自転車より遅く、歩く人より少し楽に。横浜市が次に試すシェアモビリティは、速さを競う乗り物ではない。OpenStreetと横浜市は10月5日から、最高時速6キロの移動用小型車「スロモビ」を桜木町駅、関内駅、日本大通り地下駐車場の3カ所で貸し出す社会実験を始める。2027年3月31日まで、HELLO CYCLINGのアプリから予約・利用し、1回12時間までは無料だ。[1][2][3]

市が想定する主な利用者は、高齢者や「一時的な歩行困難者」など。駅から目的地まで歩くには少し遠い。自転車に乗るほどではない。荷物を持っている。脚や体調に不安がある。そんな数百メートルから数キロの隙間に、座って移動できる低速電動モビリティを差し込めるかを試す。横浜市は利用実態とニーズを記録し、事業効果と今後の展開に向けた課題を検証するとしている。[2]

これは、速い新交通の実験というより、都市の「歩行」を拡張する実験である。スロモビは道路交通法上、自転車や電動キックボードの仲間ではない。一定の寸法と構造を満たし、時速6キロを超えない「移動用小型車」は、道路交通法の適用上、歩行者として扱われる。免許もヘルメット着用義務もない。[4][5]

法律上の年齢制限と、サービスの利用条件は別
「移動用小型車」という法的区分自体には年齢制限がない。一方、今回のスロモビ・シェアでは安全管理上、16歳以上・体重100kg未満を利用条件としている。免許不要だから誰でも無条件で使える、という意味ではない。[3][4]
6 km/h最高速度。歩行者と同じ交通ルールで歩道・路側帯へ
3カ所桜木町駅、関内駅、日本大通り地下駐車場
12時間実証中は1回ここまで無料
約6カ月2026年10月5日から2027年3月31日まで

「遅い」ことを価値に変える

モビリティの革新は、速さで語られがちだ。新幹線、都市高速、電動アシスト、自動運転。だが歩道の上では、速さはそのまま便利さにはならない。歩行者、ベビーカー、車いす、子ども、観光客が同じ空間を使う。そこでは「周囲と同じ速度で移動できる」こと自体が設計条件になる。

警察庁の教則では、移動用小型車は長さ120センチ、幅70センチ、高さ120センチを超えず、電動で、時速6キロを超えられず、鋭い突出部がないことなどを基準とする。道路を通行する際は所定の標識も必要だ。[4] 2023年4月の改正道路交通法施行で新しい車両区分として明確化された。[5]

この制度設計は、免許不要の電動キックボードとは発想が違う。特定小型原動機付自転車は「車両」として車道走行を基本にする一方、移動用小型車は一定の基準を満たすことで歩行者側に置かれる。スロモビが試しているのは、車両交通の高速化ではなく、歩行空間の中での移動負担の軽減だ。

借りた場所へ返す――だから「シェア」でも使い方が違う

今回の仕組みには、シェアサイクルとは大きく違う制約がある。スロモビは、借りたステーションに返却しなければならない。桜木町で借りて、関内や日本大通りに乗り捨てることはできない。[3]

これは不便にも見える。しかし、実証の性格を考える手掛かりになる。現時点のスロモビは、駅Aから駅Bへ運ぶ交通というより、「駅や駐車場を起点に周辺を回り、同じ場所へ戻る」移動を想定している。観光の回遊、通院や買い物の往復、街中での用事の連続などには合いやすい。逆に、片道のラストワンマイルを置き換えるには弱い。

横浜市が「シェアモビリティポート」と呼ぶ構想は、シェアサイクルや歩行領域モビリティなど複数の手段を駅や公共駐車場の周辺にまとめ、交通結節点から最終目的地までの選択肢を増やすものだ。市は一つの巨大ターミナルを作るというより、利用動線に沿ってポートを「群」として配置する考えを示している。[2]

今回の実証でまだ分からないこと
配置台数、各ステーションの実際の車両数、平均利用時間、回転率、ピーク時の不足、ポート間乗り捨てを将来認めるかは公表されていない。無料実証のため、利用回数だけでは有料化後の需要や事業採算も判断できない。

自転車を増やしてきた横浜が、歩く領域へ広げる

横浜のシェアモビリティは、今回ゼロから始まるわけではない。市は2020年代前半から広域シェアサイクルの社会実験を進め、公共交通の補完、日常の移動手段の確保、移動選択肢の拡大を目的にポート網を広げてきた。[11] 2026年の市公式ページでも、電動アシスト自転車を市内の各サービスのポートで借り、別のポートへ返せる仕組みを案内している。[12]

その土台へ、速度も法的扱いも違う乗り物を載せる。OpenStreetにとっても、既存のHELLO CYCLINGアプリを利用できることは重要だ。利用者が新しいサービスごとに別の会員登録や決済環境を覚えるのではなく、すでにあるモビリティの入口に別の車種を加えるからである。

