人口6,704人の北海道東部の町に、1年間で223億円を超える寄附が集まる。数字だけを見ると、地方財政の常識から外れた現象に見える。白糠町(しらぬかちょう)のふるさと納税は、2008年度の194万円から始まり、返礼品を本格化した2015年度に1億5,903万円、2024年度に211億6,535万円、そして最新の2025年度には223億2,945万円へ拡大した。[1][2][13]
9月18日、白糠町の取り組みをまとめた書籍『ふるさと納税から始まるまちづくり』がWEBで公開された。発行したのは、町と返礼品開発や寄付者コミュニケーションなどで連携する株式会社イミュー。棚野孝夫(たなの・たかお)町長や町内生産者・事業者への取材を通じ、「寄附をどう地域産業、人材、教育、未来への投資へつなげるか」を描く。[10]
ただし、この本が示す主な成長物語は2024年度までだ。2026年7月31日に公表された総務省データを掲載するふるさとチョイスでは、白糠町の2025年度実績は223億2,945万3,385円、127万6,246件。受入額は全国2位を維持し、2024年度の211億6,535万4,405円から約5.5%増えた。件数は133万3,228件から減っているため、1件当たり寄附額は上がった計算になる。[13]
223億円は「町が自由に使える223億円」ではない
最初に数字の読み方を整理する必要がある。ふるさと納税の受入額は、自治体の手元にそのまま残る純利益ではない。返礼品の調達、配送、ポータルサイトや決済、寄附証明、ワンストップ特例、問い合わせ対応、広告などに費用がかかる。
総務省公開データを加工した二次集計では、白糠町の2025年度の募集関連費用は110億8,817万円、受入額の49.7%とされる。これは「223億円入ったので223億円を事業に使える」という意味ではないことを示す重要な数字だ。[14]
一方、費用の多くは地域経済へ流れる。返礼品をつくる水産加工、酪農、食品、梱包、物流などへ発注が生まれれば、その支出は単なる行政コストではなく、町内・地域の売上と雇用にもなる。ただし、すべての募集費用が町内へ残るわけではない。ポータル手数料や区域外の配送など町外へ流れる費用もあるため、「経費=地域投資」と一括りにするのも正確ではない。
転機は2015年10月15日——返礼品を始めた年
白糠町は制度が始まった2008年度に11件、194万円を受け入れた。その後数年間は寄附額が数百万円規模で推移し、2014年度は15件、205万5,000円だった。町が寄附者への「お礼の品」の贈呈を始めたのは2015年10月15日。その2015年度は6,953件、1億5,903万4,105円へ跳ね上がった。[1][13]
そこから2016年度8億1,755万円、2017年度18億5,561万円、2018年度32億1,351万円、2019年度67億3,339万円、2020年度97億3,664万円、2021年度125億2,186万円、2022年度148億3,365万円、2023年度167億7,842万円、2024年度211億6,535万円と伸びた。2025年度の223億円は、制度開始時の約1万1,500倍に当たる。[13]
2008年度 11件・194万円。返礼品はまだない。
2015年10月 返礼品の贈呈を開始。年度受入額は約1.59億円。
2018年度 32.1億円。
2020年度 97.4億円。
2022年度 148.3億円。
2024年度 211.7億円、全国2位。
2025年度 223.3億円、全国2位を維持。
なぜ「食と食材」が強かったのか
白糠町は太平洋に面し、漁業、酪農、畜産、林業を基盤とする。「食と食材のまち」を掲げ、イクラ、サーモン、毛がに、柳だこ、つぶ、チーズ、羊肉、鹿肉、しそ焼酎「鍛高譚(たんたかたん)」の原料となる紫蘇などを地域資源としてきた。町の総合計画も、水産物の付加価値を高め「しらぬかブランド」を確立し、農水産物の生産地という強みを地域内の商工業と結び付ける方針を掲げる。[7]
