「富岳NEXT」は、単なる次のスーパーコンピューターではない。日本が科学、産業、AI、半導体、エネルギー効率をどう結び直すかを問う国家インフラである。理研計算科学研究センターは2026年5月、富岳の次世代フラッグシップシステムに関する基本設計技術報告書を公開した。これは、富岳の後継機を“もっと速い計算機”としてではなく、AIとシミュレーションを統合する研究基盤として位置づける宣言でもある。

富岳は2020年、TOP500で世界一となった。理研によれば、LINPACK性能は415.53ペタフロップスを記録し、2011年に「京」が首位を取って以来、日本のシステムとして久々の世界トップだった。さらにHPL-AIでは1.421エクサフロップスを記録し、Graph500でも巨大グラフ探索性能を示した。富岳は速さだけでなく、災害、気象、創薬、材料、感染症、産業設計へ使える“社会の計算機”として作られた。

415.53 PF富岳が2020年TOP500で記録したLINPACK性能。
1.421 EF富岳がHPL-AIで示したエクサ級性能。
2030頃富岳NEXTが目指す次世代運用時期の目安。
AI×HPC富岳NEXTの核心は、AIとシミュレーションの融合。

「京」から富岳へ、そしてNEXTへ

日本のスーパーコンピューター史は、国の産業政策と科学政策の縮図でもある。「京」は2011年に世界首位となり、1秒間に1京回という名前どおりの象徴性を持った。富岳はその後継として、単なる演算速度ではなく、幅広い実アプリケーションで成果を出すことを目指した。神戸の理研R-CCSは、日本のHPC中枢として、研究者、企業、自治体、官庁の計算需要を受け止めてきた。

富岳NEXTの難しさは、時代が変わったことにある。かつてスーパーコンピューターは「大規模シミュレーションの王様」だった。気象、流体、構造、分子、宇宙、地震。物理方程式を巨大に解くことが中心だった。だが2020年代後半の科学は、AIモデル、生成AI、機械学習、実験データ、センサー、ロボット、量子計算と結びつき始めた。次の旗艦機は、方程式だけでなく、データと学習を扱えなければならない。

富岳NEXTの勝負は、ランキングだけではない。日本が「AIで科学を進める国」になれるかどうかである。

AI for Scienceとは何か

AI for Scienceとは、AIを単に論文検索や文章生成に使うことではない。分子の候補を見つける、材料の性質を予測する、気象モデルを高速化する、実験条件を最適化する、シミュレーションの一部を学習モデルで置き換える。物理、化学、生物、気候、医療、材料、工学のなかにAIを組み込む発想である。

理研は2025年、AI for Science開発用スーパーコンピューターの名称募集を行い、この新システムが高速AI学習・推論に最適化され、富岳と連携してAIとシミュレーションを組み合わせる複雑な研究を可能にすると説明した。これは、富岳NEXTを待つ間にも、日本がAI科学基盤を段階的に整えていることを示す。

半導体と主権の話

スーパーコンピューターは、研究装置であると同時に半導体政策でもある。富岳は富士通のA64FXを採用し、Armアーキテクチャによる世界一として注目された。富岳NEXTでは、CPU、GPU、メモリ、ネットワーク、ソフトウェアをどう組み合わせるかが国家戦略になる。AI時代の計算力は、研究力だけでなく、産業競争力、防災、医療、材料開発、安全保障に直結する。

日本がすべてを国内だけで作ることは難しい。だが、システム設計、ソフトウェア、アプリケーション、半導体開発、人材育成を国内に残す意味は大きい。計算資源を外国クラウドだけに頼るのか、国内に公共的な科学計算基盤を持つのか。富岳NEXTは、その選択を可視化する。

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速さより難しい、電力の問題

AI時代のスーパーコンピューターで最も厳しい制約は電力である。計算機を速くするだけなら、チップを増やし、電力を増やせばよい。しかし国家インフラとして持続的に使うには、電力、冷却、設置面積、運用コストが問題になる。AI学習は膨大な電力を使う。気候変動を研究する計算機が、気候負荷を増やしすぎては矛盾が生じる。

だから富岳NEXTは、単に「世界最速」を目指すだけでは足りない。限られた電力でどれだけ科学成果を出せるか。どれだけ効率よくAIとシミュレーションを走らせるか。どれだけ多くの研究者が使えるか。ランキング表より、実アプリケーションの性能、電力効率、利用制度、ソフトウェアの使いやすさが問われる。

誰が使えるのか

富岳が重要だった理由の一つは、大学や研究機関だけでなく、産業利用、自治体、防災、医療にも広がった点である。AI-HPC時代には、その利用層はさらに広がる可能性がある。創薬企業、素材メーカー、自動車、航空宇宙、都市防災、気象、農業、エネルギー、金融リスク。大規模計算は、研究室の奥から社会の設計現場へ出ていく。

一方で、使いやすさの壁もある。スーパーコンピューターは、クラウドのように誰もがすぐ使える道具ではない。コードの最適化、データ管理、セキュリティ、産業秘密、料金体系、人材が必要になる。富岳NEXTが本当に社会インフラになるには、ハードだけでなく、ソフトウェア、教育、伴走支援、データ基盤が不可欠である。

見るべきポイント
  • 富岳NEXT基本設計のCPU/GPU/ネットワーク方針
  • AI for Science用システムとの連携
  • 気象、創薬、材料、災害、防衛・宇宙分野の実アプリ性能
  • 電力・冷却・運用コスト
  • 企業と大学が使いやすい利用制度

日本の科学の次のOS

富岳NEXTが成功するかどうかは、ランキングだけでは判断できない。研究者が仮説を立て、AIが候補を出し、シミュレーションが検証し、実験が戻ってくる。その循環をどれだけ速く、正確に、広く回せるかが重要になる。スーパーコンピューターは、単なる計算機から、科学のOSへ変わりつつある。

富岳が日本を再び世界のスーパーコンピューター地図に戻したとすれば、富岳NEXTは日本をAI科学の地図に置けるかどうかの挑戦である。速さは必要だ。しかし、その先にあるのは、発見を速くすること、人を助けること、災害を予測すること、薬を見つけること、材料を設計すること。富岳NEXTの本当の目的は、計算能力を社会の知恵に変えることにある。

出典・参考

このJapan.co.jpレポートは、理研、理研計算科学研究センター、TOP500、富岳関連資料をもとに構成した。