鶏の羽根が樹脂の粒になり、やがて糸になる。使い終えた炭素繊維強化プラスチックが再び材料になる。神社や寺で授与されたお守りが回収され、原料へ戻る。ドローンは高所の設備に触れて内部の傷を探し、別の大型機はガスタービンで発電しながら浮き続ける。8月26日、坂井市で示された五つの計画は、いずれも完成品の発表ではない。2027年3月の成果発表へ向けた、検証前の仮説である。
坂井市とReGACY Innovation Group株式会社が進める「新産業共創事業」は、2026年度(令和8年度)の採択者として、繊維分野3者とドローン分野2者を選んだ。公募時は「6社程度」を想定していたが、実際の採択は5者。事業側は「厳正な審査」と説明するものの、応募総数、採点結果、個別の支援額は公表していない。
採択者は年度末までの約半年間、坂井市内外の企業・公的機関との連携を組み立て、試作や試験を行う。ここで表に出た協力先は、発表資料ではすべて「予定」とされる。8月28日時点で、個別実証の契約成立、試験日程、評価指標まで確定したと受け取るべきではない。
五つの実証、誰が何を確かめるのか
繊維の3件は、原料を変える試みでありながら、課題はそれぞれ違う。鶏羽由来タンパク質は「繊維にできるか」に加え、加工用ペレットや樹脂成形品としての性能と価格を測る。再生炭素繊維は、回収できることより、地域企業の工程で扱える形と用途を見つけ、買い手候補へつなげることが焦点になる。PlaXは既に糸や織物が存在するため、坂井らしい高付加価値商品と、使用後の回収経路を同時に試す。
ドローンの2件も役割が異なる。室蘭工業大学は飛行そのものではなく、超音波による非破壊検査を遠隔化する。HIEN Aero Technologies株式会社は、ガスタービン発電と電動推進を組み合わせた機体の長時間浮上と、大型ヘリコプター型UAVによる実証を計画する。
| 分野・採択者 | 担当 | 実証する内容 | 実証協力先(予定) | 検証の要点 |
|---|---|---|---|---|
| 繊維 鶴岡工業高等専門学校 | 森永隆志教授 | 食用鶏の羽根由来タンパク質に独自添加剤を加え、加工用ペレットと繊維化可能な素材を開発。性能・価格調査、樹脂成形品と繊維の試作。 | 福井県工業技術センター | 安定した原料、加工性、機械特性、単価を示せるか。 |
| 繊維 株式会社エンカーマス | 若口明人代表取締役社長 | CFRPの樹脂成分を分解して炭素繊維を回収。再生炭素繊維の用途検討・試作と顧客候補の開拓。 | 丸八株式会社 | 回収繊維の品質だけでなく、形状、含浸、成形、需要を結べるか。 |
| 繊維 Bioworks株式会社 | 葭田悠介氏 | 植物由来ポリ乳酸を改質したPlaXで、お守りなどの高付加価値製品を試作。自治体・神社仏閣と回収モデルを設計。 | 株式会社松川レピヤン | 商品価値と、選別・回収・ケミカルリサイクルの費用を両立できるか。 |
| ドローン 室蘭工業大学 | 荘司成熙(しょうじ・なるき)助教 | ジェル塗布不要の超音波非破壊検査技術をドローンへ搭載。亀裂・腐食などの内部欠陥を調べ、必要な精度と水準を整理。 | むげんのそら株式会社 | 接触、姿勢、再現性、基準試験との比較をどこまで定量化できるか。 |
| ドローン HIEN Aero Technologies株式会社 | 御法川学(みのりかわ・がく)CEO | ガスタービン発電と電動推進を組み合わせた機体の長時間浮上、大型ヘリコプター型UAVを使う実証。 | 福井県福井空港事務所 | 浮上時間、燃料消費、搭載量、安全手順を同じ条件で測れるか。 |
羽根、炭素、ポリ乳酸――三つの循環は同じではない
鶴岡工業高等専門学校の森永隆志教授は、高分子化学と有機・無機複合材料を専門とする。今回の計画は、食用鶏の羽根から得たタンパク質に添加剤を加え、成形加工できるペレットや繊維材料へ近づけるものだ。羽根を捨てずに使う物語は分かりやすいが、実用材料としては、吸湿、熱、強度、ばらつき、臭気、原料処理、既存設備への適合、価格を一つずつ確かめなければならない。
エンカーマスは2026年4月設立の、静岡大学・東京科学大学発と位置づけられる新会社である。同社は超臨界・亜臨界流体技術で使用済みCFRPの樹脂成分を分解し、再生炭素繊維を回収すると説明する。協力予定の丸八は坂井市丸岡町で、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維を用いた基材、プリプレグ、プリフォームを手がける。研究室で繊維を取り出す技術と、産地で中間材を作る工程が接続できるかが、この組み合わせの核心だ。
