広島で7月22日、核兵器禁止条約への日本政府の参加を求める人々が署名を呼びかけた。その場で、広島被爆者団体連絡会議の事務局長を務め、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の代表理事でもある田中聡司(82)は、数日前に小泉進次郎防衛相が語った言葉へ矛先を向けた。
小泉氏は17日配信のインターネット番組で、核は日本にとって議論が難しいが「触れざるを得ない」課題だと述べ、安全保障環境の変化を踏まえ「あらゆる政策をタブーなく議論」する必要があると主張した。22日、ブリュッセルのNATO本部でも同じ姿勢を繰り返し、フランスの核抑止政策や欧州の動きを例に、国境を越えた安全保障協力を訴えた。
田中氏は「許すことができない発言だ」と批判した。非核三原則を国是としてきた政府と被爆者の間に、これほどの乖離が生じたことはないという危機感を示した。翌23日、木原稔官房長官は政府が非核三原則を政策上の方針として堅持していると強調した。同時に、年末の安全保障関連3文書改定で原則を見直すかとの問いには「予断を持って答えることは控える」とした。否定と留保が一つの会見に並んだ。
防衛相が言ったこと、言っていないこと
発言を正確に切り分ける必要がある。小泉氏は日本の核保有を宣言していない。核共有を導入すると決定したわけでも、非核三原則を破棄すると明言したわけでもない。焦点は、2026年末に改定予定の国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の検討で、核を含む選択肢を議論の外へ置かないという姿勢である。
しかし、閣僚の発言は私的な思考実験ではない。2025年末には首相官邸の安全保障担当者が日本の核保有を支持する趣旨を記者団に語り、波紋を広げた。高市早苗首相は就任前から、非核三原則のうち「持ち込ませず」が米国の核の傘の実効性を弱めかねないとの問題意識を示してきた。連立与党の日本維新の会には、第三原則の見直しを求める声がある。小泉発言は孤立した一言ではなく、どこまで動くかを測る政治的な連続線上にある。
だから被爆者団体が反応したのは、明日核弾頭が配備されるからではない。政策転換は、まず言葉の境界が動き、次に選択肢が「現実的」と呼ばれ、最後に例外が制度化されることを知っているからだ。広島市議会はすでに1月9日、安保3文書改定への議論を理由に、非核三原則の堅持を求める意見書を政府と国会へ送っていた。
同じ「タブー」、反対方向の二つの意味
この論争で最も重要なのは、「タブー」という一語が正反対の役割を担っていることだ。防衛相が問題にするのは議論のタブーである。安全保障上の選択肢を最初から口にできない状態は、思考停止を招くという主張だ。
被爆者運動が守ろうとするのは使用のタブーである。2024年、ノルウェー・ノーベル委員会は日本被団協へ平和賞を授け、被爆者の証言が核兵器は二度と使われてはならないという国際規範を築いたと評価した。オスロでの受賞講演で田中熙巳は、被団協の運動が核のタブー形成に大きな役割を果たしたと述べた。
議論を開くことと、使用を正当化することは同じではない。だが核抑止を論じる時、両者は完全にも切り離せない。抑止とは、最終的には「極限状況では使用するかもしれない」と相手に信じさせる政策だからである。使用する意思が絶対にないと宣言すれば威嚇は弱まり、使用可能性を強く示せば、被爆者が81年かけて築いた規範が傷む。この構造こそ、広島の反発を感情論だけで片付けられない理由である。
8時15分の後に残ったもの
1945年8月6日午前8時15分、米軍のB-29爆撃機エノラ・ゲイが投下したウラン型原子爆弾「リトルボーイ」は、広島市中心部の上空で炸裂した。爆風は建物を押しつぶし、熱線は人と街を焼き、放射線は生き残った身体を内側から傷つけた。広島市は、当時の人口を約35万人、1945年末までの死者を約14万人と推計する。正確な数は今も分からない。
