取材時点: 本稿は2026年9月6日正午(日本時間)までに確認した豊橋総合動植物公園、豊橋市、共同研究機関、動物園・博物館の公表資料と現地報道に基づく。「西日本唯一」は日本動物園水族館協会加盟園館の常設展示について、2026年7月末時点で園が照会した範囲の表現である。

地上にいる観客から見れば、モグラは一瞬で消える。鼻先が動き、土を押し、短い前脚が透明な筒の内側をかく。その数秒を逃すと、残るのは坑道と土だけだ。

愛知県豊橋市の豊橋総合動植物公園「のんほいパーク」は9月3日、夜行性動物館の出口付近に、モグラの飼育・研究展示「モグルーム」を公開した。展示するのは日本固有種のコウベモグラ。園内で捕獲された3匹を飼育していると東海テレビが報じた。

透明な筒で容器をつないだ坑道、内部を見る内視鏡カメラ、骨格標本のレプリカ、開発中の捕獲・計測機器を組み合わせる。見えにくい動物を可視化するだけでなく、観察室そのものを研究の途中経過として公開する構成だ。

9月3日午前9時から常設展示
3施設目JAZA加盟園館では全国3例
4機関園・岐阜大・産総研・崇城大
2025–28年生体モニタリング共同研究

「西日本唯一」を正確に読む

園の発表によると、公益社団法人日本動物園水族館協会(JAZA)に加盟する国内の動物園・水族館のうち、真無盲腸目モグラ科の動物を常設展示していたのは、多摩動物公園とアクアマリンふくしまの2施設だった。のんほいパークが加わり全国3施設、西日本では唯一になるという。基準日は2026年7月末である。

つまり、「日本の西半分にモグラを見せる場所が一切なかった」という無制限の主張ではない。加盟園館、モグラ科、常設展示という三つの条件が付く。期間限定展示や非加盟施設、研究目的の非公開飼育まで含む全国悉皆調査ではない。本稿は園の定義を外して拡大解釈しない。

展示は動物の体調によって中止する場合がある。これは但し書きではなく、施設の核心に近い。モグラは捕獲と飼育が難しく、状態変化を外から読み取りにくい。いつでも必ず見られるという観光上の期待より、個体の健康を優先する設計でなければ、研究展示は成立しない。

コウベモグラとは何者か

コウベモグラの学名はMogera wogura。山口県立山口博物館は、日本固有種で、本州西部、四国、九州と周辺島嶼に分布し、ミミズ、昆虫、多足類を捕食すると解説する。多摩動物公園の種情報では、草原や農耕地から山地の森林までをすみかとし、頭胴長は125〜185ミリ、体重は48.5〜175グラムとされる。

前肢は外側へ張り出したシャベルのような形で、密な毛は狭い坑道で前後に動く生活に適応する。目が全くないわけではない。重要なのは、私たちが目で追う地上の景色を基準に「不完全な動物」と見るのではなく、土圧、振動、匂い、触覚が支配する環境へ高度に特化した哺乳類として理解することだ。

分類用語にも注意がいる。古い図鑑では「食虫目」や「トガリネズミ目」と記されることがあるが、のんほいパークの2026年発表は「真無盲腸目モグラ科」を用いる。英語ではコウベモグラをJapanese moleとする公的動物園資料がある。

展示で見えるもの、研究で知りたいもの
  • 見える:坑道を通る姿勢、鼻先と前肢の動き、個体の通過。
  • 測れる:開発中の仕組みでは、通過時の体重や活動の時刻。
  • 捕獲を改善:センサー通知で生捕りわなの確認を早め、個体の負担低減を図る。
  • まだ分からない:野外での行動、生息密度、長期の健康変化や繁殖など、多くの基礎情報。

四年前、小さな疑問から始まった

地元紙の取材によると、のんほいパークは約4年前にモグラ研究へ着手した。その後、同じ課題を持つ大学や研究機関が加わり、2026年には計7団体が関わる研究網へ広がったという。公表資料ですべての団体名と役割は確認できないため、本稿は全7団体を列挙しない。

確認できる中核プロジェクトは「生体モニタリングシステムを用いた地中棲小型哺乳類の生態解明」である。2025年、MUFG生物多様性保全研究助成基金に採択され、代表機関の豊橋総合動植物公園と、岐阜大学、国立研究開発法人産業技術総合研究所、崇城大学が共同研究を始めた。研究期間は岐阜大学の公開情報で2025年8月から2028年3月までとされる。

目的は、MEMS技術を使うフィルム型センサーや小型動物用の体重計測システムで、地中生活者の情報を非侵襲的に集めること。飼育・繁殖管理だけでなく、将来は野生下のモニタリングや希少種保全への応用を目指している。