BioworksのPlaXは、サトウキビなどを原料とするポリ乳酸(PLA)へ、同社の植物由来添加剤を加えた改質素材である。同社は、従来のPLAで課題になりやすかった耐久性、耐熱性、染色性を改善したとする。2026年6月には松川レピヤンと、PlaXを100%使った高密度織ネームを共同開発した。従って、今回の組み合わせには既に試作の履歴がある。
次の難所は「お守り」という出口から、使用後の入口を作ることだ。神社仏閣で扱われる授与品は、単なる衣料回収とは異なる。誰が回収し、異素材をどう分け、どこまで運び、費用を誰が負担するのか。Bioworksは使用済みPlaX靴下の実証で、パイロット規模でも高純度の再資源化素材を得た一方、分離工程の収率と事業化コストを課題として公表している。今回の坂井実証は、その弱点を隠さずに設計できるかが問われる。
飛ぶ検査機と、浮き続ける大型機
非破壊検査は、設備を切断せず、内部のきずや劣化を調べる技術である。超音波探傷では一般に、探触子から試験体へ音を伝えるため接触媒質を使う。室蘭工業大学の荘司成熙助教は、超音波センシング、流体計測、プロセスモニタリングを研究し、レーザーを援用した遠隔インフラ診断にも取り組む。坂井の計画は、ジェル塗布を不要にした超音波技術をドローンへ載せ、プラント設備などの亀裂・腐食を調べるという。
ここで「ドローンで撮影する」と「ドローンで探傷する」は大きく違う。超音波検査では、センサーの当たり方、表面状態、機体の振動、位置の再現性が測定値を左右しうる。運営者の発表も、単に飛ばすのではなく「検査に求められる精度・水準の整理」を実証内容に置いた。合格基準となる欠陥寸法、既存手法との比較、反復測定のばらつきが公表されて初めて、技術の進み具合を判断できる。
HIEN Aero Technologiesの狙いは、電池だけに依存しない航続性能である。同社は、ガスタービン発電機で電力を作り、モーターで推進するハイブリッド機を開発している。会社サイトは「HIEN Dr-One」を大型無人機から有人eVTOLへ進むための基礎機と位置づけるが、坂井市の発表は、今回使う機体の型式、重量、計画飛行時間を明らかにしていない。会社が掲げる将来仕様と、福井空港で実際に測る値は分けて読む必要がある。
飛行場所として福井空港は意味を持つ。県営空港は1966年に開港し、東京便が就航したが、小松空港のジェット化後に利用が減り、1976年に定期便が休航した。現在は1,200メートル滑走路を持ち、防災・警察・ドクターヘリ、小型機、訓練、JAXAなどの研究開発に使われる。旅客便の時刻に縛られにくい一方、空港周辺で無人航空機を飛ばすには、空港管理者や関係機関との調整、航空法上の許可・承認などが必要になる場合がある。空いているから自由に飛ばせる場所ではない。
羽二重王国から高機能繊維へ
坂井市が繊維をテーマに選ぶ理由は、観光の物語ではなく、生産設備と人材が残るからだ。福井県の羽二重生産は1887年に始まり、1904年のピークには県内織物生産額の96.5%を占めた。県史によると、1890年代半ばには全国羽二重生産額の過半を握り、「羽二重王国」と呼ばれるまでになった。
産地は生糸だけにとどまらなかった。戦後は合成繊維、経編、細幅織物、産業資材へ技術を移した。福井県が2026年にまとめた嶺北地域基本計画は、2022年経済構造実態調査で、県内製造業のうち繊維が事業所数と従業者数で1位、出荷額で3位とする。2021年経済センサスでは、ポリエステル長繊維織物、細幅織物、経編ニット生地がいずれも全国シェア3割を超えた。
坂井市丸岡町は、ブランドタグ、ワッペン、お守り袋などに使う織ネームの産地である。松川レピヤンは1925年創業。丸八は1936年創業で、衣料用ニットから炭素繊維複合材料へ領域を広げた。五つの実証のうち、PlaXのお守りと再生炭素繊維が丸岡の2社へ結びつくのは、伝統と先端を並べる演出ではない。同じ繊維加工の知識が、異なる材料へ移植されてきた産地の履歴に沿っている。
ただし、市は課題も認める。細幅織物や高機能素材を軸とする繊維産業は地域経済を支えてきた一方、事業所数は減少傾向にあり、人口減少、若者流出、企業間取引への依存、生産拠点の海外移転を背景に挙げる。アクセラレーターの目的は、既存企業を展示することではなく、研究開発に割きにくい人員と時間を外から補い、地域に新しい取引と雇用を残すことにある。
初年度は「試せた」。2年目は「続けられるか」
事業は2025年度に始まった。初年度の5者は約7カ月活動し、間伐材由来の「木糸」を使ったTシャツと肌着の試作、微生物セルロースの用途検討、スマートテキスタイル構想、非GNSS測位による避難者把握、大型搬送ドローンの飛行試験に取り組んだ。
成果は混在している。金沢工業大学の有翼VTOL機は2026年3月、福井空港で飛行試験を行ったが、悪天候で十分なデータを得られなかったと市が公表した。これは失敗を隠さない点で重要だ。実証の価値は成功写真を撮ることではなく、手続き、天候、設備、測定方法を含む制約を明らかにし、次の試験条件を整えることにある。
