11月の問いは「和食は健康にいいのか」では終わらない
炊きたてのご飯とみそ汁、焼き魚、季節の野菜。日本の食卓を象徴する献立には、素材と土地の記憶が重なる。だが「伝統食だから健康によい」と言い切ってよいのだろうか。農林水産省が10月26日に開催を告知したシンポジウムは、和食を世界の食文化と比較し、栄養学の実証研究と食文化の継承を一緒に考える場として企画された。東京での開催は11月27日。会議がすでに終わったわけではない。
研究者と料理文化の担い手が同じ席に
農水省によると、正式名称は「食文化と健康を考えるシンポジウム ー和食を世界の中で捉えるー」。11月27日(金)午後6時から7時30分まで、東京都港区のTKPガーデンシティPREMIUM品川高輪口で開かれる。定員100人、参加無料、事前申込は11月20日午後11時59分が締め切りだ。会場開催であり、オンライン配信は告知文に記載されていない。
数字より難しい「何を和食と呼ぶか」
和食という言葉には家庭料理、祝いの膳、郷土料理、料理店の会席、海外で変容した日本料理など、異なる姿が共存する。農水省が紹介する四つの特徴は、①地域の多様な食材を尊重すること、②栄養バランスを支える食の組み合わせ、③自然や季節を食卓に表現すること、④年中行事や地域社会との関わりだ。一汁三菜は説明の手掛かりだが、すべての家庭が毎日同じ形式で食べてきたという意味ではない。
ユネスコが認めたのは料理の「健康効果」ではない
2013年12月、和食はユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に登録された。対象は、正月行事に典型的に表れる、食材の調達から調理、共食までを含む社会的慣習である。寿司や天ぷらの効能を認証したのでも、日本人の食生活を医学的に保証したのでもない。食を通じた自然への敬意、知識と技術の継承が評価された点に意味がある。
だしの「うま味」と減塩の現実
昆布やかつお節のだし、発酵食品、野菜や魚を組み合わせる料理は、食生活を豊かにする。一方、しょうゆ、みそ、漬物、塩蔵魚などは食塩摂取の面で注意を要する。2007〜2019年の国民健康・栄養調査を用いた研究では、成人9万5581人のデータを分析し、食塩の主要な摂取源として、しょうゆやみそなどの調味料が大きな割合を占め続けたと報告した。伝統食への敬意と減塩は対立せず、どちらも実践する必要がある。
「長寿の国」の印象を因果関係にしない
日本の長寿を一つの献立だけで説明することはできない。食習慣と健康の関係を調べた観察研究では、食事内容が良好な人ほど死亡リスクが低いという関連が見つかることがある。しかし、運動、喫煙、所得、医療へのアクセスなどの影響を完全に取り除くのは難しい。2025年に公表された日本人約9万3000人のコホート研究も食事パターンと死亡との関連を検討したもので、和食そのものが疾病を治療することを実証した研究ではない。
江戸の食卓から令和の台所まで
米飯、魚介、野菜、海藻、大豆加工品を組み合わせる日本の食生活は、土地の自然条件、流通、身分、宗教的規範、都市化によって長く変化してきた。保存のための塩蔵や発酵、季節の食材を使う知恵は冷蔵設備が普及する以前の暮らしに結び付いている。明治以降は肉や乳製品、西洋料理が広がり、戦後の学校給食や家庭用電化製品、外食産業も食卓を変えた。現代の和食は、その歴史のどこかに固定された完成品ではない。
11月24日の「和食の日」が投げかける課題
11月24日は「いい日本食」の語呂にちなんだ「和食の日」として普及活動が行われる。学校給食でだしの味を伝える試みもある。ただし、子どもに伝えるべきものは献立の型だけではない。食材の季節、作る人への敬意、食事を共にする時間、そして食塩や栄養の情報を読み解く力だ。伝統を守ることは過去の完全な再現ではなく、将来に残す知恵を選ぶ行為でもある。
誰が議論するのか
11月27日の基調講演は、東京大学名誉教授の佐々木敏氏による「和食で世界を健康に:世界各地の健康食の研究戦略から学ぶ」と、同志社女子大学教授の今井具子氏による「ゼミ活動から和食の食育・実践へ」。討論には栄養疫学・政策研究センターの松本麻衣氏、近茶流宗家柳原料理教室主宰の柳原尚久氏、郷土料理研究家の青木ゆり子氏が参加予定だ。肩書と講演題目は主催者の告知に基づく。発言内容を先取りした引用は行わない。
地域の「当たり前」は海外では新しい発見になる
海外では和食が寿司やラーメンに代表されがちだが、日本には土地ごとの雑煮、発酵食、保存食、山菜料理がある。国内の人にとっても、離れた地域の食文化は未知の世界だ。料理を「健康によい日本式メニュー」として輸出するだけなら、地域の生業や自然との関係が見えなくなる。食品産業や観光にとって重要なのは、土地固有の文化を伝えつつ、健康について過剰な約束をしないことだ。
結論を急がず、食卓の価値を測り直す
今回の発表で確定しているのは、農水省が議論の場を設け、参加者の募集を始めたことだ。健康効果の新しい政策決定や研究成果が発表されたわけではない。会議後に注目すべきは、食文化の定義、研究の限界、減塩や多様性を踏まえた教育の方法がどこまで具体化するかである。一杯のみそ汁には、文化も科学も含まれる。その両方を丁寧に語れることが、次の時代の和食を支える。
出典・確認資料
日本語の政府一次資料、ユネスコ登録資料、査読論文を照合。研究者・登壇者への独自取材は実施していない。