死は8月6日で終わらなかった。急性放射線障害の後に白血病やがんの増加が現れ、ケロイド、慢性疾患、喪失の記憶が人生を貫いた。被爆者は就職や結婚で差別され、遺伝への根拠のない恐れにさらされた。朝鮮半島や台湾から来ていた人々、動員労働者、軍人、学生、米兵捕虜も市内にいた。被爆の物語を「日本人だけの悲劇」に閉じれば、実相の一部を消すことになる。
占領期には原爆被害に関する報道が制限され、生存者の声は長く公的な言葉になりにくかった。国の救済も遅れた。1957年の原爆医療法で健康手帳、健康診断、認定疾病の医療が始まり、1968年の特別措置法で手当などが加わった。二法が統合された被爆者援護法の成立は1994年12月である。支援は運動によって拡充されたが、日本被団協が求め続けた戦争被害への国家補償がそのまま実現したわけではない。
ビキニの灰から生まれた全国運動
反核運動を全国へ広げた転機は、広島から9年後に太平洋で起きた。1954年3月1日、米国の水爆実験「ブラボー」の放射性降下物を、マーシャル諸島ビキニ環礁近くで操業していた第五福竜丸が浴びた。乗組員23人は急性放射線症を発症し、無線長の久保山愛吉は同年9月に死亡した。汚染されたマグロへの不安は家庭の食卓へ及び、原水爆禁止を求める署名は3,000万筆を超えた。
1955年、広島で第1回原水爆禁止世界大会が開かれ、翌年の長崎大会に集まった被爆者が8月10日に日本被団協を結成した。二つの要求は一貫していた。核兵器の廃絶と、原爆被害に対する国家補償である。被爆者は、自身の傷を個人の不運から政治的証言へ変え、国連、学校、教会、労働組合、市民集会で語った。
その証言は、軍事戦略が「一発」「報復能力」「損害許容度」と抽象化するものを、人間の身体へ戻す働きをした。核兵器が1945年以降、戦争で使用されていない理由を一つに決めることはできない。抑止、偶然、指導者の自制、外交、軍備管理、社会運動が重なった。しかし、使用を道徳的・政治的に許されないものにした被爆者の役割は、ノーベル委員会が認めた歴史的な事実である。
「持たず、作らず、持ち込ませず」はどう国是になったか
非核三原則は憲法の条文ではない。佐藤榮作首相が1967年12月11日の衆議院予算委員会で、核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」と表明した政策原則である。1971年11月24日、衆議院は沖縄返還を前に、政府が三原則を遵守し、沖縄の核抜きを明らかにするよう求める決議を採択した。1976年のNPT批准に際する外務委員会決議は、三原則が国是として確立していると記した。
日本は1955年の原子力基本法で原子力利用を平和目的に限定し、1970年に核兵器不拡散条約(NPT)へ署名、1976年に非核兵器国として批准した。つまり核兵器の自国保有を阻むものは、政策原則だけでなく、国内法と国際法上の義務が重なる。
ただし法理は単純ではない。政府は長年、純粋な憲法解釈としては、自衛のための必要最小限度にとどまる核兵器が仮に存在するなら、憲法9条が一律に保有を禁じるとは限らないとの見解を維持してきた。その上で、非核三原則、原子力基本法、NPTによって日本は一切の核兵器を保有し得ないとしている。三原則は法律ではないから軽い、ということでも、憲法そのものだから変更不能、ということでもない。政治的拘束力、国会の意思、国際義務、国民の記憶が重なった制度なのである。
核を拒みながら、核に守られるという矛盾
日本の戦後核政策は、非核三原則だけでは完成しない。もう一方に、1960年の日米安全保障条約と米国の拡大抑止、いわゆる「核の傘」がある。日本は核兵器を保有しない代わりに、日本への攻撃には米国が核を含む全能力で対応し得ると相手に認識させてきた。廃絶を訴える国が、同盟国の核使用可能性に安全を依存する。この二重性は、後から生じた例外ではなく、戦後体制の中心にあった。
矛盾は「持ち込ませず」で最も鋭くなった。米国は冷戦期、艦船に核兵器を搭載しているかを肯定も否定もしない政策をとった。2010年の外務省有識者委員会は、1960年の安保改定をめぐり、核搭載艦船の一時寄港について日米の解釈が異なり、双方が明確化を避ける暗黙の合意があったと評価した。狭義の秘密条約ではなくても「広義の密約」だったという結論である。
