タイ・サイエンスパークの三つの署名

2026年4月23日、パトゥムターニー県のタイ・サイエンスパークで三つの署名が並んだ。タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)傘下の国家エネルギー技術センター(ENTEC)からSumittra Charojrochkul所長、神戸市のAtomisから浅利大介CEO、そしてアジア各地でインフラ計画を事業へ翻訳してきた八千代エンジニヤリングから山中健二郎取締役執行役員が署名した。大鷹正人駐タイ日本大使が立ち会った。

文書は、先端材料をエネルギー技術へ応用するための協力覚書である。ENTECはガス貯蔵、炭素回収、水素、バイオメタンを挙げた。八千代はAtomisの次世代ガス容器CubiTanと、都市ガス管を敷かずにガスの配送、計量、管理を行う「スマートガスネットワーク」を前面に出した。

制度上は重要な一歩だ。しかし、まだ一歩である。発表には発注額、投資額、タイの実証場所、容器数、運転圧力、貯蔵容量、認証経路、ライフサイクル排出量、商用開始日が示されていない。「事業開始」と呼べば、証拠より先に物語を進めることになる。

なぜタイなのか

八千代の説明は、物理的な空白から始まる。タイでは都市ガス管がすべての家庭へ届かず、調理や熱源を液化石油ガス(LPG)のボンベに頼る家庭が多い。容器配送なら埋設管のない地域にも届く一方、充填所、トラック、在庫、保証金、配送遅れ、重量物の取り扱いという別の連鎖が必要になる。

そこへエネルギー安全保障が重なる。LPG価格は政府支援の対象となってきた。アジアの供給網は海上輸送と地政学的な衝撃にさらされる。タイには農業残さ、家畜ふん尿、食品廃棄物などバイオガスの原料もある。これを精製してバイオメタンにし、効率良く貯蔵し、従来型パイプラインなしで運べれば、廃棄物を地域のエネルギーへ変えられる。

これは価値仮説であって実績ではない。メタンの由来、精製・圧縮の電力、輸送距離、全工程の漏えい、吸着材の寿命と廃棄まで、最終的な環境収支に含めなければならない。

ガス事業は物流事業である

ガス分子は、必要な純度、圧力、量、場所、価格で届いて初めて役に立つ。パイプラインは恒久的な網で輸送を解く。液化は分子を冷やして高密度の液体にする代わり、冷凍と特殊設備を要する。高圧ボンベは圧縮で解く代わり、重く、丸く、高圧になる。

Atomisは、そこへ「吸着」という第四の層を加える。容器の空間だけにガスを押し込むのではなく、内側にガス分子を引き付ける巨大な表面を持つ材料を入れる。良い吸着材なら、同じ圧力でより多く貯蔵するか、一定量をより穏やかな条件で保持できる。ただし効果はMOFの種類、ガス、温度、圧力、充填密度、実際に取り出せる作動容量に左右される。実験室で最も大きく見える数字だけでは決まらない。

結晶の中にある分子の都市

金属有機構造体(MOF)は、金属イオンまたは金属クラスターを有機分子でつないで作る。金属の節点が交差点、有機配位子が梁となり、結晶全体に分子サイズの部屋と通路が規則正しく繰り返される。

ただし、部屋の比喩だけでは足りない。使い勝手は入口の大きさ、壁面の化学、客となる分子が入り、そして出られるかで決まる。節点、配位子、孔径、内部環境を変え、特定分子を好む骨格を設計できる。硬いものも、分子が入ると肺のように開く柔らかいものもある。この設計自由度が、活性炭やゼオライトなど従来の多孔性材料とMOFを分ける。

CubiTanの最も深い発明は、箱にガスを入れることではない。箱の中の粉末に、一見した外形からは想像できない巨大で設計可能な内部世界を持たせることである。

ノーベル賞以前――木の球と、役に立たない空洞

ノーベル財団の公式史は1974年、メルボルン大学のRichard Robsonが学生用の球棒分子模型を準備する場面から始まる。木球に開けた穴の方向が結合の方向を決める。Robsonは、原子模型ではなく分子そのものを規則的な巨大構造へ組み上げられないかと考えた。1989年、広い空洞を持つダイヤモンド型の銅ネットワークを報告したが、構造は脆かった。