返礼品制度と相性が良いのは、こうした食品が全国へ宅配できるからだ。地域の消費市場が6,700人規模でも、冷凍・冷蔵物流を使えば全国の寄附者が顧客になる。ふるさと納税は、自治体財政の制度であると同時に、地域食品を全国へ販売する巨大なECチャネルとして機能した。
町は「待つふるさと納税」から「顔の見えるふるさと納税」へ移り、イベント出展、生産者紹介、寄附者交流、商品開発を進めてきた。2024年度には133万件を超える寄附を受け、町の人口とは全く違う規模の外部顧客基盤を持つようになった。[10][13]
返礼品は「売るもの」から「産業をつくるもの」へ
ふるさと納税の産業効果は、既存の商品を返礼品として並べるだけではない。売れることが分かれば、加工設備、冷凍設備、雇用、ブランド、商品開発へ投資する理由が生まれる。
最近の例が「極寒ぶり®」だ。白糠沖では海洋環境の変化に伴い、かつて地域になじみの薄かったブリの水揚げが増えた。株式会社イミューによると、2019年に0.5トンだったブリは2023年には100トンを超えた。町、白糠漁業協同組合、事業者は2022年から、船上活〆、鮮度管理、加工、ブランド化を組み合わせて高付加価値商品へ変えるプロジェクトを進め、返礼品として全国へ販売している。[12]
この事例の意味は、ふるさと納税が単に「人気のイクラをもっと売る」仕組みではなく、気候変動で変わった水産資源に新しい市場をつくる実験場にもなっている点だ。もちろん、返礼品市場で売れたからといって一般市場でも持続的に成立するとは限らない。制度依存を減らし、通常の流通でも選ばれる商品へ育つかが次の段階になる。
寄附金は何に使われてきたか
白糠町の公式特設サイトは、寄附金の使い道として「太陽の手」子育て支援、健康・福祉、産業、自然環境、教育、魅力あるまちづくり、町におまかせ、という分野を掲げる。[3]
過去の町公表資料を見ると、使途はかなり具体的だ。2018年度事業ではコミュニティバス、青年就業者研修、子育て支援、家庭教育など46事業に1億4,500万円。2019年度事業では新規就農者支援、放課後学習、林業担い手対策など71事業に2億4,176万円を充当した。[5][6]
2020年度には70事業へ5億5,017万円を充当し、全世帯・事業所向けの防災ラジオ3,700台、森林整備、町内初の居住型障がい者施設、公営塾「久遠塾」などに使ったと町が公表している。[4]
| 分野 | 町が公表した活用例 |
|---|---|
| 子育て | 保育料・給食費の支援、遊具、こども園関連、新入学支援など。 |
| 教育 | 公営塾「久遠塾」、放課後学習、学校備品、ふるさと教育。 |
| 産業 | 新規就農者支援、林業担い手、地域資源の研究、ブランド化。 |
| 防災・福祉 | 防災ラジオ、障がい者施設、高齢者支援など。 |
| まちづくり | コミュニティ交通、移住体験、地域の魅力発信など。 |
重要なのは、これらの過去事例を2025年度223億円の使途内訳と混同しないことだ。寄附を受けた年度と実際に事業へ充当する年度はずれる場合があり、年度ごとの基金積立・取り崩しもある。Japan.co.jpは、町が個別に公表した活用年度に従って記載する。
子育て支援は「寄附者への返礼」と同時に住民への政策
白糠町は「子育て応援日本一の町」を掲げ、ふるさと納税マニフェストでも町内産業の振興と子育て支援を継続する方針を明記する。特設サイトは「太陽の手」子育て支援を寄附金の主要な使い道に置き、保育料・給食費の負担軽減、新入学児童・生徒への支援などを紹介している。[3][9]
これは、返礼品を受け取るのが町外寄附者である一方、寄附の残余財源を使うのは町内住民だという制度の二重構造を示す。海産物の販売が増えると加工事業者の売上になり、その寄附財源が保育や教育へ回れば、産業政策と人口政策が一つの循環になる。
