の単年値で、長期傾向や因果を示さない。為替表示は編集部提供値。