小さな反射が、大きな通信網を左右する
生成AIの利用が広がるほど、計算を担う半導体だけでなく、その計算結果を運ぶ通信設備にも新しい負荷がかかる。離れたデータセンターを結ぶ光ファイバでは、一度に扱える情報量、装置の大きさ、消費電力のいずれも無視できない。光を速く点滅させればよいという単純な話ではない。光源と信号を載せる素子が互いに悪影響を及ぼさず、長く安定して動くことが前提となる。
その条件を揺るがすのが「戻り光」だ。レーザから出た光の一部が後段の素子で反射し、光源へ戻ってしまう。わずかな戻り光でも、発振する波長や雑音の状態を変え、通信の安定性を損なうことがある。一般に対策として使われるのが光アイソレータで、光を進行方向には通し、逆向きには戻しにくくする。ところが、光部品を小型の回路へ集めようとすると、この保護部品も設計上の負担になる。
早稲田大学理工学術院の北智洋(きた・ともひろ)教授らは、二つの異なる材料を使った光回路の特性を一体で設計することで、アイソレータに依存せず安定動作する送信器を開発した。最大180 Gbit/sの光信号生成まで実証した成果は、10月7日に学術誌『IEEE Journal of Lightwave Technology』でオンライン公開された。早稲田大は10月13日に日本語で発表し、11月4日に英語の研究紹介を公表している。
論文が示した数字と、その意味
研究チームが報告したのは、シリコンフォトニクスの波長可変レーザと、薄膜ニオブ酸リチウム(薄膜LN、TFLN)の光変調器を組み合わせた実験的な光送信器である。発振波長は1529.1~1595.8 nmの約67 nmにわたって調整できる。データ信号の生成では約0.6 Vの駆動電圧で180 Gbit/sの動作を確かめた。
この実験では、デジタル信号処理(DSP)による波形補償なしで明瞭なアイパターンが得られた。アイパターンとは、連続した信号波形を重ね合わせ、受信側が0と1をどの程度判別しやすいかを観察する評価法だ。「180 Gbit/s」は今回の実験で確認した最大速度を示す。製品化した通信装置がすべての距離、損失、温度条件で同じ性能を満たしたという意味ではない。
とりわけ重要なのは電力の数字の扱いである。3 V駆動の回路と0.6 V駆動の回路を、同じ電気回路条件で単純比較すれば、電圧の二乗に比例する駆動電力は理論上25分の1になる。しかし、レーザ、制御回路、接続損失まで含めた送信器全体の消費電力を、従来方式と直接測定比較したわけではないと大学側は明示する。
「光を使う半導体」に至る長い道のり
光通信そのものの歴史は、今回の小型回路よりはるかに長い。レーザの発明、低損失光ファイバの実現、半導体レーザの発達によって、長距離通信の容量は飛躍的に増えた。一本の光ファイバに異なる波長を同時に通す波長分割多重(WDM)の普及は、その流れをさらに加速させた。
一方、集積回路技術を利用して光の導波路やフィルタを小さく作るシリコンフォトニクスは、電子回路に近い製造技術と光学部品を結び付ける試みとして発展してきた。ただ、シリコンだけがすべての光学機能に最適とは限らない。強い光を発する材料、効率よく変調する材料、損失の小さな導波路材料には、それぞれ得手不得手がある。
ニオブ酸リチウムは、電圧を加えると光学特性が変化する電気光学効果を生かし、長く通信向け変調器に使われてきた材料だ。近年の薄膜化によって、より小さく、高速で低電圧の光回路への応用が進んだ。今回の成果は「すべてをシリコンに置き換える」のでなく、材料の強みを組み合わせる異種材料集積の延長線上にある。
二つのリングが波長を選び、別の回路が情報を載せる
光源には、半導体の利得チップと、窒化シリコン(SiN)のリング共振器を二つ含む外部共振器型の波長可変レーザを用いた。リング共振器とは、特定の波長の光が内部を繰り返し回る性質を利用する小さな光学素子である。二つのリングの透過特性を組み合わせる「バーニアフィルタ」により、発振させたい波長を選び出す。
その先で電気信号を光の強弱へ変えるのが薄膜LN光変調器だ。今回の変調器には、光路の違いを利用する非対称マッハ・ツェンダー干渉計(AMZI)を組み込んだ。単に既存の高性能レーザと高速変調器を横に並べたのではない。二つの装置の「どの波長で、どれだけ光を通すか」という振る舞いを初めから擦り合わせた点が研究の核心だ。
レーザの選択特性と変調器の波長依存特性を整合させることで、レーザへ戻る光の影響を制御し、余分な発振モードの出現を抑えた。これを研究陣は異種材料間の「スペクトル協調設計」と位置付ける。光アイソレータを省けたのは、反射そのものが宇宙から消えたからではなく、戻り光の働き方を設計で抑えたからだ。
67ナノメートルは、光通信で何を意味するのか
1529.1~1595.8 nmという範囲は、長距離光通信で重要なCバンドの全域を含む。異なる波長を別々の通信路として使うWDMでは、選べる波長の幅が大きいことは設計上の利点となる。一本のファイバで多くの光信号を扱うため、通信事業者やデータセンターの設備では波長の精密な制御が欠かせない。
開発したレーザには二つのマイクロヒータが設けられ、加える電力を調節して発振波長を選択する。大学発表によると、レーザを一定温度に保つための冷却制御を行わずに安定動作を確認したという。ただし、波長調整に使うヒータまで不要になったわけではない。「温度制御なし」と「装置内で熱を一切使わない」は異なる。
波長の広さが直ちに通信容量の総量を保証するわけでもない。実際にはチャネル間隔、受信器、信号形式、ファイバ損失などが容量を決める。今回示されたのは、多様な波長へ対応する設計の柔軟性と、高速変調を一体化できる可能性である。
なぜ180ギガビット毎秒なのか
変調器を通る光は、電気信号に応じて強さが変わる。今回の実験では二値変調を用いたため、180 Gbit/sは毎秒1800億回の信号切り替え、すなわち180 Gbaudに相当する。大学の日本語資料は、当時広く用いられる400G級データセンター間通信の信号速度約60 Gbaudと比較し、約3倍の切り替え速度を実証したと説明する。