沖縄返還にも影が残った。佐藤首相とニクソン米大統領の交渉は「核抜き・本土並み」を掲げた一方、緊急時の再持ち込みをめぐる合意議事録が秘密ルートで作られた。2010年調査は、それが後継内閣を拘束する密約とは言えないとしたが、非核の公開原則と同盟運用の曖昧さが併存した歴史は消えない。
なぜ2026年に議論が強まるのか
安全保障の現実が厳しいという政府側の説明には根拠がある。SIPRIは、2026年1月時点で世界に推計1万2,187発の核弾頭があり、9つの核保有国が2025年も戦力の近代化を続けたと報告した。約9,745発が軍用備蓄にあり、約4,012発はミサイルや航空機に配備されていた。冷戦後の削減の流れは弱まり、核兵器は再び国家権力の道具として重みを増している。
日本の周囲には、核戦力を急速かつ不透明に拡大する中国、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮、ウクライナ侵攻の中で核威嚇を用いてきたロシアがある。台湾海峡や朝鮮半島の危機で、米国が本土への核反撃リスクを負ってまで日本を守るのかという「拡大抑止の信頼性」は、同盟論の古典的な問いである。欧州でも、ロシアの侵攻と米国の関与への不安から、フランスやNATO諸国が核抑止の役割を再検討している。
日本と米国は2010年から拡大抑止協議を続け、2024年末には協議・意思疎通の手順を強化するガイドラインを策定した。2026年6月8、9日の協議では、米国が核を含む全能力で日本を防衛する約束を再確認し、双方は核戦力、ミサイル防衛、危機時の連携、軍備管理を議論して机上演習を行った。つまり日本は、核を「話していない」のではない。政府間では長年、具体的に話している。
ここから小泉発言の別の読み方が生まれる。問題は核を議論するか否かではなく、政府内と同盟内で行われてきた議論を、国民へどこまで開示し、どの選択肢を公開の政治判断にするかだ。透明性を求める「タブーなき議論」なら、抑止の利点だけでなく、費用、事故、誤算、指揮統制、標的化、外交的損失も同じ明るさで示されなければならない。
「核議論」を五つの異なる選択肢に分ける
| 選択肢 | 実際に意味すること | 主な争点 |
|---|---|---|
| 現状維持 | 非核三原則を維持し、米国の核の傘と日本の通常戦力・ミサイル防衛を組み合わせる。 | 原則は守れるが、米国の意思決定への日本の関与と抑止の信頼性に限界が残る。 |
| 協議の深化 | 核を配備せず、危機計画、演習、意思決定、戦略的メッセージの調整を強化する。 | 現在の拡大抑止協議の延長。どこまでが平時の相談で、どこから使用計画への関与か。 |
| 「持ち込ませず」の例外・変更 | 核搭載艦船・航空機の寄港、通過、一時展開、緊急時搬入の一部を認める。 | 第三原則の実質変更、基地周辺の安全と標的化、事前協議、国民への説明。 |
| NATO型核共有 | 米国管理の核爆弾を同盟国に前方配備し、受け入れ国が運搬能力、訓練、協議を担う。 | 「共同所有」ではない。平時の米国管理と有事運用、NPT、非核三原則、基地合意との整合。 |
| 独自核武装 | 日本が弾頭、運搬手段、指揮統制、警戒・防護・試験体制を自前で構築する。 | NPT脱退、国内法改正、巨額費用、近隣の軍拡、先制攻撃リスク、外交・経済制裁。 |
これらを一語の「核共有」や「核論議」で包むと、公開協議の強化と国内核配備、独自核武装が同じものに見えてしまう。2022年、安倍晋三元首相がロシアのウクライナ侵攻後にNATO型核共有の議論を促した時、岸田文雄政権は、米国の核兵器を日本領内に置き、日本の航空機で運用可能にする枠組みは非核三原則から認められないと否定した。一方、後の石破茂政権は、所有や配備ではなく、米国の核使用意思決定に関する意思疎通とリスク共有を重視した。似た言葉でも政策の距離は大きい。
核抑止は何を約束し、何を証明できないか
