函館の種苗槽では、生命がほとんど見えない大きさから始まる。マナマコの受精卵は分裂し、胃を作る原腸胚になり、やがて水中を漂う耳状幼生へ変わる。消化管ができ、餌を取り、五触手幼生になって底へ降りる。肉眼で「ナマコ」と認識できる前に、その表面と内部では別の継承が進んでいる。細菌たちの到着、入れ替わり、定着である。
従来の種苗生産は、親の成熟、採卵、受精、水温、塩分、餌、密度、換水を中心に設計されてきた。病原菌を防ぐため、微生物はしばしば排除や消毒の対象だった。しかし全ての細菌が敵ではない。栄養を補い、病原体の侵入を妨げ、発育の節目に関わる微生物がいるなら、「宿主だけを育てる」という発想そのものを変える必要がある。
北海道大学大学院水産科学研究院の澤辺智雄教授、美野さやか助教、俞隽文研究者、北海道立総合研究機構函館水産試験場の酒井勇一主任主査らが進めてきた研究は、マナマコApostichopus japonicusと付随する微生物を一つの生態学的集合体、すなわち「ホロビオント」として調べる。俞氏、蒋春琪氏、酒井氏、美野氏、澤辺氏が2026年7月4日に『Current Microbiology』で公開した総説は、126本の文献をたどりながら、このプロジェクトの道筋をまとめた。
これは新しい一回の商業実証ではない。3年間にわたる幼生マイクロバイオーム解析、培養可能な細菌の収集、新種記載、30日間の成長試験、ゲノム解析、5週間の宿主遺伝子発現解析を束ねた現在地である。結論も「細菌を入れれば養殖問題が解決する」ではない。どの菌が、いつ、どこから来て、何をしているかを一段ずつ確かめ、種苗の初期減耗と成長格差を減らせるかを問う研究だ。
「一匹」を「共同体」として見る
ホロビオントは、宿主と、そこに関係する細菌、古細菌、真菌、原生生物、ウイルスなどを一つの生態学的単位として捉える言葉である。語源はギリシャ語の「全体」を意味するholosと生命単位を意味するbiont。共生生物学者リン・マーギュリスらが1991年に提示し、サンゴと褐虫藻・細菌の研究を通じて広まった。
この概念の大切な点は、宿主と微生物が常に一枚岩だと決めつけないことだ。ある菌は卵から稚仔まで繰り返し現れる。別の菌は海水や餌から一時的に入る。病原体も同じ集合に含まれ得る。協力、競争、捕食、入れ替わりが同時に存在し、環境が変われば構成も変わる。
「ホロゲノム」と呼ばれる強い進化説、つまり宿主と全微生物の遺伝情報を一つの選択単位とみなす考えには議論がある。全ての微生物が親から子へ安定して伝わるわけではなく、それぞれが独自の進化を続けるからだ。今回の研究でホロビオントは、哲学的な宣言というより実用的な観察枠である。「ナマコだけを測って見落としていた働きはないか」と問い直す道具だ。
種苗槽には「ナマコ」と「水」があるのではない。宿主、微生物、餌、海水、底面が、毎日つくり直す小さな生態系がある。
海底を耕す、棘皮動物の生き方
マナマコはウニやヒトデと同じ棘皮動物である。円筒形の体で海底の砂泥を口の触手から取り込み、有機物、微細藻類、細菌を消化し、粒子を再び排出する。海底の表層をかき混ぜ、酸素と栄養塩の循環へ影響する「生物撹拌者」だ。動きは遅いが、底質を通過させる仕事は大きい。
体の仕組みも特異である。外敵や強い刺激に対して内臓を放出し、その後に腸を再生できる。体腔液にも微生物が存在し、再生中の腸内マイクロバイオームは日ごとに組み直される。マナマコはヒトを含む脊索動物と同じ後口動物の大きな枝に属するため、免疫、再生、宿主・微生物関係の進化を比較するモデルにもなる。
温帯性のA. japonicusはロシア極東、中国北部、朝鮮半島、日本沿岸に分布する。日本では鹿児島から北海道まで見られ、赤、青・緑、黒と呼ばれる体色型がある。水温が高くなると摂餌を止め、消化管を縮小し、代謝を落とす夏眠へ入る。温暖化と高水温は、成長期間と微生物群集の双方を変える可能性がある。
