2026年9月23日NASAがフェーズBを選定
1.8 m計画中の主鏡口径
4.5 K目標冷却温度
2033年目標打ち上げ年
本記事はNASA、日本の大学・研究機関およびJAXA・ESAの公表資料に基づく文書取材。日本の正式参加、2033年打ち上げ、装置仕様の最終決定は未確定。研究者への独自取材は行っていない。

見えない宇宙を、もう一度見に行く

夜空を見上げると、星は暗い空間に浮かぶ光の点に見える。しかし、宇宙の多くの現場は、目に見える光だけでは分からない。生まれかけた星を包む塵、惑星の材料が集まる円盤、遠方銀河の中で進む星の形成。宇宙の塵は光を遮るだけでなく、吸収したエネルギーを遠赤外線として放つ。そこには、隠された宇宙の歴史を読む手掛かりがある。

米航空宇宙局(NASA)は2026年9月23日、遠赤外線宇宙望遠鏡「PRIMA(プリマ)」を、初期設計と技術開発を進めるフェーズBへ移すと発表した。11月6日には広島大学、愛媛大学、東京大学、早稲田大学など国内10機関が、日本の研究者による参加検討の進展を共同発表した。ニュースの核心は「日本の参加が正式決定した」ことではない。米国の計画が次段階へ進み、2023年から検討を重ねてきた日本側も、正式参加に向けた審査や手続きを進める段階を迎えた点にある。

NASAが選んだのは、打ち上げではなく次の開発段階

PRIMAは「PRobe far-Infrared Mission for Astrophysics」の略称。NASAの新しい天体物理学ミッション区分「Probe Explorers(プローブ・エクスプローラーズ)」の最初の計画として選ばれた。2024年にはX線宇宙望遠鏡の構想「AXIS」とともに詳細検討の対象となり、2026年9月にPRIMAがフェーズBへ進むことが決まった。科学的な構想競争の勝利は重要だが、予算、技術、日程まで最終承認されたという意味ではない。

NASAの公表によれば、フェーズBでは初期設計と必要な技術開発を進め、技術面、事業管理、費用の観点から確認審査を受ける。その後に実施段階であるフェーズCへの移行が判断される。現在の目標は2033年打ち上げ、観測期間5年間。計画が確認された場合のNASAのプロジェクト費用上限は12億ドルで、打ち上げ費用などは含まれない。したがって「2033年に必ず飛ぶ」と書くことも、「日本が12億ドルを負担する」と読むことも、原資料に反する。

遠赤外線は、宇宙の何を映すのか

可視光で暗く見える星形成領域も、塵そのものが放つ遠赤外線を観測すれば別の姿を示す。電磁波は波長によって見える対象が異なる。温度の高い星の光だけでなく、冷たい塵やガスがどこに分布し、どのようにエネルギーを受け渡しているのかを測ることで、星や惑星が生まれる環境を調べられる。

PRIMAが掲げる大きな問いは三つある。惑星とその大気はどのように形成されるか。銀河と中心の超大質量ブラックホールはどのように共進化するか。そして、重元素と宇宙塵は長い宇宙史の中でどう増え、広がったか。遠赤外線が得意とするのは、この三つの問いをつなぐ「物質の循環」を追う仕事である。遠い銀河を眺めることは、太陽系をつくった材料の来歴を問うことにもつながる。

1.8メートルの望遠鏡を、宇宙の冷たさよりさらに冷やす

PRIMAの現在の設計は、口径1.8メートルの望遠鏡を約4.5ケルビン、摂氏で約マイナス268度まで冷やすというものだ。遠赤外線の研究では、観測装置そのものが熱を帯びて遠赤外線を出すことが大きな問題になる。極めて微弱な宇宙からの信号を拾うには、望遠鏡自身の放射を抑えなければならない。冷却は付属設備ではなく、科学性能の前提条件である。