京都では北川進が配位高分子を研究していた。1992年の銅錯体はハニカム状の網を作り、その空間に有機分子を抱えていた。多くの化学者が不要な空隙と見た場所に、北川は利用可能な空間を見た。研究費の審査側には用途も耐久性も見えにくかった。既にゼオライトや活性炭がある。なぜ壊れやすい模倣品を作るのか――それが当時の疑問だった。

議論を変えた1997年

北川の答えは1997年に現れた。研究チームはコバルト、ニッケル、亜鉛のイオンと4,4′-ビピリジンから三次元骨格を作った。水を抜いても開いた通路は保たれ、メタン、窒素、酸素が出入りしても骨格が崩れなかった。

重要なのは、結晶構造図に空間が見えたことではない。孔が反復可能な機能を示したことだ。北川は1998年、さらに奇妙な可能性を提唱した。多孔性骨格は硬い必要がなく、客分子に応答して姿を変え、元へ戻る「柔らかい結晶」になり得る。1999年にはOmar Yaghiが高い安定性と巨大表面積を持つMOF-5を報告した。Robsonの建築概念と合わせ、分野が成立した。

2025年の賞が語ったこと、語らなかったこと

スウェーデン王立科学アカデミーは2025年、Robson、北川、Yaghiに「金属有機構造体の開発」でノーベル化学賞を授与した。その時までに、ガス貯蔵、二酸化炭素回収、空気からの水回収、分離、触媒などを目指す何万種ものMOFが生まれていた。

北川はAtomisの科学顧問であり、会社は北川研究を明確な基盤としている。「ノーベル賞につながる技術」は正しい。「ノーベル賞が製品を保証した」は違う。委員会が評価したのは基礎的発見であり、Atomisの複合容器、製造ロット、センサー、充填設備、タイの安全設計、事業モデルを審査したわけではない。

MaSaKa-NeXTからAtomisへ

京都大学でMOFを研究していた樋口雅一は2015年2月10日、MaSaKa-NeXTを設立した。京都大学は同社をAtomisの前身と説明する。2017年にAtomisへ改称。京都大学で錯体化学を学び、アベンティス、サノフィ、日東電工で医薬研究と新規事業を経験した浅利大介が、実用化を率いた。

会社の移動は成長の地図でもある。京都大学発のスタートアップとして始まり、2019年に3億5,000万円のシリーズAを調達し、MOFのパイロット製造とCubiTan開発を加速した。2021年には12億円のシリーズB。2022年、神戸・ポートアイランドに本社、研究開発棟、パイロットプラントを着工し、2023年から年最大20トンのMOFを供給可能と会社は説明している。

1グラムと1トンの間にある谷

新素材は、ノーベル講演に登場しない理由で商業化に失敗する。純粋な粉末では優れた吸着を示しても、ペレットへ固めると性能が落ちる。結合剤が孔をふさぐ。水分、硫黄化合物、温度サイクルが骨格を劣化させる。フラスコでは作れても、工業規模では溶媒、熱、精製の負担が大きすぎる。大容量でも価格が高すぎる。

Atomisの回答は三層ある。独自データベースPOROSは、会社説明によれば10万種を超える多孔性結晶の文献性能に、コストや安定性など実用情報を重ねる。製造技術では、従来のソルボサーマル法より低コスト、低環境負荷の合成を目指す。そしてインパクト事業では、粉末だけでなく装置、物流、サービスを売ろうとする。

CubiTanとは何か

CubiTanは四つの考えを組み合わせる。繊維強化樹脂の圧力容器で重量を下げる。立方体に近い外形で、丸い鋼製ボンベより積載しやすくする。内部のMOF吸着材でメタンを保持する。IoTモジュールで一本ずつ配送管理システムにつなぐ。