9月10日時点でHELLO CYCLINGは会員600万人突破を発表している。利用者基盤を持つ既存アプリに新種の低速車を接続できれば、技術の実験だけでなく「どの人が、どんな場面で、自転車ではなく6km/hを選ぶか」を観察しやすくなる。

車両開発は2023年から続いてきた

OpenStreetと豊田鉄工は2023年9月、改正道路交通法の「移動用小型車」に適合するスローモビリティを共同開発し、シェアサービスへの展開を目指す業務提携を発表した。[6] 2026年9月の今回の発表では、アプリの信号だけで電源のオン・オフ、利用開始・終了、一時停止を制御する完全キーレスの仕組みを構築したとしている。[3]

豊田鉄工は歩行領域EV「Comove(コモビ)」を展開しており、前1輪・後2輪の三輪構成、旋回時や下り坂での自動減速、最小回転半径0.92メートル、約12キロの公称連続走行距離などを特徴としている。[7][8] 8月の「海洋都市横浜うみ博2026」ではOpenStreetがComoveの試乗会を行い、約120人が参加した。[9]

ただし、9月15日の横浜シェアサービス発表は、実際に配備する車両の型式を明記していない。共同開発の系譜や直前の試乗実績は確認できるが、Japan.co.jpは今回の全車両が特定のComove型式であるとは断定しない。

横浜は2026年だけでも、小型モビリティを何度も試している

横浜では今年、別系統の小型モビリティ実験も行われた。5月から7月には、山下公園・山下ふ頭でトヨタのC+walk TとC+walk Sを使う無人シェアサービス「TOYOTA Petit RIDE」が実証され、観光回遊とスマートフォンによる無人貸出を試した。[10]

さらに関内では、複数人が乗るグリーンスローモビリティの実証も行われてきた。つまり「遅いモビリティ」という一語の中に、個人で歩道を走るもの、観光地で借りるもの、複数人を運ぶ小型車など、異なるモデルが並んでいる。

今回のスロモビで新しいのは、特別なイベント会場の中だけでなく、桜木町・関内・日本大通りという交通結節点に置き、既存シェアサイクルのアプリとポート思想に接続することだ。実証期間が約6カ月あるため、イベントの数日間では見えにくい平日利用、天候、季節、通勤時間帯、観光ピークといった変化も観察できる。

「高齢者向け」と決めつけない方がいい

市の資料は主な利用者として高齢者や一時的な歩行困難者を挙げる。[2] 高齢化への対応は明確な政策目的だ。一方、この乗り物を「シニアカー」とだけ理解すると、実証で測れる需要を狭く見積もることになる。

妊娠中の人、けがからの回復途中の人、長距離を歩き続けることが難しい人、大きな荷物を持つ人、観光で一日中歩いて疲れた人。歩行が「できない」わけではなくても、歩行負担を下げたい場面は多い。Impress Watchも、高齢者、妊婦、障害のある人、重い荷物を持つ場合などを想定した提案として紹介している。[16]

ただし、利用対象を広く語るほどアクセシビリティの確認が必要になる。今回のサービスには16歳以上、体重100kg未満という条件がある。車体への乗り移りが必要で、あらゆる障害特性に適するわけでもない。横浜市のバリアフリー施策が重視してきたのは、道路、公共交通、施設、信号などを一体的に改善することだ。[15] 小型モビリティはその一部を補えるが、段差解消やエレベーター整備の代わりではない。

6km/hでも、歩道では「譲る」が必要になる

法律上歩行者扱いであることは、歩道上で優先権を持つという意味ではない。混雑した歩道では、乗っている人が速度を落とし、止まり、歩行者の動きを読む必要がある。最高速度が6km/hでも、接触すれば相手も乗員もけがをする可能性はある。

Comoveの製品説明には、旋回や下り坂で自動減速する機能、5センチ程度の段差乗り越え能力、荷物用ラゲージなどが示されている。[7] こうした工学的機能は安全を支えるが、都市での使いやすさはハードだけでは決まらない。歩道の幅、舗装、勾配、横断歩道、放置物、自転車との交錯、駅前の人流などが実際の体験を左右する。

だからこそ社会実験の意味がある。横浜市の資料は「利用実態やニーズ等のデータ」を取得して課題を検証すると明記している。[2] どこまで走ったかだけでなく、どこで降りたか、何が怖かったか、返却が面倒だったか、歩行者側がどう感じたかまで見なければ、次の設計にはつながらない。

無料であることは、長所でありデータの弱点でもある

12時間まで無料という設定は、初めて触る乗り物の心理的障壁を下げる。料金を気にせず試してもらえば、潜在需要を拾いやすい。特に「自分は福祉用具を使うほどではない」と考える人にも、日常の延長で使ってもらえる可能性がある。

その一方、無料実証は商業性を測りにくい。100円なら使うのか、500円ならどうか。月額会員に向くのか。自治体や商業施設が費用を負担するモデルが必要なのか。実証で利用回数が多くても、有料化した瞬間に需要が下がることはあり得る。