ただし「400G」と「180 Gbit/s」を単純に比べて優劣を決めることはできない。400Gは複数の信号路、変調方式、符号化などを含む製品やシステムの総伝送容量を表す場合がある。対して今回の180 Gbit/sは、指定した二値変調による光信号の実験結果だ。速度の単位が同じでも、測定対象の階層が違う。
最高速度で明瞭なアイパターンを示したことは、送信器の基本機能を裏付ける。一方、長時間運転、実際のデータセンター間ファイバでの伝送性能、すべての温度・振動条件に対する耐性などは、別途検証すべき課題として残る。
共同研究を支えた三つの組織
著者は早稲田大学の北智洋教授、住友大阪セメント株式会社のShotaro Hirata氏、Shingo Takano氏、Yu Kataoka氏、Ryo Shimizu氏、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)のYuya Yamaguchi氏の6人。日本語原発表の論文著者一覧では、北教授以外の氏名をローマ字で掲載している。本稿も公表された表記に従い、未確認の漢字を補わない。企業の光デバイス技術と大学の光集積回路研究、公的研究機関の技術開発が接続する共同研究である。
研究は情報通信研究機構のBeyond 5G関連委託研究の一環として実施され、総務省、科学技術振興機構、日本学術振興会などの助成も受けた。研究分野としては、AIデータセンター間の光通信のみならず、高速・高機能な光電子融合回路の設計指針として注目できる。
公表論文の正式題名は「Spectrally Engineered Isolator-Free Silicon Photonic Transmitter Based on a SiN External-Cavity Laser and Thin-Film Lithium Niobate Modulator」。2026年10月7日、IEEE Journal of Lightwave TechnologyのEarly Accessとして公開された。DOIは10.1109/JLT.2026.3741545である。
小型化の利点を、量産の利益に変える難しさ
部品が少なければ、小型化や量産設計で有利になる可能性がある。しかし、光アイソレータを外すだけで完成品が必ず安くなるわけではない。異種材料を低損失で接続する製造精度、歩留まり、パッケージング、試験工程、レーザの寿命などが最終的な価格を左右する。
大学側は、光変調器や接続部分の損失を今後さらに減らす必要があると説明している。現状の装置で測定した全体の消費電力が、既存製品より何ワット低いかという比較は公表されていない。約0.6 Vという数字は変調器の駆動条件であって、送信器全体の電源電圧ではない点にも注意が必要だ。
経済的な価値を測るには、ラック内での密度、モジュールあたりの伝送容量、消費電力、冷却負荷、保守性を含めた評価が不可欠である。この研究が示したのは、そうした改良につながり得る具体的な光学設計であり、商用導入の時期や価格ではない。
日本の光部品産業に残る競争力の芽
AIインフラをめぐる議論は、GPUやメモリ、電力供給に集中しやすい。しかし、大量の計算装置を実用的に結ぶには、光送信器、変調器、レーザ、実装材料といった周辺技術も不可欠だ。日本には光学材料や電子部品、精密加工、通信装置に関係する企業や研究機関があり、異なる技術を持ち寄る研究には産業的な意味がある。
ただし、一件の実験成果だけで日本の世界市場シェア拡大を予測することはできない。特許、製造コスト、量産品質、規格との整合など多くの条件が必要となる。少なくとも今回、大学・企業・公的研究機関の共同研究が、戻り光という地味だが本質的な問題に設計上の答えを示したことは評価できる。
高速化と省電力を同時に達成するという課題は、材料科学、電気回路、光学、製造の境界に位置する。その境界をどう設計するかが、次世代の通信装置を左右する。
次に確かめなければならないこと
研究グループが今後の課題に挙げるのは、180 Gbit/sを超える動作の検証、変調器や接続部の光損失低減、そして装置全体の消費電力評価だ。今回の180 Gbit/sは、試験に用いた信号源や測定設備の上限とも関係しており、研究段階でそれ以上の可能性を完全に否定する数字ではない。
一方、データセンター用製品に必要な誤り率、伝送距離、長期信頼性や大量製造のデータは、今回の大学発表だけからは十分に判断できない。将来の高密度化や省電力化を見込むには、こうした指標を統一条件で比較する必要がある。
多くの技術革新は、華やかな数字より「うまく動かなかった部分をどう直したか」に核心がある。光を速く送ろうとするほど、わずかな反射が問題になる。早稲田大の研究は、その反射の影響を余分な保護部品だけに頼らず、光の波長特性を合わせる設計で抑えた。小さな工夫が、大きな通信網の設計を変えられるか。次の実験と実装が問われる。
出典と取材方法
早稲田大学の日本語原発表、英語版説明、原著論文の書誌情報、関連技術文献を照合した文書取材。研究者への独自インタビューや実験室訪問は行っていない。
- 早稲田大学:2026年10月13日・研究発表/Japanese primary announcement
- 早稲田大学:2026年11月4日・英語版発表/English release
- IEEE Journal of Lightwave Technology, original article (October 7, 2026), DOI 10.1109/JLT.2026.3741545
- 早稲田大学研究者データベース:北智洋教授/Professor Tomohiro Kita
- Optica / 2020 study on hybrid lithium-niobate modulator design (historical technical context)
- Science review: The future of lithium niobate photonics (technical and historical context)