共同事業の専用サイトは重量を12キログラムとし、「従来品」と比べて体積90%、重量75%削減と宣伝する。ただし比較対象と第三者試験報告は同サイトに示されていない。タイ協定の発表自体にはCubiTanの数値仕様がない。実証では、比較する容器、ガス量、圧力、温度、反復回数、実際に利用できるエネルギー量を明示する必要がある。

吸着は魔法の圧縮ではない

分子間の引力により、ガス分子は表面に集まる。多孔性吸着材はその表面を桁違いに増やす。MOFなら壁面の性質まで調整できる。メタン向けには、充填時に十分な量を取り込み、利用時の圧力で大部分を放出する骨格が必要になる。

総吸着量と作動容量の差が決定的だ。排出の最後まで孔に残るガスは、実験値を大きく見せても料理の火にはならない。粉末を実容器へ詰めれば理想的な体積性能は下がる。充填時に出る熱、放出時に奪われる熱も容量と流量を変える。CubiTanは「粉と箱」ではなく、熱力学システムとして評価しなければならない。

デジタル化されたガス容器

Atomisと八千代は、容器を支える製品群を説明している。CubiBaseは充填・固定台とデータ中継、CubiLinkは車両輸送中の通信、CubiAppは手持ち配送時の中継、CubiLoopは出荷、ガス残量、安全、容器、決済を統合するウェブ基盤である。

この層はMOFと同じくらい商業上重要かもしれない。従来のボンベ網では、事業者が保有本数を知っていても、一本ごとの場所や残量を正確に見通せないことがある。遠隔在庫と交換予測は、緊急配送、遊休在庫、紛失を減らし得る。一方で通信障害、サイバーセキュリティー、個人情報、特定事業者への依存という、材料研究室だけでは解けない課題も生む。

国内サービスという足場――そして重要な違い

Atomisは2026年4月13日、国内でCubiTanサービスを開始したと発表した。認可取得済みの対応ガスは窒素、アルゴン、ヘリウム、液化炭酸ガスの四種類。少量・多品種のガスを扱う研究開発や産業用途を想定し、積載できる小型容器に、圧力、温度、衝撃、位置を取得するデジタル管理を組み合わせた。

これは展示用試作機より強い証拠である。容器とIoT基盤の一形態が日本のサービスへ移ったことを示す。しかし、タイが想定するエネルギー仕様の承認や商用化を意味しない。国内四ガスはメタンではなく、液化CO₂は貯蔵の物理も異なる。国内サービス発表はMOF吸着材を使うとも明記していない。タイでは、メタン向け容器、吸着材、ネットワークを固有の証拠で立証しなければならない。

一本ずつ作る「仮想パイプライン」

「仮想パイプライン」は構想をよく表す。農場や廃棄物処理施設の近くでバイオメタンを作り、精製し、容器へ入れ、トラックでガス管外の利用者へ届ける。ソフトウェアが交換時期と配送先を決める。道路を掘る代わり、容器と充填拠点を足して網を広げる。

島しょ、遠隔地、災害対応、急成長地区にはモジュール性が魅力となる。需要が高密度で安定し、本物のパイプラインを正当化できる地域では不利かもしれない。トラックには燃料、運転手、道路が要る。容器には点検と再認証が要る。勝つインフラは新しさではなく、地域の地理と需要量で決まる。

先行したインドネシア

東南アジアでの試みはタイが初めてではない。Atomisと八千代は2024年、インドネシアで天然ガスとバイオメタンを運ぶ実証を公表した。初期にはJETROのアジアDX事業が支援し、その後、経済産業省の「グローバルサウス未来志向型共創等事業」でインドネシア、マレーシア、タイの実現可能性調査に進んだ。

CubiTan専用サイトは2026年、インドネシアでPoCが「始まったばかり」で、結果を踏まえて許認可を取得し、2027年の商用化を目標とすると記している。つまり規制承認と本格販売の前段階だ。インドネシアの経験はタイに役立つが、タイ独自のガス組成、法令、消費者採算、試験の代わりにはならない。

