「速い1年生」だけでは勝てない。伊勢路を制した8人の設計
勝負は序盤で動いた。11月1日、第58回全日本大学駅伝対校選手権大会。早稲田大学が愛知県の熱田神宮西門前から三重県の伊勢神宮内宮宇治橋前まで、8区間106.8キロを5時間3分31秒で駆け抜けた。従来記録を3分16秒短縮する大会新。2位の國學院大學との差は3分34秒に開いた。16大会ぶり6度目の優勝である。だが、この快走を「新入生3人が強かった」のひと言で片づけると、早稲田が仕掛けた勝負の構造を見落とす。先頭に出る者、勢いを保つ者、長い終盤を締める者。その8人がいた。
熱田から伊勢へ――駅伝の道がつなぐもの
全日本大学駅伝は、出雲駅伝、箱根駅伝と並ぶ学生三大駅伝の一つ。出雲が比較的短い区間を生かしたスピード勝負、箱根が山上り・山下りも含む往復の長距離決戦として知られるのに対し、全日本は全国の大学が伊勢路で総合力を競う。2026年は25大学とオープン参加の2選抜を合わせた27チームが出走した。名古屋から三重へ向かうコースの前半には起伏もあり、後半には17.6キロと19.7キロの長い2区間が待つ。序盤を速く走ればそれで勝てる競技ではない。
1区、本田桜二郎の27分47秒
早稲田が最初に送り出したのは1年生、本田桜二郎。9.5キロを27分47秒、区間2位でまとめた。1区で無理に抜け出すのではなく、優勝争いの集団から遅れずにたすきを渡す。見た目には地味な好走こそ、続く区間の攻勢を可能にした。大学駅伝では先頭の一人だけで記録が生まれるわけではない。最初の中継で差を最小限にとどめたことが、2区の攻撃の前提になった。
2区増子陽太、3区新妻遼己――主導権を奪った1年生
11.1キロの2区で増子陽太が30分51秒の区間新を刻み、早稲田は首位に立つ。続く3区、当日メンバー変更で起用された新妻遼己が11.9キロを32分45秒で走破。こちらも区間新だった。大会主催者によると、この時点で2位につけた駒澤大学に1分以上の差をつけた。新妻は大会MVPに選ばれた。重要なのは区間記録の数だけではない。2区で作った優位を3区で倍加させ、追う側の大学にレース展開の変更を迫ったことだ。
4区は「つなぐ」仕事、5区で再び加速
4区の小平敦之(4年)は11.8キロを33分24秒、区間4位。数字だけでは区間賞を得た選手ほど目立たない。しかし総合首位を維持し、後続の鈴木琉胤(2年)にたすきを託した。5区の鈴木は12.4キロを34分31秒、今大会の早稲田3つ目となる区間新を記録した。先頭に立った後にも加速できる。この層の厚さが、早稲田の記録更新を支えた。
全8区間の実際の記録
以下は花田勝彦監督の11月3日付の公表記録に基づく。区間新は2、3、5区。区間賞は2、3、5、8区で、8選手全員が所属大学の記録更新に寄与した。
| 区間 | 距離 | 早稲田の走者・学年 | 区間タイム | 区間順位 |
|---|---|---|---|---|
| 1区 | 9.5km | 本田桜二郎(1年) | 27:47 | 区間2位 |
| 2区 | 11.1km | 増子陽太(1年) | 30:51 | 区間新・1位 |
| 3区 | 11.9km | 新妻遼己(1年) | 32:45 | 区間新・1位 |
| 4区 | 11.8km | 小平敦之(4年) | 33:24 | 区間4位 |
| 5区 | 12.4km | 鈴木琉胤(2年) | 34:31 | 区間新・1位 |
| 6区 | 12.8km | 堀野正太(2年) | 36:55 | 区間3位 |
| 7区 | 17.6km | 山口竣平(3年) | 50:58 | 区間3位 |
| 8区 | 19.7km | 工藤慎作(4年) | 56:20 | 区間1位 |
後半の主役――堀野、山口、そして工藤
6区の堀野正太(2年)は12.8キロを36分55秒、区間3位。7区の山口竣平(3年)も17.6キロを50分58秒、区間3位で走り、先頭の位置を守った。最後の19.7キロを任された工藤慎作(4年)は56分20秒で区間賞を獲得した。前年の同大会でも工藤はアンカーとして日本人選手の歴代最高水準の記録を残していた。今回の仕事は、前半の大きなリードを緩めず、従来の大会記録そのものを塗り替えることだった。
5時間6分47秒から5時間3分31秒へ
旧記録は2022年、駒澤大学の5時間6分47秒。早稲田はこれを196秒短縮した。現在の106.8キロの区間構成に沿った大会記録という条件が重要で、コースが異なる初期大会との単純比較はできない。3分以上の更新は、特定の区間で偶然追い風を受けたという説明だけでは足りない。序盤の区間新、中盤のリード維持、最終区間の好記録が積み上がった結果だ。
勝者だけの物語ではない――國學院大と後続の反撃
2位は國學院大學の5時間7分5秒。4区の飯國新太、6区の吉田蔵之介が区間賞を獲得し、吉田は区間新も記録した。3位の創価大学は5時間9分28秒。6区終了時点では8位だったが、終盤の追い上げで表彰台に届いた。4位は青山学院大学、5位中央大学、6位駒澤大学。8位の帝京大学までが次回のシード権を得た。早稲田の独走を評価するほど、他大学が繰り出した走りを数表から消してはならない。
1970年の第1回から、伊勢路は変わり続けた
大会の第1回は1970年3月1日に開催され、当時は8区間118キロを日本体育大学が制した。コースも区間構成も長い歴史の中で変化し、現在の熱田―伊勢106.8キロという形に至った。2010年に早稲田が制したとき、同年度は出雲、全日本、箱根の大学駅伝3冠を達成した。今回の優勝はその2010年度以来の全日本制覇であり、長い空白を埋める勝利でもある。2010年のチームと2026年のチームを同じ条件の時計だけで比べることは適切ではないが、優勝の系譜は確かにつながっている。
花田勝彦監督が見据える「次」の難しさ
10月の出雲駅伝でも優勝している早稲田は、2026年度の学生三大駅伝3冠に向けて2つのタイトルを得た。ただし3冠はまだ達成していない。残る箱根駅伝は2027年1月。花田勝彦監督はレース後、箱根は容易ではなく、出走候補となる選手層をさらに広げたい趣旨を語った。全日本が8区間である一方、箱根は10区間。選手の状態、負傷、山岳区間の適性など、別の課題が待つ。未来の勝利を今の記録に上乗せして語ることはできない。
駅伝は個の速さを、集団の成果に変える
大学駅伝が日本で長く支持される理由を、たすきという道具一つで説明することはできない。しかし競技にとって重要なのは、誰かが好走した直後に、次の誰かがその状況を引き継ぐという連続性だ。1年生の突破力と上級生の安定、短い区間のスピードと長い区間の持久力。早稲田は11月1日、その組み合わせを5時間3分31秒という形で示した。伊勢神宮へ向かう道の先で記録をつくったのは、ひとりのスターではなく8人だった。
出典・調査方法
大会主催者、大学公式発表、監督による11月3日の公開記録、競技報道の文書照合に基づく。現地での独自観戦、関係者への直接インタビューは行っていない。ローマ字表記が未照合の選手名は日本語表記とした。