抑止論の強みは、相手の計算に働きかけることにある。攻撃しても目的を達成できない能力と、耐え難い代償を受ける可能性を示し、戦争を始めない方が合理的だと思わせる。核武装国に囲まれた日本にとって、米国の拡大抑止を無視した政策は現実的ではない、という支持者の主張はここに立つ。非核三原則だけでは弾道ミサイルを撃ち落とせず、道義的権威だけでは侵攻を止められない。
弱点は、成功が「起きなかった戦争」で測られることだ。相手が攻撃しなかったのは核威嚇のおかげか、通常戦力、外交、経済関係、地理、指導者の判断のおかげかを完全には分離できない。抑止は合理的な情報処理、確実な通信、統制された組織を前提とするが、実際の危機には誤警報、誤認、サイバー攻撃、時間圧力、国内政治、事故がある。
さらに拡大抑止には二重の不安がある。同盟国は米国に「見捨てられる」ことを恐れ、同時に米国の対立へ「巻き込まれる」ことも恐れる。核を日本へ近づければ米国の関与を示せるかもしれないが、日本を優先標的にし、危機の初期に相手が無力化を急ぐ誘因を強める可能性もある。抑止は保険であると同時に、保険が守る危険を自ら濃くすることがある。
被爆者の反論も、「平和を願えば安全になる」というだけではない。核兵器を安全保障の正常な道具として扱う国が増えれば、拡散が進み、誤算の組み合わせが増え、どこかで使用される確率が上がるというリスク論である。2026年の世界にある1万2,187発すべてが同時に必要なわけではない。一発が都市で炸裂すれば、抑止の抽象語は救急、火災、放射線、避難不能という具体へ戻る。
核兵器禁止条約をめぐる「橋」の空白
2017年に採択され、2021年に発効した核兵器禁止条約(TPNW)は、開発、保有、移転、使用、使用の威嚇を禁じ、被害者援助と環境修復を定める。被爆者が長く求めた、人道的帰結を中心に置く条約である。日本は署名も批准もせず、2022年、2023年、2025年の締約国会議にオブザーバー参加もしなかった。
政府の説明は、核保有国が参加しない条約では現実の削減が進まず、核抑止と両立しない立場で参加すれば日本の軍縮外交が不明確になる、というものだ。代わりに、核保有国と非保有国の双方が入るNPTを基礎とした「現実的・実践的」な道を掲げ、岸田政権は「核兵器のない世界に向けた国際賢人会議」を設けた。
被爆地は、その二つを対立させる必要はないと考える。広島市議会は6月26日、11月30日からニューヨークで開かれる第1回TPNW再検討会議へ日本がオブザーバー参加するよう求める意見書を全会一致で可決した。参加は批准ではない。日本は核抑止への依存を説明し、条約国の安全保障上の懸念を聞き、被爆の実相を伝えられる。橋を自任するなら、両岸の会議室へ入ることが最低条件だという論理である。
証言者がいなくなる前に
厚生労働省によると、2026年3月末の被爆者健康手帳所持者は9万1,105人、平均年齢は86.66歳だった。1980年代初めに37万人を超えた人数は、毎年急速に減っている。日本被団協は2027年6月の全国会議で、組織を存続するか解散するかを投票で決める方針を示した。ノーベル平和賞からわずか数年で、運動は継承の崖に立つ。
証言は政策決定への拒否権ではない。被爆者の中にも、戦争責任、日米関係、原子力、条約への考え方に違いがある。高齢者の経験を神聖化し、反論不能な象徴にすることも、本人の政治的主体性を奪いかねない。
それでも証言は、他の有権者の意見と同じ一票に還元できない種類の知識を持つ。爆風、熱線、放射線、医療崩壊、家族全員の喪失、長期の差別が、一つの兵器にどう結び付くかを身体で知る専門性である。防衛官僚がミサイルの射程を知り、外交官が同盟の合図を知るように、被爆者は「使用後」を知る。責任ある政策は、その全てを同じ机に置かなければならない。
本当に「タブーなく」議論するための条件
- 脅威:どの国の、どの能力とシナリオに、現在の抑止態勢では対応できないのか。
- 目的:米国との協議権を増やすのか、核の一時持ち込みを認めるのか、配備するのか。曖昧な「核共有」で混同しない。
- 効果:相手の攻撃意思をどの仕組みで減らし、逆に日本の標的価値や危機の不安定性をどれだけ増やすのか。
