相手の難しい回転を読む。試合の流れを変える。張本の連覇は、最初の2ゲームでは見えなかった。
1―11の衝撃から始まった決勝
第1ゲームは1―11。2026年10月25日、ウズベキスタン・タシケントで行われた第29回アジア卓球選手権大会の男子シングルス決勝で、張本智和は中国の李天陽(り・てんよう)のカットに手を焼いた。第2ゲームも9―11で落とし、あと1ゲームで敗れるところまで追い込まれる。ところが、ここから3ゲームを連取した。最終スコアは1―11、9―11、11―7、11―8、11―7。優勝の劇的な瞬間だけでは、前半の苦しさは伝わらない。今回の勝利が示したのは、速い攻撃力だけでなく、試合中に答えを探し当てる力だった。
19歳のカットマンが作った難問
決勝の相手は李天陽。大会報道によれば19歳で、回転の変化を使って相手の強打を切り返すカットマンだ。カットは単に守る技ではない。下回転の量、球の深さ、時折繰り出す攻撃によって、ドライブを打つ側の判断を狂わせる。テレビ東京の試合詳報では、張本は第1ゲームで1点を取った後に11点を続けて失った。第2ゲームには一度8―6と逆転しながら、終盤で再び押し返された。対戦経験のない相手への適応が遅れれば、優勝候補でも崩れることがある。
3ゲーム目、攻撃の意味が変わった
張本は第3ゲーム以降、李の球質への対応を進め、前後の揺さぶりとドライブの強弱で得点を重ねた。第3ゲームを11―7、第4ゲームを11―8で奪い、試合を最終ゲームに持ち込んだ。第5ゲームは7―2とリードした後、5点を連取されて7―7に追いつかれたが、残る4点を取り切った。試合記録はこの流れを明確に示す。一方、各打球の回転数や速度を公式計測した統計は確認していない。ここで述べる戦術は、テレビ東京の試合描写に基づく。
中国勢3人を破った優勝
張本は男子シングルス4回戦で中国の黄友政(こう・ゆうせい)に3―0、準決勝で温瑞博(おん・ずいはく)に3―0で勝ち、決勝で李天陽に3―2で勝利した。準々決勝では台湾の馮翊新(フォン・イーシン)に2ゲームを先取されながら逆転しており、難しい試合が決勝だけだったわけではない。卓球専門媒体「卓球レポート」が公開した各回戦の記録を突き合わせると、対戦相手の戦型も状況も異なる試合を勝ち上がったことが分かる。中国との対戦を必要以上に国同士の対立として描くより、選手間の戦術と技術の競争として見る方が、この大会の価値を理解できる。
52年ぶりとは何を意味するのか
張本は2024年アスタナ大会でも男子シングルスを制しており、2026年の優勝で連覇した。日本男子がアジア選手権の男子シングルスを2大会続けて制するのは、1972年と1974年に優勝した長谷川信彦以来、52年ぶりだ。52年間、日本男子がこの種目で一度も勝てなかったという意味ではない。「2大会連続優勝」という限定の記録である。大会の歴史を正確に伝えるうえで、この違いは欠かせない。
長谷川信彦から続く日本卓球の系譜
長谷川信彦は1960~70年代の日本卓球を象徴する選手で、当時の日本は世界でも強い地位を占めていた。その後、世界の競技環境は変化し、とりわけ中国が育成と技術革新を通じて強力な選手層を形成した。日本もジュニア期からの国際経験、プロリーグ、企業による競技支援を重ねてきた。歴史を一本の『復権』の物語に単純化することはできないが、長谷川以来の連覇記録が現代に更新された意味は大きい。
張本智和の経歴と現在地
張本智和は宮城県仙台市出身。幼少期から卓球で注目を集め、国際舞台で実績を積み上げてきた。2026年大会の報道では23歳、所属はトヨタ自動車。国際試合での攻撃的なプレーに加え、今回の決勝では守備型選手への適応力が問われた。ランキングは週ごとに変化するため、報道時点の世界順位を将来の固定的な肩書きとして扱うべきではない。若手時代の天才という説明だけでは、経験を重ねた選手としての変化を見落とす。
妹の美和も大会を動かした
この大会は張本智和一人の成功に終わらなかった。妹の張本美和は松島輝空との混合ダブルスで中国の黄友政・陳熠組を3―2で破り優勝。女子シングルスと早田ひなとの女子ダブルスでは準優勝した。日本の女子団体も優勝したと卓球専門媒体の大会総括は伝えている。兄妹の結果を単純な家族の美談にしてしまうより、異なる種目での競争とチームの層の厚さに注目したい。美和には美和自身の競技歴と成果がある。
最終日を迎えたタシケントの意味
大会は10月19~25日にウズベキスタンの首都タシケントで開催された。アジアの卓球が中国、日本、韓国だけでなく、中東、中央アジア、南アジア、東南アジアに広がっていることを可視化する大会でもある。国際卓球連盟は、2027年の世界選手権がカザフスタン・アスタナで開催される予定だと案内している。大会開催地の広がりも、アジア卓球を考える手掛かりになる。
何を記録し、何を推測しないか
本稿で確定したのは決勝のゲームスコア、対戦相手、各回戦の記録、2024年に続く優勝、長谷川信彦以来の連覇という歴史的事実だ。本人や監督に独自インタビューしたわけではないため、試合中の心理や具体的な指示、個々のラリーでの意図を断定しない。今後の世界選手権や五輪での成績をこの試合から保証することもできない。1―11から3―2へ。それだけで十分に語る価値のある勝利だ。
出典・確認資料
国際卓球連盟(ITTF)の大会総括、テレビ東京の現地試合詳報および卓球専門媒体の全ラウンド結果を照合。本人への独自取材は実施していない。
