タコを使わずに「タコ」をつくる
明石海峡の潮は速い。そこで育つ明石だこは、歯応えのよさで知られる。地元の料理店では玉子焼(明石焼)の中身となり、食卓では煮だこや酢の物になる。その身近な味に、思いがけない競争相手が現れた。タコを一切使わない「タコ」である。
神戸市東灘区のカネテツデリカフーズが開発した「業務用 ほぼタコ® カットタイプ」は、食物繊維やでんぷんなどを利用し、タコらしい弾力と外観を追求する植物由来の加工食品だ。1キログラム入りの業務用商品として2026年8月に発表され、8月19日開幕の「ジャパンインターナショナルシーフードショー」に出展された。10月に入って代替水産食品の動きを伝える報道が相次いだが、10月発売の新商品というわけではない。
明石のタコはなぜ特別なのか
明石市は、速い潮流と岩場・砂場が入り交じる海底環境が多様な生き物を育てると説明する。そうした海で水揚げされる「明石だこ」は、太く短めの足が特徴とされる。地域の食文化を象徴する存在だが、ブランド力だけで資源量を増やすことはできない。
カネテツは開発発表で、国内の主要産地ではタコの漁獲量がこの10年間で約5分の1に減り、卸売価格が1キログラム当たり3000円前後の水準にあると説明した。ただし、これは同社が提示した業界環境の数字であり、全国の同一統計による減少率と読み替えるべきではない。海況、漁獲努力量、産地による違いを確かめるには公的な漁業統計との照合が必要だ。
世界の供給網も細くなる
国内の不漁だけが問題ではない。国連食糧農業機関(FAO)のGLOBEFISHによると、2025年の日本のタコ輸入量は前年比8.3%減の3万6627トンだった。モロッコ、モーリタニアなど従来の供給元で品薄感が続き、中国やベトナムも重要な調達先になっている。日本のタコ料理は、すでに国際貿易の影響を強く受けている。
タコの値段には漁獲量だけでなく、海外需要、為替、冷凍保管、輸送、加工、卸売など多くの要素が作用する。原料高はたこ焼き店だけでなく、弁当、惣菜、冷凍食品の製造計画にも及ぶ。同じ量と同じ価格で仕入れ続けられるか。それは厨房の味付けとは別の経営課題になった。
すり身の百年から生まれた発想
カネテツの歩みは1926年、村上鐵雄が西宮で練製品づくりを始めたことにさかのぼる。1951年にはキャラクター「てっちゃん」が登場し、戦後の家庭食にかまぼこやちくわを広めてきた。2026年は創業100周年に当たる。
その技術史で重要なのが2014年発売の「ほぼカニ」だ。本物に近い見た目や食感をつくるという発想を商品群に育て、同社発表によれば「ほぼシリーズ」は2025年2月までに累計1億パックを販売した。だが今回の「ほぼタコ」は、単に魚のすり身で高級食材をまねる従来型の商品とは異なる。会社は動物性原料を使わない植物由来の商品と説明しており、加工食品の設計そのものが新しい方向へ進んだ。
味より先に難しいのは「噛み心地」
タコの魅力は香りだけではない。噛み始めの抵抗、歯が入った後の弾性、加熱しても残る形状が料理の印象を決める。同社は繊維とでんぷんなどを組み合わせて加熱成形し、弾力のある食感を再現したと説明する。たこ焼きやチャーハン、唐揚げなど、加熱工程を伴う料理で使うことを想定している。
ここで注意したいのは、メーカーの評価と第三者の実食評価は別物だという点だ。食感の再現度、調理後の重量変化、味の持続性、原価比較について、独立した比較試験の結果は確認できていない。タコ本来の風味と食感を完全に再現したと結論づける段階ではない。
植物由来でも表示とアレルギー確認は欠かせない
会社は「業務用ほぼタコ」について、タコも魚介エキスも使わず、動物性原料を含まないと説明する。一方、同じ生産設備では卵、乳成分、えび、かに、小麦を含む製品も製造していると明記する。アレルギーのある人は「タコ不使用」「植物由来」の文字だけで安全性を判断してはならない。提供側も最新の原材料表示、製造上の注意書き、調理器具の共用状況を確認する必要がある。
1キログラム袋の賞味期限はメーカー発表で冷凍1年6か月、価格はオープン価格、販売期間は通年。一般消費者向けの全国店頭販売、仕入れ単価、実際の採用店舗数は同資料からは分からない。これはまず、料理店や食品会社の調達課題に向けた提案である。
本物の漁業と競うのか、支えるのか
代替品の登場を、ただ「漁業に代わる未来」と描くのは早計だ。海で獲れるタコには漁師の技、漁港の仕事、地域の食文化が結びついている。加工食品の供給が安定しても、天然資源の回復や沿岸産業の存続に直接つながる保証はない。逆に価格の制約で料理そのものがメニューから消えるのを防ぐ役割はあり得る。
用途を分ける考え方もある。明石だこ本来の味を楽しむ料理には天然のタコを使い、価格と供給の安定が優先される大量調理には代替品を選ぶ。消費者が違いを理解できる表示と説明が前提だ。料理名に「タコ」があっても実際の原材料が異なるなら、その事実は分かりやすく示されなければならない。
「ほぼ」の時代に問われる食の誠実さ
広島の植物由来かつお節代替品、福岡で開発が進む明太子風食品など、各地で魚介類の食感や使い勝手を別の原料で再構成する試みが続いている。ただし、代替食材という共通項があっても、製造原料や動物性成分の有無は商品ごとに異なる。
兵庫の百年企業が示した答えは、海からタコを消すことではない。タコが高く、手に入りにくくなったとき、料理の選択肢を増やせるかという問いである。「ほぼタコ」の本当の試験場は展示会場ではなく、厨房と食卓だ。価格、原材料、安全性、そしておいしさを誠実に示せるか。そこから、次の百年の練製品産業が始まる。
出典・参考資料
- カネテツデリカフーズ(2026年8月17日)
- カネテツデリカフーズ・沿革
- カネテツデリカフーズ・会社概要
- FAO GLOBEFISH(2026年5月27日)
- 明石市・明石で獲れる魚介類
- 時事通信配信・The Japan Times(2026年10月13日)
- 水産庁・令和7年度水産白書
取材資料確認:2026年10月13日。独立した実食試験は実施していません。