そして成長は驚くほど不揃いだ。同じ日に生まれ、同じ槽で同じ餌を与えても、大きさに差が開く。遺伝、摂餌位置、密度、温度、餌の粒径や栄養、病気に加え、微生物がその差の一部を説明するのではないか。北海道の研究はそこから始まった。
350年の輸出史と、静かな資源危機
日本でナマコは酢の物として正月や料理店で食べられ、腸の塩辛「このわた」、卵巣を干した「くちこ」も珍味とされる。一方、中国料理では乾燥ナマコが高級食材、滋養品として大きな市場を持つ。日本から中国への乾燥マナコ輸出は少なくとも350年の歴史があり、北海道は加工・輸出の中心地の一つだった。
需要の高さと、浅い海底で捕りやすく、密集しなければ受精しにくい生態が重なると、資源は急速に減る。FAOは2008年の世界レビューで、高価な種から順に枯渇する「連続的枯渇」を各地で報告した。2013年の世界分析でも、多くのナマコ漁業は管理が不十分で、漁業生物学の基礎情報すら不足していた。A. japonicusはIUCNレッドリストで絶滅危惧種と評価されている。
日本の特徴は、中国の大規模な池養殖とは異なり、漁獲の多くが天然個体に依存してきた点だ。そこで孵化場で稚ナマコを生産し、沿岸へ放流して資源を補う「栽培漁業」が重要になる。北海道では種苗生産、陸上中間育成、放流サイズ、成長、分散、経済効果を長年検証してきた。
ただし、放流は魔法ではない。生息場が悪化し、親個体が少なく、過剰漁獲や密漁が続けば、種苗を追加しても穴の空いた桶へ水を注ぐことになる。ホロビオント研究は種苗の質と安定性を高める可能性を持つが、漁期、最小サイズ、禁漁区、親資源、流通の監視を代替しない。
孵化場で最も危うい「見えない時代」
成熟した雌雄は海中へ卵と精子を放出する。人工種苗では水温刺激などで産卵を促し、受精卵を集める。胚は原腸胚を経て、左右対称で透明な耳状幼生となり、植物プランクトンを食べる。後期耳状幼生で消化管と摂餌が本格化し、樽形幼生、五触手幼生を経て底面へ付着する。そこで初めて底生生活が始まる。
この移行期は大量減耗が起きやすい。水質の小さな変化、餌不足、過密、付着基質、病原菌が歩留まりを揺らす。さらに、早く大きくなる個体と停滞する個体の差が開き、出荷や放流に適した均一な種苗を作りにくい。遅い成長は施設の占有期間と餌・人件費を増やす。
微生物群集も発育とともに段階的に変わる。北海道チームは2019、2020、2021年の飼育を再現し、受精卵、原腸胚、初期・後期耳状幼生、五触手幼生、稚ナマコという6段階から28試料を得た。さらに26の飼育海水試料を採り、細菌の16S rRNA遺伝子配列を読み、宿主側と水側を同時に比較した。
| 発育段階 | 暮らしの転換 | 微生物研究の問い |
|---|---|---|
| 受精卵・原腸胚 | まだ摂餌せず、体の基本構造を作る | 最初の「パイオニア菌」は親・海水・施設のどこから来るか |
| 初期耳状幼生 | 浮遊し、消化管が発達する | 腸ができる前後で群集はどう切り替わるか |
| 後期耳状幼生 | 餌を取り、腸が機能する | 餌と海水がどこまで菌を供給するか |
| 五触手幼生 | 浮遊から付着・底生へ移る | 基質との接触で新しい菌が定着するか |
| 稚ナマコ | 海底の有機物を食べ始める | 成長、免疫、消化を支えるコア菌は残るか |
233万リードが示した、発育に沿う交代
解析から得られたMeta16Sリードは233万7,684本。品質管理後、マナマコと海水の群集を比較すると、消化管が機能し始める前後で構成が明瞭に変わった。初期にはPseudoalteromonadaceaeなどが多く、後期にはRhodobacteraceaeなどが増えた。発育は体の形だけでなく、微生物の居場所と餌を作り替えていた。
海水とマナマコは細菌分類群の64.2%を共有したが、群集全体は統計的に異なった。SourceTracker解析では、海水が幼生マイクロバイオームへ与える寄与は消化管形成前に52%、形成後に58%と推定された。一方で、未同定の由来も形成前41%、形成後28%あった。海水は重要な供給源だが、幼生はただの海水入り袋ではない。体表、発育、餌、選択作用が固有の群集を作る。
