目標の白い球へ、どこから近づけるか。円盤を遠くへ飛ばすか、狙った輪へ通すか。相手の打球を、音からどう読むか。10月23〜26日に予定される第25回全国障害者スポーツ大会「青の煌(きら)めきあおもり障スポ」は、さまざまな技術と判断に出合う4日間になる。青森市のマエダアリーナで開閉会式を行い、競技の舞台は県内各地に広がる。[1]

選手にとっては練習の成果を試す全国の舞台であり、開催地にとっては、人が競技に参加する条件を具体的に整える機会でもある。観戦する側も、球の行方や記録だけでなく、競技を成り立たせるルールと地域の仕事を知ることで、大会の見え方が変わってくる。

49年前の青森と、今回の「初開催」

青森県で全国規模の障害者スポーツ大会が開かれるのは、1977年の第13回全国身体障害者スポーツ大会以来49年ぶり。一方、県実行委員会は、現在の「全国障害者スポーツ大会」としては初開催と説明している。二つの言い方は矛盾しない。大会そのものが、この半世紀に参加の枠組みを変えてきたからだ。[2]

日本で障害者スポーツが広がる大きな契機となったのは、1964年の東京パラリンピックだった。厚生労働省の歴史解説は、その翌年から、国体開催地で身体障害者の全国大会が行われるようになった経緯を記している。医療や訓練との結び付きが強かった時代から、スポーツを楽しむ機会としての意味も育っていった。[4]

1992年には全国知的障害者スポーツ大会が始まり、2001年、二つの大会を統合した第1回全国障害者スポーツ大会が宮城県で開かれた。2008年の大分大会では、精神障害のある選手によるバレーボールが加わった。佐賀県の大会史が示すこの流れは、現在の競技構成を理解する手掛かりになる。[5]

1977年の開催を知る人が、2026年に同じ土地で見るのは、名称だけが変わった大会ではない。どのような選手が、どの競技に参加できるか。その選択肢が広がってきた歴史を踏まえた大会である。

参加することと、競い合うこと

日本パラスポーツ協会は、全国障害者スポーツ大会の目的として、スポーツを楽しむこと、障害への理解を深めること、社会参加を進めることを挙げる。参加選手は、協会の概要では13歳以上で、都道府県や指定都市から選考される。希望すれば当日そのまま出場できる一般参加イベントではなく、競技ごとの資格や選考を伴う全国大会だ。[3]

競技では障害区分や年齢区分を設け、同じ区分の選手同士が競う。団体競技の一部には、選手の障害の程度に応じた持ち点を使う仕組みもある。協会は、障害の種類や程度だけで勝敗が左右されることを防ぎ、運動能力や技術を競えるようにするためと説明している。[3]

観客が注目したいのは、その条件の中で選手が何を選び、どう実行したかだ。参加の機会を広げることと、勝敗や自己記録に向き合うことは、同じ競技の場にある。

14競技の向こうにある、多様なプレー

青森大会の正式競技は、個人7競技と団体7競技の計14競技。陸上、水泳、卓球などに加え、フライングディスク、ボッチャ、ブラインドベースボール、フットソフトボールなどが並ぶ。競技ごとに対象となる障害区分は異なり、卓球やバレーボールには身体・知的・精神の区分がある。[6]

まずルールを一つ知ってから見ると、競技の面白さをつかみやすい。ボッチャでは、白いジャックボール(目標球)へ赤や青の球を近づける。ほかの球に当てて配置を変えることもでき、投げることが難しい選手は、勾配具(ランプ)を用いて意思を伝えながらプレーできる。会場は弘前市の青森県武道館だ。[7]

球が止まった場所だけでなく、その前にどの経路を狙ったかを考えると、次の一球が待ち遠しくなる。道具や介助者の存在を含めて、プレーの判断を担う選手に目を向けたい。

同じ弘前市のフライングディスクには、円形のゴールを狙う「アキュラシー」と、飛距離を競う「ディスタンス」がある。会場は弘前市運動公園陸上競技場。似た投動作に見えても、狙う正確さと距離では見るべき点が変わる。[8]