なぜ三者なのか

主体公表された役割これから証明すべきこと
AtomisMOFの選定・製造、CubiTan容器、スマート網技術長期の作動容量、製造均一性、コスト、製品安全
ENTEC/NSTDAタイ国内のエネルギー研究、環境条件、バイオ資源、国家計画との接続試験計画、実証場所、原料ガス仕様、透明な結果
八千代エンジニヤリングインフラ設計、事業開発、日本技術とタイ実装の橋渡し採算の合う物流、許認可、運営者、顧客、拡張可能なサービス

役割分担はディープテックの現実を映す。新素材は発明者だけでは社会へ届かない。現地研究機関、システム統合者、規制当局、金融機関、ガス供給者、配送事業者、そして科学的な美しさより確実性を求める顧客が必要だ。

「クリーンエネルギー」には境界線が要る

三者はクリーンエネルギー、脱炭素という言葉を使う。放置すればメタンを出す廃棄物からバイオメタンを作り、化石由来LPGを置き換え、漏えいを抑えるなら正当化できる可能性がある。化石天然ガスなら自動的には当てはまらない。燃やせば二酸化炭素が出る。漏えいが多ければ利点の一部を失う。

国際エネルギー機関(IEA)によれば、メタンの大気寿命は約12年と二酸化炭素より短いが、その間に強く熱を閉じ込める。2024年の天然ガス事業からのメタン排出を約3,500万トンと見積もる。バイオメタン施設でも生産量の2~5.5%が漏れる場合があるという。CubiTanにとって漏えい検知は飾りの「スマート機能」ではなく、気候価値の中心である。

条件付きのバイオメタン

ふん尿、食品廃棄物、下水、作物などを酸素のない環境で微生物が分解するとバイオガスが生まれる。二酸化炭素、水分、不純物を除けば、メタン主体のガスを都市ガス品質へ近づけられる。ふん尿や埋立地から直接大気へ出るメタンを回収し、そのエネルギーで別の燃料を置き換えれば、排出を大きく減らせる可能性がある。

しかし原料は同じではない。廃棄物由来と、エネルギー作物由来では土地、肥料、炭素収支が異なる。精製にもエネルギーが要る。消化残さも管理しなければならない。漏えいは消化槽、精製、充填、バルブ、コンロのどこでも起こり得る。タイ実証は容器の入口で緑のラベルを貼るのではなく、全工程を測るべきだ。

採算の単位は「使えた熱」

家庭が買うのは吸着容量ではない。確実に使える調理熱である。公平な比較は、MOF、容器、バルブ、センサー、充填設備、データ利用料、トラック、人件費、整備、検査、金融、廃棄まで全費用を、届けた有効エネルギーで割らなければならない。

軽さ、積載性、不要配送の削減、資産稼働率の向上はCubiTanを有利にできる。MOF交換、専用充填、通信、小規模生産が高くつけば不利になる。覚書は目標料金、顧客価格、補助金前提を示していない。この段階では普通の空白だが、後には決定的な数字になる。

安全は圧力だけでなくシステム全体へ

同じ使用可能ガス量をより低圧で保持できれば、蓄えられる機械エネルギーを下げられる可能性がある。しかしタイ向け公開資料は運転圧力や比較試験を示していない。複合材容器には衝撃、火災、経年劣化、検査という固有の課題がある。MOFが不純物と接触し、反復使用されても安定かを確認しなければならない。バルブ、安全弁、利用機器も同じく重要だ。

デジタル化は異常検知を助けるが、別の故障も作る。センサーはずれる。洪水時に通信が落ちる。誤読は不要配送を呼び、見逃しはガス切れを起こす。請求、在庫、配送指示が同じ基盤に乗ればサイバー防御も必要だ。すべてのデジタル層が止まったときにも安全に動く設計が要る。