研究者は「多い菌」だけでなく、複数年・複数段階に繰り返し現れるコアを探した。全リードの上位75%を構成し、70%以上の試料に存在するという占有率基準と、コア指数を組み合わせた。その結果、AlteromonadaceaeとRhodobacteraceaeは93%以上の幼生試料に現れ、合わせて群集の42.1%を占めた。
これは、毎年の海水や飼育条件が違っても、特定の機能を担う可能性のある群が繰り返し選ばれることを示す。ただし16S配列は主に「誰がいるか」を教える標識であり、「何をしているか」を直接証明しない。同じ科・属でも菌株ごとに働きは違う。そこで北海道チームは、配列を読むだけでなく菌を生きたまま取り出す方向へ進んだ。
250本の培養管から、六つの新種
受精卵と幼生から分離した250菌株は、「マナマコ・パイオニア微生物コレクション」として保存された。微生物研究では、DNA配列だけなら存在の手掛かりは得られても、餌へ加える、代謝物を測る、病原体との競争を試すことはできない。培養コレクションは、観察を実験へ移す橋である。
ゲノム比較と分類研究から、少なくとも六つの新種が提案された。Aliamphritea hakodatensisは新属新種、Thalassotalea hakodatensisは函館由来を名に刻む。ほかにNeptuniibacter victor、Marinobacter apostichopi、Pseudoalteromonas apostichopi、Vibrio apostichopiがある。学名のapostichopiは宿主マナマコとの関係を示す。
新種であることは、益生菌であることを意味しない。Vibrio属には病原性の種も無害・有益な種もあり、属名だけで安全性を判断できない。逆に、一般的な海洋細菌でも特定菌株だけが有用な遺伝子や代謝を持つことがある。分類、全ゲノム、安全性、機能試験を菌株単位で積み上げなければならない。
このコレクションが価値を持つのは、「ナマコにいるらしい細菌」を「いつでも再試験できる現物」へ変えたからだ。凍結保存された一管は、成長、免疫、栄養、病原体抑制を別々の条件で検証できる実験資源になる。
幼生から見つかったBL28という相棒
コア配列ASV0007と一致したSulfitobacter pontiacus BL28株は、2019年飼育群の胞胚期幼生から分離された。Sulfitobacterは海洋のロドバクター科に属し、硫黄化合物の代謝などに関わる。BL28のゲノムには、アミノ酸・脂肪酸合成、炭水化物輸送、ビタミンB12合成、ポリヒドロキシ酪酸代謝などに関連する特徴的な遺伝子が見つかった。
2023年の試験では、熊石の種苗生産施設から得た稚ナマコ30匹を6水槽へ無作為に分け、18℃、塩分3.3~3.5%、pH 7.8~8.0で30日飼育した。市販粉末餌へBL28を最終濃度1万CFU/mLで加え、週2回給餌。体長の比成長率を比較した。
BL28群が対照群より成長するという仮説は、ベイズ因子654.777で支持された。平たく言えば、得られたデータは「差がない」より「BL28で成長が増す」というモデルの方に約655倍強く適合した。ただし総数30匹、各条件15匹の小規模な制御試験である。商業槽の歩留まり、体重、長期生残、放流後の定着を証明した数字ではない。
メタパンゲノム解析では、BL28に対応するゲノムリードは消化管形成後の試料で増えた。これは、腸が機能し餌を取り始める時期にBL28または近縁菌が居場所を得る像と整合する。菌は外から任意に選ばれた添加物ではなく、もともと幼生期に現れる「パイオニア微生物」の一員だった。
- 観察:複数年・複数発育段階でコア配列を検出した。
- 分離:胞胚期幼生から生きたBL28株を培養できた。
- ゲノム:栄養・代謝に関わり得る固有遺伝子を同定した。
- 介入:30日間の小規模給餌試験で成長促進を支持した。
- 宿主応答:後続の5週間試験でマナマコ側の遺伝子発現を測った。