ただし、人口減少が止まったわけではない。2026年7月31日の人口は6,704人。町は人口ビジョンと創生総合戦略で人口減少を明確な課題としている。巨額の寄附受入れと人口減少は同時に存在している。[2][8]
「寄附額が増えれば人口が増える」とは限らない
ふるさと納税は自治体に大きな政策余力を与える。しかし、地方の人口動態は雇用、所得、進学、医療、交通、住宅、家族形成など複数の要因で決まる。223億円の受入額だけを見て「地方創生に成功した」と結論づけることはできない。
むしろ白糠町の特徴は、人口減少が続く中でも、全国の寄附者と返礼品購入に近い接点をつくり、町外の需要を地域の産業へ引き込んだことにある。住民数を短期に増やせなくても、地域外から収入、顧客、関係人口を増やせるかという別の地方経済モデルである。
約1万5,000人の「白糠にルーツを持つ寄附者」
9月15日、白糠町とイミューは、寄附者分析システム「ふるさとリピートマップ(FRM)」のデータから、地縁・血縁など白糠町にルーツを持つ寄附者が全国に約1万5,000人いると推計したと発表した。[11]
人口6,700人の町にとって、町外にいる「白糠と縁がある人」の母集団は大きい。町はこの層を含め、寄附者との継続的なコミュニケーションを「ふるさと納税マニフェスト第2弾」として進めようとしている。
ただし、約1万5,000人はFRMによる推計で、住民票や戸籍を使った公的な全国統計ではない。どの属性を「ルーツ」と判定したかという詳細な推計ロジックは公開資料から全て確認できないため、推計値として扱う必要がある。
「寄附で終わらせない」は、返礼品依存から抜け出す課題でもある
返礼品競争で成功した自治体には、逆説的なリスクがある。人気返礼品やポータルの流行、制度改正に寄附額が左右されれば、毎年同じ財源を前提に恒久的な行政サービスを拡大するのは危険だ。
2025年10月には、寄附に伴うポータルサイト独自ポイントの付与が禁止された。2026年10月以降も地場産品基準の明確化など制度ルールは変化する。白糠町自身も、地方税法に基づく適正運用、寄附者との継続的関係、地域食材の高付加価値化を今後の方針としている。[1][9]
つまり、本当の資産は年間223億円そのものではない。全国にいる寄附者、生産者のブランド、加工技術、物流網、顧客データ、町の認知度を、制度条件が変わっても残る地域経済へ変えられるかである。
2024年度「全国2位」には少し注釈が要る
2024年度の白糠町は211億6,535万円で全国2位だった。全国1位は兵庫県宝塚市で約256.7億円だったが、宝塚市の金額には市民2人から市立病院へ寄せられた約254億円の大型寄附が含まれていた。通常の返礼品型ふるさと納税の件数では、白糠町は133万3,228件と極めて大きな規模だった。[13]
したがって「全国2位」は正しいが、1位と2位は同じ経路で集まった寄附ではない。この違いを押さえると、白糠町の特徴がより明確になる。多数の比較的小口寄附を、食品返礼品と継続運営で積み上げた自治体だからだ。
2025年度は金額増、件数減
最新の2025年度は、受入額が211.65億円から223.29億円へ増えた一方、件数は133.32万件から127.62万件へ減った。単純計算すると1件当たり平均寄附額は約1万5,875円から約1万7,496円へ上昇した。[13][14]
この変化を「高額化した返礼品が増えた」「寄附者の質が上がった」と即断することはできない。返礼品構成、寄附時期、制度改正前後の行動、ポータル構成など複数要因が考えられる。公開データから確認できるのは、金額と件数の方向が2025年度には異なったという事実までだ。
町外へ流出する税と、町外から来る寄附は同じ期間ではない
ふるさと納税にはもう一つ注意点がある。白糠町住民も他自治体へ寄附し、住民税控除を受ける。総務省データを加工した二次集計では、2026年度課税で白糠町住民257人が控除を受け、その住民税控除額は約1,242万円だった。[14]