湿度と不純物の試験

実際のガスは理想的な単一分子ではない。原料と精製方法によって、バイオメタンには水、二酸化炭素、硫化水素、シロキサンなどが残り得る。湿気に強いMOFもあれば、構造や容量を失うものもある。強く吸着する不純物が、メタン用の孔を占領することもある。

タイの高温多湿は研究室の脚注ではない。ENTECは現地を代表するガスと環境条件で試す必要がある。長期サイクル試験は初回の吸着量だけでなく、数カ月・数年後の容量維持、放出特性、安全な取り扱いを示さなければならない。

製造そのものが発明である

Atomisは2023年完成の神戸パイロットプラントについて、MOFを年最大20トン生産できると説明する。グラムの化学と商用供給の間をつなぐ意味ある設備だ。ただし「最大」は能力であって、稼働率、認定済み出荷量、原価ではない。CubiTan向けにどれだけ割り当てるかも公表していない。

容器ネットワークでは、各ロットが装置上の仕様を満たす必要がある。吸着等温線、かさ密度、粒子強度、水分、不純物、反復耐久性を管理し、それらを安全に使えるガス量へ結び付ける。どれほど歴史ある構造でも、品質が揃わなければインフラにはならない。

もう一つの枝――二酸化炭素回収

Atomisは分離・炭素回収用MOFも開発する。2026年4月、神戸製鋼所、長瀬産業との共同開発で日量30キログラム規模のCO₂回収実証を完了し、トン規模を検討すると発表した。材料を装置へ組み込み、産業パートナーと進める力を示す補助材料にはなる。

ただしCubiTanの検証ではない。排ガスからCO₂を捕まえることと、圧力容器内でメタンを繰り返し貯蔵・放出することでは、材料、装置、危険、採算が異なる。この違いこそ白書の中心テーマをよく示す。一つの科学基盤から複数の社会実装経路が生まれ、それぞれが別の証拠の谷を渡らなければならない。

白書がAtomisを置いた場所

2026年科学技術・イノベーション白書は、北川の数十年の研究史に続けてAtomisを配置する。MOFは分子を貯蔵、分離し、将来は変換も担い得ると説明し、政府支援のCO₂回収研究を示し、大学の基礎研究と企業ニーズを結ぶスタートアップとしてAtomisを紹介する。

配置は意図的だ。第1章は、2025年に日本から出た二つのノーベル賞を手がかりに「知」からイノベーションへ至る道を描く。Atomisは基礎研究の周囲に会社が生まれ得る証拠であり、商用化完了の証拠ではない。白書自身も、研究開発と事業化には障壁があると結ぶ。

2026年8月時点の証拠台帳

主張2026年8月7日までの根拠判定
タイでの三者協力ENTEC、八千代、Atomisの公表内容が一致覚書締結を確認
タイの商用CubiTan網発注、場所、容器数、開始日の公表なし未成立
日本国内サービス2026年に非メタン四ガス向け開始とAtomisが発表会社発表の開始を確認。タイとは別仕様
小型・軽量容器専用サイトが12kgと削減率を表示。比較試験報告は不明会社側の主張
脱炭素効果物流・バイオメタンの概念的利点。タイ固有LCAなし条件付き
MOF供給能力神戸工場を年最大20トンとAtomisが説明会社公表能力
ノーベル賞とのつながり北川は2025年受賞者、Atomis科学顧問、会社は研究を基盤科学的系譜を確認