- 未到達:商業規模、複数施設、疾病負荷、放流後、世代をまたぐ効果。
「成長させた」だけでなく、「無理をさせなかった」
2025年、研究チームはBL28を5週間与えた稚ナマコのトランスクリプトーム、つまり発現している遺伝子の全体像を解析した。Dusselporeという解析パイプラインを使うと、宿主側では脂質代謝とプロテオグリカン、特にコンドロイチン関連の一部遺伝子が有意に調節されていた。
一方、主要な熱ショックタンパク質遺伝子の多くは誘導されなかった。熱ショックタンパク質は高温だけでなく、酸化、毒性、栄養不足など幅広い細胞ストレスに反応する。成長が速くてもストレス反応が強ければ、無理な代謝を強いた可能性がある。BL28群でそれが目立たなかったことから、研究者は「ストレスの少ない生理状態での成長促進」という解釈を提案した。
想定される仕組みは複数ある。BL28が餌に不足するB12や代謝物を供給する、消化しにくい成分を利用可能にする、ポリヒドロキシ酪酸のような貯蔵物質を介してエネルギーを渡す、病原菌の定着を抑える、宿主の脂質・結合組織代謝へシグナルを送る可能性だ。しかしゲノム上に遺伝子があることと、槽内でその産物が宿主へ届くことは別である。
次は代謝物の直接測定、菌を除いた上清や死菌との比較、B12やPHB経路を欠損させた菌株、宿主組織での局在観察が必要になる。成長促進の「何が必要で、何が十分か」を切り分けて初めて、再現可能な製品設計へ進める。
マイクロバイオーム研究の強みと落とし穴
今回の研究群は、方法を重ねた点が強い。16Sアンプリコンは多数試料の群集変化を安価に追える。ショットガン・メタゲノムは群集が持つ遺伝子を読む。メタパンゲノムは特定菌株の遺伝子群が環境試料にどれだけ現れるかを結ぶ。分離培養は因果を試す材料を与え、宿主トランスクリプトームはナマコ側の応答を示す。
同時に、それぞれ限界がある。16Sは近縁菌株を区別しにくく、相対存在量は細胞数そのものではない。DNAが検出されても生きている、活動しているとは限らない。メタゲノムの機能注釈は可能性であり、実際の代謝速度ではない。遺伝子発現の変化も、最終的なタンパク質や成長原因と同義ではない。
飼育水と宿主が細菌の64.2%を共有することは、施設環境が強く影響する証拠だが、どちらからどちらへ移ったかを全て決めるものではない。海水、餌、壁面のバイオフィルム、親個体、作業器具が供給源になり得る。3年間の再現は価値が高いが、別施設、別季節、異なる親集団でも同じコアが現れるかを確かめる必要がある。
そして「コア」は必ずしも「必須」ではない。頻繁にいる菌が単に同じ環境を好むだけのこともある。BL28のように分離し、添加し、宿主応答を測る実験は、相関を機能へ近づける重要な一歩だが、微生物共同体全体の相互作用まで一菌株で代表することはできない。
プロバイオティクスを孵化場へ入れる前に
研究室で有望な菌を見つけても、孵化場で使える製品にするには別の工学が要る。菌をどの濃度で、どの発育段階に、何日間、餌・水・付着基質のどこへ与えるか。冷蔵・凍結乾燥後も生きるか。他の有用菌を押しのけないか。病原菌と遺伝子を交換しないか。排水から海へ出た時の影響は何か。
最低でも、全ゲノムで病原性因子と薬剤耐性遺伝子を調べ、溶血性や毒性を試し、異なる親群・水温・飼料で用量反応を確認する必要がある。複数施設の無作為化試験では、水槽を統計単位として十分な反復を置き、成長だけでなく生残、サイズのばらつき、疾病、変態成功、飼料効率を測るべきだ。
BL28は宿主から見つかった在来菌であることが利点だが、「在来」は自動的に「安全」を意味しない。種ではなく株の同一性を保証し、製造中の汚染を防ぎ、毎ロットの菌数と活性を管理する必要がある。単一菌よりも機能の異なる複数菌からなる合成群集が安定する可能性もあるが、組み合わせが増えるほど安全性と再現性の検証は難しくなる。
| 実装段階 | 確認すべきこと | 失敗すると起きること |
|---|---|---|
