ホテルニューオータニ東京の公式情報によると、「鳥取和牛フェア 2026」は2026年8月1日から9月20日まで、館内8店舗で開催される。梨「新甘泉」を使ううどんとカクテルは収穫に合わせ8月中旬以降の提供予定。価格、提供日、食材の入荷は変更される場合がある。本稿は2026年8月2日(日本時間)までに公開されたホテル、鳥取県、生産者団体の資料を基にし、「鳥取和牛」と、その中の別認定ブランド「鳥取和牛オレイン55」を区別して記述する。
一枚の皿に、鳥取県の地図が現れる
ホテルのロビー階で鳥取和牛のバーガーを注文すると、その皿には東京らしい贅沢が置かれる。フォアグラ、トリュフ、ビーフシチュー、特製ソース。だが中心にある牛肉の物語をたどれば、視線は紀尾井町から西へ約500キロ移り、大山の裾野へ着く。日本海から届く風、山に降った水、稲作から出るわら、長い時間をかけて改良された黒毛和種。バーガーは、鳥取の農村と東京の国際ホテルが共同で作る翻訳文なのである。
今回のフェアの面白さは、主役を一つに固定しないことにある。鳥取和牛はロッシーニ風バーガー、甘口ビーフカツカレー、ステーキピラフ、フィレとサーロインの食べ比べ、鉄板焼きしゃぶ、スタミナ丼、冷製稲庭うどん、黒味噌焼きそば、長時間煮込みへ姿を変える。さらに、砂丘らっきょうは脂の余韻を切り、大山山麓牛乳は水ようかんに添えるジェラートとなり、梨は冷たいうどんと日本酒カクテルへ入る。
県産品フェアは、ともすれば「名物の一覧」で終わる。しかし料理とは、食材同士の関係を作る仕事だ。和牛の脂をらっきょうの酸味が受け止め、梨の果汁を出汁やライムが引き締め、牛乳の甘みを水ようかんの小豆が深くする。鳥取県を紹介する最も説得力のある方法は、地図を掲げることではなく、一口の中で海、山、砂、田畑をつなぐことかもしれない。
8店舗が、それぞれ別の鳥取を語る
| 店舗 | 主な提供内容 | 物語の焦点 |
|---|---|---|
| SATSUKI | 鳥取和牛バーガー ロッシーニ風 ¥6,800/甘口ビーフカツカレー ¥4,800 | 高級食材と親しみやすいホテル洋食をつなぐ入口。 |
| リブルーム | ステーキピラフセット ¥10,000/フィレ・サーロイン食べ比べコース ¥27,000 | 部位の違いと肉そのものの味を正面から示す。 |
| 石心亭 | 食べ比べランチ ¥26,000/ディナー ¥36,000 | 400年以上の歴史を持つ日本庭園の中で、産地と火入れを体験する。 |
| VIEW & DINING THE SKY | 鳥取和牛鉄板焼きしゃぶ(平日ディナービュッフェ ¥15,000) | 1964年から続く高層ホテルの眺望と、薄切り和牛のライブ調理。 |
| KATO'S DINING & BAR | スタミナ御膳 ¥7,150/冷製稲庭うどん ¥6,800/大山山麓牛乳ジェラート ¥2,200 | 和牛、砂丘らっきょう、麹、牛乳を和食の流れに置く。 |
| 麺処 NAKAJIMA | 新甘泉の極みうどん ¥2,800 | 梨と出汁、レモングラニテ、乾燥果実を重ねる実験。8月中旬以降予定。 |
| 大観苑 | 黒味噌焼きそば ¥6,000/やわらか煮込み ¥4,000 | 上海料理の火力と発酵調味料で、和牛の別の輪郭を引き出す。 |
| バー カプリ | 新甘泉×日置桜「雫花」 ¥3,900 | 梨、日本酒、ライムを一杯にまとめる。8月中旬以降予定。 |
価格帯は広い。¥4,800のカレーから¥36,000の鉄板焼ディナーまである。日常の昼食とは距離があるが、これはホテルの役割を映している。産地の食材を大量流通の匿名性から引き上げ、調理、サービス、空間を加えて物語化する。その代わり、食べ手は通常より高い価格を払う。重要なのは、その付加価値がホテルの演出だけで終わらず、継続的な仕入れ、産地への関心、旅行、贈答、次の購入へ戻っていくかどうかである。
