宇宙から一枚の写真が届く。それだけなら、地上でスマートフォンの画面を見るほど簡単に聞こえる。だが、10センチ角の衛星では、一枚が戻るまでに電源が立ち上がり、機体の状態が把握され、カメラへ命令が渡り、露光したデータが保存され、限られた通信時間に電波へ載り、地上局が受信し、欠けたデータを処理して画像へ組み直されなければならない。
千葉工業大学惑星探査研究センター(PERC)が2026年8月27日に公表した学生製造の超小型人工衛星「MOMIJI(モミジ)」は、この一連の動作を「ミニマムサクセスレベル(最低成功条件)」に置く。もう一つの最低条件は、衛星の基本機能が宇宙空間で動くことの確認だ。華やかな観測目標より先に、衛星というシステム全体を最後までつなぐ力を問う設計である。
MOMIJIは同大の「高度技術者育成プログラム」の5号機。2024年11月、当時の学部1、2年生が製造を始め、既存の2Uキューブサット用バスを改良した。学生は機体づくりだけでなく、打ち上げに必要な申請と試験も担当した。2026年8月26日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)へ引き渡され、大学の発表では同年12月以降、米スペースXのファルコン9で打ち上げ、ノースロップ・グラマンのシグナス補給船25号機で国際宇宙ステーション(ISS)へ運ぶ計画だ。
二倍の容積は、二倍の容易さではない
キューブサットの基本単位「1U」は、おおむね10センチ四方の立方体である。MOMIJIの2Uはそれを二つ連ねた10×10×20センチ。容積が増えれば、カメラ、通信機、実証部品を載せる余地は広がる。しかし、構造、重心、電力、熱、配線、電磁的な干渉、ソフトウェア、試験項目も増える。空いた箱へ実験を足すだけでは済まない。
大学が発表したMOMIJIのミッションは、撮影、通信、国際共同観測、部品実証にまたがる。四つの撮影は、千葉工大の公式キャラクター「チバニー」を宇宙へ行ったように見せ、子どもの科学的好奇心を促す企画、花粉飛散予測に役立てることを目指す東北地方の残雪撮影、ギリシャの砂漠化へ対応する地球指向撮影モードの技術実証、ブータンとの共同による地球植生の撮影である。海外向けの画像ダウンリンクサービスも掲げる。
ただし、カメラの解像度、観測波長、撮影頻度、対象地点、画像の配布方法、各実験の成功基準は公表資料にない。残雪画像が実際の花粉予測をどれほど改善するのか、ギリシャの砂漠化監視に必要な地上分解能を満たすのかも、現段階では判断できない。ここで確定しているのは「試みるミッション」であって、観測サービスとしての性能ではない。
ブータンとの協力を「相乗り」で終わらせない
MOMIJIには、ブータン王立大学科学技術校(College of Science and Technology、CST)の学生チームが参加する。共同ミッションは地球の植生撮影と、オゾン層の観測を衛星の高度・姿勢推定と組み合わせる計画だ。千葉工大の発表は、同大とブータン王国政府技術庁(Government Technology Agency、GovTech)の覚書に基づく初の国際連携プログラムと位置づける。
覚書は2024年9月30日、ブータン西部パロで締結された。千葉工大はその前年12月、GovTech、同国の政府系持株会社Druk Holding and Investmentsとの三者協力協定を結んでいた。宇宙分野の覚書は、ブータン側が製作する実験機器を千葉工大の学生衛星へ搭載し、共同実験を行う構想を具体化したものだった。
小国が独自のロケットや大型衛星を保有しなくても、標準化された小型衛星とISSからの放出機会を使えば、学生が実機開発と運用へ参加できる。これは、JAXAと国連宇宙部が進めてきた「KiboCUBE」にも通じる能力構築の発想だ。だが、国際協力の質は、国旗の数では測れない。CSTの学生がどの機器、ソフトウェア、解析、運用を担ったのか、データを誰が利用できるのかは、大学の公表資料では詳しく示されていない。成果を評価するには、放出後の役割分担とデータ公開まで追う必要がある。
CIGSは「新素材の初飛行」ではない
出光興産との共同ミッションでは、新しい衛星用CIGS太陽電池セルを宇宙実証する。CIGSは銅(Cu)、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、セレン(Se)を主成分とする化合物半導体の薄膜太陽電池だ。出光は、薄く軽く、放射線に強く、光照射による自己修復効果があることを宇宙用途の利点としている。
ただしCIGSそのものが今回初めて宇宙へ出るわけではない。出光の開発史によれば、研究は1993年に始まり、2002年の技術試験衛星「つばさ」(MDS-1)、2005年に東京大学が打ち上げた1UキューブサットXI-Vなどで軌道実証が行われた。千葉工大のGARDENsでも、4号機BOTANがCIGSセルを載せ、2025年の初期ミッションに成功している。MOMIJIはその継続であり、大学の表現する「新しいセル」の仕様、測定項目、BOTANからの改良点はまだ公表されていない。