| 菌株選定 | 全ゲノム、病原性、耐性、代謝物 | 有害株や望まない遺伝子を持ち込む |
| 製剤化 | 保存性、菌数、餌への付着、投与量 | ロットごとに効果が変わる |
| 孵化場試験 | 複数水槽・施設、温度、餌、親群 | 一つの施設だけの偶然を製品化する |
| 環境評価 | 排水、非標的生物、定着と消失 | 施設外の微生物生態系を変える |
| 資源評価 | 放流後の生残、分散、再生産、漁獲 | 孵化場の成長改善が資源回復につながらない |
海の掃除屋を、循環型養殖へ
マナマコは有機物を食べるため、魚、カキ、ホタテなどの養殖から沈む残餌や糞を利用する「統合多栄養段階養殖」の候補でもある。ある生産物の廃棄物を、別の生物の資源へ変える発想だ。日本のカキ筏下で216日飼育した研究では、稚ナマコは筏下で平均5.5グラム、対照地点で2.6グラムへ成長し、生残率はそれぞれ100%と96%だった。
魚類生簀下の試験でも、沈降有機物を取り込んで高い生残と成長を示し、延長飼育で市場サイズに達した。海底にたまる炭素・窒素を再び生物生産へ回せるなら、養殖場の局所的な負荷軽減と新しい収入源を両立できる。
ただし「掃除屋」という言葉は過大評価を招く。ナマコが食べられる量には上限があり、過密なら成長が落ち、底質をさらに攪乱する。病原体や薬剤残留、貧酸素を解決できるとは限らない。投入した飼料由来炭素が消えるのではなく、呼吸、排泄、体重増加へ形を変える。水深、流れ、沈降量、底質、季節に合った収容力の計算が必要だ。
ここでもホロビオントの視点が役立つ。廃棄物を分解するのはナマコだけでなく、腸内と底質の微生物である。適切な微生物群集が、低栄養の堆積物から使える栄養を引き出すなら、プロバイオティクスは個体の成長だけでなく循環機能を調整する可能性がある。ただし、その生態系効果は今後の実証課題である。
種苗を増やすことと、海を回復させること
より速く、均一で、丈夫な稚ナマコを作れれば、孵化場のコストを下げ、放流数と養殖生産を安定させられる。初期発育のコア菌を健康指標として監視し、群集が崩れる前に水質や餌を調整する「微生物診断」も考えられる。病気が出てから抗菌剤を使うより、望ましい群集を先に定着させる方が持続的かもしれない。
しかし、種苗生産の成功を資源回復と同一視してはならない。放流個体がどこへ移動し、何年生き、成熟し、天然個体と繁殖するかを追跡する必要がある。親魚ならぬ「親ナマコ」の遺伝的多様性を狭めれば、数は増えても環境変化への適応力を損なう。施設由来の微生物を大量に沿岸へ持ち込む影響も評価が要る。
北海道の2025年ミニシンポジウムが、CITESの議論、放流の寿命・成長・分散・経済効果、行動、夏眠、低栄養餌、ホロビオントを一つのプログラムへ並べたのは象徴的だ。持続的利用は一つの技術で達成されない。貿易、漁業管理、生息場、生理、行動、栄養、微生物をつなげて初めて成立する。
プロバイオティクスは乱獲への免罪符ではない。むしろ高品質な種苗へ投資するほど、放流先の禁漁・漁獲管理、違法流通対策、モニタリングを強くする理由になる。孵化場と海は別の世界ではなく、同じ生活史の前半と後半だからだ。
北海道が見つめる「一匹より大きな生命」
ホロビオント研究の魅力は、ナマコを微生物の容器に縮めることではない。反対に、一匹の動物が環境とどれほど多くの交換をしながら生きるかを、解像度高く描くことにある。受精卵へ最初に到着する菌、腸の形成とともに増える菌、夏眠や内臓再生で入れ替わる菌。その時間軸は、宿主の発生史と重なっている。
北海道チームは、配列の相関から培養株へ、培養株から介入試験へ、介入から宿主の遺伝子応答へ進んだ。BL28は有望だが、まだ候補である。その慎重な位置づけこそ、研究の信頼性を高める。成功とは一匹を大きくすることだけではない。複数年、複数施設で、病気を増やさず、環境へ負担を移さず、放流後も生きる種苗を作ることである。