鳥取和牛の源流に「気高」号がいる
鳥取の牛の歴史は、現代のブランド戦略よりはるかに古い。鳥取県の資料によれば、江戸時代、大山の博労座周辺に開かれた牛馬市は日本三大牛馬市の一つとして繁栄した。牛は肉になる前に、田畑を耕し、荷を運び、農家の資産でもあった。良い牛を見分け、血統を記録し、次代へつなぐ知識は、農村の暮らしそのものから生まれた。
大正時代、鳥取は日本で初めて和牛の登録制度を始めたと県は説明する。見た目や経験だけでなく、系譜と能力を記録する考え方は、近代的な育種の基礎となった。その積み重ねから現れた象徴が「気高」号である。1966年、第1回全国和牛能力共進会の肉牛の部・産肉能力区で1等賞。生涯に約9,000頭の子孫を残し、各地のブランド和牛の系譜に影響した。
2017年の第11回全国和牛能力共進会では、鳥取県有種雄牛「白鵬85の3」の産子が肉質日本一となった。白鵬85の3も気高の血を引く。小さな産地の遺伝資源が全国の和牛産業へ広がり、再び鳥取の名を高めたという、長い循環である。
ここで注意したいのは、「鳥取和牛」が単一の牛の品種名ではないことだ。県内で肥育された黒毛和種のうち、霜降り、色、きめなど一定の品質を満たして販売される商品名である。産地表示、血統、肥育技術、格付けが重なって、初めてブランドとなる。
「オレイン55」は鳥取和牛すべてを意味しない
鳥取和牛を語る時、しばしば「オレイン酸が多い」という説明が添えられる。脂肪の中に含まれるオレイン酸は、口どけや脂の質との関係で注目される。しかし、鳥取和牛の全頭が「鳥取和牛オレイン55」ではない。
オレイン55は、脂肪中のオレイン酸含有率が55%以上であること、気高号の血統を引くことなどを条件に選ばれる上位ブランドだ。つまり「鳥取和牛」という大きな集合の中に、より厳しい認定を受ける「オレイン55」がある。今回のホテル公式ページはフェア食材を「鳥取和牛」として紹介しており、すべての料理がオレイン55を使用するとまでは明記していない。
この区別は細かいようで重要だ。地域ブランドの信用は、強い言葉を使うことではなく、何が証明され、何が証明されていないかを正確に伝えることで守られる。脂の量だけを競う時代から、脂の質、赤身の旨み、後味、飼育環境まで説明する時代へ、和牛の評価軸は広がっている。
大山は牛肉と牛乳を同じ風景から生む
大山の裾野は、今回のフェアで二つの形を取る。一つは和牛、もう一つは牛乳だ。ホテルは、鳥取県の大山山麓エリアに産地を限定した「大山山麓牛乳」を水ようかんに添えるジェラートへ仕立てる。牛肉の濃厚さの後に、乳のコクと軽い後味を置く構成は、同じ山の農業を別々の皿で見せる。
大山乳業農業協同組合は1946年7月21日に設立され、2026年に80周年を迎えた。全国でも珍しく、鳥取県内のすべての酪農家が組合員となり、生産、処理、販売を一貫して担う酪農専門農協である。都市の消費者から見れば牛乳は紙パックの商品だが、その背後には飼料、牧草、獣医、搾乳、集乳、殺菌、冷蔵物流の連鎖がある。大山乳業の仕組みは、その連鎖を地域の共同体の中でつないできた。
2024年に発売された大山山麓牛乳は、エリアと乳質の基準を明確にした商品である。フェアでのジェラートは小さな甘味だが、背景には戦後の食料不足から始まり、学校給食、家庭の冷蔵庫、観光施設、菓子やチーズへ広がった山陰の酪農史がある。
梨は「二十世紀」から「新甘泉」へ進んだ
鳥取と梨の関係は、1904年に二十世紀梨の苗木10本が導入されたことから大きく動いた。千葉県松戸で発見された梨を北脇永治が鳥取へ持ち帰り、苗木と穂木が県内へ広がった。冷涼な気候、栽培技術、共同選果、長い剪定と袋掛けの労働が、鳥取を二十世紀梨の代名詞へ変えた。梨の花は1954年に県花となり、栽培用具は農業技術史を示す文化財としても評価されている。
