一枚の版画の前で、顔を見る。その次に、顔を形づくる線を見る。和歌山県立近代美術館で開催中の「MOMAWコレクション 版画と美術散歩 第2期 ピカソ《泣く女》と―凹版の小道」は、よく知られた作家の名から、紙に像が生まれる仕組みへと視線を導く展示だ。会期は9月12日から10月18日まで。[1]

出品目録によると、同館所蔵のパブロ・ピカソ《泣く女》は1937年作。技法はエッチング、アクアチント、ドライポイントと記される。同じ題名で知られる油彩画を思い浮かべるだけでは、この作品の見どころは捉えきれない。ここでは、版に働きかけ、インクを紙へ移すという行為そのものが表現を作っている。[2]

技法の名前を、見るための手がかりに

凹版(おうはん)は、版のくぼんだ部分に保持されたインクを紙に移す版画である。エッチングの場合、防蝕剤で覆った金属板に描線を入れ、露出した部分を腐蝕させて溝を作る。そこにインクを詰め、プレス機の圧力で紙へ刷り取る。武蔵野美術大学の技法解説が示すこの仕組みを知ると、紙上の線の背後に、版の表面が浮かび上がってくる。[4]

エッチングでは、針が最初から深い溝を彫っているわけではない。防蝕層を取り除いた部分に、腐蝕による作用が加わる。描くことと、印刷のためのくぼみを作ることの間に、もう一段階の仕事がある。

一方、ドライポイントは、針などで版を直接刻む。線の両側には押しのけられた金属の「まくれ」が生じ、そこにもインクが保持されるため、柔らかなにじみを伴う線になり得る。同じ黒い線でも、切れ味の鋭い輪郭と、毛羽立つような縁とでは、目に伝わる感触が違う。[5]

アクアチントが得意とするのは、線だけでは捉えにくい面の濃淡だ。粒子状の防蝕材を利用して版面に細かな凹凸を作り、水彩のような調子を表す。色を塗ったように見える部分にも、インクを受け止める微細な構造がある。[6]

三つの名前を覚えることが鑑賞の目的ではない。線の性質、暗部の広がり、明るい部分との境目を見分ける助けになればよい。また、見た目だけで個々の線を特定の技法に断定する必要もない。複数の手法が使われた作品では、互いの働きが重なり合う。説明を読んでからもう一度画面へ戻ると、最初とは違う場所に目が止まるはずだ。

1937年という年を、どう受け止めるか

《泣く女》の制作年は、ピカソが《ゲルニカ》を描いた年でもある。ソフィア王妃芸術センターの作品解説によれば、《ゲルニカ》は1937年のパリ万国博覧会のスペイン館のために制作され、スペイン内戦下のバスク地方の町への爆撃報道が契機となった。同館は、特定の出来事の写実的な再現を超えて、戦争の恐怖を訴える作品として解説している。[8]

この歴史は、1937年のピカソを考えるうえで欠かせない背景だ。ただし、背景を知っただけで、目の前の版画のすべてを説明できたことにはならない。顔のどこに視線が引き寄せられるか。線が集まる部分と、紙の明るさが残る部分はどう響き合うか。悲しみという主題を知ることと、その悲しみがどのような造形で伝わるかを考えることは、つながりながらも別の作業である。

和歌山の展示は、《ゲルニカ》そのものを見せる展覧会ではない。《泣く女》を入口に、凹版の表現と、その技法が日本で受け止められた歩みへ進む構成だ。名作の背景を確かめた後も、周囲の作品へ視線を開いておきたい。[1]

完成した紙の手前に、版とプレス機がある

出品目録には、日本エッチング研究所製のプレス機と、駒井哲郎(こまい・てつろう)の《腐刻画》、その原版、廃版刷が並ぶ。作品と制作に関わる資料を合わせて見ることで、紙上の像だけでは分からない工程を考えられる。[2]

原版は、紙に現れた像と同じものを別の素材で作った単なる付属品ではない。インクを受け止め、圧力を受け、像を生むために働く面である。完成した版画から版へ、版から紙へと見比べると、作品の表情が素材と手順の選択によって生まれることが具体的になる。

版画には同じ版から複数の刷りを作れる性質がある。しかし、それを「同じ画像のコピー」とだけ考えると、版の加工や刷りの仕事を見失う。たとえばドライポイントのまくれは圧力や摩耗の影響を受けやすい。金属の微細な変化が線の調子に関わるという点に、この技法ならではの物質性がある。[5]

西洋から届いた技法が、日本の表現になるまで

館の展示解説は、1910年創刊の『白樺』などによる西洋美術の紹介と、1931年の西田武雄による日本エッチング研究所設立を、日本で凹版への関心と制作環境が育つ過程に位置付けている。技法は一人の名手だけで広まるものではない。作品を知る媒体と、学び、試し、発表するための場が必要になる。[1]

会場を歩く際には、作品の制作年だけでなく、資料の刊行年にも目を向けたい。一枚の絵が完成する時間と、技法が人から人へ渡る時間は異なる。版画の歴史を、優れた作品が順番に生まれた歴史としてだけでなく、知識と道具が届いていく歴史として読むことができる。

黒を削り、光を生む

さらに見る手がかりになるのがメゾチントだ。あらかじめ版面を細かく荒らしてインクを保持できる状態にし、そこを削り、磨くことで明るい部分を作る。武蔵野美術大学の解説では、豊かな明暗と柔らかな階調を得られる技法とされ、フランス語の「マニエール・ノワール」という呼び名も紹介されている。[7]

白い紙へ黒を加えるという普段の描画の感覚から、黒く刷れる面を整えて明るさを作る感覚へ。その発想の違いを知るだけでも、暗い画面の見え方は変わる。黒は背景として退いているのか。それとも、ものの輪郭を包み、存在を際立たせているのか。これは答えを一つに決める問いではなく、見続けるための問いである。

出品目録には、長谷川潔(はせがわ・きよし)の《時・静物画》(1969年)や、浜口陽三(はまぐち・ようぞう)の《パリの屋根》(1956年)も載る。後者はカラーメゾチント。ピカソの顔から始めた鑑賞を、異なる主題と調子を持つ作品へ進められる。[2]

和歌山のコレクションで出会う意味

同館は1970年の開館以来、和歌山ゆかりの作家の収集を進めてきた。浜口陽三、田中恭吉、恩地孝四郎らとの地域的なつながりを背景に、1980年ごろから近現代版画の収集・紹介に力を入れたと説明する。海外の作家を含む版画の蓄積は、地域の美術史を広い世界とつなぐ役割を持っている。[3]

有名作家の作品を一目見たという満足だけで終えず、一枚の線から別の作家の黒へ、さらに地域のコレクションへと進む。今回の展示は、そうした歩き方ができる。大きな物語を先に覚えるよりも、気になる小さな違いを一つ見つけることが、版画を身近にするかもしれない。

訪ねる前に

展覧会の基本情報(館発表、すべて2026年・日本時間)
項目展覧会案内
会場・会期和歌山県立近代美術館1階/9月12日〜10月18日
時間9:30〜17:00(入場16:30まで)
会期中の休館月曜(9月21日、10月12日は開館)、9月24日、10月13日
通常料金一般400円、大学生250円
主な無料対象高校生以下、65歳以上、障害者手帳所持者。介護者は条件を確認
学芸員レクチャー9月20日、10月4日/14:00から約1時間

9月の連休中は通常の月曜休館とは異なるため、会期中の休館日を確認したい。料金の減免や介護者の扱いは館の利用案内を参照する。掲載したレクチャーは公表予定であり、最新の案内を確かめてから来館を。[1][9]