拠点の「SAKAI WEAVE」は2025年10月、旧JA春江東支店に開所した。JR春江駅から徒歩2分の場所で、採択者の作業、地域企業との面談、コワーキングに使う。プログラムは共同開発、資金調達、知的財産の助言、地域事業者との接続、半年間の滞在を支援する。運営側が掲げる最終目標は、実証後も坂井市で事業を続け、拠点や雇用を作ることだ。
1887年 福井県で羽二重生産が始まる。
1925年 松川レピヤン創業。丸岡の細幅織物を現在へつなぐ。
1966年 福井空港が開港。
1976年 福井空港の定期便が休航。
2025年8月 新産業共創事業の初年度5者が計画発表。
2025年10月 SAKAI WEAVE開所。
2026年3月 初年度デモデイ。試作と飛行試験の経過を報告。
2026年8月26日 2年目の採択5者が計画発表。
2027年3月 2年目デモデイを予定。
3月に見るべき五つの物差し
自治体の実証は、採択とキックオフが最も華やかに見える。だが、産業政策としての価値は、年度末に比較できる数字が残るかで決まる。今回は各計画に、最低でも一つの技術指標と一つの事業指標が必要だ。
- 鶏羽材料:繊維化・成形の可否だけでなく、引張強度、耐熱・吸湿、歩留まり、想定単価。
- 再生炭素繊維:繊維長や強度保持率、試作品の成形条件、バージン材との差、顧客評価。
- PlaX:試作品数、耐久性、回収率、異素材の分離方法、1点当たりの回収・再資源化費。
- 超音波ドローン:検出できる欠陥寸法、偽陽性・見逃し、従来検査との差、1カ所当たり時間。
- ハイブリッド機:同一搭載量での浮上時間、燃料・電力消費、騒音、安全停止、許認可を含む運用手順。
同時に、地域側の成果も測る必要がある。何社が試作へ参加し、いくらの域内発注が生まれ、何件の共同研究や知財契約につながり、採択者の何者が翌年度も市内で活動するのか。市が掲げる「質の高い雇用」は、イベント参加者数では測れない。
8月28日時点で、選考の応募総数、個別採択理由、1件ごとの公費負担、知的財産の帰属、成果指標は公表資料から確認できない。これらは不正を示すものではないが、税や寄附を使う産業政策を評価するための基礎情報である。デモデイでは、成功例だけでなく、未達の指標とその理由も公開されることが望ましい。
福井の繊維産地は、絹から合成繊維へ、衣料から炭素繊維へ、材料と市場を何度も変えてきた。福井空港も、旅客の玄関から防災、訓練、研究の場所へ役割を変えた。坂井市の実証に歴史的な必然があるとすれば、それは「古い産業へ新技術を足す」ことではない。使われ方が変わった設備と、蓄積された加工知を、外から来た研究者が測定可能な仕事へ編み直すことにある。
半年後、羽根の糸、再生炭素繊維のお守り、飛ぶ検査機の写真だけが残るなら、物語はそこで終わる。価格表、試験データ、回収経路、次の発注、坂井で働く人が残るなら、五つの実証は初めて産業になる。
- ReGACY Innovation Group — 2026年度キックオフと採択5者の実証事業計画(2026年8月27日)
- 坂井市×ReGACY Innovation Group — 新産業共創事業の目的、支援内容、事業検証の流れ
- 坂井市 — 2026年度公募要項と初年度の実践例(2026年6月11日)
- 坂井市 — 2025年度デモデイ、5者の試作・実証経過(2026年3月30日)
- 坂井市 — 産業活性化事業の背景、繊維事業所減少と地域課題
- 福井県文書館『福井県史』— 1887年以降の羽二重生産の成長
- 福井県 — 嶺北地域基本計画(第2期)、繊維産業の構成と全国シェア
- 坂井市 — 丸岡の織ネーム(越前織)
- 鶴岡工業高等専門学校 — 森永隆志教授の専門・経歴
- エンカーマス — 超臨界・亜臨界流体によるCFRPリサイクル
- 科学技術振興機構 — エンカーマスの大学発起業実績
- 丸八 — 炭素繊維等の基材、プリプレグ、プリフォーム技術
- Bioworks — PlaXの材料構成、特性、リサイクル方針
- Bioworks・松川レピヤン — PlaX 100%高密度織ネームの共同開発
- Bioworks — 使用済みPlaX靴下のケミカルリサイクル実証と残された課題
- 室蘭工業大学 — 荘司成熙助教の職名、読み、研究分野
- HIEN Aero Technologies — ガスタービン・ハイブリッド大型無人機の開発概要
- むげんのそら — 会社概要と国土交通省登録講習機関としての事業
- 福井県福井空港事務所 — 福井空港の沿革
- 福井県福井空港事務所 — 滑走路など施設概要
- 国土交通省 — 無人航空機の飛行ルールと空港周辺での調整