今回のフェアで使われるのは、伝統品種そのものではなく、鳥取県園芸試験場が育成した赤梨「新甘泉」である。2008年に品種登録され、酸味が少なく、糖度13〜15度とされる濃い甘さを持ちながら、二十世紀梨を思わせるシャキッとした食感を残す。名前は、噛んだ瞬間に泉のように果汁があふれるイメージから付けられた。
麺処 NAKAJIMAは、その梨をすりおろし、レモンのグラニテと乾燥チップを添え、うどんと出汁へ合わせる。これは奇抜さだけを狙った組み合わせではない。甘味、酸味、香り、水分を持つ梨を、果物の皿から調味料の領域へ動かす発想だ。バー カプリでは日置桜とライムに合わせ、梨を液体の景色へ変える。果樹産地にとって、青果をそのまま売る以外の表現を増やすことは、短い旬を長い価値へ変える方法でもある。
砂丘らっきょうは、厳しい土地を商品へ変えた
鳥取砂丘の周辺は、観光写真では風紋と空の場所に見える。しかし農家にとって砂は、乾燥しやすく、肥料分を保ちにくい厳しい土壌である。同時に、水はけを好むらっきょうには適した環境となる。鳥取市福部町を中心とする産地は、長い時間をかけて砂地を農地へ変えた。
鳥取県の資料では、関西方面への出荷は約95年前に始まったとされる。現在の「鳥取砂丘らっきょう」は地理的表示(GI)で保護され、粒ぞろいと歯切れの良さで知られる。昔ながらの本漬けでは、塩水に浸して乳酸発酵させ、塩抜き後に調味液へ漬ける。甘酢の裏に、発酵と保存の知恵がある。
KATO'S DINING & BARのスタミナ御膳では、にんにくを効かせた鳥取和牛の丼に、ホテルで漬けた産地直送のらっきょうを添える。役割は脇役だが、意味は大きい。脂を切り、食欲を戻し、一皿に砂丘の農業を入れる。高価な和牛だけでは見えにくい鳥取の日常が、小さな一粒から現れる。
梨と日置桜が出会う時、鳥取の水と米が一杯になる
バー カプリの「雫花」は、新甘泉と「日置桜 しずく 純米大吟醸」を合わせ、ライムを加える。日置桜を造る山根酒造場は1887年創業。鳥取市青谷町の谷あいで、米の旨みを出し切る完全発酵を重視し、鳥取独自の酒米「強力」を使う酒でも知られる。
使用される純米大吟醸しずくは、山田錦を45%まで磨き、酒袋を吊るして自然圧で滴る酒を集める。効率より透明感を選ぶ製法だ。梨の強い甘さに、辛口の酒とライムを当てることで、甘い果実酒にせず、料理へ戻れるカクテルを目指している。
鳥取県は純米酒の比率が約8割とされる有数の純米酒産地で、2025年10月には県産米と県内の水を使い県内で造る純米酒などを対象とする「GI鳥取」が指定された。和牛が血統を記録し、らっきょうが産地名を守り、酒が地理的表示を得る。鳥取の食は今、味だけでなく「どこで、誰が、どう作ったか」を制度として残す段階へ進んでいる。
1964年の国際ホテルが、地方の食を東京へ運ぶ
舞台となるホテルニューオータニ東京も、食材に劣らない歴史を背負う。1962年、東京五輪を前に海外客を受け入れる宿泊施設が不足する中、政府の要請を受けた大谷米太郎が紀尾井町の所有地に国際ホテル建設を決断した。ホテルは1964年9月1日に開業。当時1,058室、日本初の超高層建築、世界初のユニットバス、富士山を見せる回転展望ラウンジなど、戦後日本が世界へ示す近代化の装置だった。
それでも建物の足元には、400年以上の歴史を持つ庭が残された。加藤清正、井伊家、伏見宮家へと所有が移った土地を大谷が取得し、庭を整えた。東京五輪のための未来的ホテルが、江戸の大名屋敷の地形と石垣を抱え込んだのである。