研究室からタイまで――年表

1974年 Robsonが木製分子模型から設計された巨大構造を着想。

1989年 広い空洞を持つが脆い初期金属有機ネットワークを報告。

1992年 北川が銅錯体ハニカム構造に利用可能な空間を見る。

1997年 メタン、窒素、酸素を安定に吸蔵・放出できることを実証。

1998年 北川が柔軟な「ソフト」多孔性骨格の可能性を示す。

1999年 Yaghiが高安定・高表面積のMOF-5を報告。

2015年2月 樋口雅一がAtomisの前身MaSaKa-NeXTを設立。

2017年 Atomisへ改称し、浅利大介が実用化を率いる。

2019年 シリーズAで3億5,000万円を調達しCubiTan試作機を展示。

2021年 シリーズBで12億円を調達。

2022年 NEDOが次世代高圧ガス容器開発を採択。神戸拠点を着工。

2023年 神戸の研究・製造拠点完成。年最大20トンを公表。

2024年 インドネシア実証とASEAN実現可能性調査が表面化。

2025年10月 北川、Robson、Yaghiがノーベル化学賞。

2026年4月13日 非メタン四ガス向け国内CubiTanサービス開始を発表。

2026年4月23日 ENTEC、Atomis、八千代がタイ覚書。

2026年7月 科学技術・イノベーション白書が社会実装例としてAtomisを紹介。

覚書をインフラへ変える節目

  • 用途を決める:家庭調理、業務熱、産業ガス、災害備蓄など最初の市場を特定。
  • 比較条件を公開する:ガス組成、比較容器、圧力、温度、利用可能エネルギー。
  • 実環境で反復する:タイの湿度、不純物、輸送衝撃、充填速度、長期容量維持。
  • 安全認証を終える:容器、火災、落下、安全弁、点検、利用機器との互換性。
  • 全工程排出を測る:原料から燃焼まで、実測のメタン漏えいを含める。
  • 配送原価を示す:容器、MOF、物流、ソフトを含む有効エネルギー当たり価格。
  • 現地運営を作る:充填拠点、整備、訓練、データ統治、緊急対応。

投資家と政策当局が聞くべきこと

最初の質問は「MOF一グラムに何リットル入るか」ではなく、「認証済み容器一台が現実的な反復使用の後、何単位のガスを使える形で届けるか」である。水分、不純物、充填密度、温度変化を入れても優位が残るかが第二の質問になる。

そして網の問題へ進む。容器の所有者は誰か。誰が充填するか。センサーが故障したらどうなるか。補助金なしの顧客価格はいくらか。メタンは化石、廃棄物、作物のどれ由来か。どれだけ漏れるか。吸着材は回収できるか。選んだ地域で、トラック型仮想パイプラインはLPG、電化、本物のパイプラインより優れるか。

普通の配送になったとき技術は完成する

ディープテックは、退屈になったとき社会へ入る。運転手が時間通りに来る。容器は持てる重さである。バルブが合う。コンロに火がつく。請求額が予測できる。メタンが漏れない。顧客は配位化学を理解する必要がない。

タイのAtomisはまだそこにいない。それでも4月の覚書には意味がある。日本の材料スタートアップ、インフラ統合者、タイの国立エネルギー研究所という、検証に必要な制度がそろった。北川の分子の部屋を「パイプのない場所へ安全で手頃なエネルギーをどう運ぶか」という具体的な国家課題の中へ置いた。

ノーベル賞の物語はストックホルムのメダルで終わった。インフラの物語は、トラック上の容器、雨の中でも働くセンサー、支払った分だけガスを受け取る一軒の家庭から始まる。

2026年の公正な評価

Atomisには図面以上のものがある。10年を超える企業史、資金調達、神戸のパイロット工場、試作機、政府支援、インドネシアでのPoC経路、そして公式のタイ研究協力がある。MOFの基礎科学が重要であることに疑いはない。

しかしタイには、まだ実証済みCubiTan網がない。覚書は難しい質問を始める許可であって、省略する許可ではない。作動容量、安全記録、ライフサイクル評価、配送原価が透明に示されれば、小さな立方体は本物の分散型エネルギー基盤になり得る。それまでは、最も正直な表現が最も面白い――ノーベル賞の科学が、現実世界の入口に立っている。

取材注記・主な資料

2026年8月7日午前9時2分(日本時間)までの公開情報を確認しました。Atomisと提携先の発表は当事者情報として扱い、4月23日の覚書と商用実装を区別しました。製品仕様は会社側の主張と明示し、気候面の優位は原料、漏えい、物流、全ライフサイクル性能に左右されるものとして評価しました。一次資料、政府・公的機関、会社公式情報を優先しています。