市の中期交通政策は、運転士不足や人口構造の変化の中で、既存のバス・タクシーだけに依存せず、新たな地域交通サービスを組み合わせる必要性を挙げている。[13] ただしスロモビはバスの代替ではない。歩いてつなぐ最後の距離をどう支えるかという、交通ネットワークの最も細い部分を試すものだ。

成功は「たくさん乗られた」だけでは測れない

実証の分かりやすい数字は利用回数になるだろう。しかし、社会実装を考えるなら、それだけでは足りない。高齢者や歩行に不安のある人が本当に使ったのか。外出回数は増えたか。鉄道や駐車場からの移動が楽になったか。歩行者から見て邪魔にならなかったか。故障やバッテリー切れはどの程度あったか。スタッフによる再配置や回収にどれだけ手間がかかったか。

また、同じポートへの返却という条件が利用をどこまで抑えたかも重要だ。利用者が「目的地に置けないなら歩く」と判断するなら、将来はポート間返却や別の運営方式を検討する余地が出る。逆に、散策や買い物の往復利用が多いなら、同一ポート返却でも十分な市場があるかもしれない。

スロモビの価値は、自転車より速いことではない。歩くのが少しつらい日にも、街を諦めずに済む距離を増やせるかにある。

街の速さを一つ増やす

横浜都市交通計画は、超高齢社会、ICT、観光需要など交通を取り巻く変化に合わせ、持続可能な交通を組み立て直す必要を示してきた。[14] その中でスロモビは小さな実験に見える。3カ所、約6カ月、最高速度6km/h。鉄道やバスのように都市全体を動かすものではない。

だが都市の移動は、最速の交通手段だけで成り立つわけではない。駅を降りた後に500メートル歩けるか。坂の手前で諦めないか。荷物を抱えたまま次の店まで行けるか。同行者と同じ場所を回れるか。その小さな差が、外出するか家に帰るかを分けることがある。

10月5日に始まる実験で試されるのは、三輪の電動車だけではない。「歩く」と「乗る」の間に、横浜が新しい速度を一つ置けるかどうかだ。

横浜「スロモビ」社会実験の公表条件
項目内容
期間2026年10月5日~2027年3月31日
場所桜木町駅、関内駅、日本大通り地下駐車場の3カ所
速度最高6km/h
法的扱い移動用小型車。道路交通法上は歩行者として扱われる
免許・ヘルメット運転免許不要。ヘルメット着用義務なし
サービス条件16歳以上、体重100kg未満
料金12時間まで無料。超過は12時間ごとに5,000円の回収費用
返却借りたステーションへ返却。別ステーションへの乗り捨て不可
アプリHELLO CYCLING
未公表配備台数、正式な車両型式、実証後の継続条件、将来料金

出典・参考資料

  1. 横浜市:新たな移動の選択肢で誰もが移動しやすいまちへ「歩行領域モビリティ社会実験」を開始(2026年9月15日)
  2. 横浜市・OpenStreet:歩行領域モビリティ社会実験 記者発表資料(実施期間、対象、料金、検証項目)
  3. OpenStreet:移動用小型車「スロモビ」のシェアサービスを横浜市で開始(2026年9月15日)
  4. 警察庁:交通の方法に関する教則―移動用小型車の基準と歩行者扱い
  5. 神奈川県警察:2023年4月施行の改正道路交通法―移動用小型車区分の新設
  6. 豊田鉄工:OpenStreetとの業務提携、移動用小型車の共同開発(2023年9月4日)
  7. 豊田鉄工:Comove公式サイト―機能、走行性能、利用場面
  8. 豊田鉄工:Comove諸元―寸法、重量、速度、航続距離、回転半径等
  9. OpenStreet:海洋都市横浜うみ博2026でComove試乗会、約120人が参加(2026年8月14日)
  10. アットヨコハマ:山下公園・山下ふ頭でTOYOTA Petit RIDE実証(2026年5月)
  11. 横浜市:広域シェアサイクル社会実験―公共交通補完と移動選択肢拡大の経緯
  12. 横浜市:横浜市におけるシェアサイクル事業(2026年)
  13. 横浜市:中期計画2026-2029原案―交通サービス維持、運転士不足、新たな地域交通
  14. 横浜市:横浜都市交通計画―持続可能な交通と超高齢社会への対応
  15. 横浜市:バリアフリー基本構想と高齢者・障害者等の移動円滑化
  16. Impress Watch:時速6km・免許不要の「スロモビ」、横浜でシェア開始(2026年9月15日)

資料確認:2026年9月16日(日本時間)。実施条件、目的、利用対象、返却方式は横浜市とOpenStreetの9月15日資料を最優先した。法律上の区分と寸法・速度基準は警察庁・神奈川県警、車両開発史とComoveの一般仕様は豊田鉄工、横浜での過去実証は各主催者資料を参照。今回のシェア実証で配備する正確な車両型式・台数、有料化後の料金、2027年4月以降の継続方針は公表資料で確認できず、本文では断定していない。分析は特記のない限りJapan.co.jpによる。