2026年現在、ホテルには1,389室、36のレストランとバー、33の宴会場がある。規模だけなら一つの街に近い。鳥取和牛フェアが館内を横断できるのは、この「垂直の街」に和食、洋食、中国料理、鉄板焼、麺、バーが同居するからだ。同じ牛肉が、厨房ごとに異なる解釈を受ける。ホテルは産地を展示するショーケースであると同時に、食材を多言語へ翻訳する編集部でもある。
これは初めての出会いではない
ホテルニューオータニの和牛フェアの記録には、2019年の鳥取和牛フェア、2025年の同フェアが残る。2026年は突然生まれた一回限りの催しではなく、継続してきた関係の延長にある。ホテルは「STAY TOKYO EAT JAPAN」を掲げ、東京に滞在しながら全国の食を体験する企画を進めている。
継続は重要だ。地方フェアが一度の宣伝で終われば、食材は季節の装飾に近い。毎年仕入れ、料理を改良し、客の反応を産地へ返し、次の品種や加工品を紹介するなら、都市のホテルは市場開発の拠点になる。生産量の小さい県にとって、全国一律の大量流通よりも、価値を説明できる場所で高く売ることが有効な場合がある。
ただし、豪華な盛り付けが自動的に地方創生になるわけではない。生産者への価格、長期契約、規格外品の活用、物流負担、次世代農家の確保まで見なければならない。ホテルの一皿が美しいほど、その背後の農業が持続可能かという問いは重くなる。
小さな県が「全部ある」と言う理由
鳥取県は人口規模では全国最小だが、地形は単純ではない。北には日本海と砂丘、南には中国地方最高峰の大山と山地、三つの河川流域に平野が広がる。米、野菜、果樹、畜産、水産が近い距離に存在する。小さいからこそ、山の水が平野を通り、海へ出るまでの食の連鎖が見えやすい。
「食パラダイス鳥取県」というブランド戦略は、単品の全国一を並べるだけでは弱い。和牛を食べた人が梨を知り、牛乳を知り、酒を知り、砂丘の農業を知る。その連鎖が起きた時、県全体が一つのブランドになる。今回のフェアは、その設計をホテルの館内で試している。
ロッシーニ風バーガーは国際的な贅沢の言語で語り、らっきょうは農家の保存食の言語で語る。二十世紀梨の歴史は近代農業を語り、新甘泉は育種の現在を語る。白バラ牛乳は協同組合を語り、日置桜は米と発酵を語る。鳥取和牛だけを見ていたはずの食事が、いつの間にか地域社会の構造を見せる。
食べ終えた後に、何が残るか
地方フェアの成功は、売上だけでは測れない。食べ手が「おいしかった」で終わるのか、「どこで育ったのか」「次は鳥取へ行きたい」「家でも梨や牛乳や酒を買いたい」と思うのか。その差に、地域ブランディングの成否がある。
ホテルニューオータニの庭を歩けば、江戸の石垣と1964年の高層建築が同じ敷地にある。そこへ、江戸の牛馬市から続く和牛、明治の梨、戦後の乳業協同組合、明治創業の酒蔵が入ってくる。時間の異なる日本が、同じテーブルにつく。
鳥取を東京へ運ぶことは、鳥取の代わりを東京に作ることではない。むしろ、東京の一皿から産地までの距離を意識させることだ。最後の一口にらっきょうの歯切れが残り、梨の香りが戻り、酒の余韻が消える。その時、食事は終わっても、地図は消えない。次の目的地として、鳥取が残る。
情報源と確認方法
Japan.co.jpは、ホテルニューオータニ東京、鳥取県、大山乳業農業協同組合、山根酒造場が公開する資料を中心に、2026年8月2日(日本時間)までに確認した。メニュー、価格、提供時期はホテルの公式ページ掲載値で、仕入れ状況などにより変更される場合がある。表示為替は1米ドル=157.57円。提供された更新時刻2026年7月31日午後9時UTCは、日本時間8月1日午前6時に相当する。
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