350年続いた乾燥ナマコの交易は、北の海の生物を遠い食卓へ運んだ。21世紀の函館で生まれた次の輸出品は、商品そのものではなく、生命を共同体として管理する知識かもしれない。海水を無菌に近づけて宿主だけを守るのではなく、役に立つ関係を見極め、壊れないよう育てる技術である。
海底のナマコは黙って砂を飲み込み、微生物とともに海を耕す。持続可能な種苗生産も、その姿に似ている。一つの生物を工場の製品として押し出すのではなく、餌、水、菌、底質、漁場を循環する関係として育てる。北海道のホロビオント研究が開いたのは、見えない仲間を含めて養殖を設計する入口だ。
主要資料・参考文献
本稿は2026年7月4日公開の総説を中心に、北海道大学・北海道立総合研究機構による初期マイクロバイオーム、菌株分離、BL28成長試験と宿主トランスクリプトームの一次研究、FAOの資源管理資料、日本の養殖・交易史を照合した。小規模試験の成長促進を商業実装、放流後生残、資源回復の証明へ拡大解釈していない。
- Yu et al., The Sea Cucumber Holobiont and Probiotics: Recent Progress on Apostichopus japonicus, Current Microbiology (2026)
- 北海道大学海洋微生物学研究室、2026年研究トピックス
- Yu et al., Early Life Core Microbiome and Growth-Promoting Sulfitobacter, Animal Microbiome (2023)
- Sawabe et al., Probiotic Effects of Sulfitobacter pontiacus BL28, Current Microbiology (2025)
- 北海道大学、マリン・プロバイオティクスBL28の研究発表(2025)
- 北海道大学、受精卵・幼生から発見した6種の新規海洋細菌(2024)
- Yamano et al., Pseudoalteromonas apostichopi, Vibrio apostichopi and Marinobacter apostichopi (2024)
- Yamazaki et al., Annual Fecal 16S Sequencing and Feeding Behavior, Aquaculture Research (2020)
- Yamazaki et al., Gut Microbiome Dynamics During Regeneration, PeerJ (2020)
- 日本水産学会、マナマコ・ホロビオントと成長促進プロバイオティクス候補(2026)
- 酒井勇一、種苗放流から分かった寿命・成長・分散・経済効果(2026)
- Katow et al., Sea Cucumber Farming in Japan (2015)
- Apostichopus japonicus: Fisheries, Trade, and Foodways in Japan (2015)
- FAO, Sea Cucumbers: A Global Review of Fisheries and Trade (2008)
- FAO, Putting into Practice an Ecosystem Approach to Managing Sea Cucumber Fisheries (2010)
- Yokoyama, Sea Cucumber Culture Below a Pacific Oyster Raft (2015)
- Purcell et al., Global Analysis of Sea Cucumber Fisheries and Overfishing, Fish and Fisheries (2013)
- Bordenstein and the Holobiont Biology Network, The Disciplinary Matrix of Holobiont Biology, Science (2024)