捕まえる速さを、福祉へ変える

地下の動物を研究するには、まず生きた個体を安全に確認しなければならない。岐阜大学の野生動物資源学研究室は、生捕りわなで発見が遅れると個体への負担が大きくなるため、捕獲を迅速に把握する必要があると説明する。

そこで遠隔捕獲システム「HuntBot」の技術を応用し、IoT人感センサー付きの生捕りわなを開発した。モグラが入るとスマートフォンへ通知し、研究者や飼育担当者が早く回収できる。わな本体は3Dプリンターで作り、対象種や坑道の大きさ、設置環境に合わせて形状を変更できる。

この技術の価値は、捕獲数を増やすことだけではない。見回り間隔という人間側の都合を短縮し、わなの中で待つ時間を減らす可能性にある。ただし、野外試験で捕獲例が確認された段階であり、個体負担の低減量や捕獲効率が十分に検証されたとまでは、公表資料から言えない。

体重計が「日常」をデータにする

飼育動物の健康管理で体重は基本情報だ。しかし小型で刺激に敏感な地中性動物を、測るたびに捕まえて容器へ移すことは、それ自体が負担になり得る。研究チームは、坑道を通過する行動の中で体重を自動計測する仕組みを開発している。

東海テレビは、モグラが筒を通るたびにリアルタイムで体重を測定するシステムが展示されていると報じた。崇城大学は、フィルム型センサーと小型動物向け体重計測を「開発中」と説明している。したがって本稿では、完成済みの診断機器とは呼ばない。展示は製品発表ではなく、研究過程の公開である。

測定が安定すれば、単発の体重ではなく、時刻と頻度を伴う連続データになる。摂食、休息、季節、病気の兆候を考える基礎が増える。透明な筒は観客に姿を見せる窓であると同時に、動物が自発的に通ることで情報を残す測定路でもある。

「見せるためのトンネル」と「測るためのトンネル」を一つにする。モグルームの新しさは、展示と研究を別室へ分けず、同じ通過を観察とデータの両方へ変える点にある。

先行する多摩の「モグラのいえ」

生きたモグラを見せる試みには蓄積がある。多摩動物公園は2003年8月、アズマモグラを展示する「モグラのいえ」を開いた。透明なアクリル板の間へ土を入れた薄い観察枠と、金網を丸めたパイプをつなぎ、旧展示施設で培った飼育ノウハウを応用した。

奥行きが深すぎれば坑道が見えず、土が多すぎれば掘る余地がなくなる。展示の歴史は、自然らしく見せることと、動物の選択肢、観察可能性をどう両立させるかの歴史でもある。のんほいパークのコンテナ、透明パイプ、内視鏡カメラは、その課題にデジタル計測を重ねた次の設計と位置づけられる。

全国3施設という少なさは、モグラが希少だからではない。コウベモグラは西日本に広く分布し、IUCN評価は低懸念とされる。身近なのに見えず、捕獲・長期飼育・展示が難しい。その逆説こそ、動物園が大型の人気動物だけでなく、足元の普通種を研究する意義を示す。

動物園を「完成品の陳列棚」にしない

従来型の展示では、来園者は完成した解説と完成した飼育環境を見る。モグルームは、機器が開発中であること、研究に未解明点が多いこと、個体の状態次第で見られないことを前面に出す。分からないことを隠さない展示だ。

それには危うさもある。透明な坑道は観察しやすいが、動物にとって快適かどうかは、滞在時間、回避行動、健康状態などを継続して確かめなければならない。研究データを集める施設である以上、展示個体の福祉を測るデータも同じ重さで扱う必要がある。

9月5日の特別ガイドは終了したが、常設展示は続く。成功の尺度は「見られた」という来園者の満足だけではない。捕獲後の待機時間を減らせたか、非侵襲計測が安定したか、データが飼育改善や野外研究へ還元されたか。成果が論文、報告、展示更新として公開されて初めて、研究の窓は双方向に開く。

見えない隣人に、時間を合わせる

モグラは珍しい遠隔地の動物ではない。豊橋の園内にも、市内の畑や草地にもいる。私たちが見ないのは、不在だからではなく、生活する層と時間が重ならないからだ。

モグルームは、そのずれを透明な管、カメラ、センサーで埋める。だが最も大切なのは、動物を人間の観覧時間へ無理に合わせることではない。姿を現さない可能性を受け入れ、通った時にだけ静かに記録することだ。

土の中を一匹が横切る。子どもは鼻先を見る。研究者は時刻と体重を見る。飼育担当者は健康の変化を見る。同じ数秒から異なる知識が生まれる。足元の暗闇は、空白ではなかった。そこへ窓を開けるには、光だけでなく、待つ技術が必要なのである。

取材・一次資料