この区別は重要だ。「搭載した」「宇宙へ運んだ」「発電を確認した」「地上試験より優れた」「長期耐久性を実証した」は別の主張である。軌道上実証の価値は、比較可能な電流・電圧・温度・放射線量と時間のデータが示されて初めて測れる。
APRSで衛星と地上を一つの実験にする
MOMIJIはアマチュア無線のAPRSも多目的に使う。APRSの正式名称はAutomatic Packet Reporting System。位置だけでなく、メッセージ、状態、気象、対象物などを共有するためのリアルタイム・デジタル通信方式で、衛星を中継点として用いる例もある。大学の過去4機もAPRSを教育・サービス実証へ組み込んできた。
新たな計画は二つある。一つは、遠隔地上局を使って千葉県内の外来哺乳類キョンの生息数把握へつなげる実験。もう一つは、電波技術への関心を促す「APRSチャットボット」だ。大学の発表だけでは、キョンを検知する地上センサー、個体識別や推定の方法、衛星が運ぶデータ量は分からない。衛星が宇宙から動物を直接数えると受け取るべきではなく、地上局で得たデータを通信網へ載せる試みと読むのが妥当だ。
このほか、千葉工大工学部宇宙・半導体工学科の三つの研究室と、新型ダイオードの宇宙実証、軌道上温度補完実証などを行う。大学は三研究室の名称や実験手法を今回の発表で明かしていない。運用周波数、コールサイン、無線免許も現時点では公表されていない。過去4機はISS放出後に「人工衛星局相当アマチュア局免許」の交付を受けており、MOMIJIも運用開始までに必要な制度上の手続きを通ることになる。
植物の名前で残した四つの教訓
千葉工大は2021年4月、学部・学科を問わず参加できる高度技術者育成プログラムを始めた。設計、製造、試験、運用を切れ目なく経験させ、2030年度までの10年間に最大9機を打ち上げる構想だ。チームは、庭で若葉から草花が育つように学生と衛星を育てる願いからGARDENs(ガーデンズ)と名乗り、衛星には植物名をつけてきた。
「5号機」は開発の系譜を示し、宇宙へ出た順番とは一致しない。最初にISSから放出されたのは2号機KASHIWAで、2024年4月11日。続いて3号機SAKURAが同年8月29日、1号機YOMOGIが12月9日、4号機BOTANが2025年10月10日に放出された。大学によると、4機はいずれも運用と初期ミッションに連続して成功した。
| 開発番号 | 衛星 | サイズ | JAXA引き渡し | ISSからの放出 | 最低成功条件の結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1号機 | YOMOGI | 1U | 2024年6月5日 | 2024年12月9日 | 2日後に初期ミッション達成 |
| 2号機 | KASHIWA | 1U | 2023年11月27日 | 2024年4月11日 | 2024年6月3日に達成発表 |
| 3号機 | SAKURA | 1U | 2024年4月17日 | 2024年8月29日 | 2日後に初期ミッション達成 |
| 4号機 | BOTAN | 1U | 2025年2月28日 | 2025年10月10日 | 運用初日に初期ミッション達成 |
| 5号機 | MOMIJI | 2U | 2026年8月26日 | 未定 | 未達成・未放出 |
反復には教育上の意味がある。一機ごとに全く新しい設計へ飛びつくのではなく、前号機の不具合、試験手順、申請書、地上局運用を次へ渡す。YOMOGI、SAKURA、BOTANはISS放出から1、2日で初期ミッションを達成した一方、最初に放出されたKASHIWAは達成発表まで約7週間を要した。成功という一語の裏にも、機体ごとの復旧、受信、解析の時間がある。
MOMIJIという名には、モミジの葉を広げた手に見立てて多面的な機能を確実に動かす決意、軌道上で役割を終えるまで記憶に残る衛星への願い、初の国際協力が国境を越えた結びつきを生む期待が込められたという。現在の5期生は学部3、4年生。入学直後に近い時期から、引き渡しまで約1年9か月を機体と過ごしたことになる。
「千葉工大5機目」ではない
MOMIJIを千葉工業大学の通算5機目と数えるのは正確でない。PERCは東北大学と共同で3Uキューブサット「S-CUBE(エスキューブ)」を開発し、2015年9月17日にISSの「きぼう」日本実験棟から放出している。宇宙飛行士の油井亀美也(ゆい・きみや)氏が操作し、可視カメラと紫外線センサーによる流星観測を目指した。衛星は1年以上運用され、2016年11月23日に大気圏へ再突入した。同大には、さらに2002年打ち上げの鯨生態観測衛星WEOSなどの蓄積がある。
キューブサットの規格は1999年、米カリフォルニア・ポリテクニック州立大学とスタンフォード大学が教育・探査の基盤として考案した。日本は初期の実用化を先導した国の一つだ。東京大学中須賀・船瀬研究室のXI-IVは2003年6月30日にロシアから打ち上げられ、同研究室は世界で初めて10センチ立方・約1キロのCubeSatの打ち上げと運用に成功したとしている。