搭載が計画されるのは、塵の放射を撮像し偏光も調べる装置と、光を波長ごとに分けてガスや元素の特徴を読む分光装置だ。撮像は広がりや構造を描き、分光はそこに何が含まれているかを探る。両者を組み合わせて初めて、明るい雲の写真を超えた物理学が始まる。ただし、実際の装置仕様や観測能力は開発と審査を経て変わる可能性がある。

ウェッブでもアルマでも届きにくい領域

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)は近赤外線と中間赤外線を得意とする。一方、チリのアルマ望遠鏡(ALMA)は主にミリ波・サブミリ波で、冷たい宇宙のガスと塵を調べている。どちらも大きな成果を上げているが、波長の守備範囲は完全には重ならない。PRIMAはその間の遠赤外線領域を高感度に調べ、異なる望遠鏡で得られた宇宙像をつなぐことを目指す。

「JWSTの後継機」という表現は正確ではない。代わりに全く同じ対象を撮るのではなく、異なる波長に現れる情報を補完する望遠鏡である。地上から遠赤外線の多くを観測しにくいのは大気による吸収が大きいためだ。宇宙望遠鏡を新しく造る理由は、地上の巨大な望遠鏡を単純に大きくするだけでは埋まらない観測上の空白があるからだ。

日本には「あかり」から続く経験がある

日本がこの分野に関心を持つ背景には、長年の赤外線天文学の蓄積がある。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の赤外線天文衛星「あかり」(ASTRO-F)は2006年2月22日に打ち上げられ、口径68.5センチの望遠鏡で全天の赤外線観測を進めた。近・中間赤外線カメラと遠赤外線サーベイヤーを備え、星形成、銀河の進化、物質の循環を捉えた。液体ヘリウムを用いる主な冷却観測は2007年まで続き、その後も一部の観測を継続した。

「あかり」が生み出した天体カタログは、宇宙を繰り返し調べるための地図になった。2011年には科学観測を終了しているが、計画を通じて育った装置開発、データ解析、国際共同研究の経験は残った。PRIMAが日本にとって重要なのは、単に海外の大型計画に名前を連ねられるからではない。過去の観測資産と専門人材を、次の国際共同観測へ結び付けられる可能性があるからだ。

ハーシェル以後の空白と、新しい科学の課題

欧州宇宙機関(ESA)の「ハーシェル宇宙望遠鏡」は2009年に打ち上げられ、口径3.5メートルで遠赤外線からサブミリ波の宇宙を調べた。液体ヘリウムが尽きた2013年4月、科学観測を終えた。ハーシェルのデータは今も研究に使われているものの、同等の遠赤外線分光観測を担う宇宙望遠鏡が途切れた分野もある。

PRIMAが目指すのは、ハーシェルを単純に再製造することではない。新しい検出器や冷却技術を使い、銀河に潜む塵と原始惑星系円盤のガスをこれまでと異なる感度と方法で調べる構想だ。既存観測で分かったことと、まだ仮説であることを区別するためにも、波長と観測手法の違いを押さえる必要がある。

日本の参加は2023年から準備されてきた

国内で組織的なPRIMA関連活動が始まったのは2023年6月。2024年12月にはJAXA宇宙科学研究所(ISAS)のワーキンググループが発足した。広島大学の稲見華恵准教授が同グループの議長を務める。参加を検討する研究者は、観測で解くべき科学課題を整理し、技術面の検討や海外の研究チームとの議論に加わってきた。これは11月6日に突然持ち上がった計画ではない。

共同発表に名を連ねるのは広島大学、愛媛大学、東京大学、早稲田大学、東京都市大学、筑波大学、名古屋大学、筑波技術大学、国立天文台、理化学研究所の10機関。ただし、共同発表の発信元をそのまま機器製造の受注先一覧とみなしてはいけない。日本側の正式な参加形態、予算負担、製作する装置の範囲などは、国内での審査や調整を経て決まることになる。

