土器に刻まれた線、写本の文字を包む文様、灯りを内に抱くねぶた。青森県立美術館の開館20周年記念展「装飾する魂 ユーロ=アジア世界をつなぐ文様の宇宙―縄文、ケルトから、ねぶたまで」が、9月27日(日)に最終日を迎える。[1]
暮らしの道具や祈りの対象に、人はなぜ手間をかけて文様を加えてきたのか。見る側にとっても身近な問いだ。服を選び、部屋に花を置き、贈り物を包む。その行為と遠い時代の造形を結び付けて考えることで、装飾は美術館の中だけの話ではなくなる。
開館20年、足元の縄文から世界へ
同館は2006年7月13日に開館した。隣接する三内丸山(さんないまるやま)遺跡の発掘現場は、青木淳が設計した建築の着想源でもある。地面を掘り込んだような空間と、その上を覆う白い建物。縄文を創造の源として捉える姿勢は、展示の題材にとどまらず、美術館の成り立ちに刻まれている。[3]
今回の企画を監修するのは、多摩美術大学名誉教授で芸術人類学者の鶴岡真弓(つるおか・まゆみ)氏。学術協力に取り組む立教大学の関連講演会案内は、身体や衣服、建築、環境に及ぶ人間の装飾行為を、現代の創造性を考える手掛かりとして位置付けた。装飾を余分な飾りとして片付けず、生きる営みの中で見直すという問題提起である。[4]
土偶を、暮らしと精神文化の中で見る
北海道・北東北の縄文遺跡群は、2021年7月27日に世界文化遺産へ登録された。17の遺跡が伝えるのは、採集・漁労・狩猟を基盤とする長期の定住生活と、その中で育まれた精神文化だ。土器や土偶の文様を見る際にも、形の面白さだけでなく、それを作り、使った社会へと想像を広げたい。[5]
見どころの一つとなる函館市所蔵の国宝「中空土偶」は、9月1日から最終日まで原品を展示する日程が示されている。夏の前半に展示されたレプリカとは区別して案内されている。[2]
函館市の解説によれば、この土偶は縄文時代後期末、約3,200年前に作られ、1975年に農作業中の住民が発見した。内部が空洞で、2007年には北海道初の国宝に指定された。市は、当時の信仰や祭祀を考える重要な資料と位置付ける。[6]
どの線にどんな意味が込められたのかを、一つの答えに急いで結び付ける必要はない。まず造形を見て、出土情報や解説を読み、分かっていることと、なお問いとして残ることを行き来する。その時間も、考古資料を美術館で見る面白さになる。
ケルト写本と先史の巨石、異なる時間をたどる
『ケルズの書』は、ファクシミリ版と映像投影で紹介される。原本が青森へ貸し出されているわけではない。[1] 所蔵するトリニティ・カレッジ・ダブリンは、800年頃に制作された、ラテン語による四福音書を収める装飾写本と説明している。文字を読むことと、頁の造形を見ることが重なる作品である。[7]
一方、アイルランドのニューグレンジは、はるかに古い先史時代の遺跡だ。アイルランドの公的文化遺産案内は、ニューグレンジなどの通廊墓の建設を紀元前3200年頃としている。中世の写本と先史の巨石文化には、数千年の隔たりがある。[8]
渦巻などの似た形を見つけることは、鑑賞の入り口になる。ただし、形が似ているだけで、同じ意味や直接の伝来を証明できるわけではない。それぞれの年代、素材、用途を確かめたうえで並べて見ると、共通点とともに違いも見えてくる。本展の広い比較を楽しむためにも、この時間の違いは押さえておきたい。
棟方志功を介して見える、具体的な出会い
青森とケルトの間には、近代の作家を介した接点もある。展覧会資料は、棟方志功が浜田庄司から『ケルズの書』の文様を教えられ、刺激を受けたと説明している。これは先史文化同士の類似とは別に、誰が何に触れたかをたどることのできる、美術交流の話である。[2]
棟方志功(むなかた・しこう、1903〜1975年)は青森市生まれ。同館の作家解説によれば、1942年から自らの木版画を「板画」と記し、独自の表現を打ち出した。1955年のサンパウロ、翌年のヴェネツィアの両ビエンナーレでは、版画部門で高い評価を得た。郷土の作家を世界の美術との関係で見ることは、地域の個性を薄めるのでなく、その形成過程をより具体的に知ることでもある。[9]
飾ることは、生活をどう支えるか
装飾を考える歴史的な手掛かりとして、青森出身の今和次郎の仕事も興味深い。同館が過去の回顧展で紹介したのは、関東大震災後の仮設建築をペンキで飾る「バラック装飾社」の活動だった。今はまた、人々の服装や持ち物、行動を観察し、同時代の暮らしを調べる「考現学」を進めた。[10]
住む場所や働く場所が失われたとき、色や文様を加えることに、どんな意味があるのか。実用と装飾を単純に切り分けず、日々を過ごす場所の心地よさとして捉える視点が、そこから生まれる。古い作品を鑑賞する問いが、現在の生活へ戻ってくる場面だ。
ねぶたへ続く、いまも作られる造形
展覧会資料は、第七代ねぶた名人・竹浪比呂央(たけなみ・ひろお)の新作を「NEBUTA 将門」と紹介する。古代の遺物から現代の制作者へと目を移すことで、文様を作る営みが過去のものだけではないと気付かされる。[2]
青森ねぶた祭の公式解説は、祭りの起源が明確ではないとしたうえで、七夕の灯籠流しや地域の習俗が結び付いた可能性を示す。縄文とねぶたを同じ展覧会で見ることと、両者の間に途切れない伝承の系譜があると断定することは別だ。確かな歴史と解釈を分けることで、灯籠の形が変化し、受け継がれてきたことにも目が向く。[11]
最終日は、見る時間と描く時間を
9月27日の開館は午前9時30分〜午後5時、展示室への入場は午後4時30分まで。企画展の当日券は一般1,700円、大学生1,200円。18歳以下と高校生は無料だが、未就学児を除き窓口で無料チケットを受け取る必要がある。[1]
参加型企画「みんなの壁画」は、公式日程では最終日も午前10時〜正午、午後1〜3時に開催。地下1階のワークショップエリアで、申し込み不要、無料で参加できる。参加者が描いた文様に別の人の文様が重なる場合もあるという。完成品を見るだけでなく、誰かと一つの面を作る体験にもなる。[12]
会場を出たあと、身に着けている布や街の看板の模様が、少し違って見えるかもしれない。遠い場所の文様を知ることが、身近な「飾る」という行為を見直すことにつながる。最終日に持ち帰りたいのは、その視線である。