- 統制:最終使用権限、事故、誤警報、サイバー侵入、基地防護、住民避難を誰が担うのか。
- 法:非核三原則、国会決議、原子力基本法、NPT、基地協定との整合をどう確保するのか。
- 外交:韓国、北朝鮮、中国、ロシア、太平洋諸国、ASEANへ与える軍拡・不拡散上の影響は何か。
- 代替策:通常戦力、防空、避難・医療、危機通信、軍備管理、信頼醸成で同じ目的を達成できないか。
- 民主的手続き:国会審議、文書公開、被爆地と基地自治体の参加、第三者検証をどう保障するのか。
議論の入口で結論を封じるべきではないという主張は、民主政治では理解できる。しかし「タブーなく」は、政策の重力をなくす魔法の言葉ではない。核兵器の選択肢は、一度制度、基地、訓練、警戒態勢へ組み込めば簡単には戻せない。相手国もそれを前提に計画を変えるため、日本だけで可逆性を管理できない。
逆に、非核三原則を唱えるだけでも十分ではない。原則を守る側は、核保有国に囲まれた日本をどう守るのか、米国の核の傘への依存をどう減らすのか、通常戦力と外交にどの費用を負担するのかを示す責任がある。道義を安全保障の代用品にせず、安全保障を道義の免罪符にしないことが、誠実な議論の最低線である。
広島が守っているのは、沈黙ではない
原爆ドームの保存、被爆証言、医療法、非核三原則、NPT、核兵器禁止条約は、一直線の勝利の歴史ではない。救済は遅れ、原則の裏に曖昧さがあり、軍縮は停滞し、日本は今も核の傘に依存している。それでも、被爆者が話し続けたことで、核兵器を使う側は、その結末を知らなかったとは言えなくなった。
小泉氏が求める「タブーなき議論」が、同盟の信頼性、周辺国の脅威、欧州の変化を国民へ正面から説明するものなら、議論には価値がある。しかし、その言葉が、非核三原則を古い感情として脇へ置き、核配備を「普通の政策」に近づけるためのレトリックなら、被爆者が警鐘を鳴らすのは当然である。
広島が求めているのは、核について話さないことではない。広島は81年間、誰よりも核について話してきた。求めているのは、議論が爆発の前で止まらないことだ。発射台、同盟、抑止理論の先に、8時15分の街と、その後を生きた人間を置くことだ。
三原則を維持するにせよ、運用を変えるにせよ、政府は選択の名前、目的、費用、危険を明示しなければならない。「タブーをなくす」なら、最初になくすべきは、核兵器が何をするのかを抽象語の背後へ隠す習慣である。田中氏らが守ろうとしている一線は、議論からの逃避ではない。議論が現実から逃げないための境界なのである。
Sources and references
本稿は「核政策の議論」と「核保有の決定」を区別し、非核三原則の法的地位、NATO型核共有、日米拡大抑止、核弾頭数はいずれも一次資料または明記された推計に基づいて整理した。
- 共同通信/日刊スポーツ:小泉防衛相「核は触れざるを得ない」「タブーなく」
- 時事通信/nippon.com:NATO訪問後の小泉防衛相発言
- 共同通信/琉球新報:日本被団協・田中聡司代表理事の批判
- 時事通信/nippon.com:官房長官「非核三原則堅持」と安保3文書への回答
- Reuters:官邸関係者の核保有発言と政府の非核方針
- 広島市:原爆による死者数の推計
- ノーベル賞:日本被団協・田中熙巳の平和賞受賞講演
- 厚生労働省:2026年3月末の被爆者数と平均年齢
- 厚生労働省:被爆者援護施策の歴史
- 外務省:非核三原則、1967年の佐藤首相答弁
- 外務省:非核三原則に関する1971年・1976年の国会決議
- 参議院:核兵器と憲法9条に関する2016年政府答弁書
- 外務省:2010年「密約」調査結果の骨子
- 外務省:2026年6月の日米拡大抑止協議共同声明
- SIPRI Yearbook 2026:世界の核戦力推計
- 外務省:2025年TPNW締約国会議への不参加理由
- 広島市議会:非核三原則堅持とTPNW再検討会議参加を求める意見書
- 国連軍縮部:2026年TPNW第1回再検討会議
- 首相官邸:拡大抑止、核共有、非核三原則に関する2025年の首相会見