水の境界「スノーライン」を探る理研の研究者

理化学研究所の坂井星・惑星形成研究室からは、Yao-Lun Yang研究員と古家健次研究員が参加に向けた研究活動を進めている。想定する科学課題の一つは、原始惑星系円盤からのHD分子と水分子の放射を用いて、円盤のガス質量やスノーラインの位置を推定することだ。HDは水素とその同位体である重水素が結合した分子を指す。

スノーラインは、水が気体から氷へ移る温度条件に対応する境界で、円盤内の物質分布と惑星形成を考える重要な手掛かりになる。氷は惑星の材料として振る舞い、円盤中のガスの量を知ることは惑星形成の環境を評価する助けとなる。だが、PRIMAが実際にそのデータを取得し、位置や質量を確定したわけではない。日本チームが「何を知りたいか」を具体的に示す研究計画である。

早稲田から初期宇宙へ、参加をつなぐ研究者たち

早稲田大学は11月6日の発表で、PRIMAの選定時に早稲田大学の講師だった馬渡健氏が、現在は筑波技術大学の助教としてPRIMAの科学チームに参加していることを紹介した。専門は初期宇宙における銀河形成と進化。PRIMAの遠赤外線観測が、初期銀河の星形成や塵の性質をどう明らかにできるか検討する。所属の変化も含め、発表資料の表現を正確に読まなければならない。

東京大学大学院理学系研究科では、野津翔太助教、橘省吾教授、瀧川晶准教授、榎本華子氏らが、2025年11月に公開されたPRIMAの科学構想に関する白書の執筆に関わったと公表している。研究分野は惑星系円盤から宇宙の塵の化学まで幅広い。一大学が計画を単独で推進しているわけではなく、専門分野と所属機関をまたぐ共同検討が、この計画の特色である。

銀河とブラックホールの「共進化」を測る難題

遠方銀河の内部では、星が生まれる活動と中心の超大質量ブラックホールの成長が、ともに塵に隠れていることがある。可視光の画像だけでは、若い星の放射が塵に吸収され、どれだけの星形成が見えなくなっているかを評価しにくい。遠赤外線の広い観測によって、塵が放つ光を手掛かりに銀河全体の活動を推定できる可能性がある。

広島大学の研究者たちは、こうした赤外線観測と、地上の「かなた望遠鏡」などで得られる可視・近赤外線情報を組み合わせる構想も示している。異なる観測を重ねれば、変化する天体現象と、長い時間尺度で進む銀河進化を比較できる。ここでも注意すべきは、期待される観測と既に確定した発見を混同しないことだ。

2033年への道は、まだ確約された未来ではない

打ち上げまでに残る問いは多い。冷却系は目標性能を安定して発揮できるか。観測装置の感度と寿命は確保できるか。開発費と日程は管理できるか。さらに日本では、どのような科学的・技術的貢献が正式に認められ、どの資源を投入するかを判断する手続きが残る。NASAのフェーズB決定は、これらの問いが解決したことを意味しない。

遠赤外線天文学は、宇宙の目立つ光ではなく、光を吸収した塵や冷たいガスから過去の営みを読み取る学問だ。日本は「あかり」を通じて、その観測の価値を知っている。PRIMAが2033年に飛び立つか、そして日本がどのような役割を担うかは、これから決まる。しかし、見えない宇宙をもう一度見に行くための科学的な問いと国際協力の枠組みは、今まさに具体化しつつある。

出典・取材方法

11月6日の日本語共同発表、NASAの選考発表、JAXA「あかり」とESA「ハーシェル」の公式記録を照合。将来の研究目標と現時点で決定した事実を分けて記述した。

  1. 早稲田大学(2026年11月6日、国内10機関共同発表)
  2. 理化学研究所:日本語共同発表と理研研究者の検討内容
  3. 東京大学:参加検討と科学白書に関する資料
  4. 広島大学:日本チームの活動と稲見華恵氏
  5. NASA:2026年9月23日PRIMAフェーズB選定発表
  6. NASA:2024年Probe Explorers構想選定
  7. JAXA宇宙科学研究所:「あかり」衛星の概要
  8. 欧州宇宙機関ESA:Herschel運用の記録