青森市のカクヒログループスーパーアリーナで行われるサウンドテーブルテニスでは、視覚障害のある選手が、金属球の入ったボールの転がる音を頼りに打ち合う。ラケットにはラバーを貼らない。観客にとっても、視覚だけに頼らず競技の情報を受け取るとはどういうことか、考える入り口になる。[9]

県内の会場を、一つの大会につなぐ

公式日程では、三沢市に車いすバスケットボール、むつ市にバスケットボール、五所川原市に精神障害区分のバレーボールが配置される。八戸市のサッカーは10月24〜26日の予定で、閉会式の日まで続く。競技ごとに日程が異なるため、4日間の会期だけを見て観戦日を決めないことが大切だ。[1]

会場が各地に分かれることは、それぞれの地域で選手と住民が接する機会が生まれることでもある。同時に、移動、案内、休憩場所、情報の伝え方まで、受け入れを会場単位で考える必要がある。大会全体の理念は、こうした細部で実際の経験になる。

春のリハーサルから、秋の配置へ

県実行委員会は、リハーサル大会の目的を競技運営や審判技術の向上、県民の理解と関心の醸成としている。公開ページには、5月31日の水泳、卓球、ボッチャなどの競技日程と結果へのリンクが掲載されている。選手だけでなく、運営する側にも、本大会へ向けて実際の競技を通じて確かめる機会が設けられた。[10]

運営ボランティアの最新案内では、配置決定通知の送付を8〜9月、服飾等の発送を9月中旬〜10月上旬に順次行う予定としている。仕事は受付や誘導、会場清掃、車いすの貸し出し、式典補助などに及ぶ。募集は終了しており、案内は応募を呼び掛ける段階から、参加者の具体的な活動準備へ移っている。[11]

ただし、計画が公表されていることと、すべての会場で準備が完了していることは同じではない。会場ごとの使いやすさや支援の実際は、選手や来場者の経験に照らして確かめる必要がある。

歓迎を、伝わる形にする

実行委員会は、2024年度から手話の解説動画を発信し、「もてな手話キャンペーン」を展開している。大会や日常で使う表現として、ありがとう、拍手などを紹介するほか、障害への理解を促す情報も掲載している。[12]

簡単な表現を覚えることは、相手と話そうとする最初の一歩になる。一方で、それだけで多様なコミュニケーションの必要が満たされるわけではない。どのような伝え方がよいか、どんな手助けを望むかを本人に確かめる姿勢が、歓迎を具体的なものにする。

この点は、観戦後の地域にもつながる。大会で使った案内の工夫や、相手に尋ねてから支援する習慣を、普段の体育館や地域活動でも生かせるか。四日間の経験から何を残すかは、開催後に追うべき問いになる。

競技を知り、自分に合う観戦を組み立てる

青森市の案内では、一部競技で入場開始時間が変更されたり、事前申し込みが必要になったりする場合がある。観戦したい競技を選び、開催地、日付、入場条件を確かめたうえで交通を組み立てたい。[13]

段差のない経路、車いすでの観覧場所、トイレ、情報支援など、必要な条件がある場合は、会場の案内と問い合わせ先で具体的に確認する。応援の仕方も、音を手掛かりにする競技を含め、会場の指示に従いたい。

青森で積み重なるのは、勝負の結果と、それを可能にした経験だ。選手の工夫を知り、競技の展開を追い、地域がどう迎えたかを見る。その視点で訪れれば、全国大会は遠い世界の出来事ではなく、身近な場所でスポーツを続ける条件を考える機会になる。

出典・参考資料

  1. 県実行委員会:障スポ競技別会期
  2. 県実行委員会:青の煌めきあおもり障スポとは
  3. 日本パラスポーツ協会:全国障害者スポーツ大会の概要
  4. 厚生労働省:政策レポート「障害者スポーツ」(2011年・歴史参照)
  5. 佐賀県:SAGA2024大会概要・全国障害者スポーツ大会の歴史
  6. 県実行委員会:障スポ実施競技
  7. 県実行委員会:ボッチャ
  8. 県実行委員会:フライングディスク
  9. 県実行委員会:卓球・サウンドテーブルテニス
  10. 県実行委員会:障スポリハーサル大会
  11. 県実行委員会:運営ボランティア最新情報
  12. 県実行委員会:もてな手話キャンペーン
  13. 青森市実行委員会:障スポ競技日程・観戦案内