ただし、2025年度の受入額223億円と2026年度課税の住民税控除を単純に差し引いて「純利益」とすることはできない。対象期間が異なり、募集費用、基金、事業充当時期、地方交付税など自治体財政の別要素もある。
企業版ふるさと納税へも広げる
白糠町は2026年6月、企業版ふるさと納税の募集も始めた。個人向けとは別制度で、国が認定した地方創生事業に企業が寄附した場合に法人関係税の税額控除を受ける仕組みだ。町は「白糠町創生総合戦略」に掲げる取り組みの推進へ使うとしている。[15]
返礼品中心で全国個人から資金を集めた次に、企業とのプロジェクト型の関係へ広げる動きとも読める。ただし、企業版の寄附実績や案件規模は、個人版223億円と同じ土俵で比較するものではない。
『ふるさと納税から始まるまちづくり』は町の監査報告ではない
今回公開された書籍は、白糠町の取り組みを知る一次取材資料として価値がある。一方、発行主体は町役場ではなく株式会社イミューによる自費出版で、同社は白糠町のふるさと納税事業や商品開発にも関わっている。[10]
したがって、本書を独立した会計監査や政策評価として扱うのは適切ではない。町長や事業者が自ら何を目指しているかを知る資料として読み、寄附額、人口、制度、活用実績は行政・総務省系データで別に確認する必要がある。Japan.co.jpではその分離を行った。
まだ分からないこと
公開情報だけでは、2025年度223億円のうち実際に町内企業へ直接落ちた調達額、町外企業へ支払ったポータル・配送等費用、基金に積み立てた額、2026年度以降の事業へ充当する額、返礼品事業が生んだ町内雇用の純増、事業者別売上、地域内経済乗数、人口流出抑制効果までは確認できない。
また、寄附額が大きいことと行政サービスの費用対効果が高いことは別問題だ。寄附財源で実施した各事業について、町民にどのような成果があったのかを個別に追う必要がある。
6,700人の町が「全国市場」を持つということ
白糠町のふるさと納税で最も興味深いのは、財政規模の大きさだけではない。人口減少が進む町が、自分たちの産品を全国市場へ持ち出し、100万人を超える寄附行動を生み、その資金を子育て、教育、防災、産業へ戻す循環を作ったことである。
しかし、その循環は制度に支えられている。返礼品の規制が変わり、ポータルの仕組みが変わり、人気商品も変わる。だから白糠町が掲げる「寄附で終わらせない」という言葉は、寄附者への感謝だけではなく、町自身への宿題でもある。
イクラを選んだ人を、次は白糠の産業を知る人にできるか。寄附した人を、地域商品を通常価格でも買う顧客にできるか。223億円を、制度が変わっても残る人材、設備、ブランド、教育、雇用へ変えられるか。
ふるさと納税で本当に問われるのは、「いくら集めたか」のランキングではない。寄附が減った日にも町に残るものを、いま作れているかである。
出典・資料
- 白糠町:ふるさと納税制度(2026年8月31日更新)
- 白糠町:人口統計(2026年9月2日更新)
- 白糠町ふるさと納税特設サイト:寄付金の使い道
- 白糠町:令和2年度ふるさと納税の主な活用事業
- 白糠町:H30年度の主な活用事業
- 白糠町:R元年(H31年)度の主な活用事業
- 白糠町:第7次総合計画(後期)—産業・教育・地域内経済循環
- 白糠町:『白糠町人口ビジョン』及び『白糠町創生総合戦略』
- 北海道白糠町:ふるさと納税マニフェスト
- 株式会社イミュー:『ふるさと納税から始まるまちづくり』公開(2026年9月18日)
- 北海道白糠町:寄付者約1.5万人の地縁・血縁層を可視化(2026年9月15日)
- 株式会社イミュー:極寒ぶりプロジェクト(2026年9月17日)
- ふるさとチョイス:北海道白糠町—総務省データに基づく2008~2025年実績
- ふるさと納税比較:白糠町の2025年度受入額・募集費用・使途(総務省公開データ加工)
- 白糠町:企業版ふるさと納税