もう一つの転機はISSだった。JAXAの小型衛星放出機構J-SSODは2012年10月、「きぼう」から最初の衛星群を放出した。衛星を補給船内に収納してISSへ運び、エアロックから船外へ出してロボットアームで放出する方式は、ロケットから直接分離する場合より輸送時の厳しい環境を抑え、大学や新興国が軌道へ届く経路を広げた。S-CUBE、GARDENsの4機、そして計画通りならMOMIJIも、この日本実験棟を通る系譜に入る。
1999年 米国でCubeSat規格が考案される。
2003年6月 東京大学XI-IVが初期CubeSatの打ち上げ・運用に成功。
2012年10月 JAXAが「きぼう」からJ-SSOD初回放出。
2015年9月 千葉工大・東北大の3U衛星S-CUBEを「きぼう」から放出。
2021年4月 千葉工大が高度技術者育成プログラムを開始。
2024~25年 KASHIWA、SAKURA、YOMOGI、BOTANがISSから放出。
2026年8月26日 2U衛星MOMIJIをJAXAへ引き渡し。
2026年12月以降 ファルコン9で打ち上げ予定。日程は変更され得る。
打ち上げ成功の先にある試験
引き渡しを終えた機体は、学生が容易に触れられない領域へ入った。ロケット側の安全審査とスケジュール、補給船のISS到着、船内での保管、J-SSODへの装着、放出時期は、大学だけでは決められない。実際、前号機BOTANは当初2025年夏の打ち上げと発表された後、秋へ変更された。MOMIJIの「冬」も幅をもつ予定と読むべきだ。
放出されれば、別の難しさが始まる。地上局から見える時間は一回の通過で限られ、衛星は温度変化、放射線、真空、姿勢の乱れにさらされる。アンテナ、電源、無線機、オンボードコンピューターのどこか一つが立ち上がらなければ、地上では沈黙に見える。電波が届いても、完全な一枚へ戻すには、画像データを複数回の通過に分けて回収する可能性がある。
一方、MOMIJIの公表ミッション数は多い。これは2U化の成果であると同時に、運用時間と電力の取り合いを生む。最初に基本機能と画像復元を確かめ、独自ミッションへ進む順序、観測の優先順位、共同相手とのデータ配分が重要になる。大学は現時点で詳細な運用計画を公表していない。
- 放出: ISSから予定軌道へ安全に送り出されたか。
- 初期受信: 地上局がビーコンやテレメトリを確認したか。
- 基本機能: 電源、通信、計算機、熱状態が許容範囲か。
- 画像復元: 軌道上で撮影した一枚を地上で完全に再構成したか。
- 共同観測: ブータン側を含むデータ取得・解析が実行されたか。
- 部品実証: CIGSセル、ダイオード、温度補完の比較可能な結果が出たか。
- 公開性: 画像、方法、成功基準、失敗から得た教訓をどこまで共有するか。
一枚を「成功」にするのは人である
2026年に内閣府が公表した「宇宙スキル標準」は、宇宙機開発に必要な仕事を、戦略、設計、プロジェクト管理、組立・統合・試験、規格・品質・安全、運用・通信、データ利用などに整理した。MOMIJIの教育的な価値は、学生が衛星の部品をつくったことだけでなく、要求を決め、他分野との境界を調整し、申請し、試験し、放出後に限られた情報から状態を判断する流れにある。
担当するPERC主席研究員で工学部宇宙・半導体工学科教授の趙孟佑(チョウ・メンウ)氏は、小型衛星の信頼性と標準化を研究してきた。GARDENsが同じ最低成功条件を世代ごとに繰り返すのも、成功を偶然の一機で終わらせず、組織の手順へ変えるためだ。
MOMIJIが軌道へ出れば、ニュースの見出しは「打ち上げ成功」になるだろう。しかし学生たちにとって、本当の試験はその後だ。ノイズの中から短い信号を見つけ、機体の健康を読み、コマンドを送り、断片をつなぐ。やがてモニターに一枚の画像が現れたとき、そこに写っているのは地球だけではない。設計、製造、申請、試験、国際協力、地上運用が、途切れず一つのシステムになった証拠である。
- 千葉工業大学惑星探査研究センター — 学生製造の超小型衛星5号機「MOMIJI」発表(2026年8月27日)
- 千葉工業大学惑星探査研究センター — 高度技術者育成プログラムと5機の公式記録
- 千葉工業大学 — ブータン王国政府技術庁との宇宙科学技術分野MOU
- 千葉工業大学 — ブータンとの覚書締結に関する詳細資料
- 出光興産 — 宇宙用CIGS太陽電池の技術と開発史
- APRS公式技術サイト — Automatic Packet Reporting System
- 千葉工業大学惑星探査研究センター — 流星観測衛星S-CUBE
- JAXA — 「きぼう」J-SSODから放出された超小型衛星一覧
- 東京大学中須賀・船瀬研究室 — XI-IV、XI-Vなどのミッション記録
- NASA — SmallSats and CubeSatsの規格史
- 内閣府宇宙開発戦略推進事務局 — 2025年度「宇宙スキル標準 取扱説明書」
